十四話
「何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故……!」
桧山ゲンゾウは、壊れた人形のように何故、を繰り返す。
「何故、貴様がここにいる……!今代のティタン……鏖殺人!」
「もちろん、そういう作戦だったからだ。……気が付いていなかったのか?」
違う、この中央警士が囮であること自体は、気が付いていた。
冷静さを失いながらも、桧山は心中で反論する。
あからさまな囮であっても、「見立て」が成立するなら構わない。
そう考えて彼を攫ったのだから、鏖殺人が自分を追ってきたこと自体は不思議ではない。
むしろ、問題は。
「何故、ここが分かったのだ……こんなにも早く」
この小屋がある場所は、グリス王国の王都ではない。
王都からずっと離れた、アカーシャ国との国境線近く。それも、猟師や地元の人間ですら滅多に立ち入ることがない奥地である。
周囲の土地は険しく、まともに歩いたのなら、辿り着くのに半日はかかる。馬だって進もうとはしないだろう。
だからこそ、ここに来るためには、桧山たちがしたように────。
「……ああ、お前たち御用達の、国境線と王都を繋ぐ地下の秘密通路なら、近日中に埋め立てる予定だ。結果的にだが、俺があの通路の最後の使用者になったな」
何でもないことのように、鏖殺人はさらりと告げる。
桧山はそれを聞いてギリ、と歯を噛み締めた。
あのメイドから「転生局もまだ気が付いていない秘密の連絡路」として教えられたのだが、この様子ではとっくの昔に気が付いていたらしい。
気が付いた時点で塞ぐようにしなかったのは、今回のようにこちらを油断させるためだろうか。
「そうやって、全て自分の思い通りになるように取り計らって……貴様は父親そっくりだよ、鏖殺人!」
「そうだな。よく言われる」
全く感情を出さず、鏖殺人は淡々と会話にこたえる。
その様子が、桧山をさらに苛立たせた。
「それで、どうするんだ?」
今思いついたかのように、突然鏖殺人が疑問を投げかける。
「俺は異世界転生者はすべて殺すが、人間は誰一人として殺さない。だから、俺はお前を捕縛することはできても、殺すことはできない。よって、ここでお前を斬って捨てることはしない」
「……」
「ここで投降するというのなら、そのまま中央警士局に引き渡してやってもいいが?」
その言葉が、桧山に辛うじて残っていた最後の理性を蒸発させた。
「その、相手を舐め切った態度が……俺の忠誠を何とも思わない態度が……俺の敵だ」
「……どうした?」
「貴様は…………死ぬべきだ!」
もはや、見立ても連続殺人もどうでもいい。
ただただ目の前の鏖殺人が憎らしかった。
故に、桧山は取りこぼした剣を拾ってもう一度構え、怒号を上げながら鏖殺人に突進した。
「なら、死なない程度に痛めつけておこう」
鏖殺人の方は、依然として感情を見せないまま抜刀。
鏖殺人の愛刀と、桧山の剣が、両者の間で火花を散らした。
──単純な力でも、速さでも、こちらが不利だ。だが、技なら!
どうしても老齢である桧山の方は、肉体的な衰えは無視できない。
だが、剣術における一つ一つの技においては、以前よりも時間を重ねた分、確実に向上しているという自負がある。
加えて、人の翼に雇われている間、数々の実戦をナイト連邦で経験してきた。
一度打ち負かされた先代ティタンならともかく、現在の職に就いてから十年程度しか経っていない今代のティタンならば、この技量で打ち破れるかもしれない────。
「うおおおおおおおおおおお!」
鍔迫り合いの形になる前に後方へ飛びのき、全力の振り下ろしを一度、袈裟斬りを一度。
連撃で距離を詰めてからは、鏖殺人の頭を狙って剣を振るう。
だが、そのすべてを、鏖殺人は刀一本で弾いて見せた。
鋭い金属音が小屋に響き、空しい残響を残す。
──弾くか、ならば!
ドン、と今まで以上に強く踏み込み、桧山はもう一度仕掛けた。
それ以降の攻撃の激しさは、先程までの攻撃の比ではない。右薙ぎ、左薙ぎ、逆袈裟、切り上げ────。
最後に、床が砕け散るほどの勢いで足を踏み込み、渾身の突きを放つ。
そして残身。桧山は油断なく、最初の構えに戻した。
さらに、鏖殺人の姿をじっと見やる。
そこには、一つとして傷を負わないまま、正眼の構えを維持している鏖殺人の姿があった。
──これほどまでして、無傷、か……。
今の攻撃は、間違いなく致命傷を狙える攻撃だったはずだ。
ナイト連邦で内戦に参加していた時も、この連撃に耐えきった者などいなかった。
だが、目の前の男はどうだ。今の攻撃をすべて避けったうえ、息の一つも切らしていない。
──ここも父親と同じ、か。化け物か、この親子は。
決して表情には出さないが、桧山は密かに戦慄する。
二十八年前、先代ティタンを襲った時もそうだった。
桧山は何度もしかけたが、どの技も彼の通じることはなく、すごすごと引き下がる羽目になったのだ。
殺されなかったのは、単に先代ティタンも鏖殺人と同じく、異世界転生者以外は殺さないという主義を掲げていたからに過ぎない。
かつての惨めさを思い出し、桧山はぶるり、と身を震わせる。
あのような屈辱は二度とごめんだ。
だが、仮に鏖殺人が先代ティタンと同程度の剣椀を有しているというのであれば、自分はまた────。
──否、必ず殺さなくてはならないのだ!俺の忠誠を示すためにも!
不吉な想像を振り払い、桧山は今一度足を踏み出す。
「行くぞ、鏖殺人!死出の旅路を行く、覚悟はあるか!」
自らを振るいたたせ、鏖殺人に向かって突進する。
鏖殺人はその叫びにも焦ることなく、正眼の構えを維持した。
──迎え撃つつもりか。だが!
桧山とてそれは読んでいる。
最初の一撃の狙いは、鏖殺人本人ではなく、彼が持つその刀。
いくら鏖殺人が強かろうと、刀失くしてその強さはない。
桧山は突進の勢いをすべてその刀に向け、渾身の力でかちあげる。
さすがにそれに耐えきる握力はなかったのか、切っ先は上を向き、鏖殺人の構えが崩れた。
──今!
刀が上を向いてしまった今、鏖殺人の胴体は無防備だ。
そこに先ほどの連撃を叩きこめば────。
だが、そう考えた瞬間。
桧山の顎に、強い衝撃が入った。
──な、に……?
一瞬、意識が飛びかけてしまったが、桧山は辛うじて自分を襲った「それ」の正体を見つめる。
それは、刀の柄だった。
刀を弾かれた鏖殺人が、その勢いを利用して、刀の柄で桧山の顎を打ち砕いたのである。
顎への一撃というものは、脳に近い分、痛打となりうる。
桧山は連撃を仕掛けることなく、二歩、三歩と後退した。
その様子を見た鏖殺人が、ぼそりと呟く。
「……老いたな、桧山ゲンゾウ。威勢がいいのは気迫だけで、体が全く動けていない。できることと言えば、馬鹿の一つ覚えのように突進するだけ。……剣豪の成れの果てというのは、こういうものか」
その言葉に、桧山はある違和感を感じた。
だがそれ以上に、自身への侮辱に怒りを感じていたために、その違和感は無視された。
「ほざけええええええ!」
武器を構えなおし、桧山はより強く踏み込む。
だが、技を繰り出す前に、桧山の手に衝撃が走った。
その理由を理解する間もなく、剣を持っていられなくなり、それを床に落とす。
「なっ……」
「何だ?先ほどお前が見せた武器の弾き方が、あまりにもひどかったから……手本を見せてやっただけだが?」
驚愕する桧山にかまわず、しゃあしゃあと鏖殺人が告げる。
慌てて桧山が剣を構えなおせば、鏖殺人もまた、正眼の構えに戻っていた。
「分からなかったなら、もう一度見せてやろう。剣を弾くというのは……」
ここで、この戦いで初めて、鏖殺人が踏み込んだ。
強い踏み込みだ。ドン、というその音だけで、小屋の壁がびりびりと鳴る。
「……こうやるものだ!」
鏖殺人の愛刀と、桧山の持つ剣が、ほんの少しだけ触れ合ったか、と感じた瞬間。
桧山の両掌に、もう一度衝撃が走った。
そして、再び剣は彼の手から離れ、クルクルと宙に舞う。
それがサクリ、と音を立てて床に刺さる時には。
鏖殺人は既に、桧山の首元に刀を添えていた。
剣先をほんの少し動かすだけで、相手の剣を絡みとり。
さらに、相手の握力に討ち負けない程の回転を与え、武器を弾き飛ばす。
簡単そうにやっているが、今鏖殺人が見せた「手本」を、実践の中で行うことが、どれほど難しいか。
桧山は、理解していた。
だからこそ、その一撃は。
桧山から戦意を失わせるには、十分すぎた。
──……駄目、なのか。やはり、この男にも、俺は敵わない、のか…………。
桧山とて、剣豪と呼ばれた人物である。
少しでも打ち合えば、自分と相手の力量差というものが、直感でわかる。
その直感が告げていた。
この男は、自分が逆立ちしても叶わない程の剣椀の持ち主である、と。
かつて、先代ティタンを襲った時。
あの時も、最後は何度やっても桧山の剣が弾かれ、敗北したのである。
そして、直感が導くままに逃げ出した。
今自分は、あの時を再現している。
過去の記憶は、桧山を幾分か冷静にさせた。
そして、その冷静さは、桧山をあることに気づかせた。
──何だ、この感覚は……。
違和感、いや、違う。
強いて言うなら、既視感。
自分は以前にも、このような戦いをしたことがある。
そう、「似たような戦い」ではない。全く同じ剣椀の持ち主と、戦ったことが────。
そして、全く同じ負け方を────。
今感じた既視感ではない。
先程、鏖殺人の声を聴いた時から、これは感じていた。
彼は、「老いたな」と口にしていた。
妙ではないか。
桧山が会ったことがあるのは先代ティタンであり、鏖殺人と会うのはこの場が初めてだ。
しかしこの口ぶりでは、まるで鏖殺人は桧山の老いる前の姿を知っているかのような────。
一瞬、桧山の脳内で既視感と違和感が踊り、さらにある結論が導き出されそうになる。
あまりにも荒唐無稽で、余りも非現実的な。
しかし、この感覚を説明できる結論が。
だが。
「……眠れ」
桧山には、もうそれ以上の思考は許されなかった。
鏖殺人は刀を返し、峰で桧山の側頭部を撃ち抜く。
悲鳴すら上げることもできないまま、桧山はその場に崩れ落ちた。




