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【第一章・完】桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第1章ー崩れゆく箱庭ー

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第14話:私の答え

『まあ、今僕のことはいいか。今はめーちゃんの話を聞いてる最中だもんね』


 そう言って話を打ち切る時雨(しぐれ)

 私としては不穏すぎる発言の意図を聞いてみたかったのだけれど、時雨は答えてくれない。いつもの優しい笑みを浮かべて私の頭を撫でるだけ。


『今、僕の話をしても仕方がないからね。それに、今辛いのは僕じゃなくてめーちゃんの方でしょ? だから僕のことにまで気を使わなくていいんだよ』


 そう言いながら私の頭を撫でる時雨。

 話を逸らされたと思った。けれど、確かにぐちゃぐちゃな感情のまま目を覚ましたくない。

 それに、私の話を優先してくれるというその気持ちは、素直に嬉しかった。


『でもまあ、そういうことだよ。自分の大事なもののためなら、人は無茶が出来る。でも大切ではないものに、人は無茶が出来ないってね』

『メアリーは私が大切だったということ?』


 時雨の言葉に少し考える。

 確かに今までは大切にされてきたのかもしれない。でも、今日一日で見てきたメアリーを思うと、それだけではないような気もする。

 それは時雨も思ったのか、私の言葉を聞いて苦笑する。


『【大切】という言葉に含まれる意味は違うかもしれないけどね。世の中、そんな善性の人間ばかりじゃないし』

『え……?』


 善性ばかりの人間じゃない。それはつまり、悪い考えを持つ人も多くいるということ。

 その言葉が出てくるのだもの。私には見えていない何かを、時雨には見えている気がする。時雨には一体何が見えているの?


『それはどういうこと?』

『可能性だけだったら色々あるってことかな。まず、いい意味で考えるなら、その人が単純に困っている人を見過ごせない性格で、咄嗟(とっさ)に飛び出してしまったとか』


 私の質問に時雨が例を出して答えてくれるけれど、メアリーはそんな人間ではない気がする。

 困ってる人を見過ごせないだけなら、私に対して「仕えてあげた」とか恩着せがましく言わないだろうし、何より力ずくで私を従わせようとしたりしないと思う。


『他には?』

『逆に最悪に悪い意味で考えるのなら、その人自身も本当は誘拐犯の仲間だったりとかね。年頃になっためーちゃんを何処かに連れていくために、他の誘拐犯から奪還しただけって可能性もある』


 その言葉を聞いてゾワリとした。

 メアリーが、誘拐犯の仲間……?

 時雨の言葉に反応して、昼間メアリーが呟いた言葉が脳裏に浮かぶ。


――いずれ国王が迎えに来ます。

――まあ、国王のもとに行ったからと言って幸せになれるとは限りませんけどね。


 その言葉の意味が、今更ながらじわりと胸に広がってきた。

 国王の元に私を連れて行こうとした誘拐犯。その誘拐犯から私を助けたメアリー。誘拐犯と同じように、私を「国王」のもとに連れて行こうとするメアリー。

 ディナン国の王族しか着ることが許されていない色を私に着せ続け、婚約の意思を示させ続けてきたメアリー。


 そんなメアリーが、私を拐おうとする誘拐犯の仲間? そんなことないと否定したいのに、示されてきた現実がそれを否定させてくれない。

 ……メアリーが私を助けたのは、本当に私のためだったの?


『時雨には……そんな可能性まで見えてるの?』

『可能性だけなら、他にもいくらでも思いつくよ。その人が何かの仕事を探していて、その恩を機に仕事を手にした可能性。何かの理由があって前からめーちゃんを知っていて、めーちゃんに取り入りたくて接近した可能性とかもね。僕はその人を知らないから、確実なことは何も言えないけど』


 指折り答える時雨。

 どれだけの可能性を言われても、誘拐犯だと言われた時ほど上手く当てはまらない。

 答えが出ない。出したくない。でも、この問いから目を逸らすことは、きっともう出来ない気がした。


『もし、そうだとしたら……私はどうしたらいいの?』

『さっきも言ったよ? めーちゃんの信じたいものを信じればいいって』

『私の?』


 そう言われても、どうしたらいいか分からない。今の私は何を信じたら良いのか分からないのだから。

 メアリーはもう信じられない。なのに、他の誰なら信じられるのか、その問いの答えを私は持っていない。


『でも、めーちゃんがその人を信じたいのなら信じてもいいんだよ』


 時雨の言葉に、一瞬思考が止まる。

 時雨は何を言っているのだろう。私をずっと騙してきたメアリーを信じてもいい? 


『その人に色々嘘をつかれて騙されて、両親からも遠ざけられてきたのに?』

『うん、それでもめーちゃんがその人を信じたいなら、信じてもいいんだよ。助けてくれた恩があるから、何があってもその人を信じ切るというのなら、それはそれで一つの答えだからね』


 そう言って微笑む時雨。時雨が本当にそう思っているのが分かる。

 騙されてもいい。それでもその人を信じるなら、騙された嘘ごと信じ切ればいいと。


『でも、あくまでもそれは僕の意見。めーちゃんは今、その人を信じきれなくなっているんだろう?』

『……そうね』


 時雨の言葉に、私は頷いた。

 ずっとメアリーは私のためだと言ってきた。でもそれは、全部ウソだった。

 今日一日だけでも、メアリーの言葉がどれだけひっくり返されたか分からない。私が気付いていないだけで、他にもまだ隠されてるかもしれない。

 それを思えば、私はメアリーをもう信用なんて出来ない。


 だけど、頭でそう思っても、私の気持ちはまだメアリーを切れきれていない。長年私のために色々してくれた人を疑う罪悪感が、今も胸の奥でくすぶっている。

 そんな私の心を読んだかのように、時雨がくすりと笑う。


『その人を信じたくないと思うなら、それでいいんだよ。割り切れないというのなら、それでもいいんだ』


 時雨の言葉に、私は驚いた。

 決めなくていい。割り切らなくていい。その言葉が、私の胸を軽くする。

 私はずっと、何かを信じなきゃと思い込んでいた。誰かに言われた言葉を信じて、その通りに生きなければと思いこんでいた。

 そうしなければ、屋敷に私の居場所がなくなるような、そんな気がしていたから。


『割り切らなくていいの?』

『頭と心は別物だからね。頭ではこうだと思っていても、心が受け付けないことだってある。だから、無理にこう思わなきゃと決めつける必要なんてないんだ』


 微笑みながら私を諭す時雨。その言葉が優しく私の胸に染みていく。

 私の頭を時雨がそっと撫でてくれる。


『それに、今まで知らなかった色々なことが判明して、何を信じたらいいのか分からないと言うのなら、今は何も信じなくていいんだよ』

『何も信じなくていい……』

『うん。何かを信じたいって思えるようになった時に、初めてそれを信じればいい。それまでは無理に誰かを、何かを信じなきゃと思わなくていいんだよ』


 重ねて告げてくれる言葉に、涙が浮かぶ。

 決めなくていい。割り切らなくていい。信じなくていい。

 何度も与えてくれるその言葉が、ずっと胸を締め付けていたものを少しだけ解いてくれた気がした。

 答えを出さなきゃ、何もかもが信じられなくなった中で何を信じればいいのかと焦っていた。

 でも今、時雨は「信じられないなら、何も信じなくていい」と言ってくれた。「割り切らなくていい」と言ってくれた。


(そういう考え方もあるのね……)


 今までの私になかった視点。そう考えるだけで、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 何かが劇的に解決したわけではないけれど、そういう考えもあるのだと思えば、まだ息がしやすい。


『後はこれからめーちゃんがどうしたいか。そこからはめーちゃんの心が思うままに進んでいけばいい。こればかりは僕が代わりに決めてあげるわけにもいかないからね』

『私は……』


 目を閉じて考える。時雨のお陰でだいぶ気持ちは落ち着いた。

 私はどうしたい? 時雨は答えをすぐに出す必要はないと言ってくれるけど、それでも何かの指針くらいは見つけたかった。


『私……もう少し考えてみる。誰かの言葉で作られた世界じゃなくて、私が見たもの聞いたもので世界を作っていきたいから』


 答えになっていない答え。それでも今の私に考えられるのはそれくらいだ。

 今までの私の世界は、メアリーの言葉で出来ていた。着ているドレス、両親との関係、屋敷での立ち位置の全てが、メアリーの言葉で成り立っていた。

 だからまずはそれを壊そう。幸いというべきか、今は屋敷にルーティがいる。今日一日で私の日常をあれだけ壊してくれたのだもの。頼めばきっと手伝ってくれる……と思いたい。


『ふふ、いいんじゃないかな。頑張ってね』


 そんな私の決意を、時雨は楽しそうに聞いてくれていた。


『ええ、ありがとう時雨。おかげでだいぶ落ち着けたわ』

『僕は何もしてないけどね。でも、落ち着けたなら良かった』


 そう言って笑い合う。本当に時雨と過ごす時間は、私にとって特別な時間になっている。

 ずっとこうしていたい。まだ話していたい。そんな風に思っていると、くらりと意識が飛びそうになる。直感で、目覚めの時間になってしまったのだと理解した。


『時雨……私、また、貴方に会いたいわ』

『めーちゃんが望む限り、いつでも会えるよ。だって僕は、()()()()()()()()


 私の告げた言葉に、時雨は寂しそうに答えた。また告げられた「逃げられない」の言葉。

 それはどうして? 何から貴方は逃げられないの?


 それを聞く前に、私の意識はまどろみの中に溶けていった。

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