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桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
序章ー箱庭の少女ー

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第3話:お茶会とメアリーの異変

「お待たせしました、お嬢様」


 扉の向こうから声がして、メアリーが部屋に戻ってくる。手に持つトレイの上にはお湯の入ったポットと白磁のカップ。それから三段のティースタンド。

 メアリーの姿を見て、一人の時間が終わったのだと息を吐いた。


「今からお茶会の準備をしますので、もう少しお待ちくださいね」

「ええ」


 メアリーはいつもの調子でそう言って、部屋のバルコニーに出ていく。カーテンが揺れ、春の温かな風が室内に吹き込んできた。

 屋敷に閉じ込められた私が、少しでも外の風に当たれるようにとメアリーが用意してくれた、私専用の簡易お茶会場。

 小さな丸テーブルに二脚の椅子。そのテーブルの上にティースタンドを置いてメアリーが茶器を手際よく並べていく。

 私もベッドから降りてバルコニーへ向かう。外の暖かな風が優しく頬を撫でた。


 椅子に腰掛けた私に、メアリーがお茶を淹れてくれる。

 出されたお茶は香りの強いハーブティー。湯気とともに感じるハーブの香りに眉間にシワが寄る。


(私、ハーブティーって得意ではないのよね……)


 母がハーブティーを好むからか、我が家にはハーブティーが多数取り揃えられている。

 けれど私はあまりハーブの香りを好んでいない。香りを嗅いでいると気持ちが悪くなってしまうから、自分から進んで飲もうとは思えないのよね。


(普通の紅茶も用意してくれませんか? と母にお願いすらできないのが、今の私なのよね)


 その現実を思い出して深く息を吐いた。

 あまり香りを嗅いでいたくなくて、一口だけ飲んだふりをして、そのままカップを卓上に戻す。

 口直しにと手にしたお菓子はピリリと辛い。


(……今日も、私の食べられそうなものはなさそうね)


 ふぅと静かに息を吐く。メアリーがせっかく頼んで作ってくれたのに、そのどれもが私の苦手とするものばかり。


「お嬢様、桜華国物語はどうですか?」


 お茶を飲むなり、いつもの問いかけを投げてくるメアリー。

 毎日毎日、「この話をどう思いますか?」なんて聞かれても、感想なんてそうそう変わるものでもないのに。

 子供の頃であれば、「王様が早く迎えに来てくれるのを待ってる」と答えたものだけれど、あれからもう十年。一向に迎えに来ない国王を待つ気持ちはとうに失せていた。


「いつも聞いてくるわね。感想なんて何も変わらないわよ」

「そうですか? 早くお嬢様にも国王が迎えに来てくれるといいですね」

「そうね」


 メアリーの言葉を軽く受け流しながらも、その言葉が少し引っかかった。

 国王が迎えに来る。

 夢で私を国王のもとに連れて行こうとした男の姿が脳裏に浮かぶ。


(そういえば、あの誘拐犯から私を助けてくれたのもメアリーなのよね)


 腕に酷い怪我を負ってまで、私を助けてくれたメアリー。

 でも、どうしてだろう。私もその場にいたはずなのに、メアリーがどうやって私を助けてくれたのかを、ちゃんと覚えていないのよね。

 あの時のことを思い出そうとすると、胸がざわめく。色々なことを繋げて考えようとするのは私の悪い癖だと分かっているのに、私の頭はまた一つの仮説を打ち立てる。


 夢で「国王」のもとに私を連れて行こうとした男と、「国王」が迎えに来るというメアリー。

 その二つがどうしても繋がって見えてしまう。


(そんなことあるはずないのに……)


 私を助けるために、腕に大きな怪我をして婚約破棄までされたメアリーと、私を誘拐した男を繋げて考えるなんて、本当どうかしてる。

 毎晩同じ夢ばかり見るせいで、「国王」という単語に敏感になっている気がする。

 私はそこから意識を逸らそうと口を開く。


「でもそうね。今日は違う解釈もあるんじゃないかって思えたわ」

「違う解釈?」


 私の言葉に、メアリーが首を傾げる。

 王の影が悪だとメアリーは言うけれど、私はそうは思えない。そういう解釈を思いついたのだと言って、私は先程思い浮かんだ仮説を口にした。


「ええ。お姫様と王の影が、実は互いに想い合って……」


 私が話し始めた時に、ガチャン! と大きな音が響いた。

 私の言葉を遮るように、メアリーが大きな音を立てて机にカップを叩きつけたから。


「メ、メアリー?」


 メアリーのカップを持つ手がカタカタと震え、その顔は一気に紅潮していた。

 一体どうしたというのだろうか。私がもう一度メアリーに声を掛けようとした時、ありえないと言わんばかりにメアリーが声を張り上げる。


『メイ様と時雨が、そんな関係な訳が無いでしょう! 馬鹿なことを言わないで下さい!』

「え……?」


 メアリーの口から飛び出してきた聞き慣れない言葉に、一瞬思考が止まる。


(今の言葉は……誘拐犯が使ってた言葉と同じ? それに待って……メアリーは今何と言ったの?)


 思考がぐるぐると回って、頭が追いつかない。王国語ではないはずの言葉は、それでも意味は分かる。

 その言葉は夢で誘拐犯が……そして幼い私が使っていた発音に似ていたから。

 どうしてメアリーまでその言葉を、とも思うけれど、私の頭は言われた言葉の方に意識が奪われる。


「メイ様と……時雨?」


 聞き取れた単語が口からポロリと出てくる。

 メアリーは今確かに「メイ様」と言った。

 その名前は、夢の中で誘拐犯が呼んだ名前なのに。どうしてメアリーの口から、その言葉が出てくるの?


(それに……「時雨」って何?)


 聞き慣れない名前なのに、どうしてか心が満たされる名前。欠けたピースが嵌まるような不思議な気持ち。

 メアリーもその「時雨」も、私の失くした記憶に関係がある人なの?


「ねえ、メアリー……」


 失くしたものの欠片に手を伸ばそうと、メアリーに声を掛ける。

 けれど、私がメアリーに声を掛けると、今度はガシャン! というカップが割れる音が響き渡る。

 我に返って視線を動かせば、メアリーの足元で粉々になったカップの破片が散らばっていた。


「ああ、済みません。カップを割ってしまいました。メアリーはこちらの片付けをするので、お嬢様はお部屋にお戻り下さい」

「え、ええ……」


 有無を言わせないメアリーの強い剣幕に押されて、私は室内に戻される。

 そそくさと部屋を出ていくメアリー。掃除道具を取りに行ったのだろう。


 静かになった室内で、まだ先程の余韻が残っているような気がした。


「時雨……」


 先程メアリーが言った単語を呟いてみる。

 それだけで私の胸は、どこか温かい気持ちで満たされていく。

 

 メアリーが何に反応したのかは分からない。私はただ桜華国物語の話をしていただけなのに。


「桜華国物語……」


 それを思い出して、私は本のページを捲っていく。今、私は桜華国物語の話をしていた。そしてお姫様と王の影の話をした時に、メアリーは激しく怒りを顕にした。

 本のページにある「王の影」という単語を指でなぞってみる。王の影に拐われた姫。その二人が想い合っているという解釈を全面否定したメアリー。


(メアリーの反応的に、この本の「お姫様」の名前がきっと「メイ様」。それならば、「王の影」は……?)


 物語と現実を繋げようとするのは私の悪い癖だと分かってる。妄想癖もここまでくると重症だなと自分でも思う。

 でも、私の中ではそれが確かに繋がってしまっている。


 このお姫様が私で、国王のもとに私を連れて行こうとする人たちがいる。それならば、お姫様を拐ったこの王の影の役割は何?


 メアリーがあそこまで拒絶反応を示した貴方は誰?


「ねえ……貴方の名前、【時雨】というの?」


 文字をなぞりながら問いかけたところで、本は答えない。

 けれど目を閉じてその姿を思い浮かべれば、先程と同じように誰かの姿が浮かんだ。


「時雨」


 浮かんだ誰かにそう問いかけてみれば、「どうしたの? めーちゃん」と言って笑ってくれた気がした。

 目を開ければ、その姿は消える。それでも心に残る温かさは、そのままそこにあった。


(不思議ね。私を連れ去ろうとした男に「メイ様」と呼ばれるのは嫌だったのに、貴方に「めーちゃん」と呼ばれるのは嫌ではないわ)


 メイと時雨。その名前が何を意味するのか分からない。私を狙う人がなぜそう呼ぶのか、あの不思議な言葉は何なのかも。

 それでも、一つだけ知れたことがある。


「時雨」


 もう一度、その名を呟いてみる。

 それだけで心が満たされていく。ずっと胸の中で空いていた大きな穴が少しだけ埋まったような、そんな気持ちになる。


 失っていた記憶の欠片を、ひとつ、取り戻せたような気がした。

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