第9話:ルーティの立場
「旦那様と奥様が戻られました。お嬢様は至急食堂に向かって下さい」
両親も出先から戻ってきたのだろう。ノックもせずに部屋に入ってくる、高圧的ないつもの侍女。これからはいつも通り、家族揃っての夕食の時間になる。
「分かりました。すぐ行きます」
毎日変わらないその態度の悪さを指摘する気にはもうならない。もやもやする気持ちをやり過ごして侍女にそう答えて、私とメアリーは席を立った。
「……貴女、ノックもせずに入ってくるなんてどういうつもり?」
メアリーも慣れているからか、高圧的な侍女に何も言わず部屋を出ていく。けれどその無作法を、今日から入ったばかりのルーティは見逃さなかった。
いつものようにバルコニーに出てお茶の道具や皿を片付け始めた侍女を追いかけて、ルーティが静かに声を掛ける。
そんなルーティに、侍女はムッとしたように向き直る。
「はぁ? 貴女には関係ないでしょう。臨時で入った貴女に、とやかく言われることではないわ!」
「臨時?」
思わず聞き返してしまった。ルーティが臨時とはどういうことだろう。
ルーティは、私の専属侍女として雇用されたのではなかったの?
そんな私の疑問を鼻で笑う侍女。
「専属侍女になったというのに、そんな事も知らないんですね。この女は他家で働いてる女なんですよ。いつか居なくなる侍女なんかより、奥様付きの私のほうが偉いに決まっているでしょう!」
私の疑問に対して、ルーティを指差しながらそう言い切る侍女。ルーティが他家で働いている侍女だというのなら、どうして今、我が家で働いているのかが気になるのだけれど。
そんな侍女を見て、ルーティがくすりと笑った。
「あらあら。確かに私は臨時で雇われた身ではありますが、何のために私が引き抜かれてきたのか、貴女には分からないんですね」
「なんですって?」
どことなく馬鹿にした言い方のルーティにカチンとしたのか、苛立った様子を隠さずに噛みつく侍女。
話を聞いていると、ルーティが臨時で雇われたのだというのは、どうやら本当のことらしい。
そんな侍女の態度に、ルーティは呆れたような息を吐いた。
「まあ、いいでしょう。何も知らない貴女に答える必要なんてありませんし。先程の貴女の言動は、奥様やミリア様に報告いたしますから」
「はっ! 新入り侍女の言葉なんか誰も信じやしないわよ!」
「そうだといいですね。さ、アリシア様。奥様たちがお待ちのようなので、食堂に向かいましょうか」
「え、ええ……」
いまだに噛みつく侍女の言葉を聞き流すルーティに促されて、私は部屋を後にする。
(……ルーティって、本当に何のために我が家にいるの……?)
そんな疑問を抱えたまま廊下に出ると、先に部屋を出ていたメアリーの不満そうな視線とぶつかる。
「遅いですよお嬢様。さっさとしてください」
「ごめんなさい……」
揉めていたのはルーティと侍女なのに、メアリーの中で、遅くなったのは私が悪いことになっているらしい。
私が二人の揉め事に首を突っ込んだことを酷く怒っているように、私に背を向けるメアリー。つかつかと歩を進めるメアリーの歩幅は、いつもの私に合わせてくれるそれとは全く違う。
(……私のことを想ってくれていたメアリーは、もういなくなっちゃったみたい……)
置いていかれそうになるペースで歩いていくメアリーを必死で追いかける。今日だけで何度も繰り返されるメアリーの冷たい態度に、心がどんどん冷えていく。
もう、今までと同じようにメアリーを見ることは出来ない。私はメアリーをどう思えばいいのかが分からなくなってきた。
助けてくれた恩は確かにあった。メアリーの言うことに間違いはないんだと思っていた時期も確かにあった。
なのに今日一日で、私のメアリーを見る目は大きく変わってしまった。
どれが本当なのか知りたくても、メアリーは答えてくれない。ルーティが示してくる疑念を覆す答えを、メアリーは与えてくれない。
メアリーを信じていいのかすら、今の私には分からない。
何の会話もないままメアリーを先導にして、背後にルーティが控える形で廊下を歩いていく。
すれ違う使用人が会釈すらしないのはいつものことだけど、それを見たルーティが不満そうに目を細めていた。
「ここまで分かりやすいと、いっそ清々しいですね。これならそろそろ私も動き出しましょうか」
廊下を歩いていると、背後からルーティが小声で呟くのが聞こえた。
(動く……? ルーティはこれ以上、何をしようというの……?)
今日は朝からずっといつもの日常からは、かけ離れていたというのに。それなのに、まだルーティは何かをしようというの?
これ以上の変化は、もう沢山だという思いが胸中を占める。ここまででも十分、良い変化もあれば悪い変化もあった一日だった。
なのにルーティからすれば、これはまだ動いたうちに入っていなかったらしい。
扉の前で控えていた使用人が、私の姿を見て扉を開けるのはいつもと同じ。
なのに、ここから先はもういつも通りにはならない。
ルーティがくすりと笑ったような気がした。何をしようというのか、私は緊張しながら食堂の扉をくぐった。
「ああ、アリシア。来たね」
食堂に入れば、長いテーブルの上座に座る父が、いつも通りに笑顔で私を手招きで呼んでくれる。
けれどもそれはバルトが一つ咳払いをして、その咳払い一つで手招きをやめる父。
繰り返される日常。何も変わらない日々。
(このやりとりも、本当に変わらないわね)
私もいつも通りニコリと父に微笑むだけにして、長いテーブルの上座に座る両親から離れた下座の席に座ろうとした。
なのに席に座ろうとした時に、ルーティが私の前に立って、私が椅子に座るのを妨害する。
「ルーティ?」
「何をしているのです」
ルーティの不思議な行動に私は目を瞬いた。
メアリーの不機嫌そうな声を聞き流したまま、ルーティはじっとバルトに視線を向ける。
「バルト様。今の咳払いにどういう意図があるのか、お聞かせ願えますか?」
食堂に静かな緊張が走った。
はたから見ればただの咳払いでしかない。けれど、それを合図に父は毎回手招きを止めている。
その行為に一体何の意味があったのだろう。
私が気になっていたそれを、ルーティがバルトに訴える。
ルーティは先程「動く」と言った。きっとこれもまた、ルーティの思惑の一つ。
バルトは何も答えない。ただ黙ってルーティを見ているだけ。
一体この行為に、何が含まれているというの……?
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