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【第一章・完】桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第1章ー崩れゆく箱庭ー

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第4話:メアリーへの疑心

(……どうして、こんなことになってるの……?)


 どれだけ考えたって分かるわけがない。メアリーが私を騙していたかもしれないなんて、そんなこと考えたこともなかった。

 訳が分からなくてぼうっとしていると、ルーティから不意に視線が向けられる。


「……その料理人の件、奥様や旦那様はご存知なのですか?」

「知っていると思うわ。メアリーが報告してくれているはずだもの。……知っているはずなのに、それでも改善されないの」

「メアリー様が……?」


 私の答えに、また難しい顔をするルーティ。それからまた深く考え込んでから息を吐いた。


「分からないことだらけですね。それにしても、どうして使用人たちにそんな嫌がらせをされるのですか?」


 やりきれない感情を抱えていると、心底不思議そうなルーティに声を掛けられる。

 あら? ルーティは私の専属になったはずなのに、その辺りの事情は聞いていないのかしら?


「私の事情は聞いてないの?」

「事情?」


 改めてルーティに聞いてみるけれど、特段そういった事情は聞いていないらしい。

 何かあるなら聞かせて下さいと私の言葉を待つルーティに、私は事情を話すことにした。


「えっと……私、この家の本当の子供じゃないのよ。本当は父の遠縁の子供で養子なの。それなのに沢山の誘拐事件が起きた影響で家に閉じ込められてて……こんな気味の悪い子供だから使用人や料理人にも嫌われているの。なのにメアリーが嫌がる料理人に、無理やり私の昼食になるお菓子や料理を作らせるから、その腹いせに嫌いなものを出されているの」

「養子……?」


 私の話を聞いてルーティが首を傾げる。その反応から、本当に聞いていなかったのだと実感する。


「私はその話を奥様から聞いた覚えがないのですが、アリシア様はご両親から直接そう聞いたのですか?」

「それは……」


 ルーティに聞かれて、私は言葉に詰まった。

 そういえば私が養子だという話も、父たちに近づくなと言っていたのも全部メアリーから聞いたことばかり。

 どれだけ思い返してみても、実際に両親から私が養子だとか、近づくなと言われたことって一度もなかった気がする。


 ……あれ? それじゃあメアリーは一体どんな意図があって私にそれを告げていたの……?


「……それを言ったのは、メアリーだわ」

「ここでもまたメアリー様ですか」


 私の答えを聞いて、ルーティがまた息を吐く。

 言われてみれば確かにそう。私が思っていることは大体がメアリーに言われ続けてきたことばかり。


「他にもメアリー様に何か言われてたりしますか?」

「メアリーにいつも言われていることなら……私は養子なのだから嫌われないように、迷惑をかけないように両親には近寄るなと言われていたこととか。私の立場が悪くなるから、メアリーから料理人や両親に話を通すので、不満があっても私からは何も言うなと言われていたのとか……」

「アリシア様と奥様の間には、必ずメアリー様が挟まっているんですね……」


 うーん、と悩んでくれるルーティ。

 その言葉を聞いて、私の脳裏に一つの仮説が浮かび上がる。でも、そんなのは間違いだと打ち消したくなる。


 いくら何でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて……考えすぎよね。


 どれだけ考えても答えは出ない。謎は謎のまま。考えれば考えるだけメアリーに対して不信感が募るだけ。

 それはルーティも同じだったのか、一つ大きく息を吐いた。


「話は分かりました。私、この後メアリー様と入れ違いで昼食に行くので、アリシア様の昼食の件とお菓子の件を料理人に聞いてみますね」

「え?」

「私やメアリー様の分はあるのに、アリシア様のだけを抜く意図がわかりませんから」


 あっさりと結論を出すルーティ。え、そんな簡単に動いていいの?

 だって、私から話しかけたら迷惑だってメアリーにずっと言われ続けていたのに……。

 そこでまた気づく。私の言動の全てが、メアリーの言葉に支配されているって。


 何かを聞こうとすれば「作業中に声を掛けるな」と黙らされる。「両親がこう言った」と私に何かを告げるのはいつだってメアリーだ。

 両親と私の間にはルーティの言うように、ずっとメアリーが挟まっている。私が両親から直接聞かされた話なんて一つもなかったのに。


「メアリーは本当に、私に嘘をついていたの?」

「アリシア様……」


 私の呟きに、ルーティがそっと肩を抱いてくれる。

 私が着たいドレスを着れないのは、母が準備してくれないせい。昼食を出さず嫌いなお菓子しか出さないのは、料理人を始めとした使用人に嫌われているせい。

 食事の席で両親に近づけば、母に嫌われて屋敷から追い出されるから、何があっても絶対に自分から声を掛けるなと言い続けたのは何のため?


 今までメアリーが話してたことは全部嘘だったの?

 お菓子を作ってくれない料理人の話も。養子なんだから近寄るなと両親が言ったということも。


 ぐるぐると思考が巡る。どれが本当で、どれが嘘? 私は一体何を、誰を信じたらいいの……?


「まあ、真意は後で確認するとしましょう。奥様がどう思っているかは、夕食の席にでも直接聞けばいいだけですから。それより、アリシア様の昼食がないのは問題ですね。昼食の後でちょっと調理場でも使わせてもらいましょうか」


 ルーティの声で我に返る。

 メアリーも母もいないこの場所でどれだけ考えたって、答えなんか出ない。メアリーが間に挟まっていたということに気付けたのなら、ルーティの言うようにメアリーを介さずに母と話をしてもいいのかもしれない。

 夕食の席で聞いてみよう。そう思ったら、少し気が楽になった。


「ルーティが昼食を作ってくれるの?」


 ルーティの言葉に反応してそう聞いてみれば、ルーティは「私が作るわけではないですよ」と言って苦笑した。


「調理場仕事の時に仲良くなった使用人に作ってもらおうかと。本当は私が作れたら良かったんですけど、私、料理だけは壊滅的に作れなくて。昼食に何か食べたいものとかありますか?」


 そういえば先程もそう言っていた気がする。料理だけは出来なくて、即座に料理人をクビになったと。

 それでも私の昼食を用意しようとしてくれるルーティの気遣いが嬉しくて、沈んでいた気持ちが少しだけ浮かび上がる。


(あ、でも……)


 気分が浮上したのは一瞬だけ。

 食べたいものなんて今まで聞かれたことなんてなかったから、咄嗟には出てこない。


(私、こんなところでも自分の意見を言えなくなっていたのね……)


 その事実に少し落ち込んだ。せっかくルーティが聞いてくれたのに、それに答えられない自分が歯がゆかった。


「食べたいもの、出てこないですか?」

「ええ……」


 ルーティが首を傾げながら聞いてくれる。

 何を食べたいか。そんなことすら言えないのが今の私。

 けれどルーティは、そんな私を見ても馬鹿にしたり見下したりしない。何も言えない私の手を取って、優しく微笑んでくれる。


「それなら逆に、食べたくないものはありますか?」

「食べたくないもの?」

「ええ。食べたいものが分からなくても、苦手なもの、嫌いなものは分かりやすいと思うので」


 そして視点を変えて提案してくれる。確かに食べたいものはすぐには出てこないけど、苦手なものは出されたくない……かも。


「何がお嫌いですか?」


 答えに詰まる私に、そう聞いてくれるルーティ。こんな風に私の意見を誰かが聞いてくれるのなんてどれくらい振りだろう。

 そんなことすら聞いてくれる人が今までいなかったのだなと痛感する。


「えっと……いつも出してくるピリ辛系のお菓子、それから香りが強いものが苦手なの」

「ピリ辛系のお菓子に、香りの強いもの……ですね。分かりました」


 私の言った言葉を復唱して確認してくれるルーティ。ルーティなら、私が苦手なものを省いた食事を用意してくれるのかなと淡い期待が浮かんでくる。

 でも、と、それと同時に胸の奥で暗い考えが顔を出す。メアリーがずっと料理人に言い続けてきてくれたはずなのに、今までずっと無視されてきたのだもの。今更改善されるとも思えない。


(……もしルーティが言うことで改善されるなら、それはメアリーの嘘がまた一つ確実になるということなのよね……)


 改善されてほしいような、メアリーを信じたいから改善されてほしくないような、なんとも言えない感覚に陥る。

 メアリーは私の恩人で、怪我を負ってまで私を助けてくれた。

 そんな人が、私に嘘をついていた。私を騙していただなんて、どうしても信じたくなかった。


「ねえ、ルーティはメアリーをどう思う?」

「メアリー様ですか?」


 思わずそう聞いてしまっていた。そんな曖昧な質問をしたって、ルーティを困らせるだけなのに。

 それでもそれを聞いてしまったのは、ルーティからなにか安心できる言葉を引き出したかったのかもしれない。


「今はまだ何も答えられませんね。先入観は見方を変えてしまいますから」

「そう……」


 けれど、ルーティはそんな言葉をくれなかった。

 ルーティの意見を聞いて安心したかった気持ちが沈んでいく。

 でも、そうよね。今ここでこうかもしれませんと聞いても、事実が別にあったら何の意味もないのだから。

 それならば、どこに真実があるのかを、ちゃんと探ってみよう。


 メアリーを疑うのは、それからで十分だもの。


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