準決勝開始前
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「いっきま~す」
立見サッカー部で、のんびりした声が発せられるのは一人しかいない。1年マネージャーの彩夏はサッカーマシンの傍に立っており、右手を上げて合図を送る。
コーナー付近にマシンを置いて、その先に居るのは攻撃陣と守備陣で、攻守を担当する部員達。
マシンからボールが発射されると、かなりのスピードで密集するゴール前に飛び、低いクロスとなって迫る。
「うお!」
高速で放たれる球に間宮は頭から飛び込み、ダイビングヘッドでボールをエリアから出すも、飛んだ先はゴールラインの方だった。
これが試合なら相手にCKと、セットプレーのチャンスを与えている。
「あー、くっそ……前に飛ばしたかったけどなぁ」
「あのスピードで来られたら正確にクリアは難しいね。それこそプロトップレベルとかじゃないと」
間宮は狙いとしてはクロスを前の方にクリアして、エリアから離れた位置までなるべく飛ばす。タッチラインを割って相手のスローインに逃れるというイメージだったが、思うように行かなくて悔しげな表情となる。
影山は今の高速クロスを自己分析し、守りとしては速い球を放り込まれると厄介で、クリアが難しいと感じた。
「もういっちょー!」
練習を行い、豪山の掛け声にも熱が入る。
東京予選もいよいよ終盤。此処まで来れば全国クラスの選手とぶつかる事は確実だろう。
特に立見が次に戦う真島高校の鳥羽は、東京No.1ストライカーで、ユースの日本代表経験を持つ。
北村戦で見せた華麗なテクニックに強烈なシュート。更に芸術的なワールドクラスのFKまであり、彼を抑える事が真島戦の勝敗を大きく左右する。
向こうも次が準決勝で、東京代表が決定する重要な試合だと分かっているはず。此処に来てエースを温存という事は無く、全力で代表の座を取りに来る事が予想される。
試合まで時間は限られている。今日のセットプレーの攻守による練習と、色々出来る事はやっておく。無論、疲れを引きずらない程度にだ。
「よーし、今日の練習終わりー」
準決勝2日前。キャプテン成海の一声で決戦に向けた練習が終わり、部員達は部室へ集合。
そこで準決勝のスタメンが発表される事は全員が分かっている中、京子の口からスタメンが発表される。
「GK、大門」
「DF、間宮、神明寺、田村、後藤」
「MF、成海、鈴木、岡本、影山、川田」
「FW、豪山。スタメンは以上」
京子からスタメン発表が終わり、ベンチメンバーも発表される。スタメンに選ばれていない武蔵、優也は此処で呼ばれた。
「相手は真島。東京を代表する強豪校で、今までの相手より1ランク上だ。本気で来る分、練習試合の時の八重葉より手強いかもしれない」
成海は部員達に真島は強いと改めて伝える。練習試合の八重葉も2軍主体にも関わらず強かったが、今回の真島はベストメンバーだ。公式戦の大一番という要素も考えれば、より強い相手となる可能性が高い。
真島としても負けられない試合で、立見も初の全国出場が目の前まで来ているから負けられない。
「名前に飲まれず自信持って行こう。情けないプレーして年下、または同級生から怒鳴られるのは嫌だろ?」
「あ~」
成海の言葉と共に、部員達は一斉に弥一の方へ視線を向けていた。
八重葉との練習試合。前半で圧倒され、弥一がフィールドの立見イレブンに怒鳴った事は全員が鮮明に覚えており、忘れる訳が無い。
「あはは、まあ~……あの時は若気の至りって事でー」
呑気に笑って弥一は誤魔化すように言う。この前見せた勝負師のような顔は何処行ったとばかりに、優也は弥一を見ていた。
「はぁ~、勝手な事を書かれてんなぁ」
「んー?」
部活が終わり、先に制服へ着替え終えた摩央はスマホを見ている。高校サッカーの専門家による記事を見つけ、そのページを見れば不満そうに呟く。
着替え途中な弥一は夏服の白いシャツの前ボタンを止めず、青いシャツの上着として着てから、摩央の見てるページを見てみる。
専門家によると、立見対真島の試合は立見の歳児。真島の鳥羽によるストライカー対決で点の取り合いとなるだろう。
そう予想されており、此処まで無失点の守りについては評価するが、そういうチームは1失点したら一気に崩れる。特に経験の浅い高校ならば尚更だ。
鳥羽の今大会の調子を考えれば、立見の守りを打ち崩す可能性は高く、歳児が真島守備陣を得意のスピードで何処まで掻き回せるか。準決勝はそういった試合となる。
勝敗としては真島が勝つ確率が高い。
専門家からすれば鳥羽によって立見の守備は崩され、最終的に真島が勝つと予想がされていた。
「うん、まあそういう予想もあるだろーね」
「え」
拘っているであろう無失点記録。それを鳥羽に崩されると勝手に予想されている専門家に対して、弥一は納得した様子。この反応は摩央には想定外だった。
「外からは専門家に限らず色々な声があるもんだろ、いちいち気にして相手したらキリが無い」
「ああ……まあ、そうだな」
そう言いながら着替え終えた優也はカバンを持ち、帰り支度を整える。同じく外の声を気にしていないようだ。
この中で一番SNSの世界に慣れ親しんでいるであろう、摩央も分かっていた。
表には出ない影で様々な声、そこに痛烈な批判がある事も知っている。
それでも自分のチームを勝手に、こんな評価されたら腹が立つものなんだなと、部活をしていて初めて理解。
摩央は軽く息を吐き、自分も優也のように落ち着こうと務める。
「それじゃあ今日は買い食いー……は流石に止めとこっか。真っ直ぐ帰ろー」
着替え終えた弥一は部活終わりに買い食いを皆でしようとするが、思い留まって今日は控える事にした。
お楽しみは後にとっておいた方が、モチベーションになるというものだ。
翌日、完全休養で各自が充分に体を休ませて準決勝に備える。
◇ ◇ ◇
6月17日 土曜
雲ひとつ無い晴天に恵まれ、準決勝の競技場は多くの観客で埋まり、両校の応援団の姿も見えていた。
キックオフの10時に備えて、立見と真島の各選手が軽いウォーミングアップに務める。
「鳥羽君、今日も一発決めちゃってー!」
「任せときなってー」
女子ファンからの声援に鳥羽は振り返って応える。こういうファンサービスも彼は慣れていた。
「歳児君ファイトー♪」
一方同じストライカーの優也にも女子のファンがついており、彼へと声援が送られる。ただ、彼の場合は鳥羽と違って集中しているのか、声援が聞こえた方に振り向かない。
「よ、スーパールーキー君」
「……鳥羽、さん」
立見のベンチ付近で立っている優也に、鳥羽の方が近づくと声をかけてきた。
「女の子の声にはちゃんと応えてあげるもんだ。せっかくモテてるのに離れちまうぜ?」
「そういうの慣れてないんで」
「あ、そうなの? クールそうな君のキャラの事だから、てっきり「女に興味は無い」的な感じかと思ったけどなぁ」
優也の声真似のつもりか鳥羽は声を似せると、優也が言いそうな台詞を格好つけて言う。本人は別に声援が聞こえていないとか、無視しているとかではない。返し方が分からず、そんな反応になっているだけに過ぎなかった。
「この試合、世間の皆様はストライカー対決を期待して望んでるみたいだ。この試合、お互いフィールドに綺麗なゴールの華を咲き誇らせてみせようか。ゴールは俺が多く取って勝つけどな」
それは鳥羽からの宣戦布告だった。
現在東京予選の得点ランキングで首位に立つ優也。対して鳥羽は今日の試合で立見に勝利し、優也よりも多く点を取って得点ランキング首位も狙っている。
ストライカー対決を制して自分が東京だけでなく、高校No.1ストライカーである。その証をこのフィールドに刻み込むつもりだ。
「……まだ俺が出るか分かりませんけど、今日の試合よろしくお願いします」
優也はそれだけ言うと、フィールドの周りを走り始める。
「記事通りのクールスナイパーっぷりだねぇ」
呟くように言うと、鳥羽は真島のベンチへ引き返す。
決戦の時は刻一刻と迫っていた……。
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