負けてない
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
前半、立見にチャンスは2度あったが2度とも防がれる。流れは傾き、ボールを持つ前川が攻勢へ出ていた。
中盤のテクニシャン、細野を中心にパスを回して立見ゴールへ迫る。
前線の島田が手を上げてボールを要求。それを見て細野は送ろうとするが、頭を横切るのは弥一の存在。
「(このパスは読まれる可能性がある。下手に取られるよりも!)」
細野はゴールの方を見る。
「! ロング!」
蹴る瞬間、ボールに触れる細野の蹴り足よりも前に弥一の声が聞こえた。
ゴールからやや左寄りの位置から距離にして30m程あるが、その位置で細野は左足のシュートを放つ。
だが、立見のGK大門が正面で待ち構えて、枠に飛んだ勢いある球をキャッチしてキープ。
このロングシュートが前川の1本目のシュートとなる。
大門のパントキックでボールは高く舞い上がり、再び豪山の元へ向かう。この試合もう何度目になるのか、豪山と河野が空中戦で頭の競り合い。今度は豪山が勝ち、成海と比べてマークの薄い鈴木に落とす。
鈴木は左サイドのコーナーを目指してドリブルで駆け抜け、前川の選手が追いかける。
クロスを上げさせないと立ち塞がる相手に対して、フェイントで隙を伺い僅かな隙をつき、右足で高いクロスが上がった。
ゴールに背を向けている豪山は、河野によって前を向く事が叶わない。そのまま豪山が飛ぶと同時に河野も跳躍すると、豪山は後ろ向きのまま頭にボールを当てた。
通常のヘディングより難しい、ボールを背にした状態で当てるバックヘッド。これがシュートとなって、ゴール左へ吸い込まれるように飛んでいく。
このバックヘッドにも岡田が反応し、飛びついてボールをキャッチ。
豪山の頭による高難度のヘディングだったが、此処でも前川のGKがゴールを阻止した。
「(細野先輩フリーだ!)」
起き上がってボールを持った岡田は、細野のマークが無い事に遠めから気付き、直後に右足のパントキックで蹴り出す。
「! カウンター来るよー!」
彼のプレーを見れば、すぐに弥一は皆に向かって叫ぶ。
大門の高く上げたパントキックと違い、岡田は低弾道の速いボールを蹴っていた。低い方が滞空時間は短い分、パスを送られた細野に詰める暇は比較的与えない。
通れば再びカウンターのチャンス。
ピィーーーー
だが、それを遮ったのは立見イレブン以外の存在。審判の笛だった。
カウンターのピンチを運良く前半終了で救われた形となる。
「(ちっ……あと数秒ぐらいあったらプレー続行だったのに)」
カウンターを狙ったが前半終了の笛に阻まれ、岡田はマネージャーの女子からペットボトルのドリンクを貰えば喉を潤す。この試合CKのチャンスを潰したり、遠くからシュートを止めに走ったりとGKとしてはかなり動き回った方だ。
前半の40分があっという間に終了。立見の方がシュートを多く撃っていて、前川のシュートを最小限に抑えていた。
後は得点と行きたい所だったが、攻撃の主軸である成海と豪山が河野達DF陣によるマークで、フリーには簡単にさせてもらえない。チャンスを迎えてもGKの岡田が全てシャットアウト。
0-0のままで勝負は後半戦に続く。
「まさかシュート1本だけなんて、立見の守りってあんなに堅かったか? 間宮や田村と実力あるDFが居るにしても」
タオルを受け取って細野は汗を吹く。攻めてはいたが満足いく攻撃は出来ておらず、良いパスもインターセプトされて、決定的チャンスの演出が出来ていない。
想定してなかった立見の守備に正直、戸惑いはあった。
「あいつだ。あの小さいDF、神明寺っていう24番のコーチングが多分効いている。お前ら見た目で侮らない方が良いぞ」
この試合で二度も弥一に自身のショルダーチャージを躱されている。島田自身も最初は幼い弥一の見た目に騙されていたかもしれないが、今は侮るような事は無く、むしろ一番警戒しなければならないと思っていた。
言われてみればクロスの時といいロングシュートの時といい、弥一の声が飛んでいるのを細野は思い出す。
何でこっちのやる事がバレているのか。それは心を読まれているから、という発想は彼らから生まれる事は無いだろう。
「まあ先輩達、チャンスは粘り強く待てば転がって来るもんですから焦らず行きましょうよ」
戸惑いを見せている前川チーム内に、声をかけたのはドリンクを飲む岡田。この試合何度もピンチを防いでいて、まさに前川の守護神として立ち塞がり、前半の無失点に大きく貢献した。
「このまま0-0でPKになれば、それこそ前川の勝ち。PK戦になれば俺は八重葉にだって負けないんで」
0-0が最後まで続けば待っているのはPK戦。その戦いに岡田は自信を持っている。
高校サッカー界の王者八重葉相手だろうがPKなら負けない。
この試合、何度もピンチを救ったGKは弥一と似たビッグマウスを発してから、ベンチで後半の試合を待つ。
「っはぁ~、流石前川だな。この支部予選の序盤で来るようなレベルじゃねぇよ」
ベンチにどっかりと豪山は腰を下ろし、タオルを肩にかけていた。河野によるマークを終始受けており、思うようなプレーを中々させてもらっていない。
「しかし、あの岡田……あいつ想像以上に良いGKだぞ。神明寺のロングシュート、正直入るだろうと思ってたのに」
前半途中で放たれた弥一の隙を突いたドライブに対し、CKにさせまいとボールをかき出す為にゴールを離れた岡田。あれが前半で最大のチャンスだった。
だが、それでも岡田は追いついて止めてしまう。成海はその光景を振り返り、激戦と言われる東京予選の中でも、上位に入る優秀なGKだと感じた。
「この試合1点が重くのしかかる。守備は島田や細野の動きに注意だ」
「っす。向こうがエースを徹底的に封じるなら、こっちだってエース封じ込めますよ」
成海の言葉に対して間宮は頷いて応える。中々得点が動かない試合で、時間が経過するごとに1点が重くなっていく。
此処は守備陣の踏ん張りどころだ。
「岡田さん……あれ正直俺より上手いよ。低空のパントキックが速くて正確で、届けば間違いなくカウンターだった」
GKのパントキックの技術はボールを止める技術と同じぐらいに重要で、相手チームのディフェンスを突破出来たり、素早い攻撃展開へと繋げる事が出来る。
それを岡田は理解して実際にやっている。GKとしてのレベルが高いと、同じキーパー目線から見たベンチに座る大門の感想だった。
「でも、彼超えないと勝てないよね。この試合も、東京No.1キーパー争いも」
大門の隣に座る弥一はドリンクを飲んだ後に、岡田を超えなきゃ勝てないとハッキリと言い切る。
「No1キーパー争いって、それは……」
「あの時言った言葉、僕は本気だよ」
大門の言葉より前に弥一の言葉が遮った。
あの時言った弥一の言葉は、大門の中で今も鮮明に残っている。
「僕がお前を高校最強GK、そう呼ばれるようにしてみせるよ」
大門の中華料理屋でご馳走になり、帰る所に言われた高校最強GKにするという言葉。
それを弥一は冗談では済ませていない。
「岡田って人は凄いよ。止める技術だけでなく、キックの技術も優れて味方の攻撃にも貢献してる。何よりもあの勝利への執念。あれはイタリアでもそうは見なかったね」
イタリア留学を経験し、凄い選手を色々見てきたり対戦もした。その彼から見ても岡田というキーパーは優れていた。
大門はやっぱり凄い人なんだと思ったが、弥一は更に言葉を続ける。
「でも僕から見て大門も負けてない」
「え? いや、俺は神明寺君のコーチングに結構助けられてるし……」
凄いプレーを見せてきた岡田。それに大門も負けてないと弥一に言われると、当の本人は戸惑っていた。
大門もハイボールを取ったり、ロングシュートをキャッチ出来ているが、弥一の声で分かって備えられているおかげだ。
「声かけても身体がその通りに動いてくれるとは限らないでしょ。でも大門は全部やってる。良いGKっていう証拠だよ」
大門を見る弥一の顔は何時ものマイペースな笑み。
「ミスの無い堅実なプレーの出来るGK。DFの立場から言わせれば、そういう存在が後ろに立っているだけで心強くてありがたいねー」
岡田のような派手さは無いが、確実にボールを止めて繋ぐプレーを大門はやっている。
それを弥一は強く推して評価していた。
「(本当、不思議だな……彼の言葉に勇気付けられて大丈夫だって思えてくる)」
相手と比べて自分は大丈夫なのかという不安はあったが、もう関係無い。自分のするべき事をしていれば自ずと全部が上手く行く。
弥一からそう言われている気がして、大門は向かって行ける勇気が持てている。
「じゃ、後半も0に抑えて無失点と行こうかー♪」
「(あまり締まらないなぁ、彼らしいけど)」
引き締まる感じではない呑気な声の弥一。フィールドへ向かう彼の姿に苦笑しつつ大門も後に続く。
おかげで余計な硬さは無く、後半も戦えそうだ。
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