第2話:苦手なお茶会
「お待たせしました、お嬢様」
扉の向こうから声がして、メアリーが部屋に戻ってくる。手に持つトレイの上にはお湯の入ったポットと白磁のカップ。それから三段のティースタンド。
メアリーの姿を見て、やっと一人の時間が終わったと息を吐いた。
「今からお茶会の準備をしますので、もう少しお待ちくださいね」
「ええ」
メアリーはいつもの調子でそう言って、部屋のバルコニーに出ていく。カーテンが揺れ、春の温かな風が室内に吹き込んでくる。
家から出られない私が、少しでも外の風に当たれるようにとメアリーが用意してくれた私専用の簡易お茶会場。
小さな丸テーブルに二脚の椅子。そのテーブルの上にティースタンドを置いてメアリーが茶器を手際よく並べていく。
(あ……)
メアリーが置いたティースタンドの一番上のお皿に乗るものを見て、私はつい眉間を寄せてしまう。
(……また、あるのね)
そのお菓子があることに、私は溜息をつく。
一番上の皿にあるのは、私の苦手なナッツを使ったものばかり。刻んだナッツが表面に散らされたタルトやクッキー。私が何度苦手だと言っても、我が家の料理人はそんなの知ったことではないと言わんばかりにそれを出してくる。
(私が「苦手だから」と言ったから、わざわざ増やしたのかしらね。……私への嫌がらせのために)
最初はただの偶然だと思っていた。けれどこうも毎日のように私が苦手だと告げたものを出されると、そう思いたくなっても仕方がない。
この屋敷の料理人も使用人も、私をそう扱っていいと思っているように見受けられるのだもの。
(まぁ、嫌がらせだとして、その理由も分からなくはないけれど)
料理人たちは私のために動きたくないのに、メアリーに言われて渋々お菓子を作ってくれているのだから。
面倒な仕事を押し付けた私への当てつけに、こうして嫌いなものを出しているのだと思えば、悲しいけれど理解はできる。
……それでも、どうしてここまでされないといけないのだろうか。
私がこの家の本当のお嬢様じゃないにしても、ここまで嫌われるようなことを私は何かしたのだろうか。
泣きたい気持ちを堪えて俯いていると、メアリーが大きな声を上げた。
「まあ、またこれが入っていたんですね。お嬢様があれほど苦手だと言ってるのに……」
私が苦手なものばかりの皿を見て、メアリーが溜息をつく。私が苦手だとメアリーは何度も料理人に伝えてくれているはずなのに、何度告げてもこれは改善されない。
メアリーが憤ってくれていることが、せめてもの救いかもしれない。
「仕方ないので、これは私が食べてあげます。食べられないお嬢様に無理強いはしませんから安心してください」
「ありがとう、メアリー」
苦手な皿を引き受けてもらえてホッとするけれど、そうなると私の食べられるものがほとんどなくなってしまう。他の皿の上にあって、私が食べられそうなものは一口サイズのサンドイッチ数個と、スコーンだけ。
でもそれも、お茶会だからとメアリーも食べる。料理人にあれこれ言いつけているからか、メアリーの昼食も用意されていないらしい。
私が食べられるのは一口サイズのサンドイッチが二つとスコーンが一つだけ。
それが私の昼食。メアリーが頼み込んでようやく作ってもらえる私たちの食事。
食べられないものが多すぎて、昔は「メアリーは一皿全部持っていくのだから、別の皿のものは私にくれないかな?」と考えたこともある。
でもメアリーはそこまで気が回らないのか、私が唯一食べられそうなものすら当然のように持っていってしまう。
(……まぁ、もう一つはメアリーのなんだから、私に譲る義務はないのだけれど)
そうやって自分に言い聞かせる。期待するだけ無駄だと何度も自分に言い聞かせて、それでもいつか何かが変わってくれたらと期待して、変わらない日常にまた絶望して。
結局期待なんかしても無駄なのよと、いつしか諦めることに慣れてしまった私がいる。
息を吐く私の前でメアリーがお茶を淹れてくれる。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
出されたお茶は色が薄く香りも強い。紅茶ではないお茶に警戒しながら口に運べば、やはり私の苦手なハーブティーだった。私の仕草に気付かないメアリーも、自分の分を淹れて席に腰を下ろす。
口直しにと小さなサンドイッチを口に運ぶ。途端にピリリとした辛味が舌を刺激して、私はまた眉をひそめた。
香りの高いハーブティー、少しピリ辛の小さなサンドイッチ、そしてハーブが大量に盛り込まれたスコーン。
……どれも、私が苦手なものばかり。
香りに酔って気持ち悪くなってしまうから香りの高いハーブは好きじゃないし、辛いものが苦手で、あまり辛すぎると胃がキリキリと痛くなってしまうのに。
こういう一見分かりにくい部分にも私への嫌がらせを仕込んでくる料理人たち。食べられないわけじゃないけれど、美味しく食事を楽しめるかと聞かれれば、答えは否。
メアリーがお菓子を食べながら、いつもの話をしてくれているけれど、今は話なんて頭に入ってこない。
出されたものを我慢して胃に収めるけれど、そんなに量も多くはないので食べること自体はすぐに終わる。
苦手なもの尽くしの現状を考えれば、メアリーに譲ってもらわなくて良かったと思える。僅かに食べられるそれですら、私の好みの範疇からは完全に逸脱しているのだから。
軽食を食べ終われば、残りの時間は、「どうして?」とやり切れない思いを抱えながら過ごすだけ。
(……お茶会を始めたばかりの頃は、まだ普通の対応をしてくれてたのにな……)
昔はここまで酷くなかった。好き嫌いは別にしても、食べられないもの、苦手なものしか出されないなんてことはなかったのに。
それが今では、好きなものなんて何一つ用意してもらえない。ちゃんとした昼食すら作ってもらえない。
それが私の日常で、この屋敷における私の価値。
(どうして、こんなことになってしまったのだろう)
きっとこの後の夕食の時間も同じ。
両親が戻ったと告げに来る侍女に連れられて、私は食堂に向かう。父はきっと手招きをしてくれるけれど、私がそれに応じることは許されない。そのまま笑って席に座るだけ。
そして会話もなく食事を終えて部屋に戻るの。
どうせ今日もいつもと変わらないまま時間が過ぎるだけ。そして明日からも今日と同じ、何も変わらない日々が続くのだろう。
そう思うだけで視界が滲む。
メアリーは毎日楽しそうに何かの物語を語るけど、私にはそれを聞く余裕すらない。笑って相槌を打つことさえ、今の私にはとても難しく思えた。
この日々を変えたいのに、どうやって変えたらいいのか分からない。
逃げる場所も、落ち着いて息を吐ける場所も、未来を選ぶ権利すら私にはないのだから。
「ですからね、お嬢様にもいつか迎えにきてくれる国王が現れますよ」
メアリーのそんな声が聞こえた。その言葉を聞いてああ、いつもの話が終わったんだと実感する。
いつも話して聞かせてくれる「桜華国物語」。悪人に拐われたお姫様を、国王が助け出して幸せにしてくれるというただの御伽話。その話になぞらえて、メアリーはいつも言う。
いつか、お嬢様にも迎えに来てくれる国王が現れますよと。
そんな話を信じてるわけじゃない。私の日常は変わらない。
けれど、もしそれが本当なら……本当に私を迎えに来てくれる誰かがいるなら、早く迎えに来て。
誰にも愛されない私を愛してくれる人がいるというのなら、私を連れ出してくれる誰かがいるというのなら。
早く、私をここから連れ出して。
私は心からそれを願った。




