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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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十二話

 ──誰だ?


 突然聞こえた足音を受けて、ジンの脳内は一瞬にして疑問に包まれる。


 まず、この足音は鏖殺人のそれではない。正確には、あり得ない。

 彼が来るとしたら、それは桧山を捕まえに来た時だ。そのようなときに、相手にわざわざ位置を教えるはずがない。


 では、桧山に別の仲間がいるのか。

 鏖殺人からはそのような話は聞いていないし、三十年近くにわたって執拗に殺人を繰り返してきた桧山に、そのような仲間がいるとは思えない。


 これは、警士としての経験から言えることだ。殺人などという大仕事をするにあたって、犯人が集団を作ってしまった場合、普通長続きはしない。

 分け前でもめたり、密告を疑ったりして、空中分解することが多いのだ。


 だが同時にジンは、桧山に仲間がいない可能性と同じくらい、仲間がいる可能性も存在することに思い当たる。

 何しろ彼は、長期間警士の目を掻い潜り、いずこかで潜伏していたのだ。逃亡を手伝う仲間が一人や二人いてもおかしくはない。

 あるいは、仲間と言うより、一時的に雇ったような関係かもしれないが。


 そう、鏖殺人だって言っていた。

 鐘原ツバキ殺害における、第一発見者の女性は確か────。




「この時期での殺人は、計画にはなかったはずでは?」




 鈴が鳴るような、綺麗な響きを持つ声だった。

 思わず振り返りそうになるジンを押しとどめるように、「彼女」が入ってくる。


 こういった場合、予想通りと言えるのかどうかは分からないが、そこにあったのは見覚えのある「彼女」の姿だった。

 この目で見るのは、ずいぶんと久しぶりのように感じた。だが、思い返せばまだ最後に「彼女」を見てから一か月も立っていない。

 彼女──鐘原ツバキの死体を見つけた際に出会った、第一発見者の女性。


 だが、その発見に得心する暇もなく、別の疑問がジンを襲う。


 ──何だ、その服は……?


 ジンがこう思ったのは無理もあるまい。

 その女性が着ていた服装は、およそ殺人犯と出会うに相応しいとは思えない格好────俗に言う、メイド服だった。


 しかも、裾にフリフリとした飾りがついてあったり、長めの髪を精巧なリボンで止めてあったりと、やけに華美な服装をしている。あれでは、そう機敏に動くことはできないだろう。

 余命十五分と告げられてから、突然派手な恰好をしたメイドが現れる、という白昼夢のような事態に、ジンは強いめまいを感じる。


 ジンがそんなことを考えている間に、メイドと桧山は、何やら会話をしていた。


「……確かに予定外でもあったが、俺には時間が無いのです。これが最後なのだから、お許しいただきたい」

「しかし、王都でこんなに短い間隔で殺人が繰り返されれば、王都の警戒はより強くなるでしょう。そうなれば、私たちの潜入も難しくなります。それを理解したからこそ、あなたも十年間隔での殺人に同意したのでは?」

「だが、十年後に俺が今ほどの剣腕を維持できているかどうかは、正直な話怪しい。現在でさえ、全盛期よりはどうしても見劣りがします。この小僧さえ今殺せば、全て終わることなのです!」

「あなたの焦りは理解します。しかし、私たちはあくまで協力して『あげて』いるのです。自分の立場をお忘れなく」

「それを言うなら、俺の剣の腕を最初に見込んだのは、そちらではないですか!……」


 ──妙だな。


 話を聞きながら、ジンはもやもやとした疑念に取りつかれる。


 鏖殺人の話では、このメイドは、あくまで桧山が死体を早く発見させるために、一時的に雇い入れた存在とのことだった。

 ジンもまた、この推理に同意していた。病院から脱走したこと、失語状態を偽ったことから見て、桧山の協力者であることは間違いない。


 しかし、年齢が若い──高く見積もっても、二十代前半だ──ことから、三十年近く前から彼を支えているような、長年の協力者ではない。

 故に、あくまで今回限りの協力者だと思っていたのだが──。


 話を聞く限り、このメイドは桧山の復讐計画の全貌を知っている。いや、それどころか、十年間隔で殺人を行うと提案したのは、このメイド側だったらしい。

 しかも、桧山の丁寧な態度を見るに、どうやら立場はメイドの方が上のようだ。


 加えて、「協力して『あげて』いる」と言う言葉からすると、メイドの方はかなりの余裕がある──仮にこれで桧山との協力関係が打ち切られても構わない、と言う余裕が。

 一方、桧山の様子からは余裕がうかがえない。むしろ、何とかしてメイドに縋りつこうとしているようにも聞こえる。


 ──つまり、桧山ゲンゾウがこの女性を雇っているのではなく、この女性が桧山ゲンゾウを雇っている?そして、この女性は雇人への報酬として、この殺人計画を支えてやっている、ということか?


 今まで考えていた構造がひっくり返り、ジンの思考は混乱する。

 しかし同時に、その混乱を構成する要素たちが、脳内で繋がろうとしていた。


 長期間にわたって、アカーシャ国とグリス王国の両方が確保できていなかった、桧山ゲンゾウ。

 復讐計画の立案までしたという、このメイド。

 最初の殺人が二十八年前なのだから、計画の立案もその時期になる。


 メイドが使う「私たち」と言う言葉。これは、このメイドが何らかの組織に所属していなければ出てこない言葉だ。

 さらに、桧山の「剣の腕を最初に見込んだ」と言っている。つまり、メイドが属する組織は、桧山の武力に期待していた──それだけの武力を必要としている存在。


 最後に、メイドが来る前に桧山が口にした、「異世界転生者の救済」と言う言葉。

 ここへきて、ジンにもようやく全貌がつかめた。




「……転生者結社『人の翼』、か」


 気が付けば、ジンは声に出していた。

 未だに何やら話し合いをしていたメイドと桧山が、ピタリと話を止める。

 その様子を見て、ジンは自分の推理の正しさを確信した。


 思えば、簡単な話だったのだ。

 桧山がグリス王国でも、アカーシャ国でも捕まったことがないというのは、単純にその二国に彼がいなかったから。


 潜伏期間中に、この大陸に存在するもう一つの国──ナイト連邦にいたからに他ならない。

 ナイト連邦は政情が不安定な国で、未だに内戦を繰り返している。警察機構など、首都付近ぐらいしか機能していないらしい。犯罪者が隠れるにはもってこいだろう。


 しかし、アカーシャ国で一介の護衛として暮らしてきた桧山が、ナイト連邦ですぐに潜伏する場所を決定できたとは思えない。

 恐らくだが、当時のティタンを殺害することに失敗し、命からがら逃げてきた場所がそこだったのだろう。

 資金も、寝場所も、確保できたかどうか怪しいところだ。


 そこで手を差し伸べたのが「人の翼」だ。ジンの記憶では、この組織は二十八年前にはすでに結成されている。

 彼らは異世界転生者として、様々な脅威に怯える暮らしを送っていた。それを抜きにしても、ナイト連邦は治安が悪い。桧山のような、腕が立つ用心棒を彼らは欲していたのだ。


 恐らく、桧山の側は「ナイト連邦での潜伏の協力と、彼の復讐の支援」を。

 人の翼は「その剣椀を自分たちを守るために使うこと」を条件として、協力関係となったのだ。


 いや、もう一つ人の翼が出した条件がある。先程メイドの口から出てきた「十年間隔での殺人」だ。

 異世界転生者の守護を目的とする人の翼は、異世界転生者を殺す鏖殺人を憎悪している。

 風の噂では、組織の最終目標は「鏖殺人の殺害」らしい。


 そのために、彼らはグリス王国内に拠点を作ろうと努力し、幾人かの構成員を王国内に送り込んでいる……ほとんどが鏖殺人によって殺されているが。

 確かつい先日起こった、異世界転生者の大規模転移でも、アカーシャ国との国境付近で、グリス王国内に侵入していた、人の翼の構成員である異世界転生者が、鏖殺人に殺害されていたはずだ。


 不法入国をしてから、さらに拠点作りまで行うのだ。彼らとて、無理に中央警士局を刺激したくはない。

 そのために、十年経って事件の記憶が風化するのを待ってから、桧山の復讐を応援したのだろう。


 そして、殺人と殺人の間の十年間は、桧山に自分たちの戦いを手伝ってもらう。

 先程、桧山が自分の目的を「異世界転生者の救済」と言ったのは、この辺りが関係しているとみて間違いない。


 これまでの殺人は、こうやって築き上げられた桧山と人の翼の協力の元、行われてきた。

 このメイドは、今回の件のために人の翼側から送られてきた支援用の人員なのだ。


 しかし、二人の様子を見るに、両者の関係は現在では冷え込んでいるらしい。

 だからこそ、桧山は人の翼の都合を無視して──老いによる焦りも相まって──勝手にジンを攫い、メイド側も桧山相手に居丈高な態度をとる。


「……どうやら、この中央警士は知らなくてもいいことまで知っているようですね」


 メイドの無感動な声が、狭い小屋を震わせる。


「気が変わりました。必ず殺しておいてください。……それでは」


 それだけ言って、メイドはすたすたと歩き、小屋から去っていく。

 足音が聞こえる方向からすると、来た方向とは逆側に向かっているようだ。人の翼の本部にでも向かうのだろうか。


「……ふん、邪魔は消えた」


 桧山は忌々し気に言い放ち、ちらり、と懐に視線をやる。どうやら、そこに懐中時計でも入れているらしい。「見立て」の時刻を確かめているのだろう。

 その様子からは、先ほどまで感じていた、殺人犯特有の風格などは全く感じられない。

 どちらかと言えば、気の合わない上司と喧嘩して、ふてくされている部下のようである。


 この時初めて、ジンは桧山ゲンゾウという男の正体を見た気がした。

 この男は、多分。


 主君の敵討ちに燃える男などではなく。

 恐ろしい冷酷な殺人鬼ですらなく。

 頭がイカレた化け物という訳でもなく。


 きっと。


「……あんた、あれだな。ただの……『人の翼』に良いように使われている、下っ端の老人だったんだな」


 ポロリと、ジンは本音を漏らす。

 薄暗い小屋の中でも、桧山が目を剥いたことが、はっきりと分かった。

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