第6話:メアリーとのお茶会
そんな話で盛り上がっていると、ピクリとルーティが反応する。
警戒するように扉に視線を向けるルーティ。
「ルーティ?」
「メアリー様が戻ってきそうです。お話は一度、ここで終わりですね」
そう言い切るルーティはそのまま部屋の端に移動する。まるで最初からそこで控えていたかのように。
それにしても、ルーティはどうしてメアリーが戻ってきたことが分かったのだろう。扉の外を見ても、私にはメアリーが戻ってきているのかなんて分からない。
「アリシア様」
ルーティに呼ばれて振り返れば、ルーティはどこか楽しそうに笑っていた。
「取り敢えず料理人や他の使用人に確認を取りますので、私が裏で探っていることはメアリー様には黙っててくださいね」
人差し指を口に当て「内緒ですよ」と笑うルーティ。
私がコクリと頷いたところで、ルーティの言うように扉の向こうから足音が聞こえた。
「お待たせしました、お嬢様」
扉の向こうから声がして、メアリーが部屋に戻ってくる。いつものように手に持つトレイの上にはお湯の入ったポットと、私がいつも使っている白磁のカップ。それから三段のティースタンド。
昨日の流れの再現のようにメアリーが動き出す。昨日と違うのは、この場にルーティがいることと、メアリーを疑い出した私の気持ちくらい。
「今からお茶会の準備をしますので、もう少しお待ちくださいね」
「それでは私は一度、席を外しますね」
「ええ」
メアリーはいつもの調子でそう言って、部屋のバルコニーに出ていく。部屋に入ってきたメアリーと入れ替わるようにしてルーティが部屋を出ていった。
部屋のバルコニーに作られた、私専用の簡易お茶会場。いつものようにテーブルの上にティースタンドを置いて、メアリーが手際よく茶器を並べていく。
その光景を眺めていると、バルコニーにある椅子が二つしかないことに気がついた。
今はルーティが食事で席を離れてるとはいえ、メアリーとのお茶会は夕方近くまで続く。その間にルーティが戻ってくることを考えれば、ルーティの椅子も用意したほうがいいのかしら?
「ねえ、メアリー」
「作業中に声を掛けないでください。気が散るでしょう」
私が声を掛ければ、いつも通りの返事。冷たい音の響きに胸が痛むけれど、それでも今は引くわけにいかない。私はメアリーの言葉を無視してそのまま口を開いた。
「お茶会についての質問があったから声を掛けたのよ。椅子が二つしかないけれど、ルーティの分の椅子も用意したほうがいいのかなって」
「何を言っているのです? 侍女の分の椅子など必要ありませんよ」
私の言葉に、考えるまでもないといった態度で即答するメアリー。その冷たい言い方に、私は息を呑んだ。
……メアリーは何を言ってるの? 侍女の椅子が必要ないというのなら、メアリーの席だって必要ないはずよね?
改めてメアリーの並べる茶器を見たら、二人分しかないことに驚く。ルーティの分は最初から用意していなかったらしい。
「……侍女の椅子が必要ないというのなら、メアリーの椅子も必要ないんじゃないの?」
メアリーだって、ルーティと同じ侍女でしょう?
そんな思いを込めた私の呟きに、メアリーが苛立ったように振り返る。
「はぁ? 何を言っているのですかお嬢様。幼い頃からずっとお嬢様に仕え続けてあげたこの私に、なんてことを言うのですか!」
仕えてあげた。
その言い方に、胸がつきんとした。
(……メアリーは仮にも仕える主の私に対して「仕えてあげた」と言うのね)
私に仕えることをそんな風に言うのねと、そう思うだけで悲しくなる。
メアリーのことを完全に疑っていたわけではない。今まで助けてきてくれたことも、確かに感謝していたのに。
それでも今の言い方は……決して私のためではなく、まるで施しをしてあげていると言わんばかりの態度で悲しかった。
そんなメアリーは一つ鼻を鳴らすと、また私に背中を向けて手を動かし始める。
……今のメアリーをどう見たらいいのか分からない。昨日から続くメアリーに対する違和感が、どうしたって拭いきれない。
私は何も言えないまま、その背中をじっと見ていた。
「さ、お嬢様。準備ができましたよ」
「ありがとう」
それでも今日はルーティが「いつも通りに」と言うから、私は何も知らないフリをしてメアリーの招きに応じる。
お皿に乗ってるお菓子は相変わらず苦手なものばかり。昨日と同じピリ辛のサンドイッチと、ハーブを多用したスコーン。
取り分けられ、テーブルに置かれた私の分はいつもと同じ。小さなサンドイッチが二つに、スコーンが一つだけ。
……ねえ、メアリー。この皿はメアリーが直接、調理場から運んできたのよね?
それならどうしていつも、その場で確認してから持ってこないの? いつも苦手なものしか載せられていないことは分かっているのに。
確認もしないで持ってくるのはわざとなの? どうしてその場で料理人に「これだけでは足りないわ」と怒ってくれないの……?
けれど私は首を振って、その意識を頭の外に追いやろうとした。
(違うわよね。メアリーも料理人に嫌われてるから、そう言えないだけなのよね?)
先入観は見方を変えると先程ルーティは言った。そして今までの私はずっと、メアリーしか味方はいないのだと思いこんでいた。
……そういう先入観を持たされていた。だからメアリーが「してくれたこと」に反論するなんて思考は微塵も持たなかった。
けれど今は、その先入観が外れたからか、細かい部分がやけに目に付く。次から次に湧き起こる違和感は、私の中でくすぶり続ける。
(……でも、これも先入観による思い込みなのかも?)
メアリーが怪しいと思ったから、そう見えるだけ?
もう、どれが正しいのか分からない。
「料理人がお菓子を作るのを渋るので、作らせるのに苦労しました」
「そうなのね。いつもありがとう」
「いえいえ、私がお嬢様のためにしてあげられるのはこれくらいですから」
表面上流れる会話もいつも通り。そしてメアリーが淹れてくれるお茶は、こちらも相変わらず香りの強いハーブティー。
(……これも改善されないのはどうして? 私が苦手だと言っているのだから、メアリーがハーブティー以外の茶葉を持ってきてくれればいいだけなのに。それすら一向に改善されないのはどうしてなの?)
それが何を意味するのか。その先を考えるのが怖くて、胸でくすぶるもやもやとした疑問を飲み込むように、サンドイッチを口に運んだ。
いつものピリリとした刺激を舌に感じるけれど、それとは別に、食材の乾燥したようなパサパサとした食感を感じる。まるで作り置きをそのまま放置したみたい。
これもいつもなら感じなかった違和感。辛いものを出されたという方に落ち込んで、食材の劣化には気付かなかったでしょう。
(……気付きたく、なかったな……)
料理人が作っていなかったこの昼食を、メアリーが急かして作らせたというのなら、どうしてパンも具材もこんなに干からびているの?
メアリーが調理場に向かってから料理人に無理を言って焼かせたはずのスコーンの粗熱が、完全に冷めきっているのはどうして?
メアリーを疑う材料はどんどん増えていく。一つ一つは小さな違和感。だけどその数が膨大になっていけば行くほど、目を逸らすのが難しくなる。
けれど、私の心はまだメアリーを疑いたくないと訴える。長年一緒にいたメアリーが疑わしいからという理由だけで、そう簡単に切り替えられるほど私は強くない。
「そういえばメアリーの昼食はどうしてるの? これだけでは足りなくない?」
本当のことが知りたくて、変わらず桜華国物語を語るメアリーにそう聞いてみる。
私が声を掛けるとは思っていなかったのだろう。メアリーは驚いたように瞬きをして、そして笑った。
「私もお嬢様と同じく、これが昼食ですよ。お嬢様を差し置いて食事を取るなんてできる訳ありませんから」
「そうなのね」
笑顔で返すメアリーに、同じように笑顔で返す。
でも、私の胸は落ち着かない。先程ルーティから聞いた話と、メアリーの話はどこまでいっても噛み合わない。
どちらが本当で、どちらが嘘をついているの?
私が干からびた料理を喉に流している間にメアリーが語るのは、いつもと同じ「桜華国物語」。
攫われたお姫様を助ける国王。国王に愛されて幸せに暮らすお姫様の話。そして私にもいつかどこかの国王が、この閉じ込められた箱庭から連れ出してくれますよというまでがお約束。
……誰かが連れ出してくれるならと昨日までは願っていた。
でも、ルーティが来て私の気持ちが変わったのか、今の私はそれを話すメアリーがどんな表情でそれを言っているのかを見ることが出来た。
桜華国物語を話すメアリーの目はどこか冷たい気がした。お嬢様を迎えに来てくれますよと言いながら、どこか私を見下しながら笑っているような、そんな印象を受けた。
気のせいかもしれない。ううん、気のせいだと思い込みたかった。
なのに。
『まあ、本当に国王の迎えが来たところで、幸せになれるかどうかは別物ですけどね』
お茶を飲んで息を吐いた時にポツリと聞こえた声に、思考が止まる。
昨日のお茶会でメアリーが使った言葉。夢で見た誘拐犯が、幼い私と、昨夜の夢で会った時雨が使っていた言葉と同じ言葉。
けれど今呟かれた言葉はどういう意味? 国王が迎えに来るとメアリーは言う。けれどメアリーは、それが幸せに繋がるとは思っていないみたい。
私が国王のもとに行くこと。それにどんな意味があるというの?
ただ語り聞かせているだけじゃない何かの意図を感じて、体が震えた。
(どうして? どうして私はそんな扱いをされなければならないの?)
浮かんだ疑問はなかなか消えない。泣きたい気持ちが溢れてくる。
それでも何も答えないわけにはいかない。
「そうなるといいわね」
声が震えないように、必死に嗚咽を抑えながらそう答える。
もう嫌。このままメアリーと二人きりでいたくない。
(ルーティ、早く戻ってきて……!)
「遅くなりました」
そんな私の願いが通じたのか、大きなバスケットを持ってルーティがバルコニーに姿を現した。




