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【第一章・完】桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第1章ー崩れゆく箱庭ー

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【閑話】真夜中の報告会(ルーティ視点)

「……今日の報告は以上です」


 奥様の執務室で私が今日見た報告を告げた途端に、依頼人である奥様が頭を押さえた。

 まあ、無理もないでしょうね。ここまで奥様とアリシア様の間にすれ違いが起きているなど、依頼を受けた私も想定していなかった事態ですから。


「報告、ご苦労さま。それで、今日のことを踏まえてどうするつもりですか?」


 言葉を失っている奥様に代わって、侍女長(じじょちょう)のミリア様が私に問い掛けます。

 何も知らない奥様より、ある程度事情を知っているミリア様のほうが反応は早いですね。


「そうですね。今日の件で敵も警戒したでしょうから、アリシア様の周辺を固めたいと思います。私と共に屋敷に入ったネルとルキアを、アリシア様の専属に据えたいと思います」

「貴女と共に入った侍女はもう一人いるでしょう? 彼女はそのままでいいのですか?」


 私の言葉にミリア様は首を傾げます。

 私と共に屋敷に入ったのは三人。それを思い出して、奥様も私に視線を向けます。


「ニーナはもう少し調理場に忍ばせておきたいと思います。無味薬の件やアリシア様の昼食が抜かれていた件など、調理場にはまだ探ってほしいことがありますから」

「分かりました。それならその二人を明日からアリシアの専属に回しましょう。ミリア、手配しておいて」

「かしこまりました」


 私の提案を受けて、奥様が即断します。そしてその命令を(うやうや)しく受け取るミリア様。

 それを見ているだけで私は苦笑してしまいます。


(決断が早くてありがたいのですが、最近外部から入ってきたばかりの私の言葉を受けることに、何の抵抗もないのはいかがなものなのでしょうね)


 まあ、その決断の速さに助かっているのも事実なので何も言いませんが。


 屋敷に入って以来、私はこの奥様のことも見てきました。

 いつでも冷静沈着、頭の回転も悪くない。真贋(しんがん)を見極める目も、人を見る目も持っているように見受けられます。

 なのにどうしてここまで敵に屋敷を荒らされたのか、不思議でなりませんでした。

 けれど、今ならその理由も分かります。


(奥様、人を見る目はあるのですが、人を信じすぎるところもおありなのですよね)


 私の言葉を真偽の確認もせずに受け入れてしまうのは、私が奥様の信頼厚いミリア様に紹介されてきたことが理由のひとつ。

 屋敷が荒れたのは、奥様の信頼する者の言葉を素直に受け入れる優しさと、裏側に蔓延(はびこ)()()を知らなかったせいだと理解するのに、そう時間はかかりませんでした。


 それでも、()()()()を持たない割に、よくもまあこんな的確に情報を集められたものだと感心するばかりですが。


「ルーティ」

「はい」


 そんな風に考えていると、奥様から声が掛かります。私が返事をすれば、奥様はどこか忌々(いまいま)しげに口を開きました。


「メアリーを解雇に持っていく手段は、何かないの?」


 そういう奥様の瞳は、落ち着いているように見えます。けれど、その奥には堪えきれない怒りが込められているのが見えました。

 本当にアリシア様を思っているのが伝わってくる眼差しに、私はくすりと笑みを浮かべます。


「今のところは無理ですね。状況証拠は山のようにありますが、物的証拠は何一つ残っておりません。屋敷の中にメアリーとの内通者がいる現実を思えば、私は無実ですと訴えたメアリーを庇う人間も出てくるでしょう」

「庇う人間……」

「屋敷の中にいる敵はメアリーだけではありません。メアリーを下手に解雇して、外と連携される方が厄介です。メアリーを残さなければならないことは業腹(ごうはら)でしょうが、まだ屋敷の中で監視している方が安全だと思います」

「そう……」


 私の説明にも、奥様は何も反論しません。

 不満があっても、それを飲み込んで隠し切る。奥様のそういう強さは、私の大切な人によく似ています。


「ただ、これ以上の厄介事はゴメンですからね。早いうちに専属から離れていただきたいと思いますが」

「……そうね。専属解雇だけは早めにお願いするわ」

「かしこまりました」


 奥様の言葉に恭しく頭を下げる。これで今日の報告は終わりです。


「ルーティ」


 部屋を出ていこうとした私に、ミリア様が声を掛けてきます。

 どうしたのでしょう。まだ何か報告忘れがあったでしょうか。


「どうかしましたか?」

「貴女の言うメアリー以外の敵とは、誰を指すのですか?」


 ミリア様の言葉に私は一瞬固まります。

 答える予定のなかった問いに、私は思考を巡らせました。


(……さて、どうしましょうか)


 ミリア様の質問に答えるのは簡単です。その名を告げればいいだけですから。

 でも、私に色々教えてくれたしぃ兄はいつも言っていました。「先入観は見方を変える。だからそれが確定事項になるまで、あまり口に出さないほうがいいよ」と。

 言葉にするだけで、自分の中にもそういう思い込みができるからと。


 私がそれを口にすれば、このお二人もその前提に捕らわれてしまうでしょう。

 それでも真剣に私の言葉を待つお二人に、何も答えないというのも違う気がしました。


(しぃ兄。確定事項に近ければ、発言してもいいですよね?)


 心の中でそんな言い訳をする。あの人はもういない。それが分かっていても、私の基準は今でも大切なしぃ兄なのだから。


「バルト様です」


 決意とともにその名を告げる。

 告げた途端に驚きを顕にするお二人。室内の空気が、一瞬で変わった気がしました。


「その根拠は?」


 私に問い掛けてくる奥様の声が震えています。これは奥様にとっても信じたくない話だったのでしょう。


「いくつかあります。昔、アリシア様を見て狂ったという侍女や家庭教師……その人たちを屋敷に招いたのがバルト様であること。食堂の席で旦那様に合図を送ってまでアリシア様との距離を遠ざけたこと。今日も私の発言を遮ろうとしたり、メアリー解雇に否を唱えたこと。雇用に関する権限も、バルト様のほうが多いとミリア様から聞いています。屋敷の中に敵が多い理由も含め、ただの偶然と言い切られればそれまでですが、証拠はなくとも疑うには十分でしょう」


 私の説明に、奥様が絶句しています。

 まあ無理もありません。旦那様の専属執事が、屋敷を荒らしている張本人かもしれないというのは、考えすぎだと言われても仕方ありませんから。


「バルト様の解雇は狙えそうだと思いますか?」


 話題に出たついでに気になっていたことを聞いてみましょう。可能性は残らず潰しておきたいところですから。

 私の質問に、奥様は大きく目を開いてから、静かに首を横に振ります。


「バルトの解雇は……絶対に無理ね」

「絶対……?」


 奥様の答えに私が首を傾げると、ミリア様が教えてくれました。


「バルト様は旦那様の乳兄弟(ちきょうだい)ですから」

「旦那様の乳兄弟……」

「カーネルはバルトを信頼しているわ。あの人自体は悪い人ではないのだけれど、生まれた時からバルトと過ごしてきた分、バルトに頭が上がらないところがあってね。だからバルトが敵だなんて微塵も考えてないと思うわ」


 お二人の説明からなんとなく裏事情が見えてきましたね。

 メアリーのアリシア様に対する態度も、恐らくはバルト様と旦那様の関係を模倣したものかもしれません。

 従者に頭が上がらず、従者の意のままに動く主。メアリーとアリシア様の逆転した主従関係はそこから派生したのかもしれませんね。

 推測なので声には出しませんが、私の中ではそれが一本の線として繋がったような感じがしました。


「分かりました。バルト様に手が出せないというのなら、他のアプローチを考えてみますね」

「頼みましたよ」


 思考を切り替え、奥様に一礼して、今度こそ私は部屋を出ました。



 奥様の部屋を出て階段を登り、「あの子」を探しながら使用人の部屋がある四階の廊下を歩いていけば、チリッとした小さな違和感を感じ取りました。

 ああ、今日はここに隠れていたようですね。


『スイ』


 私があちらの言葉で声を掛ければ、予想通りスッと姿を見せる小柄な影。

 黒いフードを被って顔を布で隠した彼女の姿を見て、私は今日の報告を手早く彼女に伝えます。


『それから、状況次第でアリシア様をそちらに連れていきます。その支度もしておいてと伝えて』


 私が報告を終えるとスイは一つ頷いて、近くの窓から帰っていきました。

 私も同じ事をしますけど、他の人には出来ないことだとは分かっているので、明るいうちは窓からの出入りは控えたほうが良さそうです。誰かに見られたら、説明が面倒ですから。


「それにしても……バルトが旦那様の乳兄弟だったとはね」


 スイが出ていった窓を閉めながら独りごちる。

 その話を聞いて、納得しました。屋敷の中にこれだけ敵が多い理由を。

 旦那様の乳兄弟。屋敷の統括執事。そんな肩書を持っていたからこそ、バルトは仲間を屋敷に集められたのでしょう。

 メアリーのアリシア様への洗脳と同じように、長い年月を掛けて少しずつ行われた侵食。奥様にも旦那様にも気付かれないよう、静かにこの家は()()()()()に蝕まれていったのでしょう。


 こうなればもうバルトは黒確です。

 私が味方ではないと断じた人間のほぼ全てがバルトを通して雇用されていたのも、もう偶然で済ませていい案件ではありません。


「はぁ……ミリア様に頼まれた【害虫捜索依頼】。まさかこんな大事になるとは思ってもみませんでしたね。まあアリシア様……『(あかね)様』が絡んでる時点でお察しではありましたけれど」


 壁に寄り掛かりながら愚痴をこぼす。

 ミリア様から誰がアリシア様の敵か見極めて欲しいと依頼された時には、まさかここまで敵だらけだなんて考えもしていませんでした。

 本気で警戒しなければいけない強敵はいない。けれども数が多いというのはそれだけで厄介です。


『本当……しぃ兄はよくこんな状況から茜様を守り通したものですよ』


 主にも仲間にも一言も言わず、ただ笑って日々を過ごしながらこれだけの敵から守り抜く。

 同じ立場になってみて初めて分かります。これがどれほど大変で、どれだけ過酷なことだったのか。

 しぃ兄とは違って、私には相談も出来て頼れる「仲間」という支えを持っています。それでも敵だらけで緊張を強いられるこの仕事から早く降りて、私の日常に戻りたいと思うのですから。

 それを誰にも言わず最後までやりきったしぃ兄は、やっぱり凄いなぁと思うと同時に、これだけの重圧を一人で背負わせてしまったことに申し訳なさもある。


『でも……まだ降りるわけにはいかないんですよね』


 害虫駆除にまで手を出すつもりはなかった。本当は最初の依頼通り、害虫捜索だけして身を引くつもりでした。でも、私は見つけてしまったから。

 私が何より許しがたい存在を。メアリーと名乗る、私の天敵を。


『本当……こんな所にいたんですね、(メグミ)。貴女に会えるなんて思ってもみませんでしたよ』


 目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。

 瞼の裏に浮かぶ、桃色の花が咲くあの国で起きた、悲しい事件を。


『貴女のせいでさっちゃんはずっと苦しんだんです。しぃ兄も、ずっと傷付いてた。だから私は、貴女を決して許しません。メアリー……たとえ貴女が私を忘れても、私は貴女を忘れません。貴女が何を企んでいても、私が全て叩き潰してあげます』


 ぎゅっと手を握る。あの女を前にすると理性を保つのが難しくなる。

 今日もお茶会で中途半端に煽ったせいで、敵の警戒心を上げてしまったのは、失敗だったと言っていいでしょう。

 感情に引きずられるなんて、きっとしぃ兄ならしなかった。あの人はいつだって笑顔のまま物事を遂行する人なのですから。


 それでも、私はしぃ兄じゃない。だから私は私のまま物事を動かす。

 その理由が依頼でも、私怨だったとしても。


『私の大事なさっちゃんとしぃ兄を苦しめ続けてきた報いは、必ず受けさせてあげますよ。それが私の復讐です』


 決意を一つ宵闇の中に放り投げて。

 言葉とともに私はその場から立ち去った。

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