本気でサッカーやれよ!
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
照皇のゴールで先制を許した立見、反撃に出ようと成海を中心に攻めに出る。
「くぅっ!」
ボールを持つ成海にすかさず八重葉は二人がかりでプレス、なんとかボールをキープするが状況を中々打開は出来ない。
「(豪山には大城がピッタリとマークしてる、高さじゃまず勝てない。なら下しか……)」
190cmの大城が豪山をマークしている姿は見えていた。そこに高いパスを出しても、十中八九大城が競り勝ってしまうだろう。キープする中で大城率いる守備陣をどうすればいいか考える成海。
そこに村山まで加わり、一瞬の隙をついて成海からボールを奪取。
そして村山はその位置から前線へと大きく蹴り出す。これに照皇が同時に動き出し、距離にして20m程のロングスルーパスとなっていた。
間宮も照皇を追いかけているが、反応が照皇の方が速かった事もあって、ボールには照皇が追いつきそうだ。
「(速い!)」
ベンチから見ている優也。彼から見て照皇のダッシュが速く、スピードを武器とする彼はそこに注目していた。
「(こいつ速ぇ!テレビや動画で見た時よりも!)」
照皇が速い事は知っていた。しかし実際に感じるスピードはそれ以上に思えた。画面越しとはまるで違う。間宮は必死で追いかけるが、目の前の天才に追いつく事が出来ない。
この距離感はまるで今の二人の実力差を表しているかのようだ。
「くっ!」
GKと1対1、安藤はゴールから飛び出して照皇へと向かう。飛び出してシュートコースを狭めて相手を慌てさせる狙いだ。
それでも照皇は冷静だった。間宮との距離が分かっていて、GKの飛び出しも見えている。追いついたボールに対して確実にトラップすると、つま先をボールの下に差し込み、足の甲でボールを蹴る。ボールを浮かせる為の蹴る技術、チップキックだ。
「!?」
飛び出していった安藤の頭上を超えるループシュート、これに反転して追いかける。最後にはダイブするもボールには届かず、ふわりと浮かんだボールはゴールへと吸い込まれるように入っていき、八重葉の2点目がこれで決定した。
またしても照皇のゴール。1点目の豪快なジャンピングボレーから今度は技のシュート。その前に瞬時に照皇の位置とDFを確認して、ロングスルーパスを出した村山の絶妙なアシストがあってこそのゴールだ。
前半18分、最初の1点から7分後の事だった。
「(しまった!俺がボールを奪われたせいで……)」
今度は成海はすぐには声を出せなかった。自分がボールを奪われてから立見の失点へと繋がってしまい、その責任から言えずにいた。
「し……下向くなー!しっかりしろ皆!」
早くも2点差にされた事に、重苦しい空気が流れ始めるのを感じた安藤は声をかけていった。彼自身も動揺は隠しきれていない。
「あああ、もう2点!皆此処から此処から!慌てずゆっくり落ち着いて行こう!」
ベンチから戸惑いつつも幸は励まそうとしっかり声を出す。
「すげぇスルーパス……!ええと、3年の村山悟。身長177cm体重73kg、中盤の何処でもこなせるオールラウンダーでスタミナ、視野の広さが特に優れていて八重葉の得点を一番多くアシストし、去年の高校サッカーにおけるアシストランキングで首位を取ってると」
得点をアシストした村山の方も照皇に負けない程に凄いと感じ、摩央はスマホで大城に続き村山について調べる。
長い黒髪を後ろに束ね、ヘアバンドで前髪を止めている彼が村山だ。得点を決めた照皇と軽くハイタッチしている姿が見えた。
「……」
その時、弥一はベンチから立ち上がると走りに行く。
「どうしたんだ神明寺君?」
「軽く走って来る、先生とかにはそう伝えといて」
大門に呼び止められると弥一は振り返り、それだけ言うとフィールドをゆっくり外周。
「(あーあ、こりゃ勝負早くついたかな)」
ペットボトルのお茶を飲み、八重葉のジャージを着た帽子の男子は2点差がついた事で早くも勝ちを確信していた。
そこに弥一が通りかかって互いの目と目が合った。
「おう」
「や」
顔見知りの二人は軽く手を上げ、弥一は再び帽子の男子へ近づき草の上に腰掛ける。
「うちの先輩達、王者相手でも一歩も引かない。勝つって決めてた」
「そりゃまあ誰だってそうだろうよ。けど現実はあれだ」
弥一は先輩達が練習に励み王者に一泡吹かせるチャンス、そう意気込んで練習するのを見ていた。
しかし帽子の男子に促されて試合を見れば攻撃のチャンスが無く、押し込まれる時間帯が20分過ぎから増えている。守備に追われ、皆が走り回ってる姿が見える一方で、八重葉の方はパスを落ち着いて回し余裕すら伺える。
「誰もが王者に挑む前は「勝てるチャンスがあるかもしれない」とか「今回は行けるかもしれない」と、そう夢を見たりした。けどすぐ現実を思い知らされちまう、あんな風にな」
八重葉に圧倒的に押される様子、その試合を帽子の男はポテチをパリパリ食って弥一へと語っていた。
「サッカーで2-0ってのは危険なリードってよく言うよな、ただ言っちゃおチビちゃんのチームに悪いけど連中はへし折れてる。そんな奴らには2点差をひっくり返して逆転の力なんざある訳ねぇ」
「うん、情けないぐらいにクッソ弱いよあの立見は」
「お?」
弥一が何か反論でもするのかと思っていたらしく、帽子の男はまさか自分の言葉を肯定してくるとは思わず意外そうに弥一を見た。
何時もはマイペースに笑っている弥一が全く笑っていない。むしろ怒っているようにも見える。
「っ!」
間宮が頭で高いクロスボールをなんとか外へと弾き出す。左からの八重葉のCK、これに再び高さある大城が上がって来る。
CKを蹴るのは村山。今度はスローインの時と違い、キックで放り込んで来る。単純に放り込んで来るのかそれともショートコーナーを使い変化を付けて来るのか、立見のイレブンは色々な可能性を考えていた。
そして村山の精度の高いキックが蹴りだされ、ターゲットは大城。
大城はこのボールに合わせて高く飛び上がる。同じようにジャンプしていた川田を超えて、高い打点のヘディングを叩きつけるように撃つ。
頭でのシュートは安藤から見て左へ飛んでいた。安藤は左手を伸ばすが、指先にボールを掠めただけで外へ弾ききれず。
再びゴールネットを揺らされて前半28分に八重葉の3点目となるゴール。キャプテンのDF大城の頭から、立見を絶望に叩き込みかねない1点が生まれてしまう。
「(今度はシンプルに!くっそ!)」
またも失点して間宮は悔しそうに下を向く。1点目が大城を囮にしていたので、また照皇に実は来ると先走り、守備が中途半端になってしまった。
「(3点差……僕達は必死に走り回ってるのに八重葉の方は余裕であっさり決めてきてる……?)」
前半でもう3点のリードを奪われ、影山は余裕そうな八重葉を見て力の差に心が折れそうになっていた。
「(1軍が3人だけの2軍主体、それでも王者は王者。これが今のうちと八重葉の力の差……)」
「もう3点……やっぱり高校サッカー界の王者は強い」
冷静に今の八重葉と立見の力の差を知る京子、傍では八重葉の強さにベンチにいながら飲まれてしまっている幸。
八重葉の超高校級サッカーの前にベンチまで空気は重苦しくなっていた。
「あーあー、かわいそうに。もうこいつは心ぽっきり折れた野郎が多く出たかな?」」
全く歯が立たずやられていく立見、その光景を呑気にポテチを食べて眺めている帽子の男子。八重葉の一員として今まで数多くの王者へ挑んだチームの末路を見てきた。
前半終了までまだ12分程ある。この調子では3点くらいでは済まないかもしれない。
今回も特別な事など無い。勝てるかもしれないと思った新設チームを、何時ものようにへし折ったに過ぎないのだから。
すると弥一は立ち上がり叫ぶ。
「このヘタレ腰抜け立見イレブン!今日のサッカーなんだよ!?今までで一番弱くてつまらない!」
「!?」
突然控えの1年から怒鳴られ、フィールドにいる立見イレブンは驚き、八重葉の方も多数が驚いていた。
「あれだけ王者倒すつもりでいたのが言葉と裏腹に逃げ腰のサッカーばっかじゃないか!それで王者に勝てると思ってたならバカにも程がある!そんな消極的サッカー、王者どころか誰にも勝てないんだよ!」
「て、てめ!このクソチビ!外から見てるだけの奴に何が分かんだ!?1年小僧がほざきやがって!」
好き勝手に怒鳴る弥一に間宮は怒って言い返そうとしていた。外からと実際じゃ違うんだと。
「間宮先輩、そういう声でのコーチング練習じゃ出てたのに今日どうしたのさ?」
「!?」
弥一に指摘される間宮、言われてみれば照皇のマークばかりで、今日は声をあまり出していない。
「影山先輩も、何時もは厄介なマークが売りなのに今日普通だよ。無駄に走り回って無駄にスタミナ使ってる」
「……!」
「成海キャプテンも何時もはしない凡ミスを今日やったりしてるし豪山先輩もあのでっかいDFにすっかりビビって弱腰、二人ともその程度でよく東京予選ベスト8まで行ったね。余程くじ運良かっただけじゃないの?」
「!?」
先輩相手、そしてキャプテンや副キャプテン相手だろうが遠慮無しで、弥一は今日全然だとダメ出しが止まる事が無い。全部心で分かっていた。
言葉では諦めるな、前を向けと言っていたがそれぞれの心では勝てない、無理だ、王者に挑むなんて無謀だったんだと心は折れていた。
それを無理やり奮い立たせても効果はさほど無く、むしろ慣れないグラウンドに慣れてきた八重葉の勢いが増していて、全く歯が立たなくなっている。
これではただ点差が開くばかりで心が折れる練習試合になるだけだ。
憎まれ口をいくらでも叩いて嫌われ者になっても構わない。このまま立見が駄目になるより良い。
「本気でやらずに勝手に折れんな!勝ちたいなら本気でサッカーやれよ!!」
弥一は改めて立見の面々へと向かって本気で怒り怒鳴った。勝ちたいなら本気でやれと。今の本気じゃない彼らでは何も生まれはしない。そう言いたげだった。
「ちょいちょい、ヒートアップし過ぎ。審判見てるからヤバいんじゃない?」
その時帽子の男子が弥一の頭を小突き、弥一は審判の方を見れば明らかにこっちを見ている。問題視されて目をつけられそうになってる事に、先に帽子の男子の方が気づいていた。
「あ、すみませんー。終わりましたんで続きどうぞー」
弥一は何時もの調子に戻り、帽子の男子の後ろにそそくさと隠れる。審判の方は、ふう、と軽くため息をつく。練習試合なので大事には至らなかったのかもしれないが、もし本番の大きな大会だったら大問題になっていたかもしれない。
「呑気そうに見えて結構熱いねぇ、けど立ち直るか?あいつら」
「そうじゃなかったらそこまでの人達でサッカーにおいてこの先の未来が無い、ただそれだけだよ」
これでも彼らが立ち直らないようならそれまで、サッカーで活躍はもう無い。弥一はハッキリと言い切るのだった。
「何だったんだ今の?」
「さあ?つか控えの奴にあんな説教されるって見た事も聞いた事も無ぇや」
「だよなぁ、珍しいもん見れたわ」
八重葉の方は田中、海道、山岸の中盤3人がさっきの弥一について話していた。彼らも長くサッカーをやってきたが、ああいうパターンは今まで見た事がなくていずれも珍しく思っていた。
「おい」
そこに声をかける一人の男、背番号10を背負う八重葉の2年エース照皇だ。
「連中の雰囲気が変わった、気をつけろ」
照皇は気づいていた。今のやり取りを経て立見の雰囲気が変わった事を……。
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