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【第一章・完】桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第1章ー崩れゆく箱庭ー

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第9話:ルーティの立場

「旦那様と奥様が戻られました。お嬢様は至急食堂に向かって下さい」


 両親も出先から戻ってきたのだろう。ノックもせずに部屋に入ってくる、高圧的ないつもの侍女(じじょ)。これからはいつも通り、家族揃っての夕食の時間になる。


「分かりました。すぐ行きます」


 毎日変わらないその態度の悪さを指摘する気にはもうならない。もやもやする気持ちをやり過ごして侍女にそう答えて、私とメアリーは席を立った。


「……貴女、ノックもせずに入ってくるなんてどういうつもり?」


 メアリーも慣れているからか、高圧的な侍女に何も言わず部屋を出ていく。けれどその無作法を、今日から入ったばかりのルーティは見逃さなかった。

 いつものようにバルコニーに出てお茶の道具や皿を片付け始めた侍女を追いかけて、ルーティが静かに声を掛ける。

 そんなルーティに、侍女はムッとしたように向き直る。


「はぁ? 貴女には関係ないでしょう。臨時で入った貴女に、とやかく言われることではないわ!」

「臨時?」


 思わず聞き返してしまった。ルーティが臨時とはどういうことだろう。

 ルーティは、私の専属侍女として雇用されたのではなかったの?

 そんな私の疑問を鼻で笑う侍女。


「専属侍女になったというのに、そんな事も知らないんですね。この女は他家で働いてる女なんですよ。いつか居なくなる侍女なんかより、奥様付きの私のほうが偉いに決まっているでしょう!」


 私の疑問に対して、ルーティを指差しながらそう言い切る侍女。ルーティが他家で働いている侍女だというのなら、どうして今、我が家で働いているのかが気になるのだけれど。

 そんな侍女を見て、ルーティがくすりと笑った。


「あらあら。確かに私は臨時で雇われた身ではありますが、何のために私が引き抜かれてきたのか、貴女には分からないんですね」

「なんですって?」


 どことなく馬鹿にした言い方のルーティにカチンとしたのか、苛立った様子を隠さずに噛みつく侍女。

 話を聞いていると、ルーティが臨時で雇われたのだというのは、どうやら本当のことらしい。

 そんな侍女の態度に、ルーティは呆れたような息を吐いた。


「まあ、いいでしょう。何も知らない貴女に答える必要なんてありませんし。先程の貴女の言動は、奥様やミリア様に報告いたしますから」

「はっ! 新入り侍女の言葉なんか誰も信じやしないわよ!」 

「そうだといいですね。さ、アリシア様。奥様たちがお待ちのようなので、食堂に向かいましょうか」

「え、ええ……」


 いまだに噛みつく侍女の言葉を聞き流すルーティに促されて、私は部屋を後にする。


(……ルーティって、本当に何のために我が家にいるの……?)


 そんな疑問を抱えたまま廊下に出ると、先に部屋を出ていたメアリーの不満そうな視線とぶつかる。


「遅いですよお嬢様。さっさとしてください」

「ごめんなさい……」


 揉めていたのはルーティと侍女なのに、メアリーの中で、遅くなったのは私が悪いことになっているらしい。

 私が二人の揉め事に首を突っ込んだことを酷く怒っているように、私に背を向けるメアリー。つかつかと歩を進めるメアリーの歩幅は、いつもの私に合わせてくれるそれとは全く違う。


(……私のことを想ってくれていたメアリーは、もういなくなっちゃったみたい……)


 置いていかれそうになるペースで歩いていくメアリーを必死で追いかける。今日だけで何度も繰り返されるメアリーの冷たい態度に、心がどんどん冷えていく。

 もう、今までと同じようにメアリーを見ることは出来ない。私はメアリーをどう思えばいいのかが分からなくなってきた。


 助けてくれた恩は確かにあった。メアリーの言うことに間違いはないんだと思っていた時期も確かにあった。

 なのに今日一日で、私のメアリーを見る目は大きく変わってしまった。

 どれが本当なのか知りたくても、メアリーは答えてくれない。ルーティが示してくる疑念を覆す答えを、メアリーは与えてくれない。


 メアリーを信じていいのかすら、今の私には分からない。


 何の会話もないままメアリーを先導にして、背後にルーティが控える形で廊下を歩いていく。

 すれ違う使用人が会釈すらしないのはいつものことだけど、それを見たルーティが不満そうに目を細めていた。


「ここまで分かりやすいと、いっそ清々しいですね。これならそろそろ私も動き出しましょうか」


 廊下を歩いていると、背後からルーティが小声で呟くのが聞こえた。


(動く……? ルーティはこれ以上、何をしようというの……?)


 今日は朝からずっといつもの日常からは、かけ離れていたというのに。それなのに、まだルーティは何かをしようというの?

 これ以上の変化は、もう沢山だという思いが胸中を占める。ここまででも十分、良い変化もあれば悪い変化もあった一日だった。

 なのにルーティからすれば、これはまだ動いたうちに入っていなかったらしい。


 扉の前で控えていた使用人が、私の姿を見て扉を開けるのはいつもと同じ。

 なのに、ここから先はもういつも通りにはならない。

 ルーティがくすりと笑ったような気がした。何をしようというのか、私は緊張しながら食堂の扉をくぐった。


「ああ、アリシア。来たね」


 食堂に入れば、長いテーブルの上座に座る父が、いつも通りに笑顔で私を手招きで呼んでくれる。

 けれどもそれはバルトが一つ咳払いをして、その咳払い一つで手招きをやめる父。

 繰り返される日常。何も変わらない日々。


(このやりとりも、本当に変わらないわね)


 私もいつも通りニコリと父に微笑むだけにして、長いテーブルの上座に座る両親から離れた下座の席に座ろうとした。

 なのに席に座ろうとした時に、ルーティが私の前に立って、私が椅子に座るのを妨害する。


「ルーティ?」

「何をしているのです」


 ルーティの不思議な行動に私は目を瞬いた。

 メアリーの不機嫌そうな声を聞き流したまま、ルーティはじっとバルトに視線を向ける。


「バルト様。今の咳払いにどういう意図があるのか、お聞かせ願えますか?」


 食堂に静かな緊張が走った。

 はたから見ればただの咳払いでしかない。けれど、それを合図に父は毎回手招きを止めている。

 その行為に一体何の意味があったのだろう。


 私が気になっていたそれを、ルーティがバルトに訴える。

 ルーティは先程「動く」と言った。きっとこれもまた、ルーティの思惑の一つ。

 バルトは何も答えない。ただ黙ってルーティを見ているだけ。


 一体この行為に、何が含まれているというの……?

※お読みいただきましてありがとうございます!

 現在公開中の話につきまして、現在改稿作業を行っております。

 改稿版の更新につきましては、あらためてご報告いたします。

 よろしくお願いいたします!

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