十二話
──誰だ?
突然聞こえた足音を受けて、ジンは疑問に包まれる。
一瞬、鏖殺人が来てくれたのかと思った。
しかしすぐに、彼がこんな足音を立てるはずがないと気が付く。
彼が来るとしたら、それは桧山を捕まえに来た時だ……足音を立てて、相手にわざわざ位置を教えるはずがない。
では、桧山には別に仲間がいて、その人物がここを訪ねてきたのか?
思えば彼は、何十年間も警士たちの目を掻い潜り、いずこかで潜伏していたのだ。
逃亡を手伝う仲間が一人や二人いてもおかしくはない。
仲間とまで行かなくても、金で雇った協力者がいる可能性はある。
例えば、鐘原ツバキ殺害における第一発見者の女性だって────。
「この時期での殺人は、計画にはなかったはずでは?」
不意に、足音の主から声が響く。
鈴が鳴るような、綺麗な響きを持つ声だった。
思わず振り返りそうになるジンの動きを押しとどめるように、「彼女」が入ってくる。
──やっぱり……あの事件で、悲鳴を上げていた女性だ。間違いない……!
この目で見るのは、随分と久しぶりのように感じた。
しかし思い返せば、最後に「彼女」を見てから一ヶ月も経っていない。
だからジンは、たった今入って来たこの女性が、桧山ゲンゾウの協力者と目される例の第一発見者であることがすぐに分かった。
しかし、それで納得したのも束の間。
別の疑問がジンを襲い、彼は怪訝な表情を浮かべる。
──何だ、あの服は……?前に見た時は、ごく普通の服を着ていたはずだが……。
あの日と違って、現在の彼女が身に纏う服装は、この場には似つかわしくない物だった。
何せ彼女は、今時誰も来ていないような女性使用人の礼装……所謂、メイド服を着ていたのである。
全体にフリフリとした飾りがついていて、長めの髪は大きなリボンで止めてあるなど、やけに華美な服装だった。
余命十五分と告げられてから、突然派手な恰好をしたメイドが現れる。
そんな白昼夢のような事態に、ジンは強い眩暈を感じた。
その間に、メイドと桧山はボソボソと会話を始める。
「……確かに予定外でしたが、俺には時間が無いのです。これが最後なのだから、お許しいただきたい」
「しかし……王都で短期間の内に殺人が繰り返されれば、向こう側の警戒はより強くなるでしょう。そうなれば、私たちの潜入も難しくなります。それを理解したからこそ、貴方も十年間隔での殺人に同意したのでは?」
「だが十年後、俺が今の剣腕を維持出来ているかは怪しい。現在でさえ、全盛期よりは衰えています。だからこそ今、やれるだけのことはやりたいのです!」
「貴方の焦りは理解します。しかし、私たちはあくまで協力して『あげて』いるのです。自分の立場をお忘れなく」
「それを言うなら、俺の剣の腕を最初に見込んだのは、そちらではないですか!……」
──妙だな。この二人、力関係に差があると言うか……メイドの方が立場が上なのか?
話を聞きながら、ジンはモヤモヤとした疑念に取りつかれる。
これまでの推測では、このメイドは桧山が死体を早く発見させるために、金で雇い入れた存在のはずだった。
しかし今の話を聞く限り、このメイドは桧山の復讐計画の全貌を知っている……とても、一時的な協力者とは思えない。
何なら、メイド側の方が口調が強く、桧山ゲンゾウを叱責している様子すらある。
桧山ゲンゾウの態度は、上司に弁明する部下のようだった。
これは、ひょっとすると────。
──桧山ゲンゾウがこの女性を雇っているのではなく……この女性の方が、桧山ゲンゾウを雇っているのか?そして女性の目的は別にあるけど、桧山ゲンゾウに配慮してこの殺人計画に助力してあげている……。
今まで考えていた構造がひっくり返り、ジンの思考は混乱する。
しかし同時に、新しい推理が脳内で生まれようとしていた。
そして、メイドが使う「私たち」なる言葉。
これは、メイドが何らかの組織に所属していなければ出てこない言葉だ。
話している内容からすると、グリス王国への潜入も行っているような組織らしい。
加えて桧山は、「剣の腕を最初に見込んだ」と言っている。
つまりメイドが属する組織は、桧山の武力に期待していた。
それだけの武力を必要とする組織なのだ。
最後に、メイドが来る前に桧山が口にした「異世界転生者の救済」。
これらを合わせると、ジンにもようやく全貌が掴めた。
「……転生者結社『人の翼』、か」
敢えて、声に出してみる。
未だに何やら話し合いをしていたメイドと桧山が、ピタリと話を止める。
その様子を見て、ジンは自分の推理の正しさを確信したのだった。
……思えば、簡単な話だったのだ。
桧山は二十八年もの間、グリス王国でも、アカーシャ国でも捕まったことがなかった。
つまり、その二国には最初からいなかった訳だ。
この大陸に存在する、もう一つの大国────ナイト連邦。
彼は、ずっとそこに居たのだろう。
ナイト連邦は政情が不安定な国で、未だに内戦を繰り返している。
警察機構など、首都付近ぐらいしか機能していないらしい。
犯罪者が隠れるにはもってこいだろう。
恐らくだが、先代ティタンを殺害することに失敗した後、命からがら逃げのびた場所がそこだったのだ。
彼は次なる復讐のために、そこでしばし生きることにした。
そこで手を差し伸べたのが、「人の翼」だ。
ジンの記憶では、この組織は二十八年前には既に結成されている。
だからこそ、逃げてきた桧山に目を付けたのだろう。
彼らは異世界転生者であるために迫害され、元々の治安の悪さもあって、様々な脅威に怯える暮らしを送っていた。
攻撃に向いた魔法を使える異世界転生者は、大抵は他の武装勢力に引き抜かれるので、そうでない異世界転生者は放置されやすいのだ。
弱い魔法しか使えないのに、ナイト連邦に異世界転生してしまった彼らは、自分たちを守る存在を求めた。
だからこそ、彼らは契約を結んだ。
恐らく桧山の側は、「自分の復讐を支援することと、ナイト連邦での生活を援助してくれるなら、君たちのことも守ろう」と約束した。
それを「人の翼」は承諾して、用心棒として雇い入れたのだ。
ただし一つだけ、「人の翼」が出した条件がある。
それが、メイドの口から出てきた「十年間隔での殺人」だ。
復讐はしても良いけど、一件ごとに十年は潜伏してくれ、と要請したのだ。
こんな条件が出てきたのは、「人の翼」の目的も絡んでいる。
異世界転生者の守護を目的とする「人の翼」は、異世界転生者を殺す鏖殺人を憎悪している。
風の噂では、組織の最終目標は「鏖殺人の殺害」らしい。
故に彼らはグリス王国内に拠点を作ろうと努力し、幾人かの構成員を王国内に送り込んでいる。
つい先日起こった異世界転生者の大規模転移でも、グリス王国内に侵入していた「人の翼」構成員が暗躍していたはずだ。
殆どが異世界転生者に殺されているとは言え、彼らはグリス王国に潜伏して、転生局を襲撃する機会を待っているのだ。
だから決起の時までは、彼らも無理に中央警士局を刺激したくはない。
そのため、十年間隔なら殺人をしても良い、なんて言い出したのだろう。
本来ならその剣腕を自分たちを守るためだけに使って欲しい「人の翼」としては、譲歩だったのかもしれない。
実際、復讐の時以外は桧山も「人の翼」構成員を守って来たらしい。
先程、桧山が自分の目的を「異世界転生者の救済」と言ったのは、この辺りが関係しているのだろう。
転生局が憎いのと、異世界転生者を守り続けたことで、自然とそちら側の思想に染まったのか。
何にせよ、こうして築き上げられた桧山と「人の翼」の協力の元、一連の殺人は行われてきた。
つまりこのメイドは、今回の件のために「人の翼」から送られてきた支援人員なのだ。
ただ……今の二人の様子を見るに、両者の関係は現在では冷え込んでいるらしい。
桧山が老いによる焦りもあって、十年間隔を守らずに殺人に走ったことで、信頼関係が崩れたのか。
それで言い争いをしていた、というところのようだ。
「……どうやら、この中央警士は知らなくてもいいことまで知っているようですね」
メイドの無感動な声が、狭い小屋を震わせる。
「気が変わりました。必ず殺しておいてください……それでは」
それだけ言って、メイドは小屋から去っていく。
足音からすると、来た方向とは逆側に帰っているようだ。
このまま、「人の翼」の本部にでも向かうのだろうか。
「……ふん、邪魔は消えた」
桧山は忌々し気に言い放ち、ちらりと懐に視線をやる。
どうやら、そこに懐中時計でも入れているらしい。
時計を見て、「見立て」の時刻を確かめているのだろう。
彼の様子からは、先程まで感じていた、殺人犯特有の風格は不思議と全く感じられなかった。
どちらかと言えば、気の合わない上司と喧嘩してふてくされている部下のようである。
この時初めて、ジンは桧山ゲンゾウという男の正体を見た気がした。
──この男は……アレだな。俺の想像していた感じの人間じゃないんだな。
そうだ、この男はきっと……仇討ちに燃える忠義心溢れる護衛などではない。
かといって、頭がイカレた化け物という訳でもなく。
多分、一番的確なのは……。
「……あんたは、ただの……『人の翼』に良いように使われている、下っ端の老人だったんだな。意外な気がするよ」
ポロッとジンは本音を漏らす。
薄暗い小屋の中でも、桧山が目を剥いたことがはっきりと分かった。




