導かれる者から導く者へ
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
小4にまで進級した弥一。勝也と出会いクラブへ入って3年の月日が流れ、何時の間にか出会った当初の勝也より年上となっていた。
3年の月日は彼を心身共に強くさせ、クラブでの練習に加えて合気道の稽古まであるハードスケジュールを乗り越えた成果が今出ている。
勝也からコーチング、組織の守備が重要なのを学んで、弥一は積極的に同級生へ声をかける。
当初は勝也以外には話しかけづらく、コミュニケーションが苦手だったのが今では自分から肩を組んだり、ちょっかいかけたり喋るようになって性格も変わっている。
勝也以外では話せる相手がいなかった最初と違い、チームの輪の中入れていた。
「なー、弥一。あれどうやって躱したんだよ?あんなん出来ねぇって」
「やりたいなら合気道の道場習いに来るー?今なら稽古で絞ってあげるからー」
4年生の試合終了後、チームメイトと談笑しながらスポーツドリンクを飲んでいる弥一。DFとして活躍するようになってから試合は負け無し、同じ4年生で弥一の相手になる者はいなかった。
こうして勝った後に仲間と話しながらドリンク飲んで、勝利を味わうのも何度目なのか数え切れない。
「神明寺ー」
「はい?」
そこにコーチから呼ばれ、弥一は駆け寄って行く。
「今日から6年生のチームへ合流してくれ」
「(6年……て事は勝兄貴の)はーい、行きますー♪」
突然今の4年生のチームから6年生のチームへの参加。柳FCでは年長チームであり、4年生と比べ体格が良く技術も格段に高いチームとなる。
この飛び級はコーチにとっては思い切った決断で、今の弥一に同じ4年生では物足りず成長を妨げるかもしれない。更に上のレベルに行ってもう一皮むけるか、挫折して戻るのか、どちらへ転ぶのか現時点では分からない。
「えーと……6年生6年生、あれ5年生で違うっと。何処だっけー?」
6年生のチームの元へ向かう弥一。途中で練習しているチームを見つけるが、あれは5年生で合流するチームではなかった。
「(面倒だから勝兄貴に聞こうかなぁ)」
荷物から弥一はスマホを取り出す。3年の月日が流れて、弥一は当時は持たせてもらえなかったスマホを携帯する事が最近許された。
大手の動画サイトでグループがやるお笑い系の動画が好きで、それを見る事が多くなってきている。
勝也の連絡先も登録済みなので、連絡しようとしていた。
そこにトイレの方から出て来た人物が弥一の姿に気付く。
「おう、弥一」
「あ、今連絡しようとした所に勝兄貴タイミング良すぎー」
3年の月日が流れて弥一が成長したように、6年生となった勝也も成長している。元々弥一より高かった身長は更に伸びて、弥一との身長差はより差がついていた。
「俺に何か用でもあるのか?」
「今日から6年生のチームに合流しろってコーチから言われたんだけどさぁ、今6年生のチーム何処で練習してるんだっけって探してて見つかんなくてー」
「6年生に?4年生のお前が?そりゃ凄ぇんじゃないか」
この飛び級に勝也は驚いていた。弥一の才能を見つけてクラブを勧め、弥一は勝也の想像を超える成長を見せている。
小柄なDFでありながらセンターを守る守備の要となって、勝也から言われたコーチングを徹底して磨き、更に合気道を習い、自分より体格で勝っている相手をいなす術を身に付けた。
常識外れな程に驚異的な読みも健在で、彼は同じ4年生では敵なしと言われる程にまでなったのだ。これにはコーチの間では天才と騒がれたりしている。
いずれは同じチームでサッカーと思っていたが、こんな早く機会が巡って来るとは勝也も思っていなかった事だろう。
「気をつけろよ、6年のサッカーだと4年のサッカーとは全然違うと思うからな。パワーもスピードもテクニックも」
「分かってるって。外から6年のサッカー何度も見てて別世界だなってなってたし」
「それに勝兄貴達、あと1年で此処のクラブ卒業しちゃうし。最後にこういうチャンス貰えて嬉しいんだよね」
柳FCは小学校を卒業して中学生に上がると退団になる。小6までしかクラブには在籍出来ないので、勝也はあと1年程しかこのクラブにはいられないのだ。
弥一はまだ長くクラブにはいられるが、勝也との此処でのサッカーはこの1年が最後になる。
このクラブに、この世界に誘ってくれた勝也とサッカーが出来る。それが弥一には嬉しい事だった。
「そう言って練習ですぐギブアップとかすんなよ?」
「えー、僕合気道の稽古もやって鍛えられてるし。稽古に1回付き合ってギブした勝兄貴とは違うもんねー」
「こいつ生意気言うようになりやがってー!」
勝也は弥一の頭をくしゃっと撫でる。
こうして6年生のチームへと合流した弥一。最初はどうなるかと勝也も心配したが、それを払拭するかの如く弥一は練習をこなしていき、年上の6年生にも話しかけていって積極的にコミュニケーションを取る。
「はい、ドリンクどうぞー」
「ん?お、おお。気が利くな4年、丁度喉乾いて欲しいと思ってたんだ」
心を読み、相手がドリンクを欲しているのが分かり、弥一はスポーツドリンクを相手へと届ける。こういう所から弥一は相手と距離を縮めていった。
「ふー」
「ついていけてたでしょ僕?」
「ああ、心配なかったわ」
練習が終わって帰り支度をする勝也と弥一。結局6年生の練習にも弥一は適応出来て、6年の練習に慣れてる勝也よりもむしろ疲労が少ないと思える程だ。
「本当……」
「ん?」
「ああ、いや。なんでもないって」
「……」
勝也はなんでもないように装ったがこの時、弥一は彼の心が見えてしまった。
「(お前が羨ましく思う)」
「(羨ましい?僕を?勝兄貴サッカー上手くて色々知ってて教えてくれてるのに、身長だって勝ってるし)」
弥一の事を羨ましいと思った勝也、この時何でそう思ったのか。心が読めても思っていた理由までは弥一には分からなかった。
「おーい、勝也。弥一君」
帰り道の大通りを共に歩いていると、一台の赤い車が道路の端へ止まり二人へと声をかける。
「兄ちゃん!」
声を発したのは勝也の方で、車から降りてきたのは20前後の若い男。勝也だけでなく弥一も知っている。
勝也の兄であり現役プロサッカー選手の神山太一。
この3年の間に弥一は勝也から太一を紹介してもらい、プロ選手が兄というのに最初驚かされていた。
勝也が色々知っていて弥一に教えていたのは、元々太一から勝也へと教えたものだったのだ。
弥一へと太一は「勝也は自分が知っているように話してカッコつけるのが好きなんだよ」と言って、勝也は真っ赤になりながらそんな事無い!と否定。
普段見ない勝也の姿、弥一にはとても新鮮に映った。
今勝也は一人暮らししている太一の元に転がり込んでそこに住んでいる。太一の家の方が、実家からサッカークラブに通う距離が近くて交通費が浮くからだ。
何度か太一に食事をご馳走してもらってる弥一。この日も太一は勝也と弥一を連れて、都内のラーメン屋へと連れていってもらった。
「気づけばもう3年になるか、弥一君大きくなったなぁ」
「えー、そうですかぁ?勝兄貴の方がにょきにょき伸びちゃってると思いますけどー」
「人をたけのこみたいに言うなっての」
都内にあるラーメン屋。太一と勝也は評判の塩ラーメンを頼み、弥一は炒飯を頼んでそれぞれ食している。軽くつまめる餃子や鳥の唐揚げもテーブル中央に置いてあり、練習でお腹を空かせた二人には最高のご馳走だ。
「つか此処塩ラーメン美味いのに弥一チャーハンの方行くのかよ」
「だってチャーハン美味しいじゃんー?」
「いや、まあ美味いけど……俺もチャーハン追加で」
弥一が美味しくチャーハンを食べる様子に、勝也も同じものが食べたくなって来たようで、視線を太一の方へ向けるとそれに兄も気付く。追加の食券代を渡せば勝也は券売機へと向かった。
「まあ大きくなったのは身体もあるけど、精神的にもかなり大きくなっていると思うよ。最初会った時の君は人見知りっぽかったし」
「ああー。そんな照れ屋な時もありましたねー」
「はは、ほんと3年の間に逞しく成長したもんだ」
明るく笑う弥一に最初会った時の弥一の姿と太一は重ねていた。
弟の勝也が年下で上手い奴が居ると家で話していて、どういう子なのかと太一も気になっていた。コミュニケーションがあまり得意ではない小さな子、それが第一印象だった。
その彼は3年の時を経て柳FCのNo.1DF、同学年で敵なしと言われる程にまで成長。勝也が見つけた友人のひと皮ふた皮むけた姿は太一も驚く程だ。
「それで6年生のチームに4年生で選ばれ、あいつと同じチームになったんだな」
「そうですよー、貴重な機会ですから。勝兄貴と同じチームになれるなんて」
太一と話しつつ太一の方は烏龍茶を飲んでおり、弥一は餃子と唐揚げをそれぞれ一個取って食べていく。勝也の方は券売機の方に並んでいて、まだ目当てのチャーハンを注文するまでには至っていないようだ。
その姿を確認した太一は弥一へと伝える。
「5年生の時、あいつは全国大会。その優勝を目指して戦っていた」
「去年ですよね。僕も応援してました、チームは準決勝まで行ったけど土壇場で失点喰らって負け。見てて悔しいって思いましたよー、勝兄貴は来年勝つって言ってたから今年こそはって絶対思ってます」
去年の少年サッカーUー12全国大会。柳FCは全国大会まで勝ち進み決勝までもう少しという所で、準決勝の相手に敗れてしまっていた。
当時弥一は3年生でベンチ入りも出来ず応援していたが、勝也のチームが負けて応援の身ながらも悔しい思いでそれを見てた。
勝也と会うと彼は弥一の頭に手を置いて来年は勝つ。心でも強い想いが伝わったのを弥一は鮮明に覚えている。
「ああ、君の前じゃ強がってたんだな。あいつらしい……家だと勝也、自分の部屋で泣いてたよ。悔しさのあまり」
「!」
太一は弥一の知らない勝也の姿をその目で見ていた。
家に帰った勝也は部屋へと向かって、一人負けた悔しさで声を上げて泣いた。その時の声が太一は忘れられない。
勝也がサッカーで泣いたのはあれが初めてだった。辛い練習も擦り傷を作った時があっても泣く事の無かった弟が泣く。それだけ真剣にサッカーをしていて真剣に勝ちに行き、そして本気で全国大会を優勝したかったんだと太一は分かった。
聞かされるまで弥一は勝也がそんな状態になっていたと分からなかった。勝也が泣く所。弟のような弥一には見せたくないと、必死に強がっていたんだろう。
心でもそれは分からず次は勝つ、その想いばかりでそこまで読み取れなかった。
「俺じゃ何もしてやれない、あつかましい頼みではあるけど弥一君、弟を頼む」
弥一を真っ直ぐ見る太一、その目は弟を想う偽りなき心。
心を見るまでもなく伝わる。
「……はい、全国勝ち取って来ます」
弥一は決意する。
勝也が自分を此処まで導いてくれたのだから、今度は自分が勝也を全国優勝へと導く番だと。
「あー、チャーハン売り切れだったー!」
ようやく戻って来た勝也は目当てのチャーハンが売り切れだったので、代わりに杏仁豆腐を注文してきた。
「少しあげよっか?」
「いーよ!施しはいらないし、お前が食ってでっかくなっとけ!」
チャーハンは食べたいが年下の弥一から貰うのは情けないと思い、勝也は意地を張って断る。
この意地っ張りな兄貴分を再び悔しさで泣かせはしない。泣く事があるとするならそれは優勝した時の嬉し涙だ。
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