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【新章開始】桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第2章ー変わりゆく日常ー

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第8話:会話の練習


 ルキアに廊下で話していいと言われ、実際にネルも話し掛けてくれる。

 そのおかげで、私の中にあった緊張感は少しだけ薄れた。本当に話してもいいんだという実感も、少しずつだけど持てている気がする。


(だけど……)


 話していいと言われても、それでも私の喉から、なかなか言葉が出てこない。

 今までメアリーに言葉を封じられてきた反動なのか、どうしても廊下で話すことを躊躇してしまう。

 十年以上メアリーに言われた言葉は、そう簡単には抜けないらしい。


 それに、問題はそれだけじゃなかった。今まで話し相手がいなかったから、誰かと会話をするということ自体にも緊張してしまう。

 髪を纏めて貰っていた時は、ルキアとネルの雑談に混ざる形で会話に参加させてもらっていた。

 だから、自分から話し掛けようとした時に、どう話し掛けていいかが分からない。


 チラリと隣を歩くネルに視線を向ける。私を見ていたネルと視線が合う。

 何か言われるかなと思ったけれど、ネルは何も言ってこない。ただ優しく微笑んでくれるだけ。その眼差しは、私の言葉を待ってくれていた。

 聞きたいことがあるなら聞いていいという態度で、急かすことなく私の言葉を待ってくれていた。


 聞きたいなら聞いていい。それがどんな言葉でも、ネルはきっと優しく答えてくれると思うから。

 私は勇気を出して口を開いてみた。


「えっと……ネルのこと、聞いてもいい?」


 悩んだ末に単刀直入に聞いてしまう。言った瞬間に、何かが違うと感じた。

 もっと上手い言い回しとか、話の入り方とか、ごく自然な会話には程遠い言葉に自分でも驚いた。


(私、こんなにも普通の会話が出来なかったの……?)


 そんな風に軽くショックを受けていたら、前を歩いていたルキアが小さく苦笑した。


「アリシア様には、相手から話を聞くための話術の勉強も必要そうですね」


 ルキアの言葉に、恥ずかしさから頬が少しだけ熱くなった。

 責められてるわけでも、馬鹿にされてるわけでもない。ただ単純に、私に必要なものを確認しているだけのような声だった。


 でも、自分でも上手く話せていないと思う。

 確かに唐突すぎたかもしれない。そういった細かいマナーや話術のやり方を、私は知らない。


(いつもメアリーが話す話題を一方的に聞かされていただけだったし、私が何か話を聞こうとすると遮られてるだけだったから……)


 そう思うだけで落ち込んでしまう。

 今までの私にとって、会話とは一方的に話される誰かの言葉を聞かされるためのもの。

 自分から聞きたいことを尋ねたり、自分の意見を述べる機会なんて、今まで一度も許されなかった。


 出来ないのは、誰にも何も教えられてこなかったから。

 悪いのは教えてこなかったメアリーと、何の確認もしなかった母なのだと、ルキアもはっきりと言葉にしてくれた。


 でも、そうだと分かっていても、会話一つ成立させられない自分が情けなく思えてくる。

 誰かに話し掛けて、話を聞き出す。言葉にすればそれだけのことなのに。

 自然な会話の中で相手から話を聞くということが、こんなにも難しいことだとは知らなかった。


「大丈夫ですよ、アリシア様。知らないことがあったとしても、これから知っていけばいいだけですから」


 少し落ち込んだ私を見て、隣にいたネルがそう言ってくれる。


「これから色々学んでいきましょうね」


 私の手を取って、ネルが励ましてくれる。その言葉に少し、肩の力が抜けた。

 そうよね。私が知らないことばかりなのは、最初から分かっていたことだもの。昨日から何度も突きつけられてきた、私の知らないこと。それが分からないからと言って、恥じなくていいのだと言ってもらえたのだから。

 ネルの言う通り、これから色々学んでいけばいい。それだけ。


「色々教えてくれる?」

「お任せ下さい」


 恐る恐る聞けば、ネルは私を見下すことなく快く応じてくれた。

 その返事が嬉しくて、胸の奥が少し温かくなる。


 知らないことを知らないと言ってもいい。

 知りたいことを聞いてもいい。


 人によっては些細なことと笑うかもしれない。当たり前のことだと言うかもしれない。

 それでも私は、今まで手に入れられなかったその「当たり前」をようやく手に入れられたことが、何よりも嬉しかった。


「まずは先程のおさらいから始めましょうか。話し出す流れですが、最初は軽めの雑談から入るのですよ。最近暖かくなってきたとか、雪が溶けて過ごしやすくなってきたとか、そういう話をしてから本題に入るんです」

「そうなのね」


 ネルが例を出して教えてくれる。誰にでも話しかけやすい、場を和ませるための話題。

 会話の入口を作り、そこから本題へ。

 そう言われると、確かにその方が自然なのかもしれなかった。


 私たちが本格的に話し出したのを見て、ルキアがまた食堂に向けて歩き出す。私たちもそれに続いて歩き出した。

 廊下に私たちの足音と話し声が響き渡る。

 背後のメアリーからは不愉快だと言わんばかりの気配を感じるけれど、それでもルキアに言われたからか何かを言ってくることもない。


「雑談の後で、学院を卒業した後はどうしてますか? みたいに、話題の一つとして出すのが自然ですよ」

「えーっと……」


 ネルは私にも分かりやすいように話してくれるし、言われると何となく分かる気はする。

 けれどそれがすんなり出来るようになるかはまた別問題な気がした。


 最近暖かくなってきて、過ごしやすくなってきましたね。

 学院を卒業した後はどうしているのですか。


 頭の中で言葉を並べてみるけれど、自然な流れにするにはまだ難しそうだった。

 どう繋げればいいのか、最初の雑談から聞きたい本題にどうやって入るのか。流れをイメージしてみるけれど、なかなか上手く繋がらない。簡単に話しているようで、思ったよりずっと難しい。

 どうやって話を繋げようかと悩む私を見て、ネルが柔らかく笑った。


「この手の挨拶は、数をこなせばどうとでもなりますよ。慣れるまで、どこまでも練習あるのみです」


 ぐっと拳を作りながら言うネル。その仕草が可愛らしくて、思わず笑みが浮かぶ。


(でも、確かにその通りなのかもしれないわね)


 最初は上手く出来なくてもいい。

 何度も話し掛けて、何度も失敗して少しずつ覚えていけばいい。最初から全部完璧にこなせる程、私は器用な人間ではないのだから。


「それでこのような雑談をしてから、本題に入るんですよ。アリシア様が聞きたいのは私の話で間違いないですか?」


 その言葉を聞いて、ネルが話を変えたのが分かった。

 自然に話題が変わる。最初の雑談から本題に入る。それをネルが実践して見せてくれた。


(……こういうことなのね)


 会話の中でごく自然に、さりげなく話題を変える。そのスムーズな話題転換に感心した。

 私もいつかそんな風に出来るようになりたいなと思いながら、ネルの言葉に頷いた。


「私、ネルのことを知りたいの。ネルがどんな人か、聞いてもいい?」

「構いませんよ」


 私の質問に、ネルは優しく答えてくれる。


「私も去年の秋に貴族学院を卒業して、卒業と同時に結婚しました。ですが、嫁ぎ先も我が家と同じくらい貧しい家なので、生活のために働きに出たのですよ」

「ネルも結婚していたの?」


 ルキアの娘さんが結婚したという話は聞いていた。けれどネルも結婚していたとは思わなかった。

 ネルもルーティも、私と年が近そうな若い女性という印象があった。

 だからそんなネルが、もう結婚しているということが意外だった。


「貴族は大体、貴族学院卒業と同時に結婚しますからね。ルーティは諸事情からまだ独身ですけれど、ちゃんとお相手がいますし」


 そんな私の反応を受けて、ネルは気を悪くするでもなく、一般的な貴族の結婚事情を話してくれた。

 ルーティにもそういう相手がいる。それを聞いて目を瞬かせた。

 あのルーティも、そのうち結婚する。ちゃんと相手がいる。そのことが何か不思議な感じがした。


(……でも、「諸事情」って何なのかしら?)


 ルーティにもお相手はいる。なのに結婚していない。

 そこにどんな理由があるのだろう。そのことが少しだけ気になった。

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