第5話:専属侍女に就任
「あの、貴女は……?」
「私はルーティ。数日前……そろそろ一週間になりますかね。屋敷に入ったばかりの使用人ですよ」
改めてルーティに声を掛ければ、ルーティは簡単な自己紹介をしてくれる。
優しく微笑んでくれるルーティに改めて事情を聞いてみると、ルーティは元々ミリアの知り合いらしい。
別の家で働いていたところを、ミリアがその家に頼み込んで、我が家に来てもらったという。
「それなのに旦那様もメアリーも、アリシア様に会わせて何かあったらと言ってアリシア様に会わせようとしない。そんなことでは、彼女に勤め先に帰ると言われても何も言えませんよ! 何のために彼女を他家に無理を言ってまで引き抜いたと思ってるんですか!」
「ミリア、その辺りで終わりにしてちょうだい。それから、アリシアは早くこちらへいらっしゃい」
「あ……」
ミリアのくどくどと続けられる父へのお説教を、頭を抱えた母が止める。
母に再度呼ばれ、再び緊張が体を包む。そんな尻込みする私の手をルーティが引いてくれた。
「落ち着いて下さい。大丈夫、私がいますよ」
「……ありがとう」
そう言ってくれるルーティ。ルーティがそばに居るだけで心強いと感じるのはどうしてなんだろう。
ルーティに手を引かれて私は再び歩き出す。今度は途中で止まることもなく、無事に母たちの元にたどり着けた。
「……貴女は本当におかしくなる呪いに罹ってないの?」
「奥様まで……彼女にアリシア様の呪いは効きませんよ」
私と笑い合うルーティを見た母の言葉に、ミリアがきっぱりと断言する。目の前にいるルーティはミリアの言うように、私を見ても穏やかに笑ってるだけ。
おかしくなった人たちと同じように私を違う名前で呼んで、知らないはずの言葉で話しかけてくるところは同じなのに……その人たちとルーティは何が違うのかしら?
それにあそこまで断言するということは、ミリアはルーティが「絶対に」呪いに罹らないことを分かっていて引き抜いてきたらしい。
誰がおかしくなるのか判別できないと言われていた私の呪いについて、何か分かったことがあるのかしら?
「それで、私はどうしたらいいですか? 専属侍女の足りないアリシア様の侍女にとの話で、うちのお嬢様もそれならばと私を出してくれたのですけれど。アリシア様の世話係ではなく他の仕事をさせられるのであれば、他の方でも大丈夫ですよね? それなら私はお嬢様の元に帰りたいと思うのですが」
あ……前言撤回するわ。笑ってるけど、その声に憤りを感じる。どうやら母たちの対応に、ものすごく怒ってたみたい。
「怒るのは理解できるけど落ち着いて、ルーティ」
「まぁ、引き抜いておいて仕事を任せないのでは怒って当然だわ。屋敷の女主人として謝罪します」
ミリアがルーティを宥めて、母が女主人として正式にルーティに謝罪する。
母の態度から、本当にルーティが我が家の要望で他家から引き抜かれてきたのだと分かる。扱いが使用人に対するそれではない。
(……それにしても、私を前にして意識を向けない人がいるなんて、屋敷で働いてくれている人以外だと初めての経験かもしれないわね……)
ルーティの視線はずっと両親とミリアに向けられている。今までおかしくなっていった人たちのような不躾な視線を向けられることもなく、ただ真っ直ぐに両親やミリアを見据えて淡々と話をしている。
屋敷で働く人たちとも違う。屋敷の使用人はまるで私を「そこに置いてあるモノか何か」を見るような視線を向けてくるけれど、ルーティの先程の視線からは、ちゃんと慈しんでくれるような気配を感じた。
そのせいで今は、私の方がちらちらとルーティを見てしまう。もっとこちらを見てほしいと思ってしまうのは、どうしてなのかしら。先程の不思議な言葉や抱擁に安心させられたことといい、ルーティには私を惹きつける何かがあるみたい。
もっとこちらを見てほしい。話してほしいと思う。……母たちに向ける笑顔から、怒りが滲んでいる気がするのは別にして。
「旦那様も見たでしょう。彼女にアリシア様の呪いは効きません。そのために彼女を借りてきたのですから。それでもまだ渋るおつもりですか?」
「でも……」
「そうね。アリシアの呪いに罹らないなら、これ以上はない人選ね。そのために無理を言って、ルーティをジークフリード家から借りてきてもらったのですから」
けれど私の疑問に答えてくれる人は誰もいない。父への説教を続けるミリアの言葉を聞いてまごつく父とは対象的に、母はそう言ってルーティを見やる。
そういえば今のこの揉め事は、先程からの母たちの話からするにルーティを私の専属侍女にするかどうかという話だったのよね。
私の専属侍女になるために他家から招かれたルーティ。それを父とメアリーが強固に反対していたけれど、母とミリアが押し切ったという形になるのかしら。
……父とメアリーがそんなに反対するなら、最初から招かなければいいのに。それでも招くだけの理由が母とミリアにはあったというの?
まあ、私としてはルーティを借りてきてくれて、とてもありがたいのだけれど……。
と言うか、母が私のために他家から侍女を借りてくるとは思っていなかったので、そちらの驚きのほうが強いのだけれど。
「ルーティ。貴女に事情があって期限があるのは分かっているわ。それでもその期日までの間だけでもいいの。私の愛娘・アリシアの専属侍女になってもらえるかしら?」
(え……?)
母の口から聞こえた単語に、一瞬、頭が真っ白になった。
今、母は何と言ったのだろうか。ルーティを私の専属に? いえ、そちらではなくて。
……愛娘? 母は私のことを「愛娘」と、本当にそう呼んだの?
私は養子で、愛されていないのではなかったの……?
どういうことだろう。母は私を毛嫌いしていて、食事中も側に近寄らせたくないと思っていたのではないの?
呆然とする私をよそに、ルーティはにこりと微笑む。
「そのために私は呼ばれたのでしょう? 謹んでお受けいたします」
「頼みますね、ルーティ」
「はい」
母の提案をルーティが頷いて受けてくれる。ルーティはそのために我が家に来たという。
……母は本当に何を言っているの? 今更愛娘と言われても困る。だって私はただの養子で、家族だと思われてなくて、母からは嫌われているんでしょう?
子供の頃からずっとメアリーに聞かされ続けてきた養子の話。その話があったから、私はずっと独りで耐えてきたのに。
なのに、どうして今更そんなことを言うの?
「アリシア様、これから宜しくお願いしますね」
ニコリと笑うルーティ。何も分からないまま、ルーティは私の専属侍女になってくれることになった。




