サイキッカーDFの誕生
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
神山勝也が通うサッカークラブ、柳FCへ勝也に連れられてやって来た弥一。
自分の通う学校、自宅から遠くはない場所にあって子供の足でも通える程の距離。
見学はOKという事なので、弥一は勝也の案内でクラブの内部へ入っていった。
「わ……」
弥一の前に同じぐらいの小学生や上級生が居て、サッカーの練習をしている光景が広がる。
柳FCは小学校1年から6年までいるジュニアサッカーチームで、勝也はその中で3年生だ。
小学校では同級生が野球ばかりだったのが、此処ではサッカーをする子しかいない。これがクラブかと弥一は目を輝かせた。
「俺一人で教えるのにも限界あるし、本気でサッカーやりたいならこういうクラブは入った方が良いぞ」
「本気でサッカー……?」
草の上で一緒にチームの練習風景を座って眺めていた所に、勝也の言葉が耳に入って弥一は振り返る。
「仲良い奴とサッカーすんのもそりゃ楽しいよ。最初、俺はそういう毎日だったけど何時からかな。何時の間にか本気でサッカーやりたくなっちまった。勝ちたい、大きな大会に出て優勝したい、プロになりたいって」
勝也は友達とのサッカーによる遊びが始まりだった。それが楽しくて友達と過ごすサッカーを毎日のようにしていたが、何時しか彼の心境に変化が現れる。
上手くなっていく内にテレビでプロのリーグ戦、海外でのサッカー、そして国を背負って代表同士で試合する国際試合。
そういう所に自らも飛び込んでみたい。少年の憧れは強くなると、実際に行動して彼はクラブチームの一員となっている。
「そんでお前も本気ならと思ってつい勢いで誘っちまったけど、よくよく考えれば一人で決められる問題じゃねぇよな。お父さんとかお母さんの協力無しじゃクラブ入れないし、それにまだ弥一がどうしたいのかも聞いてないから……」
先程は弥一との一対一で熱くなってクラブを勧めてしまったが、落ち着いて考えれば弥一だけが決められる問題ではないと、後になって気付いた。
勝也も自分一人の力でクラブに入った訳ではなく、親にお願いしてクラブに通わせてもらっているのだ。
サッカークラブへの入会には入会金や年会費、それに合宿費用や遠征費用と色々金が必要なので、それを小学生一人で払える訳がない。
家族の協力無しでは、まずクラブへ入るのは無理だろう。
クラブを案内してもらった勝也とその日別れ、弥一は家へと帰ると母親の涼香にクラブの話をして、通わせてもらえないかと話した。
すると涼香は夫であり弥一の父親へと電話をして相談。
父親は「弥一がやりたいならやらせてみれば良い」と、話は意外な程にあっさりと決まった。
翌日に親の涼香と一緒に弥一は再び柳FCへと訪れ、クラブ入会の手続きを済ませる。
これで弥一は正式に柳FCの一員となった。
改めてクラブ内を見学していると3年生のチームが練習しており、聞き慣れた声が弥一の耳に飛び込む。
それが勝也である事が分かると、声の聞こえた方向へ向かう。
彼はボールを持って攻め込んで来る相手に対して、味方へ指示を送っている。味方はボールを持つ相手を囲んで、相手は此処で横パスで包囲から逃れようと蹴り出した。
それを狙っていたかのように、勝也はパスされたボールをカットする事に成功。
勝也の指示によって相手からボールを奪い、その直後に反撃へ出る。
何時も自分にサッカーを教えていた勝也が、ゲームの中で相手の攻撃を止めている姿。それが弥一の目に焼き付いて離れなかった。
他のクラブの子が上手いドリブルで相手を抜き去ったり、シュートを豪快に決めたりしているのも見たが、弥一には勝也の攻撃を阻止した姿が心に一番残る。
「え、お前ポジションDFにしたのか?」
「うん」
練習が終わり、弥一は勝也と再会して柳FCに無事に入れた事を伝える。
勝也は行動早いなと驚いたものの、彼が自分と同じクラブに入った事を歓迎していた。
弥一はポジション希望についてコーチから聞かれ、DFだと答えた事も話す。
「確かに俺のドリブルに食らいてたから、向いてるって言えば向いてるかもな。うん、お前がやってみたいなら良いんじゃないか? まずは何でも試すのが良い」
弥一が勝也のフェイントに予想外についてきていた時を思い出す。あれを思えば弥一はDFとして機能出来るかもしれない。
ただ、勝也は正直大丈夫か少し心配だった。身体が大きくなく、むしろ小さい方の弥一がDFをやるのは大変なのではないかと。
「わあっ!」
勝也の心配は当たってしまう。
1年生での練習、ドリブルで来る所やパスで飛んで来る所は分かっても、弥一より体格で勝っている相手には競り負けてしまい、弥一は跳ね飛ばされてばかりだった。
これを見たコーチからはポジションの変更をしてみるのはどうだろうと、勧められる。
つまり弥一はDFとして向いていないと、突きつけられたも同然だ。
DFとして全然上手く行かない、勝也のように出来ないと弥一は落ち込む。
その落ち込む様子を見つけた勝也は近づいて声をかける。
「調子はどうだ……って見ての通りか」
ベンチに座って項垂れる弥一の隣に勝也は腰掛けると、上手く行っていない事は表情からして一目瞭然だ。
「お前の読みは凄い、けど一人じゃゴールを守れない」
「……」
「見てたけど弥一、全部一人で止めようとしてただろ。あれじゃDFとして駄目だ。走り回ってすぐ疲れて動けなくなるし」
「あ……」
弥一の方を見ないまま、勝也は手に持っているペットボトルの水を飲むと、駄目だった所を指摘していく。
「コーチング、声の掛け合いを覚えた方が良い。もっと周りの味方を頼れよ」
「コーチング?」
聞き覚えの無い単語を聞いて、弥一は首を傾げながらもコーチングについて学ぶ。
「声を出すっていうのはさ、ドリブルやシュートと同じぐらい実は大切な技術の一つなんだよ。攻撃でも守備でもな」
これまで声を出す事なくサッカーをしてきた弥一には初めての領域で、その大切さについて勝也からの言葉を一言も聞き漏らさず、集中して聞く。
「テレビとかで見てたら凄さ伝わりづらいだろうけど、スーパープレーの裏にはコーチングもあったりするんだ。優れたコーチングが切っ掛けで得点が生まれたり失点を止めたりも出来たりとかするし」
人々が注目する華やかなプレーの陰にある声。
互いに伝え合い、攻撃や守備で連携していくのに基本的な技術。
アドバイスを聞く中で、あの時見た勝也の守備を弥一は振り返る。
自分一人でなんとかしようとせず、味方へコーチングで指示してパスコースを限定させ、ボールをインターセプト。
個人ではなく組織の守備で守る事を今の弥一は全然出来ていなくて、その事を勝也は指摘していたのだ。組織で守れず自分で全部なんとかするプレーは、当然コーチもDF向きとは間違っても言わないだろう。
「でも競り合いとかどうしたら……身体大きくないといけないのかな」
「弥一、身体が小さくても勝てる方法はあるって」
「え?」
声の大事さは理解出来た弥一だが、もう一つの大きな問題として身体を使った競り合いはどうすればいいのか悩む。
それに対して小柄でも勝てる方法があるという、勝也の言葉に弥一は耳を傾ける。
「デカい方が競り合いは圧倒的に強いのが当然だよな。デカい方がパワーあってリーチも長くなるけど、世界だとそんなFW相手に止めまくるDFだって居る。何でか分かるか?」
「……もっとパワーが実はあるとか?」
「それもあるかもだけど、上手いDFはポジショニングとかボールを奪うタイミング。その技術がしっかりしてれば、でっかい相手にだってそんな負けやしないんだ。攻撃する方にもやりやすい位置とかやりにくい位置とかあるからさ。勿論さっき言ったコーチングも織り交ぜてな」
ポジショニング、タイミング、コーチング。一人でサッカーをやっていた時には、まるで縁が無かった物ばかりだ。
コーチの話よりも勝也の言葉は分かりやすく頭に入っていき、弥一にとっては勝也がコーチのような存在となっている。
「それでも不安なら身体をでっかくするしかないけど、そんなの出来たら俺が試したいぐらいだよ。俺だって3年の中じゃそんなでけぇ方でも無いし、牛乳は飲んでるのによ!」
一番手っ取り早くは、やはり身長を伸ばして身体を大きくする事だが、それは時に任せる他無い。勝也も身長は欲しいようで牛乳を飲んでいるが、結果が出ないとぼやいている。
「そうだなぁ、テレビで見た事あるけど合気道っていう日本の武道があってさ。それを覚えると身体の小さい奴でも大きな奴を倒せるみたいだぞ。確か女の人が男を投げてるの見た事あるし」
「……」
そういえばと、この前テレビで見た事を話す勝也に弥一は密かに決意する。
「あれ? コーチ、弥一知りません?」
翌日、クラブでの練習が終わった勝也は弥一を誘って一緒に帰ろうとしていたが、彼の姿が何処にも無い。
通りかかったコーチに勝也は声をかけて、心当たり無いかと訪ねた。
「あの子なら練習終わって早々に帰ったよ。急いでた様子だったから何事かと聞いたら近所の合気道の道場行くからって」
「え? 合気道?(あいつ、マジで習いに行ったのか!)」
「驚いたよ、急に合気道なんて。しかもあの子の近所にある合気道を習う所って言ったら日本有数の合気道の名門、あの神王流じゃないか」
落ち込んで相談をした日に弥一は行動し、合気道を習いたいと涼香に相談。
これに再び父親と電話で相談すると「何かと物騒な世の中だし護身術を身に付けた方が良いだろ」と、またも話はすんなりと決まる。
弥一は近所にある、合気道の名門と言われる道場にクラブへ通い始めて間も無い時、ほぼ同時に通いだして合気道も習い始めていた。
◇ ◇ ◇
3年後 弥一 小学校4年生
「右カバーして右ー」
「相手の左空いてるよ、そこ突いてこー!」
柳FCの4年生の試合。弥一は味方へ頻繁にコーチングで声を出していき、守備でも攻撃でも声を出す事を怠らない。
そして相手のパスが出され、相手FWと競り合い。相手は弥一よりも大きな4年生のFW。
体格の小さい弥一。これに相手は強引に競り勝てると見て、右から肩をぶつけに行く。
その狙いは心が読める。クラブの日々の練習、更に合気道で師範からも驚かれる程の上達で、その道へ来ないかと誘われる程の使い手になった弥一には通じない。
寸前の所で相手のショルダーチャージを躱し、相手はバランスを崩して転倒。その隙に弥一はボールを奪う。
彼のコーチングと守備の前に相手は1本のシュートも撃てず、試合は柳FCの完封勝利。
何時しか弥一は柳FC内でNo.1のDFと言われる程までになっており、天才サイキッカーDFとして覚醒が始まった。
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