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【第一章・完】桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
序章ー箱庭の少女ー

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2/22

第1話:私の日常

 柔らかな陽の光が窓から差し込んでくる。

 昨夜バルコニーで星を見た後、体が冷え切る前にベッドに戻ったのだけれど、結局あれからあまり眠れないまま夜明けを迎えてしまったみたい。

 目を閉じると、またあの男が出てきそうで怖かったのもある。

 けれどそれ以上に、探していた「誰か」のことで頭がいっぱいになってしまっていたことが原因な気もするのよね。


 眠れないままベッドで横になっていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。

 ゆっくりと誰かがこちらに歩いてくる気配を感じていると、天蓋のカーテンが開かれる。


「おはようございます、お嬢様」


 そう言いながらカーテンを開けたのは、薄桃色の髪を二つに縛った私の専属侍女のメアリー。

 あの日男に拐われた私を助けてくれた、私の大切な人。


「おはよう、メアリー」

「はい、おはようございます、お嬢様」


 私が朝の挨拶をすれば、メアリーも笑いかけてくれる。


「お目覚めでしたら洗顔をお願いします。メアリーは衣装室から今日のドレスを持ってきますから」

「ええ」


 そう言いながらメアリーは、サイドテーブルにお湯の入った桶を置いていく。

 私がベッドから身を起こしたのを確認して、メアリーは隣の衣装室に行くために部屋を出ていった。


「ふぅ……」


 桶の中に手を入れると、ほかほかとした蒸気が温かくて気持ちがいい。

 けれど、温まるために持ってきてくれたわけではないものね。メアリーが戻る前に終えてしまわなければと、さっと洗顔を終える。

 タオルで顔を拭いていると、メアリーがドレスを手に戻ってきた。


「洗顔はお済みですか?」

「ええ」

「それならお着替えをお願いしますね」


 メアリーの言葉に従って、私は立ち上がる。

 今まで着ていたナイトドレスを脱いで、メアリーの持ってきたロイヤルブルーのドレスに袖を通す。


(このドレスも、毎日同じで嫌になるわね)


 私が袖を通すのは、毎日同じ刺繍の入ったロイヤルブルーのドレス。

 ドレスを用意したのは母なのだとか。外に出ない私は着飾る必要もないでしょうということで、この色、この形のドレスばかりが何着も用意されたと聞いている。

 メアリーが母に抗議してくれたらしいけれど、母はそんなメアリーに対して「文句があるなら辞めてくれて構いません」と言い放ったらしい。

 無地のドレスではお嬢様が可哀想ですと言ったメアリーが、少しでも私の慰みになればという思いで、刺繍を縫ってくれたもの。


 メアリーの気持ちは嬉しいけれど、私はやっぱり違う色のドレスを着たいのよね。


「お嬢様のお力になれず、申し訳ありません」

「メアリーが悪いわけじゃないでしょう?」


 私が不満に思っているのが顔に出ていたのか、メアリーが落ち込んだように謝罪してきた。けれど私は、そんなメアリーの言葉に苦笑する。


「このドレスを用意したのは母で、屋敷のお金を管理しているのも母なんでしょう。だったらメアリーが謝るのはおかしいわ」


 色と形に不満はあれど、布は伯爵家令嬢が使うような上質な生地を使ってくれているのだもの。

 いくら私の専属侍女とはいえ、貧乏男爵家出身だと聞いているメアリーに、私の気に入るドレスを用意してなんて言えないわ。


 私の好みとは違う色のドレス。それに対して不満を言えば、メアリーに迷惑がかかる。

 だから私は今日も黙ってこのドレスに袖を通す。


「お似合いですよ、お嬢様」


 背中の留め具を留めながらメアリーが褒めてくれる。けれども私の心は沈んだまま。

 私の金髪にはこの色も似合いますねなんてメアリーは言ってくれるけれど、私の心はこれじゃないと訴える。

 私が纏いたいのはこの色ではない。私が望むのはこれじゃないと騒ぎ立てる心を落ち着かせて、私はメアリーに「ありがとう」とだけ答えた。


「さ、次は髪ですね。こちらへどうぞ」


 メアリーに呼ばれて、鏡台の前の椅子に腰掛ける。

 私が座ると同時にメアリーは櫛を滑らせ、絡まりを解きながら髪型を決めていく。

 迷いなく動くメアリーの指先。いつもと同じ髪型にするだけの動きに、またいつもと変わらない今日が始まったのだと実感する。


 髪型のリクエストを、メアリーにすることは出来ない。

 お仕着せに隠されたメアリーの右腕には、誘拐された私を助ける時に負った、酷い傷跡が残っているから。

 傷自体は塞がって、日常的な動きに支障はないと聞いている。

 けれどその時の怪我が原因で、細かい作業が出来なくなってしまったのだという。


 他の侍女を入れては? と提案したこともあったけれど、母がこれ以上私の侍女を増やすのを嫌がっていると聞いた。

 下手に新しい侍女を入れて、またおかしくなられても困ると判断したのだそう。

 だからメアリーに負担のない髪型にしてもらう。

 そのせいでいつも同じ髪型になってしまうけれど、それも仕方のないこと。私のせいでメアリーの体が不自由になってしまったのだから、私も我慢するところは我慢しなきゃ。


「さあ、出来ましたよ」


 ロイヤルブルーの石が付いた髪留めの音がして、「いつもの私」が完成した。



 着替えが終われば、家族揃っての朝食の時間。

 メアリーの先導で、私は両親の待つ食堂に向かう。


 廊下を歩く時は会話をしてはならない。

 その教えに沿って、私もこの時間は何も言わない。通り過ぎる使用人が私を見ても、会釈すらなくそのまま去っていく。


(……まるで透明人間になった気分ね)


 メアリー以外の誰の視界にも私は存在しない。

 その現実を突きつけられているようで、私の心が痛む。


 食堂の前に控える使用人だけは私を見るけれど、それは扉を開けるという仕事のため。

 決して「私」という人間に関心を持って見てくれているわけではないのは、嫌と言うほど分かっている。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「おはよう」


 開かれた扉をくぐり食堂へと立ち入れば、長いテーブルの上座に座る両親と目が合った。

 両親に朝の挨拶をすれば、父の弾んだ声と、母のそっけない挨拶が私を出迎える。


 私を見て「こちらへおいで」と手招きしてくれているのが、当主で父のカーネル・ルフ・フロイライン。

 私に視線を向けることもなく、短く声を寄越してきたのが、母のシエラ・フロイライン。


 父の手招きを見て、父の背後に立つ執事のバルトが一つ咳払いをした。

 その咳払いに父がビクリと反応して、そのまま落ち込んだように手を下ろした。


(……そんな反応をするのなら、最初から私を招かなければいいのに)


 毎日のように繰り返される父の仕草に苦笑する。

 ああやって私を手招きしては、バルトの咳払いに反応して手を下ろす。バルトに止められると分かっていて、どうして父は同じことを繰り返すのかしら。

 けれど、そんな思いは口には出さない。私は父に微笑んでから、手前にある下座の席に腰掛けた。


 家族全員が席に着いたことで、給仕の侍女が朝食を運んでくる。

 全員の前に皿が並べられたところで、私はカトラリーを手に食事を口に運んだ。


(きっと味は美味しいのだろうけれど、味が分からない程度には空気が悪いのよね……あら?)


 そんな私を、母の侍女であるミリアが何か言いたそうな眼差しで見ていた。けれどもそんなミリアにも、私は笑顔だけを向けておく。


(大丈夫、社交辞令だとちゃんと分かっていますから)


 父の手招きに応じるなと言いたいのでしょう? 大丈夫。私はちゃんと理解していますから。

 笑顔に込めた意味は、ちゃんと伝わっただろうか。

 笑顔を向けた私に、ミリアは一つ息を吐いてから視線を逸らした。

 その時に母の灰色の髪が視界に入った。隣にいる父にちらりと視線を向ければ、薄緑色の髪が見える。


(……本当、私とは似ても似つかない色よね)


 その事実に、私は苦笑する。

 父の髪色は薄緑色。母の髪色は灰色。共に落ち着いた色なのに、私の髪は鮮やかな金髪。

 両親のどちらにも似ていない髪色。それもそのはず、私はこの家の本当の子供ではないのだから。


 あまりにも髪の色が違いすぎて、子供の頃、メアリーに聞いたことがある。

 私はこの家の子供じゃないの? と。


 その時の私は、両親に冷たくされる理由が分からずに、ただ泣いているだけの日々を送っていた。

 だから、本当は期待していたの。メアリーが「そんなことありませんよ。お嬢様はご両親のお子様です」って答えてくれるのを。


 でも、違った。私は本当に、この家の子供ではなかったという。

 私の本当の両親は、父の縁戚の人らしい。

 だけど本当の両親は、働き手となる男の子が欲しかった。なので娘の私は要らないと言って、子供が出来なくて跡取りに困っていた今の両親に、養子として差し出したというのだ。


 本当の両親が会いに来たことはないし、両親からも直接そうだと聞かされたわけではない。

 けれど日頃の私に対する態度を見ていれば、あながち嘘ではないのだろう。

 幼い私もそれを聞いて、自分が冷遇される意味を悟ってしまった。

 愛されないのは、本当の子供じゃないから。屋敷に閉じ込めたのは、これ以上の厄介事を引き起こされたくなかったからなのだと。


 だからもう、私は何も期待しない。

 両親が私をどうしていきたいのかは分からないけれど、言われたまま動く「お人形」でいれば、少なくとも住むところと食事には困らずに済むのだから。


「ごちそうさまでした」


 何の味もしない、何の会話もない。

 ただ出された食事を胃に収めるだけの時間が過ぎて、食事は終わった。

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