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桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
序章ー箱庭の少女ー

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第4話:一日の終わり

 部屋で特にすることもなくぼーっとしていると、その終わりを告げるかのように唐突にガチャリと部屋の扉が開いた。

 そして扉を開けてからコンコンとノックする、いつもの高圧的な侍女が姿を見せる。


「旦那様と奥様が戻られました。お嬢様は至急食堂に向かって下さい」


 ……仮にも屋敷の「お嬢様」に対してその物言いはどうなんだろうと思わなくもないし、そもそも扉を開ける前にノックをしてほしいのだけど。

 そう言いたかったけれど、それを言ったところで使用人たちに私の言葉は届かない。

 それどころか、「呼びに来てあげただけ感謝してほしいものですが?」と反論されるのが目に見えている。この屋敷の使用人たちは、いつだって私をそう言う風に扱うのだから。


「分かりました、すぐ行きます」


 今までの経験から反論は無駄だと割り切って、そう侍女に声をかけて私は座っていたベッドから立ち上がる。


「後は任せますね」

「はい」


 割れたカップを片付けたメアリーがバルコニーから出てきて、お茶を運んできた時に使用したトレイを部屋の入口に立つ侍女に渡す。

 侍女がそれを受け取るのを確認してメアリーが部屋から出ると、侍女が入れ違うようにバルコニーに出て、空になったカップやお皿を片付けていく。

 それを横目で見ながら、私はメアリーの先導でいつものように食堂へ向かった。


 両親が出先から戻って、これから家族揃っての夕食の時間。

 それにしても……私を「家族」だと思っていないはずなのに、出かける前の朝食と、帰宅の夕食は必ず一緒にと決められているのは不思議よね。

 私が養子で、本当の家族だと思っていないのなら、そんなことをする必要はないはずなのに。

 それとも、形だけでも家族仲を演出したいのかしら?


 どれだけ考えたって、両親の思惑は分からない。それでも両親が決めたことに私が逆らうことは許されていない。


(……まあ、考えたところで何も変わらないのだから、考えるだけ無駄よね)


 そう思考を放棄しながら息を吐いていると、食堂の前で控えていた使用人が、私の姿を見て扉を開ける。

 いつも通りの形だけの夕食の時間が始まる。そう思って私は食堂の中に足を踏み入れた。


「ああ、来たね」

「さっさと座りなさい」


 私を見て嬉しそうに手招きする父と、そっけない態度の母。

 そしてバルトの咳払いで手招きを止める父。


 朝と同じような光景を見ながら、私は両親に笑顔だけ作って下座の席に座った。

 全員が揃って侍女が食事を運び、全員の前に皿が並んだら無言のままの食事が始まる。


 繰り返される同じ日常。緊張感が漂う中、味の分からない料理を口に運ぶだけの時間。


(……あら?)


 食事中にどことなく視線を感じて、そちらに意識を向けると、知らない侍女がいた。

 ただ私を見ても何の反応もしない。そして見ていたのは私だけではなかった。その侍女は、食事の風景をじっと眺めていた。

 見慣れない侍女がいることに驚いたが、母もミリアもその侍女がいることについて何も言わない。


 なぜそこにいるのか。母とミリアは私を知らない人に会わせることに反対していたのではないのだろうか。

 そんな疑問が喉の奥まで上がってくる。けれど、私がそれを口にすることは許されない。

 味のしない肉を飲み込むことで、一緒にその疑問も飲み込んだ。


「ごちそうさまでした」


 じっと見られているだけの時間。一言も口を利かないままの食事を済ませて、私は急いで席を立った。



 夕食が終わり、私たちはそれぞれの部屋に向かう。私は二階の自室に向かい、両親は三階の部屋へと階段を上がっていく。

 屋敷の構造はメアリーから何度も聞かされている。一階には食堂や応接室といった共有スペース。二階は来客用の部屋が並び、三階が家族の部屋となっていて、四階がメアリーを含む住み込みの使用人の部屋になっているらしい。

 でも私は聞かされているだけで、自分の目で見たことはない。自室が二階にある私が三階以上に行く必要がないし、行くことすら禁じられている。


(本来なら三階に家族の私室があるのに、私の部屋が二階にあるのは、私が養子で家族だと認められていないからだものね)


 三階に上がっていく両親の背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。

 家族だと認められていない。

 その事実に最初は傷ついた。メアリーに泣きついて、家族だと認めてほしいと両親に訴えてもらったこともあった。

 けれど、母からの答えは「却下」。本当の家族でもないのに弁えろという言葉を持ってきたメアリーに、号泣したのはいつのことだったか。


(今はもう、両親に対して何も感じない)


 期待しなければ傷つくことはない。逆らわなければ、何も辛いことなんてない。

 そう学んだのはいくつの時だったか。同じ毎日が続きすぎて、感覚が麻痺しているような感じがする。

 でも、それでもいいとも思える。考えたって何も変わらない。何かを望んだって、それが叶えられる日は来ないのだから。



 部屋に戻ると、メアリーは部屋の隅にある小部屋へと向かう。私はベッドに腰掛けて一つ息を吐いた。

 溜息は幸せが逃げるというけれど、私に幸せなんてどうせ来ないのだから、今更一つ二つ逃げ出したって変わりはしないでしょう。

 扉の中を確認して一つ頷くと、私のもとに戻ってくるメアリー。


「お湯の準備は整っているようですね。それでは寝る支度を整えましょうか」

「分かったわ」


 メアリーの言葉にベッドから立ち上がってドレスを脱ぐ。

 メアリーに背中の留め具を外してもらって、髪留めを外す。きつめに結われていた私の金髪がさらりと背中に流れて、一日中体を締め付けていたドレスから解放されて、私はほっと息を吐いた。

 そのまま先程メアリーが除いていた部屋の一室へと向かう。


 扉を開ければ、お湯の張られた湯船が待っている。

 ここは屋敷の浴室を使うことが許されていない私のために、メアリーがなんとか頼み込んで用意してくれた部屋。

 大浴場は家族や正式な客人が使うもの。

 来客があった時に何かが起きては困ると言った母が、私に使うのを禁じたとメアリーから聞いている。


 つまり母は私に、浴場も使わせず、使用人と同じように桶に入れた湯で体を拭けということ。

 それでは私があまりにも不憫すぎる、養女であったとしても娘として受け入れたのだからと、クビを覚悟で両親に訴えてくれた結果、代わりに用意されたのがこの私専用の小さな浴室。


 お湯の張られた湯船に浸かりながら、メアリーに体を洗ってもらう。

 静寂が心地よく、目を閉じれば眠ってしまいそうになる。そんな穏やかな時間の中で、私はふとお茶会でのことを思い出した。


「ねえ、メアリー」

「お嬢様、作業中は声を掛けないでください」


 湯に浸かりながらメアリーに声を掛けてみる。メアリーに聞きたいことは沢山あるのだから。

 なのにメアリーからの返事はそっけない。お仕着せの袖を捲っているメアリーの右腕にある大きな傷が目に入った。


(そうだった……利き手を怪我したメアリーは、集中しないと腕を使えないのだったわね)


 メアリーへの質問を諦めて、私は湯に浸かったままメアリーの動きを見ていた。

 私の体をさっと洗って、せっせと動く手に迷いはない。

 少しぬるくなってきたお風呂から上がれば、あっという間に私の体はタオルで綺麗に拭き上げられ、湯冷めをしないようにとナイトドレスを着せられる。

 髪を拭いてもらっている間に、私はもう一度メアリーに声を掛ける。


「ねえ、メアリー」

「お嬢様、作業中は声を掛けないでください」


 それでもメアリーの返事は変わらない。髪を拭いているだけなのだから、少しくらい話し相手になってくれてもいいのに。

 それでも私は何も言えない。メアリーを困らせないように、ただ「ごめんなさい」と謝るだけ。


「はい、できましたよ。さあ、湯冷めする前にベッドにどうぞ」


 私が何かを言う前に、メアリーは話をはぐらかして私をベッドへと追いやった。


「はい、おやすみなさい。お嬢様」

「……おやすみなさい」


 私の言葉を封じたまま就寝前の挨拶をして、メアリーは天蓋のカーテンを閉めて部屋を出ていく。足音が遠ざかって、扉が閉まる音が聞こえた。

 その音と同時に気が抜けた。今日はお茶会のことが気になっていたのか、随分と気を張っていたみたい。


「……メアリーに聞きたいこと、沢山あったのにな」


 私の口から長い溜息が漏れた。

 聞きたいことがあったのに、また逃げられたと思った。

 メアリーが怒鳴るように吐き出した「時雨」という名前。夢の男が言った「メイ様」という名前を、どうしてメアリーも知っていたのか。

 そしてあの、不思議な言葉が何なのか……。


 なのにメアリーは答えてくれない。何も言わないまま、そそくさと部屋を出ていった。


「メアリーは一体、何を知っているというの……?」


 どれだけ考えても、私の中に答えなんてない。

 メアリー……誘拐犯から私を助けてくれた恩人。怪我を理由に婚約を破棄されて、私を本当の娘のように可愛がってくれた。私にとって唯一の家族だったはずなのに。

 それなのに、今日のメアリーはどこかおかしかった。ただの仮定の話にあそこまで拒絶反応を示すとは思いもしなかった。

 私を誘拐しようとした男と同じ名前を口にしたのは何故? どうやって誘拐犯から私を助け出したの?


「メアリーは私を助けてくれたのに……どうしてこんな疑念が湧いてしまうのかしら」


 それもこれも、メアリーが答えてくれないから。

 何でもいいから、納得できる答えが欲しかっただけなのに。

 それに。


(時雨……)


 ベッドに寝転んで、目を閉じる。

 今日知ったばかりの名前を思い浮かべるだけで、気持ちがほっこりと温かくなる。


 家族にはもう何も期待していない。屋敷で過ごす日々に、何の望みも持っていない。

 それでも、貴方には会いたい。どうしてかそう思った。


(誰かの迎えが来るなら、国王ではなく貴方がいいの)


 眠ればまた誘拐された時の夢を見るのだろう。それを思うとあまり眠りたくはない。

 それでも眠気はやってくる。思考が上手く回らなくなって、意識がまどろみの中に溶けていく。


(どうせ夢を見るなら誘拐される夢じゃなくて、貴方に会いたいな……時雨)


 そう願いながら、私は静かに眠りについた。

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