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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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十話

 ……更に、その次の日。

 グリス王国王都の華やかな通りでは、こんな声が響いていた。

 一等職員の制服を着たジンが、次々と人に声を掛けているのである。


「やあ、大将!実はこの度、転生局の一等職員になったんだ!昇進祝いに何かくれないか?」


「そこのお嬢さん!転生局の一等職員になれて、俺は気分がいいんだ!このプレゼントを受け取ってくれ!」


「いいか、転生局の一等職員だぞ!転生局の一等職員になったんだぞ!」




 今までの人生で経験がない程の明るさで、ジンは道行く人々に声をかけていく。

 一等職員になったことが嬉しくて、言い触らしているかのように。 


 ジンに声を掛けられた人々の反応は様々だ。

 怯える人に、ひきつった笑いを浮かべる人。

 可哀想な物を見るような目で見てくる人も居れば、眉を顰める人も居る。


 素直に祝いの言葉を返してくる人間は、まずいない。

 今の王都の気風を考慮すれば、当然の反応だった。

 そのくらい、転生局には……と言うより鏖殺人には、圧制者としての印象が強いのである。


 断っておくが、これらの文言は全て演技である。

 ジンの本心の訳がない。

 彼はただ、やけくそになりながら演技をしているのだ……鏖殺人に言われた通りの演技を、彼は完遂していた。


「これで犯人がおびき出されなかったら、俺は泣くぞ……」


 心の内では既に泣いているが、本当に涙が出る時も近い。

 近くいるかもしれない犯人に聞こえないよう、小声で彼は愚痴を吐く。

 そうしていると、自然とこの命令を出された時のやり取りが蘇る気がした。




 ────鏖殺人がこの指示をしてきた時、ジンは反対した。


 名目上は上司になった彼に対して命令の拒否をするのは、階級的にはかなり無礼なことではあったが、それでも反対した。

 何しろ、役目が役目である。


「嫌なのは分かる。だが理屈上、これが餌として最も効果的なんだ……桧山ゲンゾウが狙う一等職員の内、現在働いている二人は既に中央警士局によって厳重に警備されている。犯人としても、手出しはしにくい。それで犯行を諦めてくれるのなら良いんだが……これまでの執念からして、諦めはしないだろう。だからもう、こちらから誘い出すしかないんだ」

「それで、俺を一等職員にして……街を出歩けと?」

「ああ。武器も持たず、護衛も無しに歩き回って欲しい」

「いやいやいやいや!……失礼ながら、無理があるかと!」

「何故だ?」


 鏖殺人に問いかけられて、一瞬ジンは言葉に詰まる。

 言いたいことが無かったからではない……言いたいことが多すぎて、何から言えばいいのか迷ったのだ。

 結局、思いついたことから順に発言していく。


「そもそも……真っ昼間から昇進したことを周囲の人間に言いふらす一等職員なんて、不審過ぎるでしょう。いくら何でも、囮か何かであることに犯人も気が付く。もっと酷ければ、ただのおかしい奴だとみなされ、無視されて終わりです」

「ふむ」

「加えて、時期が変です。一等国家試験の合格発表は随分前に終わっています。年度が変わった訳でもないこの時期に、一等職員が新しく採用されたり、研修でもなく正式に移動することはそんなに無い。歴史を遡れば、中途採用の例がない訳でもないでしょうが……流石におかしい」

「ほお」


 とうとうと言い連ねるジンに対し、鏖殺人が普段と様子を変えなかった。

 本当に話を聞いているのか不安になりながら、ジンは説明を続ける。


「最後に、間隔の問題があります」

「間隔?」

「はい。犯人は一つ事件を起こした後は、それなりに時間を空けてます。例えば、二件目の事件が起きたのは最初の事件の十年後。三件目の事件が起こったのも、二件目の十年後です。犯人は一件ごとに長期間潜伏する傾向にあるようです」

「そのことは先程説明したな」

「つまり、この前鐘原ツバキを殺害した以上は、現在は長期間の潜伏に入っている時期ではないでしょうか。今の時期にいくら狙いやすい一等職員がいたとしても、まだ時期ではないと見逃される可能性があります。そもそも、未だに犯人がグリス王国内に居るかどうかさえ分からないんですから……」

「……君の疑問はよく分かった」


 最後まで聞き終えることなく、鏖殺人は話を打ち切った。

 その強引な姿勢に、ジンは無意識に体を強張らせる。


「色々不安に思うのは分かるが、心配するな。幸いなことに、君の疑問に対しては一つの推論で答えることが出来る。本当に桧山ゲンゾウが犯人なら、今回は長期間の潜伏などしていないだろう」

「……どういうことです??」

「推測だが……現在、桧山ゲンゾウはとある危機に直面している。だからこそ、彼は復讐計画の実行を早めているはずだ。俺としては、間違いなくグリス王国内部に潜んでいると思っている」

「何ですか、その危機とは?」


 持って回った言い回しを把握しきれず、ジンは答えを催促する。

 鏖殺人としても別段秘匿する事柄でもなかったのか、さらりとそれを口にした。


「至極単純かつ、長い時間を重ねた者に対して共通に訪れる危機────要するに、『老い』だよ。特に彼の場合、『老いと病気』の方が適しているかもしれないが」


 ──老い……つまり、年齢の点で危機に瀕しているってことか。


 そう告げられた瞬間、ジンは最初に鏖殺人が口にしたことを思い出した。

 犯人の目星について語っていた時、こう言っていた……「剣豪だが、もうかなりの歳だ」と。

 ジンの記憶を補強するように、鏖殺人は言葉を続ける。


「記録によれば、桧山ゲンゾウは行方不明になった時点で四十歳だったらしい。二十八年前に四十歳だったんだから、現在の年齢は六十八歳。老齢と言っても良い年齢だ」

「……お言葉ですが、そのくらいの年齢であれば元気にしている人は多いのではないかと。剣術のような武道を極めている人物ならば、特に」

「ああ。別に加齢で彼の剣腕が衰えているだとか、そんなことを言いたいんじゃない。実際、鐘原ツバキの殺害には成功しているんだからな。剣腕自体は、昔よりも上達しているかもしれない」


 鏖殺人はそこで、どことなくしんみりとした口調になった。

 だがすぐに、その口調を引き締める。


「しかし、もう一つ思い出してほしい。君が言うように、彼は事件の度に十年の時間を空けていた。しかし……今回起こった事件は、前回の事件から何年経って行われたものだ?」

「……八年です。不思議と言えば不思議ですが……」


 ジンとしても、気が付いていない訳ではなかった。

 今回の一件のみ、事件を起こすまでの期間が短くなっている。

 それまで、几帳面なほどに十年刻みで動いてきたにも関わらずだ。


「個人的には、これも何かの見立てではないか、くらいに思っていたんですが……」

「そうかもしれない。しかし、何かしら殺人を早める理由が生じた可能性も無視出来ないだろう。だからこそ考えてみてほしいんだが……仮に今回の事件が今まで通り、十年経ってから行われたとしよう。その場合、彼の年齢はどうなっていた?」

「今から二年後に事件を起こした計算になるので……七十歳で事件を起こすことになりますね」

「そうだ。続けて、彼は見立てを完成させるために一等職員を殺さなくてはならない。ここで再び十年の間隔を開けたとしたら、彼の年齢はどうなる?」

「追加で十年後だから、八十歳……」


 ここまで来て、ジンも鏖殺人の言いたいことが分かってきた。


「確かに六十代ならともかく、八十歳となると老いが無視出来ないかもしれませんね。剣の腕だって、どれだけ保っていられるか」

「そうだ。彼自身、どこかの時点で病気になる可能性だってあるんだからな。律儀に十年刻みでやっていると、流石に限界が来る訳だ……だから彼は最初から、後半の事件は早めに起こす気だったんだと思う。実際、鐘原ツバキ殺害に関しては十年も待たなかった」

「故に、次の事件は更に早めに起きると?」

「そうだ。彼だって、中央警士局が一等職員の警護に動いているくらいのことは気が付くだろう。こうなると、何時になったら警備が解除されるか分からない。しかも彼自身は老齢で、復讐に使える時間自体は短くなっていく」

「つまり、桧山ゲンゾウは焦っている……残り時間が少ないのに、狙える対象が重警備になっているから、早めに事件を起こしたいのに中々やれずにいる?」

「恐らくだがな」


 そこで、鏖殺人は立ち上がった。


「向こうが焦っているのなら、話は早い。例え不自然な時期であろうが、見え見えの囮であろうが、接触してくる可能性はあるはずだ。だから君が外を歩き回るだけでも、それなりの効果はあると思う……協力してくれるか?」


 ジンとしては、頷かざるを得なかった。

 何だか、詭弁と証拠の無い推測で丸め込まれたような気がしないでもなかったが。




 ──鏖殺人が近くで見張りをしてくれるって言っていたけど、本当にしているのやら……。


 回想から現実に帰還して、ジンは再び周囲に声を掛ける。

 かなり失礼なことを考えつつも、ジンはにこやかに命令を遂行していた。

 シラフでこんな演技をするのはかなり恥ずかしかったが、それでもやると決めた以上、止めるわけにはいかない。


「あー、一等職員になれて嬉しいなー。何せ、転生局の一等職員だからなー。さて、今度はどの店に行こうかなー」


 棒読みにならないように気を付けながら、ジンは敢えて人通りの少ない路地も回る。

 囮として、犯人の付け入る隙を作らないといけないからだ。

 これまでのところ、彼に話しかけてきた存在はいないが。


 思考のかなりの部分を自暴自棄に捧げながら、ジンは路地を駆ける。

 独り言は止めていないのだが、誰も返事をしてくれないので、最早一挙手一投足全てが空しい。

 そもそもこの路地で、ジンは誰とも出会わなかった。


 ──また、誰も来なかったな。本当にこれで来るのかよ、犯人……。


 そんなことを考え、路地から出ようとした時だ。




 ……ジンの背中に、何かが触れた。

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