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桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第2章ー変わりゆく日常ー

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第9話:ルーティの事情と貴族の人生観


「ルーティの諸事情って……」

「お相手が忙しすぎて、まだ迎えが来てないだけですよ。なにせルーティのお相手の侯爵様、複数の領地を抱えてる方ですから」


 はっきりと聞いてもいいのか分からなくて、ぽつりと呟くような形で言葉が漏れる。

 でも、その漏れた私の言葉に、ネルがすぐに答えてくれた。聞いてはいけないのかの判断に迷っていたから、答えをくれるのは有り難い。

 けれど、言われた言葉に一瞬思考が停止する。


 複数の領地を持つ侯爵様。

 ルーティのお相手としてを示すその言葉が、なかなか理解出来なかった。


(……ルーティのお相手って侯爵様なの? しかも複数の領地持ち?)


 ようやく戻ってきた思考で、耳に届いた言葉を反芻する。

 それでも意味が分からない。ルーティが男爵家の令嬢だという話はネルから聞いていた。

 男爵令嬢と侯爵様。そこにどんな出会いがあったのか、詳しく聞いてみたい気もするけれど、そこから先は完全にルーティ個人の話。

 本人のいない場所で聞いてもいいのか分からない話題をあっさりと出されて、どう反応していいのか分からなかった。


(それにしても、そんな凄い人とルーティは、一体どのようにして出会ったのかしらね)


 ルーティとお相手のことは気になる。

 気になるのだけれど、私にはそれ以上に気になることがあった。


「ねぇ……ルーティ本人がいないのに、こんな話を聞いても良かったの?」


 その話を本当に聞いていいのかを確認してみる。

 ネルやルキアが気にしなくても、やっぱりルーティ不在の状態で話すのは気が引けたから。

 そんな私に、ネルは優しく微笑んでいる。


「問題ありませんよ。ルーティとお相手の侯爵様のことは、社交界では知らない人がいないと言えるくらい有名な話ですから」

「有名……?」


 ネルの言葉に、思わず首を傾げてしまう。

 何をどうしたら一個人の交友が社交界で話題になるというのだろうか。

 そんなふうに私が頭を悩ませていたら、前を歩きながら話を聞いていたルキアがくすくすと笑い出した。


「ルーティの話はその辺りにしておきましょうか。いくら有名な話でも、本人不在のところで盛り上がるのはどうかと思いますよ」

「それもそうですね。ここから先はルーティ本人から聞いてください」


 私が話を聞くのを躊躇っているのを感じたのか、ルキアがやんわりと話を止めてくれる。

 静止の言葉を受けて、ネルもそこで話を終わらせた。

 ルーティがこの場にいたのなら、最後まで聞いたであろう話を途中で切られたことに、少しだけ残念な気持ちはある。

 でも、やっぱり本人不在で盛り上がるのは良くないものね。


(そこにどんな事情があったとしても、侯爵様にルーティが愛されているのなら良かった。そう思うことにしておきましょう)


 そんなことを考えていたら、ネルも一つ笑みを浮かべて私を見る。


「まあ、貴族が結婚するタイミングはそんな感じですね」


 そう言ってネルは話を終わらせた。

 色々な話が聞けて、楽しい時間を過ごせたことに、私も自然と笑みが浮かぶ。


「そうなのね、色々教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 私の知らなかったことを教えてくれたネルにお礼を言えば、ネルは柔らかく微笑んでくれる。

 質問してもいい。話してもいい。メアリーに禁止されていたそれは本当に嘘だった。

 どうして禁止されているのか分からないままだった。そんな曖昧なマナーに、明確な答えがもらえたのも嬉しかった。


「結婚した後は皆、働きに出るものなの?」


 もっと聞いてみたくて、私は質問を続けてみた。

 私の質問に、ネルも嫌そうな素振りは見せない。そうですね、と考えてから答えてくれる。


「そこは人それぞれですね。我が家は貧しいので働きに出ましたが、相手が領地持ちであれば、外で働かずに領地のことを学ぶ時間として使われます。また、領地を持たなくても、妻として屋敷を支えるために旦那様のお母様から屋敷運営について手ほどきを受ける方もいますから」


 その口から出てくる答えは、またしても私の知らない外の世界のこと。

 貴族学院を卒業したら結婚する。相手の家に嫁ぐ。そこまでは同じでも、そこから先は同じではない。

 働きに出る人、領地のことを学ぶ人、屋敷を支えるために家のことを学ぶ人。

 一言で結婚すると言っても、その中身は本当に多彩なのだと、ネルは教えてくれた。


「本当に人によって違うのね……。ルキアはどうだったか聞いてもいい?」


 ネルの話から、前を歩くルキアにも聞いてみたくなって声を掛けてみた。

 でも、声を掛けてから聞いてもいいことなのかと一瞬考えた。

 侯爵家の愛人として生まれて、息子さんがいる家に嫁いだルキアなら、また違う話を聞けるかと思ったけれど、それはそのままルキアの傷に触れることになる。


(さすがにこの話題は無神経……よね?)


 心の中で反省する。けれど出してしまった言葉は取り消せない。

 どうしようと焦っていたら、ルキアはそれを全く気にしていないみたいに、優しい笑みを浮かべながら振り返った。


「私が結婚した時には、既に息子がおりましたからね。結婚後は働く間もなく、子育てをしておりましたよ」


 顔だけをこちらに向けて、ルキアは優しく答えてくれる。

 その素振りに、気にしてなくて良かったと安堵した。それと同時に、本当に家庭によって違うんだなと実感する。


(メアリーはどうだったのかな……)


 背後にいるメアリーに意識を向けてみる。メアリーは相変わらず不機嫌そうな気配を出しながら、黙ってついてきていた。

 メアリーにも話を聞いてみたいと思う気持ちが浮かんでくる。けれど、メアリーは私を助ける時に怪我をして婚約破棄をされている。


(そんなメアリーに、貴族学院を卒業した後どうしたかなんて、聞けるわけないわよね……)


 何よりもそんな話を、メアリーに答えてもらえるとは思ってもいない。いつだってメアリーは、私の質問の答えを何一つとしてくれなかったのだから。


「結婚後の生活もそうですけど、子供が生まれてからも違いますよね。私は子供が生まれたら乳母として働くつもりですけど、裕福な家は乳母を雇って子供を任せる家もありますから」

「我が家は私が育てていましたね。息子の時には乳母を雇っていたそうですけれど、娘は自分で育ててみたいと思ったのです」


 ネルとルキアが何気なく続けた言葉。

 ルキアが先んじて答えてくれたのは、私が聞いてもいいのかと躊躇しすぎたからかもしれない。

 ネルは当たり前みたいに乳母として働くことを語る。普通ならきっとそれが当たり前なのだろう。


(私が生まれた時……私の両親はどうだったのかな)


 けれどそう考えてから、私は即座にその思考を放棄する。どう考えても、そんな微笑ましい光景にはならなかっただろうから。


 私を見ておかしくなる人がいる。私は人をおかしくさせる呪いに罹っている。だから私は家から出られない。

 そう言われ続けながら、私はずっと屋敷に閉じ込められてきたのだから。


(きっと私の両親だという人も、私を養子に出したのは男の子が欲しいとかの理由ではなくて、本当はそんな私を気味悪がって養子に出したのでしょうね)


 父の親族だといいながら、一度も会いに来ない本当の両親。

 契約とか諸々の理由もあるのかもしれない。でも、本当の両親が会いにこない理由がそれではないなんて保証もない。

 それを思うだけで胸が痛む。


(でも……それは本当にそうなのかな……)


 子供の頃は、メアリーに聞かされたその話を信じて、毎日泣いていた。

 でも、今は違う。


 私が養子だということ、屋敷から出られない理由。それを私に言ったのはメアリーだった。

 そしてそのメアリーが、言ってもいない私の意見を捏造して、母に私の意思だと偽って勝手に報告していたのが昨日発覚した。


 それを思うと、おかしくなる呪いについても疑わしく思えてくる。


 昨日のルーティに、今朝初めて会ったばかりのネルとルキア。両親も、母の侍女(じじょ)であるミリアですら普通だった。

 ううん、その人たちだけじゃない。いつも部屋に来る高圧的な態度を取る侍女。それから屋敷で働く私を見下す使用人も、私を見ても普通だった。


(私を見下す態度を普通と言っていいかは分からないけれど……それでも誘拐犯たちみたいに、おかしくなったりはしていないのよね)


 私を見て、意味の分からない言葉を発しながら、私を連れ去ろうとする誘拐犯たち。

 それが呪いによって引き起こされたというのなら、呪いに罹らない人たちがいるのはどうしてなのだろう。

 おかしくなる呪いに罹る人と罹らない人の差。おかしくなった人が使う不思議な言葉。

 どれだけ考えても、分からないことばかり。考えても仕方のないことだと分かっていても、それでも気になってしまう。


(あの人たちから見た私は、一体どういうふうに見えているのだろう)


 考えたって答えは出ない。

 それでもこの問いからは、避けて通れないような気がした。

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