スピードスター
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
攻撃の要である照皇、村山がベンチへ下がる。
八重葉としては彼らをフル出場させる予定はなく、途中で元々代えるつもりだった。2軍に試合経験を積ませ、来年の八重葉を引っ張ってくれる存在に育ってもらいたい。
一部は1軍で行き、2軍を引っ張っていく。それで選ばれたのが照皇、村山、大城の3人だった。
彼らにとって東京遠征はまだ最初。此処で要の2人を使い過ぎて消耗させる訳にいかないと、八重葉の監督は3点リードで良いと判断し、今このタイミングで引っ込めたのだ。
大城については迷ったが彼はこのまま続行してもらう。
今勢いは立見にある。大城の奮闘があるおかげで、彼を中心とした守りが立見の攻撃を跳ね返している。守りの大黒柱でキャプテンも務める大城まで変えたら、格下相手とはいえ万が一があるかもしれない。
ただの練習試合だろうと、高校サッカーの王者八重葉が負ける訳にはいかなかった。
「いいよいいよー!そのまま行っちゃってー、今の八重葉で怖いのはそこのでっかいDFだけだよー!」
立見がボールを持って八重葉陣内へと攻め込んでいき、弥一は後ろからコーチングでチームを盛り立てる。
「(怖いのは大城先輩だけ?こいつ、1軍だけでサッカーやってると思ってんのか!)」
今の言葉は照皇と2トップを組んでいた坂本に聞こえ、弥一の言葉は坂本の怒りを買っていた。
まるで1軍だけ怖くて2軍はたいした事ない。彼にはそう聞こえた気がする。
右サイドをボールを持って田村が駆け上がる。エリアの方をちらっと見れば豪山が入っているが、大城にぴったりと張り付かれている。高いボールではまず大城にクリアされてしまう。
クロスを上げず中央へ移動していた岡本へとパス。成海にも厳しいマークがついて、攻めの要二人にパスはしづらい。
岡本は自分でこの位置からミドルシュートを放つ。
だがこのボールはGK下川が真正面でキャッチ。
「(さっきのチビの信じられないバナナシュートに比べりゃなんて事は無いな)」
さっきの弥一が撃った鋭く曲がるバナナシュート、あれがこの試合で下川を一番ひやりとさせていた。それに比べれば、岡本のシュートは下川にとって止めるのは容易い。
下川はボールを蹴らずスローイング、中盤の海道へと渡ってカウンターだ。
「(渡せ海道!)」
そこに坂本が右手を上げてボールを要求。海道は坂本へと要求通りパスを送った。低いパスだ。
「(パターン分かり易いよっと)」
このパスを弥一はインターセプト。攻撃を阻止された坂本は小さく舌打ちした。
「(こいつまたロング撃つかもしれない!ぶっ潰す!!)」
坂本は後ろからボールを奪って弥一へと襲いかかる。激しく肩からぶつかるショルダーチャージで、ボールをこぼさせる狙いもあるが舐められたから思い知らせる。その思いも上乗せされていた。
「!危な……!」
影山はこれを見て弥一へと声をかけようとしていた。後ろから来ていると。
「ぐおあ!」
坂本の突進、身体の小さい弥一では体格差で吹っ飛ばされる。だが弥一は身体を回転させ、坂本のショルダーチャージを躱す。
サッカーの技術ではない。これは合気道の方の体さばきだ。
坂本の方は勢いよくぶつかりに行ったのが躱されて、勢い余り右肩からフィールドへと倒れた。
「っと」
弥一はパスを出そうとしたが成海には二人マークがついており、豪山も大城のマンツーマンは変わらず。サイドの田村、優也の方にも八重葉の選手は居た。
すると弥一はタッチラインの方へとボールを蹴って、マイボールを手放し八重葉ボールにする。
弥一の傍には右肩を抑えたまま倒れて立ち上がれない坂本の姿があった。回りから見れば弥一は坂本の身を案じて、一旦ボールを蹴ってプレーを中断させたと思うだろう。
フェアプレーを重んじる日本にとっては美しいシーンだ。
「う……うう……」
「おい、大丈夫か坂本!」
肩を痛めた坂本は痛む箇所を抑えて苦悶の表情。チームメイトの一人が手を貸して、フィールドの外へと運び出される。そこに八重葉のチームドクターが駆けつけて坂本の状態を見る。
「(あーあ、知ーらないっと)」
弥一としては躱しただけのつもりだったが、坂本のショルダーチャージの勢いが強すぎたせいか、フィールドへ叩きつけられた時にその分の衝撃が彼の右肩に返ってきてしまった。
あの様子ではおそらく坂本は負傷退場になるかもしれない。
八重葉ベンチの方では坂本の想定外の負傷に忙しく動いて、監督は控えのアップしていた選手達を呼び話をしている。
後半35分。坂本が右肩を痛めて外へと出され、交代の用意が出来ていない八重葉は一時10人の状態で戦わなければならなくなった。
八重葉ボールとなったがスローインで大城へと渡り、大城は立見のゴールの方へと大きく蹴り出した。ゴールマウスは捉えておらず、このまま立見のゴールキックとなる。
ゴールを狙った訳ではない、立見にボールを返す為に蹴ったものだ。
わざわざ弥一が坂本の治療の為に外へとボールを蹴るフェアプレーをしてくれたので、八重葉の方もフェアプレーで返す。
「大門!」
「ん?」
そこに弥一が大門の方へと駆け寄って来てヒソヒソと短く話す。八重葉の方もその姿は見えるが、どういう打ち合わせをしているのか分からない。
弥一の凄さはもう八重葉の頭から離れる事は無い。エースの照皇を抑え、多くのインターセプトに成功している小柄なDF。その存在を無視する事は出来ないだろう。
なので弥一は何かを企んでいる。八重葉側は小さな1年に警戒心を持つ。
大門のゴールキック、弥一は前方に居る。その大門から弥一へと軽くボールは蹴りだされた。
弥一はすぐにヒールで後ろへと流す。
するとそのボールに大門は助走をつけて走り込んでいき、大門は右足で思い切り強く蹴って一気に前線へと送る。
「みんなー!セカンド拾ってー!」
弥一は後ろからコーチング。蹴られた球は豪山と大城の方へ、高いボールで向かってゴール前まで伸びていく。エリア外なのでキーパーが飛び出して手を使う事は出来ず下川は動けない。
この高いボールで豪山と大城は競り合う。結果は大城が競り勝つか、良くて互角になるはず。だが奇襲となった大門のキック。いかに大城といえど、咄嗟にこれを長身選手と競り合いの最中で、正確に頭でクリアするのは難しいかもしれない。
「(こいつの方がガタイ良くて身長も高い、此処までこいつに負けっぱなし…最後まで負けたままで終われるか!)」
豪山は高さで大城にこの試合一度も勝てていない。
それに対して弥一は高さであの天才ストライカー照皇と互角の勝負をしていた。恵まれない高さにも関わらずだ。
だったら体格に恵まれた自分もそれぐらい出来ないと格好がつかない。豪山は動き出す。大門が蹴り出したキックが何処まで伸びるのか。そのポジショニングを行う。
単純な高さでは大城には勝てない。だったら弥一と同じように瞬時に何処にボールか来るのか見極め、そしてタイミング良くジャンプする。
「(せめて、楽にクリアなんかさせるか!)」
「うおっ!」
「っ!」
豪山と大城が高いボールに向かって再びジャンプし、頭と頭で競り合う。
今度は互角、ボールはこぼれて豪山と大城は互いにフィールドへと倒れる。
「(予想外に伸びて来たボールに俺のマーク間に合ってない!今なら!)」
こぼれたボールを素早くフォローし拾ったのは成海、此処からなら狙えない距離ではないエリアの中央やや外。
だが、2軍とはいえ王者八重葉の意地か。八重葉のDF皆本、MF海道が速く詰めて来ていた。成海のシュートがあると察知しての守備。
「(あー!速い!駄目か……)」
セカンドボールを成海が拾って、ミドルレンジからのシュートで1点のチャンスと弥一は考えていたが、王者の守備はやはり固い。簡単にシュートは許してくれないと弥一はこれは駄目かと思った。
成海はその時、左サイドに走る影が見えた。
まさかと思ったがその足なら有り得るかもしれない。彼の足ならば。
シュートから成海はパスへ切り替え左足でDFの間を通す。大城の後ろを通り抜けて、素早く走り込んでいたのは優也だった。
「!?オフサイド!」
これに戸川は右手を上げてオフサイドをアピール。しかし線審の旗は上がる気配が無い。
優也はオフサイドにならない位置からDFの裏へ一気に走り出して、左からエリア内へと侵入し、包囲網を掻い潜っていた。部内でNo.1のスピードを誇る優也の足ならではの突破だ。
「くっ!?」
大城は起き上がり後を追いかけるが既にもう遅い。
「こ、この!」
あまりに速い優也のスピードにGKと1対1となって、下川は戸惑いながらも前へと出る。
「(こいつ、下が甘い!此処だ!)」
優也はこの状況でキーパーの状態を見た。下川の目線は優也を真っ直ぐ見ていて下を見ていない。そして股の間は開いている。
此処だと優也は正面の下の方へと軽く右足で転がすイメージで蹴った。
「あ!」
下を狙われたと、下川が気付いた時にはボールはもう彼の股の下を通過しており、ゴールに向かっていた頃だ。
ボールはそのままコロコロとゴールマウスへと転がり入っていき、立見のゴールとなる。
「マジ!?歳児決めてくれちゃったよー!」
「凄い!歳児君!八重葉からゴール奪ったよ!」
ゴール最後尾から弥一と大門が優也のゴールを見届け、共にビックリすると共に喜んだ。
同じ頃に優也は豪山や成海達、先輩達から手荒い祝福を受ける。
3-1
後半37分、ついに立見の反撃が実り待望の1点を王者八重葉相手にもぎ取ったのだった。
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