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桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第2章ー変わりゆく日常ー

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第14話:「先入観」が歪めたもの

「……ねえ、シエラ。メアリーだけど、随分言動が幼くないかしら。あれで今いくつなの?」


 メアリーたちが出ていった扉を見ながら、ルキアがポツリと呟くのが聞こえた。


(そういえば……メアリーって今いくつなのかしら)


 思い出してみようとするけれど、メアリーから年齢の話を聞いたことがなかった。

 メアリーに助けられた誘拐事件が起きたのは、私が五歳の秋。冬に誕生日が来て、春を迎えた今の私は十六歳になった。十年と半年もの時をメアリーと一緒に過ごしてきたはずなのに、私はメアリーの年齢どころか、メアリーについて何も知らないのだと思い知る。


「我が家で雇用した時点で貴族学院を卒業したばかりの十八歳だと申しておりました。その後アリシア様と同じように冬に誕生日を迎えているので……現在二十九歳となっているはずです」

「あれで三十間近なの……?」


 そんなルキアに、ミリアが丁寧に説明しているのが聞こえた。

 メアリーの年齢を聞いてルキアは呆然としているけれど、私も驚いた。

 若くて感受性が豊かな人だと思っていたけれど、メアリーはもう三十歳に近いらしい。母やルキア、年下のネルと比べても、あの髪型(ツインテール)も相まって随分と幼く見える気がする。


(……あれ?)


 ふと、何かが気になった。なんだろうと思ってちらりとミリアを見て、ルキアを見る。

 二人とも、髪型は他の使用人と同じように後ろで一纏(ひとまと)めにしていた。部屋で待機している他の侍女(じじょ)たちも同じ髪型だった。

 思い返せば食堂を出ていったネルも、いつも呼びに来る高圧的な侍女も、昨日のルーティも、普段私がメアリーにされている一纏めの髪型だった気がする。メアリーの髪型は、綺麗に真ん中を分けたツインテールなのに。


「そういえば、メアリーだけ他の使用人と髪型が違うのね」


 サラダを食べながら、ポツリと考えていた言葉が漏れる。その言葉に、ミリアが息を呑んだのが分かった。ちらりと母に視線を向ければ、母もどこか呆然としているようにも見える。


「……腕を怪我しているから、後ろでうまく一つに結べない。だから左右に分けて縛りたいという申し出があったのです」

「それならどうして、あんなに綺麗に分けられるのかしらね」


 メアリーが告げたらしい事情をミリアが説明してくれるけれど、それを聞いたルキアが呆れたように呟いた。


 でも言われてみれば、確かにルキアの言うとおり。

 日頃は私も気にしたことはなかったけれど、メアリーはいつも綺麗に分け目を作っている。

 誰かにやってもらってるのかな? としか思っていなかったけど、そう思うこと自体が間違いなのだと今なら分かる。誰かにやってもらえるのなら、他の使用人と同じように一纏めにすればいいだけなのだから。


 あの反応を見ると、私が気付いていなかったように、母とミリアもきっと気付いてなかったのね。二人もまた、メアリーが怪我をしているという先入観に囚われて、正しい振る舞いが見えてなかったのかも。

 時雨(しぐれ)の言った「先入観は見方を変える」という言葉は、こんなところでも発揮されるのだと思わなかった。

 そんな風に思いながらパンを食べていると、ルキアは母とミリアを見ながら深く息を吐いた。


「先入観は見方を変えますよ、シエラ。腕を怪我していることと、特別扱いをすることは別です。実際に腕が使えないというのが事実だとしても、サイドで一纏めにさせるとか、他の使用人にやってもらって規則通りの髪型にするとか出来たでしょう」


(! 今の言葉……)


 ルキアの告げた言葉に、食事の手が止まる。

 不意に聞こえた言葉についルキアに視線を向けてしまうけれど、ルキアの視線は真っ直ぐに母たちに向けられている。


「ルキアの言うとおりですね。使用人は使用人らしく、メアリーの髪型も規則通りにするべきでしょう」

「……そうね。それではメアリーも、明日から規定通りの髪型にさせなさい」


 ルキアの説明にミリアも同意する。母が決定を下したことで、メアリーの見慣れた髪型は今日で見納めになることが決まったらしい。

 あの髪型のメアリーを見ることはもうないのだと頭の隅で思いながら、ルキアの言葉が脳裏を占める。


(「先入観は見方を変える」……ルキアも、その言葉を使うの?)


 昨日ルーティが使った言葉。夢で時雨が与えてくれた言葉。その言葉をルキアも使う。

 それが何を意味するのか、今の私には分からない。


(知り合いだって言ってたし、単にルーティからその言葉を聞いただけ? それとも……ルキアも、時雨の言った「揚羽(あげは)た(・)ち(・)」の中に含まれるというの……?)


 分からないことが多いけれど、それを今この場で口に出すのは違うと思って、私はその疑問をパンと一緒に飲み込んだ。

 気になったことは後で聞けばいい。今は食事を済ませようと思って、意識を食事に向け直した。


(……それはいいのだけれど)


 ルキアの言葉以上に気になることがもう一つある。それは隣で食事を進める父のこと。

 これだけ母とルキアが話をしているのに、父は先程からずっと黙ったまま食事を進めていた。


(お母様と違って先程から一言も喋らずに食べ続けているのだけれど、私と話をするのは嫌なのかな……)


 そう思うだけで悲しくなってくるけれど、隣に招いてくれた気持ちが嘘だとは思えない。

 聞きたいことは聞いていい。父は私をあれだけ歓迎してくれていた。それなら、話し掛けたところで嫌悪されたりはしないだろう。

 勇気を出して父に声を掛けようとした時、ふと父の手元が目に入った。

 異様な速さで食事を口に運んでいく父。その速さに少しだけ驚いた。


「お父様……意外と早食いなのですね」

「単に時間がないだけよ」


 呆気に取られて口から漏れた私の呟きに、母が律儀に答えてくれる。改めて見れば、母の食事を進める手もかなり早い。


「時間がない?」

「そろそろ出勤の時間だからね。だから、出るまでに食べれるだけ食べておかないと」


 私の疑問に、もぐもぐと口を動かしながら簡潔に父が答えてくれる。

 そんな父の言葉に、メアリーの言葉が脳裏に浮かぶ。


――やれやれ。いつもの時間から大幅に遅刻ですよ。全く、髪型ごときに時間を掛けてご両親をお待たせするなんて、どれだけお嬢様は周囲に迷惑を掛ければ気が済むのですか。


 その言葉を思い出して、血の気が引いていく。食堂に入る前、メアリーは呆れながらそう言っていた。

 出迎えてくれた両親は私が遅くなったことを咎めなかったし、昨日から判明し続けているメアリー絡みの嘘もあって、それもまたメアリーの嘘なのだろうと勝手に思っていた。


(なのに、二人に時間がなかったのは本当だったなんて!)


 メアリーが嘘をついているという先入観に囚われて、メアリーの言うことは全部嘘だと思い込んでいた。

 その思い込みから、両親の時間を奪ってしまっていたことに申し訳なさで胸が一杯になる。


「く、来るのが遅くなって申し訳ありません……!」

「んぐっ!? あ、アリシアは何も悪くないよ! 僕らが勝手に待ってただけだからね!」


 私の謝罪を聞いて、慌てた父が口の中のものを飲み込んでから、即座に私のせいではないと否定してくれる。

 けれどいつもとは違う髪型に変えてもらっていたり、廊下でのんびりと話をしていたのは事実だもの。


「アリシアは気にしなくていいわよ。時間がないと分かっているのに、先に食べていなかったのはこちらですからね」

「で、でも……」


 慌てる私と父を見て、静かな声で母がそう言ってくれる。

 私に責任を感じさせようとしない両親。待たせたことを怒られなかったのだとしても、待たせてしまった事実は変わらない。


「ご馳走様」

「私もここまでね」


 あわあわとしているうちに、父がカトラリーを置いた。その声を聞いて、母もカトラリーを置く。

 父は完食したようだったけれど、母の皿にはまだ半分近く残っている。それを見て、改めて両親の時間のなさを思い知った。


「本当にアリシアは気にしなくていいからね。むしろ、家族一緒の時間が食事の時しかないからと言って、こんな慌ただしい中付き合わせて済まないね」

「たまにはアリシアに見送ってほしいと思うけれど、朝はゆっくりと過ごしたいという貴女を、こんな忙しない朝食に付き合わせているのですもの。これ以上の無理はさせられませんからね」

「え……?」


 席を立ちながら、両親は私を見て寂しそうに笑ってからそう告げた。

 私が言われた言葉の意味を理解する前に、二人は私の返事を待つことなく、慌ただしく食堂を後にした。

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