第13話:噛み合わない言葉
忌々しそうに冷たい眼差しでルキアを見るバルト。
いっそ殺意すら含まれていそうな冷たい眼差しに、私が見られているわけでもないのにゾッとした。どうしてそんな目をするのだろう。
昨日メアリーを庇ったことといい、バルトもバルトで何を考えているのか分からない。
(バルトも、私の環境が良くなることをよく思ってないのかな……)
その事実に気がついてそっと息を吐く。
使用人たちは私を嫌っている。いつも私を呼びに来る母付きの専属侍女ですら、私を見下している。
それを思えば、父付きの執事であるバルトが私を見下していてもおかしくはない。
(でも……本当にそれだけなのかな)
今までメアリーは私が使用人に嫌われる理由として、私が養子だから、私を見るだけでおかしくなるからと言った。
確かに昔、おかしくなって私を攫おうとした人はいたし、メアリーの話が本当なら、私は養子で、この屋敷の本当のお嬢様ではない。だから私の存在を認めたくなくて嫌がらせをしてるというのなら、悲しいけれど嫌われる理由としてはまだ分からなくもなかった。
私が誰かをおかしくさせるから、自分もおかしくなるかもしれないと思ってる使用人は私から距離を取る。
人を狂わせる不気味な子だと思われているから、私は両親にも使用人にも嫌われている。
外で誰かをおかしくさせて誘拐されても困るから、私は外出も禁じられている。
メアリーはずっとそう言い続けてきたし、私もずっとそうなんだと思い込んできた。でも、今はそれだけでは説明が出来ないことが多くなっている。
不気味な子だと思って嫌っているはずなのに、両親は私を大切な娘だと言ってくれた。
それに私を見て人がおかしくなるというのなら、どうして屋敷の使用人は私を見てもおかしくならないの?
メアリーの話のどれが本当で、どれが嘘なのか、本当に分からない。私は混乱する思考を落ち着けるために、一度深く息を吐き出した。
「……アリシア様」
「え?」
思考に沈む私の耳に、私を呼ぶルキアの声が届いた。いけない、また自分の思考に没頭していたみたい。
「あ……何?」
「アリシア様の料理には無味薬が使われていたのでしょう? ごまかし防止のためにも、ちゃんと毒見はしましょうね」
慌てて返事をすれば、ルキアは苦笑しながら、懐から金の粉末の入った瓶を取り出した。
その粉末を見て、両親がハッとした顔でルキアを見た。そこで私も、昨日の朝食で無味薬が使われていたのを思い出した。
昨日出された昼食、その後の家族の隣で食べた夕食に無味薬は入っていなかった。けれどそれは、朝食で判明したから夕食で外されただけなのかもしれない。それを思えば、確かに確認は必要だと思えた。
「そうね……ルキア、確認をお願いしていい?」
「かしこまりました」
私が告げると、ルキアは手にした毒検知薬を料理に振りかけていく。
昨日のルーティもそうだったけれど、ルキアも毒見をする時は毒検知薬だけに頼らない。料理に顔を近付けて、匂いや味に異常がないかを確かめていく。
「……バルト様のことなら、問題ありませんよ。彼には何も出来ませんから」
「え?」
料理に顔を近付けた時に、私にだけ聞こえる程度の小さな声で呟くルキア。
ルキアもバルトの視線に気付いていたらしい。あれだけ殺意のこもった眼差しで見られれば、誰でも気付くのかもしれないけれど。
でも、バルトには何も出来ないってどういうことなのだろう。ルキアは何を知っているの?
「ルキア、実家から後見を受けていたの?」
母がルキアの毒検知薬を見ながらぽつりと呟いた。
そういえば金粉型の毒検知薬は侯爵家以上の家で使われるものだと、昨日ルーティも言っていた。ルキアが侯爵家出身ということであまり気にしていなかったけれど。
でも、貴族学院を卒業するのと同時に家を追い出されたという話だったのに、その後も後見してもらえるものなのかしら?
そんな風に思っていたら、ルキアが静かに息を吐いた。
「あの兄が私の後見人になってくれるわけないでしょう。これは別の侯爵様にいただいたのです」
母の言葉に淡々と返しながら、ルキアは一口ずつ料理の味を確認していく。
思っていた通り、ルキアはやはり正妻との間に生まれた兄と仲が悪いらしい。
それ自体は想像通りだったのだけど……けれど今、何かが引っかかった気がした。
「その侯爵様、よく後見してくれたねえ。どんな縁があったんだい?」
「娘の友人が嫁いだ縁ですよ。だから、後見を頂いたのもつい最近なのです」
父の驚いた声にも、ルキアは淡々と答えるだけ。その姿に、どこか違和感を感じる。
(昔からの友人だという割には、ルキアの反応……どこか冷たくない?)
先程の母とのやり取りでは、本当に友人なのだという温かさを感じたような気がしたけれど、今のルキアと両親のやり取りに、その温かさは感じられない。
それに学院時代の友人と言う割には、父も母もルキアの家庭事情を知らないみたいだし。
(本当に友人なのかな……。それとも、学院を卒業してからのことは把握してないだけ?)
何とも言えない疑問が湧き上がる。
けれどその疑問が口から出てくる前に、毒見を終えたルキアと視線が合った。
「味にも問題ありませんね。アリシア様、どうぞ」
「あ、ありがとう」
ルキアに促されるまま、私の意識は食事に戻される。
ちらりとルキアに視線を向けても、ルキアは私には優しげな笑みを浮かべていた。
(冷たく感じたのは、気の所為だった……?)
どれだけ考えたって答えは出ない。
分からないことを考えすぎても仕方がないので、もう一度思考を落ち着けてから、私は出された食事に向き合った。
カトラリーを手にとってスープを口に運べば、しっかりと煮込まれた野菜の甘味が舌に感じられた。ルキアが確認してくれた通り、今日はちゃんと最初から味がある。
(本当に、今まで何を食べさせられてきたのかと思うくらいの変わりようね)
何の味もしない食事は、本当に昨日で終わったらしい。
昨日は初めて味のする食事に泣いてしまったけれど、今日もその味を感じられた。
それだけで、私の日常は変わったのだと実感できた。
「それではアリシア様、私はこれで失礼致しますね」
「え?」
私たち家族が朝食を食べ始めたのを見て、ネルがいきなり退室を告げる。
(え、急にどうしたの? ネルは一緒にいてくれないの?)
いきなりの退室宣言に不安が湧き上がる私を置いて、そのままルキアはネルの隣にいたメアリーにも声を掛けた。
「メアリー。貴女もいいわ。下がりなさい」
「お嬢様の筆頭侍女は私ですが?」
ルキアの淡々とした言葉にも、メアリーは苛立ったように反発する。
そんなメアリーを見て、母が深く息を吐いた。
「貴女はもうアリシアの筆頭侍女ではないわ。今日からアリシアの筆頭侍女はルキアよ。あれだけのことをしておいて、いつまでも貴女を筆頭侍女として扱うわけがないでしょう」
「ルーティにルキアにネル……貴女以外の侍女も増えました。これからも増やしていく予定です。奥様の決定に文句があるのなら、貴女はもう辞めてくれて構いませんよ」
母とミリアに言われ、メアリーは歯ぎしりをする。
昨日の時点で専属侍女が増えてメアリーが何かやらかしたら、専属侍女の地位を剥奪すると母は宣言していた。それがいいことなのか、悲しむことなのかはまだ分からないけれど、食堂に来るまでに起きたことを母に報告すれば、メアリーはもう専属ではいられないだろうなと頭の隅で考える。
「それとも命令違反で、この場でクビを宣告されたいのですか?」
「っ……失礼します!」
再度告げるミリアの言葉に、メアリーはこの場でクビにされるのは困ると判断したのか、苛立ちを隠さないまま踵を返した。
ずんずんと不満を隠そうともしない後ろ姿を追いかけるように、ネルも食堂を後にする。
「何なのでしょうね、あの態度は」
「放っておきなさい。どうせもう専属から外れることは決まっているのですから」
メアリーの態度に不満をこぼすミリアを見て、母は淡々と言葉を返す。
何が起きてるのか分からずに呆然と見送る私の耳に、誰かの舌打ちする音が聞こえた。聞こえた音の先に視線を向ければ、そこにいるのはバルト。
『使えない女だ』
ぼそりと呟かれた言葉は、小さな音だったのに、酷く大きな声に聞こえた。
退室するメアリーの背中を見ながら、王国語ではない音でメアリーを「使えない女」と呟いているバルト。その音は誘拐犯やメアリーたちが使っていた音によく似ていた。
嘘……。メアリーやルーティだけでなく、バルトまでその言葉を使うの……?
知らない国の言葉を使うバルトにメアリー……。
私の知らない二人の間にどんな関係があるんだろうと、少しだけ怖くなった。




