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桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
序章ー箱庭の少女ー

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第2話:桜華国物語と失くした記憶

 朝食が終わればそれぞれ動き出す。父は仕事に、母は他家で開かれるお茶会にそれぞれ出かけていった。

 両親がいなくなれば、食堂に私の居場所はない。邪魔だと使用人に睨まれる前に、私はさっさと部屋に戻った。


「それじゃお嬢様。メアリーは出てきますので、本でも読んでお待ち下さいね」

「ええ」


 一冊の本を置いて部屋を出ていくメアリー。

 メアリーはこれから、私の昼食を作ることを渋る料理人の監視役として、厨房に籠もる時間。

 その間、私は部屋に一人ぼっち。その退屈しのぎにとメアリーはいつも本を置いていってくれる。


 けれども私はその本を読む気になれない。その本は私が子供の頃から読み続けてきた本で、随分とボロボロになっている。

 今更本を読まなくても、内容はもう完全に頭の中に入っている。


(たまには違う本も読みたいのだけれど……それを言っても仕方ないわね)


 この本はメアリーの私物だ。屋敷の中に他の蔵書もあるはずなのだけれど、それを持ってきてくれないということは、きっと私のために持ち出すことは許されていないのだろう。


(まあ、本当の子供ではない私に貸し出して、破損なんかした日には何を言われるか分からないから、借りなくてもいいのだけど)


 ふぅ、と息を吐いて本を見る。メアリーの置いていった本のタイトルは「桜華国物語」。

 桜華国という国を舞台にした物語で、国王を裏切った影に拐われたお姫様を国王が救い出すという話。

 どんな話だったかを思い返せば、私の頭の中で本の冒頭部分が浮かび上がる。


「【昔々ある所に、桜華国という綺麗な国がありました】」


 口を開けば、その冒頭部分が簡単に出てくる。そのまま私の口は、物語の続きを語りだす。


 桜華国の国王が大切にする姫。それなのに、権力欲に取り憑かれた王の影は国王を裏切り、あろうことか国王の大切にしていた姫を拐ってしまうのです。

 怒りに狂った国王は、裏切った影を処断し、連れ去られた姫を取り戻します。

 国王に助けられた姫。その恩に報いるために姫は国王と結ばれ、幸せに暮らしましたとさ。


 影がどうして裏切ったのか、どうやって拐ったのか。

 国王がどうやって拐われた姫を見つけ出したのか、国王が影をどう処断したのか。「恩に報いて結婚」という終わり方も含めて、話の流れがよく分からない御伽噺。


(正直、物語として書くのなら、その辺りも含めてちゃんと書いて欲しい……)


 話の流れとしてはわかるのだけれど、本文は短いし、解決部分があっさりと書かれているせいでいまいち感情移入できない。

 けれども読むものがこれしかなかったせいで、物語を諳んじれる程度には読み込んでしまった。


(それにこのお姫様……国王を愛してたからではなく、恩に報いて結婚したのよね)


 誘拐されることが多かった私は、この話のお姫様にいつしか自分を重ねていた。

 拐われても、きっと国王が助けてくれる。何かがあっても、きっと誰かが助けてくれるのだと思っていた幼少期。


 そして幼い頃、本当に誘拐された私を助けてくれたのはメアリーだ。

 だから私もメアリーに恩義を感じている。


 メアリーはこの本になぞらえて、「いつか国王がアリシア様を迎えに来てくれますからね」と、幼い頃から私を慰めてくれていた。

 幼い頃は冷遇されて悲しかった。だから迎えに来てくれる誰かがいるなら、早く迎えに来てと願ってもいた。

 けれどもそれから十年。誰も迎えに来ない現実に、私はもうこの話を信じてはいない。


「【この閉じ込められた日々から私を救うために、いつか国王が迎えに来てくれますから】……ね。そう言われても、既に国王になっているほどの年齢の人に求婚されても……あれ?」


 そう呟いてハッとした。

 国王。その言葉が、頭の中で引っかかった。

 毎夜のように見る夢。あの時に私を連れ去った男は、なんと言っていた?


『さあ、メイ様。国王がお待ちかねですよ。早くあるべき場所に帰りましょうね』


 軽く思い返せば、毎晩のように見ていた夢の内容はすぐに思い出せた。

 恍惚とした笑みを浮かべながら、あの男は確かにそう言っていた。


「え……? もしかして、メアリーのあの言葉は比喩じゃない……?」


 もしかしてメアリーは、本当にどこかの国王が私を迎えに来ると思っているの?

 私を誘拐した男のように、「国王」のもとに行かせようとしてる……?


 思い当たったことに、心臓がバクバクと脈打つ。けれど思い当たったそれを、私は思い切り首を振って否定する。

 そんな訳ない。メアリーが私の嫌がることをするはずがないんだから。


 でもそれに対して、幼い私はなんと答えていた?


『いや! 私が探してるのは、会いたいのはその人じゃない! 私が、私が会いたいのは……!』


 あまり思い出したくない記憶を思い返してみれば、夢の続きはあっさりと思い出せた。

 幼い私は嫌がっていた。私が会いたいのは国王じゃない、私が会いたいのは別の人だと。


「……会いたい、誰か……?」


 何かが繋がりそうな気がして、私は咄嗟に持っていた本を開いた。

 何度読んでも、本の内容は変わらない。子供の頃から何度も読み続けた文章に変化はない。

 なのに、ある一文が視界に飛び込んできた時、私の心臓が大きく跳ねた。


「【権力欲に取り憑かれた王の影は国王を裏切り、あろうことか国王の大切にしていた姫を拐ってしまうのです】」


 国王を裏切った王の影。その単語に、心臓がバクバクと脈打つ。

 ただの物語のはずなのに。現実の話ではないのに。

 なのに私の心はまた「そんな訳ない! 【彼】はそんなことしてない!」と騒ぎ立てた。


(これはただの物語。空想の話でしかないのに、私は一体、何を感じ取っているの……?)


 知らないはずの物語。なのに「王の影」という単語を見た瞬間、泣きたい気持ちに襲われた。


「今まで本を読んできても、こんな感情になったことはなかったのに……」


 これも最近、あんな夢を見続けるせいなの?

 その単語を思い浮かべた時に脳裏に浮かぶのは、私を「めーちゃん」と呼んで笑う誰かの姿。

 それが誰かは分からない。その姿は霞がかっているようにはっきりとは見えない。

 なのにその「誰か」の声は、やけに耳に残っている。


「……幼い私が探していたのは、貴方なの?」


 最近、毎日のように見る夢。聞き馴染みのない筈の言葉を使って、私を国王のもとに連れて行こうとする誰か。

 それを拒みながら、誰かを探す幼い私。


 本に記された「王の影」という文字を指でなぞる。

 それだけで泣きたい気持ちが溢れてくるのはなぜ?


「……分からないことだらけね」


 本を閉じて、私はベッドに寝転がった。

 目を閉じればまたあの夢が浮かんでくる。


 私を抱えて街を走り去る見知らぬ男性。

 それに抗いながら、必死に「誰か」を求める幼い私。


「王の影……貴方は、どうして国王を裏切ってまでお姫様を拐ったの? お姫様は、王の影に拐われた時にどう思った?」


 ぽつりと疑念を言葉に出してみる。ただの物語に答えなんてない。

 メアリーはいつもお姫様を拐った影のことを悪く言う。

 けれど夢の中の幼い私は、国王のもとに行くのを嫌がっていた。

 しょせん夢は夢。私の気持ちと物語に何の関係もない。


 それでも、関係ないと分かっていても、浮かんでしまう思いもある。


(ねえ……貴方、本当は国(・)王(・)か(・)ら(・)お(・)姫(・)様(・)を(・)助(・)け(・)る(・)た(・)め(・)に(・)、連れ出したのではないの?)


 そんな考えばかりが浮かんでくる。ただの物語をどうしてそう思うのか、そうだとしたら何だというのか。

 この話と幼い頃の私を繋げること自体、本当は間違っているのかもしれない。

 けれど、夢で見た幼い私は、誰かに「めーちゃん」と呼ばれることを嫌がっていなかった。


(むしろその「誰か」が助けに来ないことを怒っていたわね)


 夢の中の私を思い出して、くすりと笑みが浮かぶ。

 幼かった頃の私は、心の底から「彼」が助けに来ると信じて疑っていなかった。


「……はぁ……」


 ベッドに寝転んで深く息を吐く。この本と私の忘れてる記憶を繋げようとする癖は、そろそろ直したほうがいいのかもしれない。

 これはただの物語。私の失くした記憶とは無関係なのだから。


 でも本当に幼い頃の私は、一体誰を探していたというのだろう。

 もう一度本を開いて、「王の影」という文字を指でなぞる。その文字をなぞるだけで、心が高揚していく。


 ねえ、貴方は誰?

 どうして私は、こんなにも貴方に惹かれているの?


 その問いに答える者は誰もいない。

 私もその答えは持っていない。失くしてしまった記憶の中にはあったのかもしれないけれど。


「私はあの日、何を忘れてしまったのかしら」


 誘拐される以前の記憶。

 忘れるくらい嫌なことがあった。だから忘れた。だから思い出さなくていいんだと言ったのは誰だっただろう。


 それでも、このことだけは思い出したいと……どうしてかそう思った。

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