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【第一章・完】桜華国物語~失った記憶と、襲い来る前世の因縁~  作者: 月峰遥希
第1部・第1章ー崩れゆく箱庭ー

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第3話:疑念

 朝食が終わって、両親は出かけていく。

 私も使用人たちから邪魔者扱いされる前に食堂から離れて、自室に戻った。


「それじゃあお嬢様。メアリーは出てきますので、本でも読んでお待ち下さいね」

「ええ」


 いつものように私を置いて部屋を出ていくメアリー。ここからメアリーの持って来るお茶会の時間までは自由時間。

 いつもなら私はひとり寂しくメアリーの戻りを待っていた。

 けれど今日からは一人ではない。部屋の隅にルーティが控えてくれているのだから。


「ねえ、ルーティ」

「どうしました?」


 私が声を掛けても、メアリーと違ってルーティは普通に反応してくれる。

 それを嬉しく思いながら、私は話を続けた。


「さっきのあれ、何だったの? 【無味薬】がどうのって……」

「ああ、あれですか」


 先程気になったことを聞けば、ルーティは何でもないことのように教えてくれる。


「【無味薬】はその名の通り、味を消すための薬なんですよ」


 ルーティから返ってきた答えは、私の想定していたものと同じだった。


「やっぱり味を消すためのものなのね。でもこれ、本来はどういった時に使うの?」


 私の嫌がらせのためだけに、こんな薬が存在するとは思えない。

 その意図を聞いた時に、ルーティが少しだけ苦笑した。


「主に貴族の会食で使われる薬ですよ。プライドの高い人が多いですから」

「会食?」

「ええ。貴族は弱点を明かすことを好まない。それゆえに、苦手なものを苦手と言えないんです。だから会食とかで苦手なものを出されても食べないわけにはいかない。そういう時に【無味薬】を使って、味を誤魔化して食べるという使い方をするんです」


 貴族のプライド。そう言われても私にはピンとこない。

 人に会うようになれば、その辺りも気にするようになるのかしら。


「無味薬は、そんな用途で使われているのね……」

「私も外出先でコーヒーを飲まなければいけない時には使ってますよ。苦手な味というのは、誰にでもありますからね」


 そう言いながら、懐から透明な液体が入った小瓶を取り出すルーティ。

 先程の金粉が入った派手な器とは違うシンプルな小瓶。


「これが【無味薬】なの?」

「はい。正確に言えば、こちらは無味薬入りの毒検知薬です。侯爵家以上の高位貴族は敢えて派手な金粉を使いますが、伯爵家以下の下位貴族はこちらの液体をかけるのが普通ですね。こちらは光らずに液体が濁るだけですが」


 下手に反応すると見目が悪くなるので、高位貴族はまず使いませんと言うルーティ。

 毒検知薬、思った以上に当たり前に使われる物だったのね。


「それならどうしてあの金粉を使ったの?」


 ただ毒見をするだけなら、この液体でも良かったのでは?

 そう思ったけれど、ルーティは私の質問に肩を竦める。


「あれは周囲に対する威嚇です。この屋敷にはメアリー様を筆頭に、アリシア様の専属になった私を快く思っていない方が随分沢山いらっしゃったので」


 ルーティはそう言うけれど、私はそんな視線には気付かなかった。

 この屋敷で私を見る目がないことで、他人からの視線に疎くなっているのかもしれない。


「だから教えてあげたんですよ。私の背後には、この薬をくれた侯爵様を筆頭に、高位貴族の後見人がついていますよとね」


 そう言いながら笑うルーティ。

 けれど、それは笑っていいものなのだろうか。周囲に威嚇をしなければいけないほど、我が家での待遇が悪いということでしょう?

 一応屋敷側の人間として、そこは考慮しなければいけないところではないのかしら。


「それにしても旦那様は会食等でこの薬を知ってるとは思ってましたが、まさか奥様が侯爵家の出身で、この薬の常用者だったとは思いませんでしたね」

「そうね……」


 小瓶をしまいながらそう呟くルーティに、私も同意する。

 母が侯爵家出身だったなんて、私も知らなかったから。


 ……ううん、母だけじゃない。私は父のことも、この屋敷のことも、本当の両親だという人のことも何も知らないのよね。

 私は本当に何も知らないのだと、改めて痛感させられた。


「それはそうと、メアリー様は何しに出て行かれたのか、アリシア様は聞いていますか?」


 私の落ち込んだ空気を察してくれたのか、ルーティが話題を変える。

 その気持ちが嬉しくて、私は聞かれたままに答えた。


「私の昼食を作ってくれるように頼みに行ってくれているのよ」

「アリシア様の昼食を?」


 私の言葉にルーティが首を傾げる。

 あ……そうよね。他の屋敷では、わざわざ頼まなくたって昼食くらい普通に出てくるのでしょうから。

 その事実に胸が少しだけ痛んだ。


「ええ……先程の朝食でも味付けがされてない嫌がらせがあったでしょう? 昼食も同じなの。両親がいないから、私の分は作ってもらえない。だからこの時間からメアリーは調理場に籠もって、料理人たちに料理を作ってくれるように頼んでくれているのよ」

「それは……」


 私の言葉にルーティが言葉を止めた。どこか考え込んでいるようにも見えるルーティ。

 ……食事を与えられないなんて、ルーティを驚かせてしまったかしら。でもこれが私の日常なのだから、早く慣れてもらわないと。


「……聞いていた話と、だいぶ違いますね」

「え?」


 そんな風に考えていたら、静かに、しかしはっきりと呟くルーティ。

 聞いていた話? ルーティは一体、誰から何を聞かされていたというの?


「ルーティ、聞いてた話って?」

「私、アリシア様の専属になる前は調理場にいたんですよ。まあ、料理が壊滅的なので即座に調理場はクビになったんですけど」


 ルーティって前は調理場に配属だったの? それなのに料理が壊滅的って……。

 人員配置はミリアの仕事よね? どうして料理ができない人を料理人として配属したのかしら……。


「その時に、メアリー様が調理場でくつろいでるのを見ましたよ。この時間は休憩時間だからといって、お茶とお菓子でのんびりと過ごしてました」

「え……」


 ルーティの言った言葉がなかなか頭に入ってこない。

 休憩時間だからくつろいでいた? お茶とお菓子で、のんびりと過ごしていた? 誰が? メアリーが!?


「何を、言っているの……?」


 声が震える。頭の中をぐらぐらと揺さぶられているような衝撃が走る。メアリーが、何をしていたというの?

 私の知らないところで、メアリーは何をしているというの……?


「朝食の後は休憩時間で、そのまま昼食を摂ってからアリシア様とのお茶会。専属は楽な仕事だと調理場ではいつも言っていましたけれど……アリシア様は知らなかったのですか?」

「嘘……」


 メアリーが昼食を摂っている? 専属は楽な仕事?

 どういうこと? いつもメアリーは、私の食事を作るのを嫌がる料理人たちを急かすのに精一杯で、昼食を取る時間もないって……。

 私のお菓子を作るよう命じているから、メアリーも料理人に嫌われていて大変な思いをしてて、昼食を作ってもらえなくなったとあれだけ言っていたのに……。

 私に言っていた言葉は、嘘だったというの……?


「ま、待ってルーティ! メアリーはいつもお茶菓子の準備をしてて、昼食を食べていないと聞いていたけれど、メアリーは昼食を食べてるというの?」

「何ですかそれ。私が調理室で炊事の仕事をしていた時も、メアリー様は普通に食事を摂っていらっしゃいましたよ」


 そんなの信じたくなくてルーティに問いを投げかける。そんな私の質問に、ルーティは淡々と答える。

 ルーティが私に嘘を付く理由はない。それならば、メアリーは本当に食事を取っていたというの?

 頭の中が真っ白になる。それなら私がいつも聞かされ続けてきた言葉は、何だったというの……?


「……この時間は私のお菓子を作るのを渋る料理人にお菓子を作らせてるんじゃなかったの?」

「アリシア様がお茶会をするのは毎日でしょう? ですから指定された時間にはお菓子の準備が終わるように、調理場では手配されていましたよ」

「そんな……」


 言葉が出てこなかった。

 ルーティの言ったことが本当なら、今までメアリーが言っていたことはなんだったの?

 私が信じていたものは、なんだったの?


「それに、先程メアリー様がアリシア様の昼食を頼んでいると仰っていましたけれど、アリシア様はダイエットのために昼食を抜いているのではなかったのですか?」

「なにそれ……私、ダイエットなんてしていないのだけど……」


 ルーティはまた私の知らない話をする。

 私はそんなことを言った覚えはない。そう訴えれば、ルーティは不思議そうに首を傾げた。


「そうなのですか? アリシア様は外出しないから、三食食べると太ってしまう。だから昼食は不要で、お茶会のお菓子も、甘いものではなくピリ辛のものにしてほしいと通達がありましたけど」

「私、そんなこと言った覚えがないのだけど……ピリ辛のお菓子は食べると胃が痛くなってしまうから、別のものにしてほしいとメアリーが料理人に頼んでくれているはずなのに……」


 自分の声が、どこか遠くに聞こえた。体調が悪くなると伝えても改善されなかったお菓子とお茶。

 メアリーが頑張って用意してくれたのだからと今までは何も言えなかったけれど、もしかしたら前提が最初から違っていたのかもしれない。

 まさかという嫌な予感が脳裏をよぎる。


「……食事に含まれていた【無味薬】といい、他にも何か色々とありそうな感じですね」


 私の話を聞いて、ルーティの目が変わる。どこか一点を見据えながら真剣な顔で悩んでいた。

 私も黙ったまま、ただ手を握り締めていた。


 メアリーは私を誘拐犯から救ってくれた恩人だった。

 腕に大怪我をして、婚約を破棄されて、不自由な生活を強いられることになっても、私に対して恨み言一つ言わない優しい人だと、そう思っていた。

 でも今、その信じていたものが一つずつ解けていっているような気がした。


 私は一体、何を信じたらいいのだろう。

 その答えを、今の私は持っていなかった。

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