表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
99/200

十四話

「何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故……!」


 ジンの気絶など知るはずもなく。

 桧山ゲンゾウは、壊れた人形のように「何故」を繰り返す。


「何故、貴様がここにいる……!今代のティタン……鏖殺人!」

「勿論、そういう作戦だったからだ……気が付いていなかったのか?まあ、そこの囮にも教えていなかったが……」


 違う。

 この中央警士が囮であること自体は、桧山も気が付いていた。


 あからさまな囮であっても、見立てが成立するなら構わない。

 そう考えて彼を攫ったのだから、鏖殺人が自分を追ってきたこと自体は不思議ではない。

 ここで彼が疑問を抱いたのは、また別の点だった。


「何故、ここが分かったのだ……こんなにも早く」


 この小屋は、グリス王国の王都には存在しない。

 王都からずっと離れた、アカーシャ国との国境線近く。

 猟師や地元の人間ですら滅多に立ち入ることがない奥地に設置されているのだ。


 周囲の土地は険しく、まともに歩いたのなら辿り着くのに半日はかかる。

 馬だって進もうとはしないだろう……歩いて帰った「人の翼」のメイドこそが例外なのだ。

 だから桧山は「ある通路」を使ったのだが、鏖殺人はそれを知るはずがない────。


「何故早く来れたかと言えば……お前たち御用達の、国境線と王都を繋ぐ地下の秘密通路を使っただけだ。もっとも、アレは近日中に埋め立てる予定だがな。結果的にだが、俺があの通路の最後の使用者になった」


 何でもないことのように、鏖殺人はさらりと告げる。

 桧山はそれを聞いてギリリ、と歯を噛み締めた。

 あのメイドからは、「転生局もまだ気が付いていない秘密の連絡路」として教えられたのだが、この様子ではとっくの昔に気が付かれていたらしい。


 気が付いた時点で塞がなかったのは、今回のようにこちらを油断させるためだろうか。

 或いは鏖殺人としても、本当にあの通路が「人の翼」の物か確証を抱いていなかったので、こうして囮をわざと捕まえさせて確かめたのかもしれない。


「そうやって、全て自分の思い通りになるように取り計らって……貴様は父親そっくりだよ、鏖殺人!」

「そうだな。よく言われる」


 全く感情を出さず、鏖殺人は淡々と会話に応じる。

 動揺を示さない彼の様子が、桧山を更に苛立たせた。


「それで、どうするんだ?」


 たった今思いついたかのように、突然鏖殺人が疑問を投げかける。


「俺は異世界転生者は全て殺すが、人間は誰一人として殺さない。だから、俺はお前を捕縛することはしても、殺すことは出来ない。つまり、ここでお前を斬り殺すことはない」

「……」

「ここで投降するというのなら、中央警士局を呼ぼう。無駄な戦いなどしなくてもいいだろう?」


 その言葉が、桧山に辛うじて残っていた最後の理性を蒸発させた。


「その、相手を舐め切った態度が……俺の忠誠を何とも思わない態度が……俺の敵だ」

「……どうした?」

「貴様は…………死ぬべきだ!」


 最早、見立ても連続殺人もどうでもいい。

 ただただ、目の前の鏖殺人が憎らしかった。

 桧山は取りこぼした剣を拾ってもう一度構え、怒号を上げながら鏖殺人に突進した。


「戦いを選ぶか。なら……仕方がない」


 鏖殺人の方は、依然として感情を見せないまま抜刀。

 鏖殺人の愛刀と桧山の剣が、両者の間で火花を散らした。

 甲高い金属音と共に、両者は刃越しに正対する。


 ──単純な力でも、速さでも、こちらが不利だ……だが、技なら!


 老齢である桧山は、肉体的な衰えが無視できない。

 しかし剣術の技量に限って言えば、若い頃よりも向上しているという自負がある。

 加えて「人の翼」に雇われている間、数々の実戦をナイト連邦で経験してきた。


 先代ティタンならともかく、まだ若い今代のティタンならば、この技量で打ち破れるかもしれない────。


「うおおおおおおおおおおお!」


 鍔迫り合いの形になる前に後方へ飛び退き、全力の振り下ろしを一度、袈裟斬りを一度。

 連撃で距離を詰めてからは、鏖殺人の頭を狙って剣を振るう。

 桧山本人としても、悪くない斬撃だった。


 だが、その全てを鏖殺人は刀一本で弾いて見せた。

 桧山の剣はその方向性を瞬く間に逸らされ、空しい残響を残す。


 ──弾くか、ならば!


 ドン、と今まで以上に強く踏み込む。

 そこからの攻撃の激しさは、先程までの攻撃の比ではない。

 右薙ぎ、左薙ぎ、逆袈裟、切り上げ────最後に床が砕け散るほどの勢いで踏み込み、渾身の突きを放つ。


 斬撃に夢中になり過ぎて、桧山は最早相手の姿が見えていなかった。

 無我夢中で剣を突き出して、その後になってからようやく相手を見やる。

 今の斬撃を受けて、相手がどうなったか確認するために。


 攻撃を仕掛ける前、そこには無傷の鏖殺人が立っていた。

 そして、攻撃した後は────何も、変わっていなかった。

 正眼の構えを維持している鏖殺人が、平然と立っている。


 ──これほどまでして、無傷か……。


 今の攻撃は、間違いなく致命傷を狙える攻撃だったはずだ。

 ナイト連邦で内戦に参加していた時も、この連撃に耐えきった者などいなかった。


 だが、目の前の男はどうだ。

 今の攻撃をすべて避け切った上に、息の一つも切らしていない。


 ──父親と同じだ……化け物か、この親子は。


 決して表情には出さないが、桧山は密かに戦慄する。

 二十八年前、先代ティタンを襲った時もそうだった。

 桧山は何度も攻撃したのだが、どの技も彼の通じることはなく……結局、すごすごと引き下がる羽目になったのだ。


 殺されなかったのは、先代ティタンが鏖殺人と同じく、「異世界転生者以外は殺さない」と明言していたからに過ぎない。

 もしもそのような主義が無ければ、桧山はすぐにでも殺されていた。

 そして今、桧山は彼の息子相手に同じ体験を────。


 かつての惨めさを思い出し、桧山はぶるりと身を震わせる。

 あのような屈辱は二度とごめんだ。

 不吉な想像を振り払って、彼は今一度足を踏み出す。


「行くぞ、鏖殺人!死出の旅路を行く、覚悟はあるか!」


 自らを奮い立たせて、鏖殺人に向かって突進する。

 鏖殺人はその叫びにも焦ることなく、正眼の構えを維持した。


 ──迎え撃つつもりか……だが!


 桧山とて、それは読んでいる。

 だから最初の一撃の狙いは、鏖殺人本人ではなく、彼が持つその刀だ。

 いくら鏖殺人が強かろうと、刀失くしてその強さはない。


 桧山は突進の勢いを全て相手の刀に向けて、渾身の力でかち上げる。

 流石にそれに耐えきる握力はなかったのか、鏖殺人の刀は切っ先が上を向き、構えが崩れた。


 ──今だ!


 刀が上を向いてしまった以上、鏖殺人の胴体は無防備だ。

 そこに連撃を叩きこめば、まだ勝機が────。


 ……しかし、そう考えた瞬間。

 攻撃を仕掛けようとした桧山の顎に、強い衝撃が入った。


 ──な、に……?


 一瞬、意識が飛びかけてしまった。

 それでも何とか、桧山は自分を襲った「それ」の正体を見つめる。

 そして、カッと目を見開いた。


 桧山の顎の下にあったのは、刀の柄だった。

 刀を弾かれた鏖殺人が、その勢いを利用して刀の柄で桧山の顎を打ち砕いたのである。

 その一撃で、彼は桧山の突進を止めたのだ。


 顎への一撃は脳に近い分、軽い一撃でも効果的になりやすい。

 脳が揺れた桧山は連撃を仕掛けることも出来ず、二歩、三歩と後退した。

 その様子を見た鏖殺人が、ぼそりと呟く。


「……老いたな、桧山ゲンゾウ。威勢がいいのは気迫だけで、体が全く動けていない。唯一やれることは、馬鹿の一つ覚えのように突進するだけ……これが、剣豪の成れの果てか」


 その言葉に、桧山は違和感を抱いた。

 だがこの時は、自身への侮辱に怒りを感じていたために、その違和感は無視された。


「ほざけええええええ!」


 武器を構え直して、桧山はもう一度強く踏み込む。

 だが今度は、技を繰り出すことすらなく────桧山の手に衝撃が走った。

 剣を持っていられなくなり、彼はガラン、と音を立てながらそれを床に落とす。


「なっ……」

「お前が見せた武器の弾き方が酷かったから……手本を見せてやった。理解出来なかったか?」


 驚愕する桧山に構わず、鏖殺人がしゃあしゃあと告げる。

 慌てて桧山が剣を構え直せば、鏖殺人もまた正眼の構えに戻っていた。


「もう一度見せてやろう。剣を弾くというのは……」


 この戦いで初めて、鏖殺人が踏み込んだ。

 強い踏み込みだ。

 一歩動いただけで、小屋の壁がびりびりと鳴る。


「……こうやるものだ!」


 鏖殺人の愛刀と桧山の持つ剣が、ほんの少しだけ触れ合った。

 その瞬間、桧山の両掌に衝撃が走る。

 驚いている間に剣は彼の手から離れ、クルクルと宙に舞った。


 一連の流れを正しく認識した時には、鏖殺人は既に桧山の首元に刀を添えていた。


 ──何だ、今のは……あれだけのことを、簡単に……。


 冷たい刃先の感触を首に感じながら、桧山は絶句する。

 剣先をほんの少し動かすだけで相手の剣を絡みとり、一息に武器を弾き飛ばす。

 簡単そうにやっているが、鏖殺人が見せた「手本」を実践の中で行うことが、どれほど難しいか。


 ──……駄目、なのか。この男にも、俺は敵わないのか…………。


 桧山とて、剣豪と呼ばれた人物である。

 少しでも打ち合えば、自分と相手の力量差は直感で分かる。


 その直感が告げていた。

 この男は、自分が逆立ちしても叶わない程の剣椀の持ち主であると。


 その理解は、桧山を幾分か冷静にさせた。

 じわじわと、諦めが彼を包む。

 それと同時に、桧山は不思議な感覚を抱いていた。


 ──何だ、この感覚は……。


 強いて言うなら、既視感。

 現在感じているこれと全く同じ間隔を、自分は過去に感じたことがある。

 そうだ、この感覚を自分は知っている────。


 鏖殺人自身、言っていたではないか。

 彼は桧山に対して、「()()()()」と口にしていた。


 これは、妙な話し方だった。

 桧山が会ったことがあるのは先代ティタンであり、鏖殺人と会うのはこの場が初めてだ。

 しかしこの口ぶりでは、まるで鏖殺人は桧山の老いる前の姿を知っているかのような────。


 一瞬、桧山の中でちょっとした仮説が導き出されそうになる。

 あまりにも荒唐無稽で、余りも非現実的な。

 しかし、この感覚を説明できる結論が。


 だが────。


「……眠れ」


 桧山には、もうそれ以上の思考は許されなかった。

 鏖殺人は刀を返し、峰で桧山の側頭部を撃ち抜く。

 悲鳴すら上げることもできないまま、桧山はその場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ