第11話:ロイヤルブルーのドレスの意味とメアリーの奸計
全員が座ったことで給仕の侍女が食事を持ってくる。
それぞれの前に皿が並べられ、ルーティが例の金粉を持って毒見を執り行った。
朝と同じように皿が光らないのを確認して、ルーティが一口ずつ毒見をしていく。
「どう?」
「問題ありません。無味薬の効果も感じられません」
全てを口にした時に母がルーティに声を掛ける。そんな母に答えるルーティ。どうやら夕食は朝食の時の確認が効いたのか、ちゃんと味付けがされているらしい。
「どうぞ、アリシア様」
毒見が終わって、私に食事を勧めるルーティ。渡されたスプーンを手にとってスープを一口。ルーティの言うようにじゃがいものスープの甘さと温かさが分かる。
サラダの青葉の苦みも、メインの肉の旨味も感じる。それだけでいつもとは違うと感じられた。
(本当に今まで味が奪われていたのね……)
味がすることに感動しながらも、今までそれが奪われていたことを思うと悲しくなる。
「アリシア、味はどうだい?」
「とても美味しいです」
無味薬の件もあって心配してくれていたらしい父が、おずおずと声を掛けてくる。そんな父に笑顔で答えると、父もホッとしたのか「そっかぁ」と言ってはにかんでいた。
私の料理への細工は消えた。その事実に私が食事を摂るのを固唾をのんで見守ってくれていた両親もようやく安堵したのか、それぞれカトラリーを手にとって食事を始めた。
「旦那様、少し宜しいですか?」
「何かな?」
食事を始めた父にルーティが問いかける。サラダにフォークを突き刺しながらそれを軽く受け取る父。
「アリシア様が今日の昼、【桜華国物語】を読んでいたんですよ。旦那様と趣味がお揃いなのですね」
「アリシアが【桜華国物語】を!? ど、どれがアリシアは好きなんだい? やっぱりディナン版なのかな?」
ガタンと席を立ちそうなほど驚く父の勢いに押される。子供のようにはしゃぐ父を見て、「カーネル、大人しく席に座りなさい!」と母から叱責が飛ぶ。
あまりの興奮ぶりに隣じゃなくて良かったと思いながら、父の言葉にふと気になる単語があった。
(……好きなのはディナン版?)
桜華国物語に複数の話があることはルーティから聞いていた。けれど、父がそれを特定したのはどうしてなのだろう。
「どうして私が好きなのが、ディナン版だと思われたのですか?」
「え? だってそのドレスを着てるから、やっぱりディナンが気になるのかなぁって」
私の質問に首を傾げる父。
その答えを聞いても、私には意味が分からない。
このドレスを着ていることとディナンの本が好きなのと、一体どんな繋がりがあるというのだろうか。
「あの……このドレスを着ていることと、ディナンの本が好きなことの因果関係が分からないのですが……」
「ええ!?」
私の言葉に父が驚いたような声を上げる。
本気で驚かれて、私も一緒に驚いた。
父の反応から、ただ事ではない気配を感じる。一体このドレスに何があるというの?
「アリシア」
それまで黙って私と父の話を聞いていた母がカトラリーを置いて、静かに私の名前を呼んだ。
「そのドレスは、貴女が望んで着ているのではなかったの?」
真剣な母の眼差し。
言葉の意味が分からない。このドレスは、母が用意したのではなかったの?
それとも料理や両親との距離に細工がされていたように、このドレスにも何か意味が仕込まれているのだろうか。
――ドレスの意味は、奥様に聞くのが一番ですよ。
ルーティはそう言ってくれた。母も、私の言葉を待ってくれている。
聞いても、いいのかな?
「私が持っているドレスがこれしかなかったのです。メアリーが言うには、母がこれしか用意してくれなかったからと……」
「何ですって……?」
私の言葉に、静かにメアリーを睨む母。今日初めて知ったけれど、母はあまり感情を見せない人らしい。
そんな母が明確な怒りを持ってメアリーを睨みつけている。母たちに睨まれて下座の席付近で控えているメアリーが、「誤解です奥様!」と言い訳したのが上座の席から見えた。
(毎日のように言い続けていたのに、それが誤解だなんてどういうつもりかしら……)
もうメアリーの言葉が信じられなくなってきている。
疑いたくなんてなかった。メアリーを信じていたかった。でも、ここまで話の違うことを聞かされ続けては、メアリーの言葉はもう鵜呑みには出来ない。
それでも父の驚きや母の怒りから、このドレスにも何か意味があるのは明白だった。
「あの……このドレスに、一体どんな意味があるというのですか?」
「その意味も知らずに着ていたというの?」
このドレスに含まれた意味を知りたくて母に問いかければ、私の問いに母が深い溜息を吐く。それを聞いた父もどことなく青ざめている。
……私、何か言ってはいけないことを言ったのかしら。このドレスに、一体どんな意味が隠されているというの?
「アリシア」
「はい」
母の少し静かな声に緊張する。
私は何を知らずにいたのだろう。メアリーは何を思って、私にこのドレスを着せ続けてきたのだろう。
「その色は、ディナン国の王族しか着てはいけない忌色です」
「……え?」
母の言葉に思考が停止した。
忌色。ディナン王族しか着てはいけない色。
その言葉が含む意味を理解することを頭が拒絶する。待って。それなら、私がこのドレスを着る意味って……。
「つまり貴女がその色のドレスを着ているということは、貴女は【ディナン国の王族のもとに嫁ぎたいと意思表示している】ということになるのですよ」
「え、ええ!?」
私の頭が考えることを拒否した言葉の意味を、母が言語化する。ドレスに含まれる言葉の意味を頭が理解した瞬間、あまりの衝撃に声が飛び出した。
(なにそれ! そんなの知らないし聞いてない!)
私の頭は一瞬でパニックになる。このドレスにそんな意味があるなんて知らなかった。
つまり毎日朝からこのドレスを着ていたということは、毎日毎日その意思表明をさせられ続けてきたということ。
他でもない、メアリーの手によって。
(メアリーは本当にどういう意図を持ってこのドレスを着せてきたというの?)
その事実に泣きそうになる。料理の有無や両親との距離を遠ざけただけではなく、私の結婚相手すら勝手に決めていたというの?
――いずれ国王が迎えに来ますよ。
メアリーのいつもの口癖が脳裏に浮かぶ。
このドレスの意味と合わせて考えるなら、メアリーは本気でそう思っていたことになる。
メアリーは、本気で私をディナン国の国王のもとに嫁がせるつもりだったのだと。
「その驚き方からして、本当に何も知らずに着ていたのね」
「わ、私、そんなの望んでないのですけど!」
「そのようね」
母は淡々と言うけれど、このドレスにそんな事情が隠されているとは思いもしなかった。
ルーティがディナンの桜華国物語に合わせてドレスのことを聞いてきたのも、それが理由だったのだと理解した。
私の意思で着ていない。そう答えた時点でルーティは何者かの関与を疑っていたんだと思い知る。
「奥様が用意したと聞いていましたが、違ったのですか?」
「私が用意したと言えばしました。ですがあくまでも、アリシアがこれを着たいと言うから用意したのであって、アリシアにその意図がないのなら、用意なんかさせませんでしたよ」
母が用意したのは確かだった。でも、それはあくまでも私の意思あってのこと。
ここでもまた「私が言っていない」ことが前提で動いていたらしい。
「私、他の色も着たかったんです。なのにこれしか用意されていない、これ以外のドレスを着たいなどと言って、母に迷惑をかけるなと言われていて……」
「そう。メアリーはそんなところまで貴女を縛っていたというのですね」
私の言い分を聞いて母がメアリーを睨む。
「誤解です! 私は、お嬢様のために!」
母に睨まれ、青い顔で言い訳を始めるメアリー。
お嬢様のために、お嬢様の立場のために。その言葉を今まで何度聞いてきただろう。
でも、その言葉とともにされてきたのは、昼食を抜かれることや苦手なお菓子を出され続けること。両親とも遠ざけられ、しまいには私の結婚相手さえ、私の意思とは無関係に勝手に見繕わされる。
メアリーの言う「私のため」。その言葉が本当に私のためになっていなかったことを、今日一日で何度も痛感させられた。
ここまで私と母の言い分がすれ違っているのに、まだ「私のため」と言い続けるメアリー。
そんなメアリーを見て、心がどんどん冷えていく。メアリーに対する信頼が、また一つ失われたのを感じた。
「誤解だとしても、私とアリシアの意図をこれだけズレさせた罪は明白でしょう。メアリー、貴女は今この時をもって、アリシアの専属から外します。これ以上、私とアリシアの関係を狂わせないでちょうだい」
「奥様!」
メアリーをじっと見つめる母の一言で、メアリーは私の専属から外されることになった。
明日からメアリーが私の側からいなくなる……。その事実にほっとした。
今日のメアリーの態度を見ていると、私も庇う気にはなれない。今まで沢山の嘘をもって、私と両親との関係を遠ざけてきたメアリー。
けれど……とも思ってしまう。
メアリーは確かに渡しを騙していたのかもしれない。それでも、屋敷で一人ぼっちだった私をずっと支え続けてくれたのもメアリーだった。
誰にも相手にされない、両親ですら私を理解しようとしないと思いこんでいた時期に、側にいてくれたのはメアリーだけだった。
(誘拐された私を、怪我をしてまで助けてくれたのだってメアリーなのに……)
今までメアリーの感じていた恩義が、メアリーを切り捨てることをためらわせる。
けれど、今となってはそれすら偽の関係だったのかもしれない。
やってきたことが明るみに出た以上、メアリーを信じ切ることはもう出来ない。けれども今まで側にいてくれて支えてくれた人が、専属を外される。そのことを心から喜べないのも事実だった。
(私はメアリーにどんな感情を持てばいいの……?)
席の向こうで「私はお嬢様のために色々としてあげたでしょう!」と叫ぶメアリー。
どこまで言っても上から目線のメアリーを見ても、やはり庇いたいとは思わない。それでも「明日からいなくなる」という事実が、私の心を乱れさせた。
喚くメアリーを冷たい眼差しで見据えながら、「ルーティ、明日からは頼むわね」とメアリーの言葉などどこ吹く風の母。
それもまた私の心を不安にさせる。だってルーティは他家から借りてきただけの侍女。
いずれいなくなった後、また似たような侍女が充てがわれたら……そう思うだけでも不安は増した。
「メアリーをいきなり外すと、専属のお仕事に支障が出るでしょう。そこの新人侍女はしょせん借り物。我が家に仕える使用人から新たな専属侍女を決めなければなりません。ですから、次の専属が決まるまでは、メアリーを継続させてはいかがですか?」
私の心を読んだかのように口を挟むバルト。ルーティに詰められたことなど忘れたかのように口を挟むその姿に、母とミリアの目が細くなる。
その眼差しから、母とミリアにとってもバルトが警戒対象なのだと理解した。
「……さて、どうしましょうかね」
母がちらりとルーティに視線を向ける。ミリアも同じようにルーティを見ていた。
この二人がこの時点でルーティに視線を送るということは、この場の決定権はルーティにあるということなの?
「まあ、いいのではないですか? 私もずっとアリシア様に付いていられないのは確かですし。次の専属侍女が見つかるまで、メアリー様にいてもらっても問題はないでしょう」
「……新人侍女の意見など聞いておりません」
ルーティが意見することをバルトが詰める。それでも母とミリアの視線はルーティに向いたままだった。
この場の決定権はルーティが握っている。その考えは合っていたようで、母はルーティの意見を聞いてから「分かりました」と頷いた。
「今はそれを受け入れましょう。ですが次の専属侍女が決まったら、もしくは次に何かをやらかした場合、メアリーには即座に専属から外れてもらいますからね」
母がルーティの意見を聞き入れて、取り敢えずの処遇は決まった。
メアリーが残るということに、心がざわめき立つ。
この先もメアリーが私の側にいる。それが安心なのか、不安なのか、今の私にはまだ分からなかった。




