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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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十話

「やあ、大将!実はこの度、転生局の一等職員に昇進したんだ!昇進祝いに、何かくれないか?」


「そこのお嬢さん!実はこの度、転生局の一等職員に昇格して、俺は気分がいいんだ!このプレゼントを受け取ってくれ!」


「いいか、転生局の一等職員だぞ!転生局の一等職員になったんだぞ!」


 ──何やっているんだろう、俺は……。


 今までの人生で経験がない程の明るさで、ジンは道行く人々に声をかけていく。

 悲しい程に冷めた内心を置き去りにして、だが。


 ジンに声をかけられた人々の反応は様々だ。

 怯える人。

 ひきつった笑いを浮かべる人。


 何か、可哀想なものを見る目で見てくる人。

 素直に祝いの言葉を返してくる人間は、まずいない。


 断っておくが、これらの文言は全て演技である。

 ジンの本心のわけがない。

 彼はただ、やけくそになりながら演技をしているのだ。


 問題は、これから行うかもしれない仕事の都合上、ジンが一切酒を飲んでいないことと、まだ時刻は十五時である、と言う二点。

 真昼間に酔ってもいない若者がわめいている、と言う状況は、余りにも奇天烈すぎた。

 どうも、ジンと鏖殺人が想定した「突然の昇進に浮かれ、街に繰り出した一等職員の演技」ではなく、「病院を脱走した、心の病を抱える患者の演技」になっているような気もする。


「これで犯人がおびき出されなかったら、俺は泣くぞ……」


 心の内ではすでに泣いておきながら、ジンはそんなことをぼやく。

 もちろん、近くいるかもしれない犯人に聞こえないよう、小声で。

 それと同時に、ジンの脳裏には、この命令をしてきた時の鏖殺人の様子が浮かび上がってきた。







 鏖殺人がこの演技をするように指示をしてきた時、ジンは反対した。

 名目上は上司になった彼に対して初めてやることが、命令の拒否というのは、それなりに無礼なことではあったが、それでも反対した。

 何しろ、役目が役目である。


「桧山ゲンゾウが次に狙うのはうちの一等職員。だが、今一等職員として働いている二人は既に中央警士局によって厳重に警戒され、桧山ゲンゾウからしても手出しをしにくいだろう。それで犯行を諦めてくれるのなら都合がいいが、これまでの執念からしてそれはあり得ないと思う」

「それで、俺を一等職員にして、街を出歩け、と?」

「ああ、武器も持たず、護衛もなしで歩き回るんだ」

「いやいやいやいや!……失礼ながら、無理があるかと」

「何故だ?」


 鏖殺人に問いかけられ、一瞬ジンは言葉に詰まる。

 何も言えなかったわけではない。


 言いたいことが多すぎて、何から言えばいいのか迷ったのだ。

 結局ジンは、思いついたことから順に発言した。


「まず、昼間から昇進したことを周囲の人間に言いふらす一等職員と言うのは、不審すぎます。いくら何でも、それがある種の囮であることに犯人も気が付くでしょう。もっとひどければ、ただのおかしい奴だとみなされて終わりです」

「ふむ」

「加えて、時期が変です。一等国家試験も、その合格発表も既に終わっています。年度が変わったわけでもないこの時期に昇進、と言うのは例がないわけでもないでしょうが、さすがにおかしい」

「ほお」


 とうとうと言い連ねるジンに対し、鏖殺人が普段と様子を変えない。

 本当に話を聞いているのか不安になりながら、ジンは説明を続ける。


「最後、時間の問題があります」

「時間、か」

「はい。犯人は一連の事件に、かなりの時間を注いでいます。最初に起こした事件から、次の事件を起こすまでの期間は十年。その次の事件が起こったのも、十年後です。彼は準備に時間をかけるためか、はたまた捜査を混乱させ容疑から逃れるためかはわかりませんが、一件ごとに長期間潜伏する傾向にあるようです」

「そのことは先ほど説明した」

「分かっています。つまり、つい二週間ほど前に鐘原ツバキを殺害した以上、次に事件を起こすのは長ければ十年後……短くても五年は待つのではないでしょうか。この時期にいくら狙いやすい一等職員がいたとしても、まだ殺す時期ではないと見逃される可能性がある。そもそも、未だに犯人がグリス王国内にいるかどうかさえ……」

「……君の疑問はよく分かった」


 最後まで聞き終えることなく、鏖殺人は話を打ち切った。

 その強引な姿勢に、ジンは無意識に体をこわばらせる。


「だが、幸いなことに、その疑問に対しては、ある一つの事実で答えることが出来る」

「一つの事実?」

「そうだ。これまた俺の推論になるんだが……現在桧山ゲンゾウはとある危機に直面している。そのことを考えれば、彼は復讐計画の実行を早めているはずだ。少なくとも、この時期でもグリス王国内部に潜む程度には」

「何ですか、その危機と言うのは?」


 持って回った言い回しを把握しきれず、ジンは答えを催促する。

 鏖殺人としても、別段秘匿する事柄でもなかったのか、さらりとそれを口にした。


「ああ。至極単純かつ、長い時間を重ねた者に対して共通に訪れる危機────『老い』だよ。あるいはこの場合、『老いと病気』の方が適しているかもしれないが」


 その言葉を聞いた瞬間、ジンはこの話の初期に、鏖殺人が口にしたことを思い出した。

 犯人の目星について、彼が語っていた時の言葉だ。


 ──剣豪だよ。もうかなりの年だが。


 鏖殺人は確かに、そう言っていた。

 ジンの記憶を補強するように、鏖殺人は言葉を続ける。


「記録によれば、桧山ゲンゾウは行方不明になった時点で四十歳だったらしい。二十八年前でそれだったんだから、現在の年齢は六十八歳。老齢、と言ってもいい年齢だ」

「……お言葉ですが、そのくらいの年齢であれば、まだまだ元気にしている人物は多いのではないかと。剣術など、武道を極めている人物ならば、特に」

「ああ。俺も、別段彼の剣腕が衰えているだとか、そういったことを言いたいんじゃない。事実、鐘原ツバキの殺害には成功しているからな。剣腕自体はむしろ昔よりも上達しているかもしれない」


 鏖殺人はそこで、どことなくしんみりとした口調になった。

 だがすぐに、その口調を引き締める。


「しかし、もう一つ思い出してほしい。君が言うように、彼は事件のたびに十年おきに時間を空けている。しかし、今回起こった事件とその前の時間の空白期間は、何年だった?」

「……八年、です。不思議と言えば、不思議ですが……」


 ジンとしても、気が付いていないわけではなかった。

 今回の一件のみ、事件を起こすまでの期間が短くなっている。それまで、几帳面なほどに十年刻みで動いてきたにもかかわらず、だ。

 この件について、ジンはてっきり────。


「これも何かの見立てではないか、と思っていたんですが……」

「そうかもしれない。だが、そうではないかもしれない。彼の方に、何らかの殺人を早める理由が生じた可能性、と言うのは無視できない。ここで一つ、考えてみてほしいんだが、仮に今回の事件が今までの間隔通り、十年経ってから行われていたとしたら、彼の年齢はどうなる?」

「……今から二年後に起こる計算になりますから、七十歳で事件を起こすことになりますね」

「そうだ。そしてその後、彼は見立てを完成させるために、一等職員を殺さなくてはならない。この場合、律儀に今まで通りに十年、間隔を開けたとしたら、彼の年齢はどうだ?」

「もう十年後だから、八十歳……」


 ここまで来て、ジンも鏖殺人の言いたいことが分かってきた。


「……確かに、六十代ならともかく、八十歳となると、老いが無視できなくなるでしょうね。剣の腕だって、どれだけ保っていられるか」

「そうだ。自分がどこかの時点で、何らかの病気になる可能性だってあるんだからな。だから、彼は最初から、後半になるにしたがって事件を起こすまでの間隔を短くしていくつもりだったんだと思う」

「故に、今回の事件から、そうする、と?」

「ああ。彼だって、中央警士局が転生局に勤める一等職員の警護に動いているくらいのことは気が付くだろう。そうなれば、次は何時良い機会が訪れるか分からない。しかも、彼自身は老齢で、復讐に使える時間自体は短くなっていく」

「つまり、桧山ゲンゾウは、焦っている……」

「恐らくだが、な」


 そう言って、鏖殺人は席を外し、立ち上がった。


「焦っているのなら、話は速い。粗があろうが、見え見えの囮であろうが、接触してくる可能性自体は、そう低くないはずだ。故に、君が外を歩き回るだけでも、それなりの効果はある……協力してくれるか?」


 ジンとしては、頷かざるを得なかった。








 ──鏖殺人自らが近くで見張りをしてくれるって言っていたが、本当にしているのやら。


 回想から現実に帰還し、かなり失礼なことを考えつつも、ジンはにこやかに命令を遂行する。

 シラフでこんな演技をする──もし本当に犯人が連れた時、酔っぱらっていて逃げられなかったのでは洒落にならない──というのはかなり恥ずかしかったが、それでもやると決めた以上、やめるわけにはいかなかった。


「あー、昇進できてうれしいなー。何せ、転生局の一等職員だからなー。さて、今度はどの店に行こうかなー」


 棒読みにならないように気を付けながら、ジンは敢えて人通りの少ない路地を通り、次の区画に向かう。

 囮として、犯人の付け入る隙をわざと作るためだ。

 これまでのところ、彼に話しかけてきた存在はいないが。


 思考のかなりの部分を自暴自棄に捧げながら、ジンは一人、路地を駆ける。

 一応、無力な、殺しやすい存在であることを表現するために、手をぶらぶらとさせることも忘れていないのだが、誰も見ていないのではないかと思うと、もはや一挙手一投足全てが空しい。

 実際、その路地で、ジンは誰とも出会わなかった。


 ──また、誰も来なかったな。


 そんなことを考え、路地から出ようとした時。

 ジンの背中に、「何か」が触れた。

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