第7話:初めての昼食とメアリーの変貌
「ルーティ……」
「遅かったわね。お嬢様は昼食を食べられないのに呑気なこと」
ルーティの姿を見てホッと息を吐く私と、棘のある言い方でルーティを詰めるメアリー。
軽く走ってきたのか、ルーティの息が弾んでいた。頬も少し紅潮して、急いで戻ってきてくれたのだと分かる。
棘のある言葉を吐くメアリーを無視して、私に笑いかけてくれるルーティ。
「遅くなって申し訳ありません、アリシア様。でも、ちゃんと料理人にアリシア様の昼食を用意させてきましたからね」
「え……?」
その言葉に、一瞬思考が停止する。
昼食を、用意させてきた? あれはただの励ましの言葉ではなかったの?
私が驚いていると、ルーティが持ってきた大きなバスケットの中にあったものを取り出してくれる。テーブルの上に、次々と並べられていく料理の数々。
マヨネーズで和えられたツナと卵が挟まったサンドイッチ。一人分の器に盛られた色鮮やかなサラダ。小さな器に入った黄色いコーンスープ。デザートには苺と生クリームでトッピングされたクレープにチョコソースがかけられたものまであった。
「え、えぇ!?」
眼の前に広がる光景に、思わず声が出る。
これが全部、私のための昼食だというの?
「急いで戻ってきたので、バスケットの中で形が崩れてないか、スープが溢れていないかと心配でしたけど、見た目も無事で良かったです。でも、これだと運ぶのが大変なので、明日からは大人しくワゴンを借りてきますね」
ルーティはそう言って苦笑するが、私は眼の前に出されたものに驚きを隠せない。メアリーも驚いて目を丸くさせている。
メアリーが何度言っても作ってもらえなかった昼食が、まさかこんな形で出されるなんて思いもしなかった。
「階段をどう乗り越えましょうか……ミリア様に相談してみますかね」
料理を並べながらルーティが独り言を呟いている。
一階の調理場から二階の私の部屋に来るためには階段を登る必要がある。その障壁となる階段を乗り越えるために、今日はワゴンで運ぶのではなくバスケットで運んできたらしい。
そんな苦労を感じさせないルーティの気遣いが嬉しくなる。
料理とカトラリーの準備が終わって、ルーティがにこりと笑う。
「今までちゃんとした昼食を食べられてなかったと聞いていましたからね。どれだけ食べられるか分からなかったので、今日の量は控えめにしてあります。けれど、食べられそうなら明日からは量を増やして用意して貰いますよ」
そう言いながら、ルーティがバスケットから新しいティーカップを取り出す。
ルーティが持参したポットからカップに注がれたのは、香りが控えめなミルクティー。
手渡されて一口飲めば、ほんのりとした甘さとミルクのまろやかさが口の中に広がる。ハーブティを飲む度に感じていた不快感が、それだけで和らいだ気がした。
「美味しい」
思わず口から漏れた言葉に、ルーティが満足げに笑う。
「それは良かったです。さ、お食事の方もどうぞ」
「ルーティ! これ以上余計なことをしないで! お嬢様の立場が悪くなったらどうするの!」
初めて渡されたちゃんとした昼食に私が手を伸ばそうとしたその瞬間、いきなりメアリーがルーティを怒鳴りつけた。
あまりの大声に私の手は止まり、体がビクリと反応する。
テーブルの向こうで、今まで見たことがないくらいメアリーが血相を変えている。
昨日からずっと機嫌が悪かったメアリーが、とうとう爆発したのだと分かる。でもどうしてそんなに怒るのかが分からない。ルーティはただ昼食を用意してくれただけなのに。
混乱する私をよそに、ルーティは冷ややかな眼差しのままメアリーに視線を向ける。その姿に、動じた様子は一切ない。
「余計なことってどんなことですか?」
メアリーを静かに睨みつけながら言葉を紡ぐルーティ。その言葉は鋭利な刃物のようにひやりとしていた。
「私はアリシア様が食べたそうにしていたので用意しただけですよ。屋敷のお嬢様であるアリシア様に快適に過ごしていただくために働くのが、専属の仕事ではないのですか?」
「私はお嬢様の立場が悪くなったらどうするの! と言っているのです!」
ルーティの言葉に、メアリーがまた大声で反論する。それでもルーティは、深く息を吐くだけ。
「立場云々って、何の話です? 私は奥様からは何も聞かされていませんが、アリシア様の立場に何かあるのですか?」
ルーティの言葉にはっとするメアリー。慌てて口を抑えているが、ルーティの追求はそれでも終わらない。
「私が奥様たちから聞かされていない何かがあるというのなら、ぜひ教えて下さいませ。後でその事実をミリア侍女長を通して、奥様に確認いたしますから」
淡々とメアリーの言葉を流すルーティ。それに対してぐっと歯を噛み締めるメアリー。
(……ここでルーティがメアリーから聞き出したい「立場」って、きっと私の養子についての話よね?)
私の養子云々という話をメアリーから聞かされていると伝えてあるから、その話自体はルーティも知っている。なのに、メアリーに対するルーティの振る舞いからは、そんな話は聞いていないように見えた。
それに、どうしてかメアリーはそれをルーティに言わない。私が本当に養子だというのなら、この場でルーティに宣言したって不思議はないはずなのに。
(……ミリアや母に確認されたら困ると思ってる?)
メアリーは何も言わない。ただ忌々しそうにルーティを睨みつけているだけ。
その沈黙が、一つの答えのようにも見えた。
「アリシア様」
「えっ?」
私が考えている間に、ルーティの意識は反論しないメアリーから外されて、私に向けられていた。
「せっかくのスープが冷めてしまいますからね。温かいうちに召し上がって下さい」
メアリーに向ける目とは違って、ルーティの私に向ける眼差しはどこまでも優しい。
「あ、でも……」
ちらりとメアリーを見る。いっそ殺意すら籠もっていそうな眼差しがルーティに向けられている。
(本当に、食べてもいいのかな……? 私の昼食のせいで、今度はルーティの立場が悪くならない?)
そんな不安が顔に出ていたのか、私を安心させるように笑うルーティ。
「食事を運んできたのは私で、料理を作ったのは料理人ですよ。本当に問題があるのなら、料理人が料理を作ったりせずに事情を説明してきたでしょう。でも、その説明すらなく、料理人はこうして料理を作ってくれました。ですから、何の問題もありませんよ」
そう言いながら、カトラリーの中からスプーンを取って私に持たせてくれる。
そのままスプーンをスープに沈めて、私を安心させるように笑いかけてくれるルーティ。
「メアリー様の言葉は気にしなくて結構です。問題があるなら、私からミリア様や奥様に伝えますから。もし色々気になって食べられないというのなら、私が食べさせてあげましょうか?」
ぱちりとウインクしながら、茶目っ気を見せてくれるルーティに私はくすりと笑う。
そこでようやく緊張が取れて、私はやっと出された昼食に向き合った。
「ありがとう、いただくわ」
「はい、どうぞ」
昼食を勧めてくれるルーティにお礼を言ってスープを飲む。コーンの甘さと温かさが口の中に広がった。
そのままサンドイッチを食べる。ふんわりとしたパンに、大きく潰された卵。一緒に和えられたツナとマヨネーズの酸味がとても美味しい。
先程の干からびたサンドイッチとは全然違う。その食感の違いに私が目を見開いているのを見て、ルーティがくすくすと笑う。
「お口に合いますか?」
「ええ、とっても!」
ルーティの問いかけに、笑顔で返す。
苦手なピリ辛系ではなく、素材の味を楽しめるサンドイッチ。シャキッとした新鮮な野菜を使ったサラダ。甘いミルクティーに苺のクレープ。どれもこれも私の口に合ってとても美味しかった。
こんなに美味しい昼食を食べるのは、どれくらいぶりだろう。もしかしたら、初めてかもしれない。
温かい料理と、優しい気持ち。それが胸の中に広がっていく。
ミルクティーのおかわりを注ぎながら、私を気遣ってくれるルーティ。その横でメアリーが歯を食いしばったままルーティを睨みつけているのが見えた。
先程までの喧騒はどこへ行ったのか、今は何も言わないメアリー。
どうして何も言わなくなったのか、その沈黙の意味は私には分からない。
ただルーティの持ってきてくれた温かい料理とその優しい気持ちが、今の私には凄く嬉しかった。




