九話
「暗殺って……?」
突然思わぬ方向へ飛んだ話を前に、ジンは素朴な疑問を漏らす。
「それは……先代ティタンが、異世界転生者の保護に積極的だった天司家を目障りに思って……」
語尾を濁してまごまごしていると、鏖殺人がさらりと最後の言葉を埋める。
「皆殺しにした、と言う話だ。少なくとも、桧山ゲンゾウの中ではそうなっているのだろう」
自分の父親に関する醜聞のはずだが、鏖殺人の様子は異様なほどに淡々としていた。
口調の端々からは、この話題を心底どうでもいいものと思っていることが感じられる。
「失礼だとは思いますが……そのお話の、真偽は……?」
「さあな。何しろ二十八年前の話だ。真実など知りようがない。仮説はあるが、今更桧山ゲンゾウにそれを話したところで、納得などしないだろう」
──仮説?
鏖殺人から放たれたその単語が気になり、しばしジンは動きを止める。
だが、鏖殺人はその思考を無視して、話を続けた。
「疑惑について話しておいてなんだが、重要な点は、実際に先代のティタンが天司家の人間を殺したかどうかじゃない。当時天司家に仕えていた桧山ゲンゾウが、何を考えたか、だ」
「……彼は、転生局に復讐しようとしているんですか?三十年近い年月をかけて」
「まず、間違いないだろう。過去の資料をいろいろと漁ったが、転生局に恨みがあり、三十年近く生き延びていて、剣術の達人である人物は、彼だけだった」
そこで鏖殺人は、はあ、とため息をついた。
少し、彼が苛立っているように見える。
だが、ここまで聞いた時点で、ジンはある疑問を生じさせていた。
口をつぐむ理由もないので、そのまま聞いてみる。
「桧山ゲンゾウが転生局に恨みを持っているのは分かりましたが、何故彼はこんなことをしているんでしょう?」
「何故、とは?」
「理由が分かりません。二十八年前に転生局に対して恨みを持ったなら、当時のティタンを襲えばいい。何故、こんなに時間をかけてまで、二等職員から襲っていったんですか?そもそも、本来一番狙いたかったであろう、先代ティタンは既に亡くなられていますし……」
彼の復讐は本来、彼の主人を殺した(と、彼自身が考えている)先代ティタンを殺すことで終わるのだ。
だが、一件ごとに、十年なり八年なりの時間をかけたせいで、一番憎いであろう標的は既に死んでいる。
殺された職員たちも、二十八年前に死んだ人物はともかく、八年前からつい先日に渡って殺された一・五等職員たちは、天司家に何も関わっていない人物たちだ。
何故、一番憎い対象を追わず、転生局に属しているとはいえ、全く関係ない別の職員を襲うのか──。
鏖殺人は、ジンの疑問をふんふんと頷きながら聞いていた。
やがて、それを聞き終えると、何でもないことのように語りだす。
「それについては、未だにはっきりとはわかっていない。だが、これまた仮説はある」
「聞かせてください」
間髪入れずに、ジンは声をあげた。
その様子を見て、鏖殺人はもう一度氷水を飲む。
それから、疲れたような様子で口を開いた。
「……記録に残っていない話なんだが、二十八年前、先代ティタンは一度何者かに襲撃されている。すぐに追い返したが、相手を捕まえることもできなかった、との話だ」
「ほ、本当ですか?」
異世界転生者が鏖殺人を──転生局局長を襲うことは日常茶飯事だが、普通の人間が転生局局長を襲う、と言うのは大事件である。
少なくとも、ジンは聞いたことがない。先代の頃から、転生局と言うのは恐れられる存在だったのだ。
「俺は、この襲撃者こそ桧山ゲンゾウだろう、とみている。尤も、証拠はないが。だから、ここからの話は全て、俺の妄想だ。話半分に聞いてほしい」
そう告げてから、鏖殺人はやや気取った口調で推理を始めた。
「さて────」
「天司家と言えば、元王家だ。当然、護衛たちだってかなりの誇りを持ち、当主に仕えていたはず。だから、当主たち次々と病気で倒れ、そのことに何か不審な点があるのなら、より詳しく調べようとすることは、彼らにとって当然のことだったんだろう」
「桧山ゲンゾウは、そうやって当主たちの死について調べた護衛の一人だった。ほどなくして、彼は先代ティタンが天司家に訪れた、という記録から、彼こそ当主一家を暗殺したに違いない、と思い込んだ。それが事実かどうかは知らないがね」
「そして、彼はすぐに行動に出る。先代ティタンを襲撃したんだ。タイミングは、恐らく転生憲章についての話し合いをした直後。先代ティタンがアカーシャを訪れることはなかなかなかったからな。そこを見計らい、彼は護衛として鍛え上げた剣術で復讐を果たそうとした」
「だが────彼は失敗した。何とか逃げ延びはしたものの、自慢の剣術は先代ティタンには通用しなかった。先代ティタンも、異世界転生者との戦いの中で勝ち抜いてきた人物だからな。十分、剣豪と呼べる域に達していたんだろう」
「そして、ここからが重要な部分、及び、俺の妄想になる部分なんだが……この時点で彼は、先代ティタンを殺害すること自体は、諦めたんじゃないかと思う。腐っても剣豪と呼ばれる人物だ。自分と相手の実力差を鑑みて、決して敵わないと理解したんだろう」
「だが、復讐を諦めるなんてこともしたくなかったはずだ。彼は死んだ当主への忠誠心が強い人物──そうでなくては、そもそも復讐など思いつかない──だ。何とかして、先代ティタンを殺すことはできなくとも、せめて転生局の鼻を明かすようなことをしたかった」
「そこで思いついたのが、この連続殺人だ」
「恐らく、彼は先代ティタンを殺すことはできないまでも、恐怖に怯えさせ、日常生活を送れないような状態に叩き込みたかったんだろう。それこそ、何時殺されるか分からない、とびくびく怯えるような状態に」
「故に、二等職員から少しずつ、特定の法則に従って、数え歌のように転生局員を襲っていき、連続殺人と言う状況を作った。尤も、彼自身がすぐに捕まってしまっては復讐にならないから、一つの事件ごとにある程度間隔を置き、自分に容疑が向かうことは避けられるようにした」
「ただ、余りに完璧に犯行をこなしてしまい、そもそも連続殺人だと気が付かれない、と言うのも問題だ。この連続殺人は、最終目標である転生局局長に『次は自分がこうなるかもしれない』という疑念を抱かせ、恐怖心をあおるためのものだからな。妙な話だが、ある程度は証拠を残し、推理させなくてはならない」
「だからこそ、自分の痕跡は消しつつも、死体はわざと発見させ、死因も敢えて揃えることで、見る人が見ればこれが最終的に俺、ないし生きていれば先代ティタンを狙った犯行であると気が付くようにした」
「今回の件で、病院から逃げ出した第一発見者の女性は、おそらく彼に雇われた目撃役だろう。尤も、彼女を雇う時だって、自分の素性を隠す努力はしただろうから、彼女を見つけたところで、桧山ゲンゾウに辿り着ける可能性は低いが」
「そうやって一等職員まで殺してしまい、この状況を俺たちにわざと推理させれば、『謎の剣豪に自分は狙われているようだ』と言う状況になり、標的は何時殺されるかどうかわからないという不安の中に置かれる──こうすれば、桧山ゲンゾウ自身が剣で敵わなくとも、標的に対して間接的に復讐できる」
「結果から言えば、これに時間をかけすぎたせいで、一番恐怖を与えたかったであろう先代ティタンは死んでしまったが……犯行が続いたことから見るに、先代ティタンの息子である俺も復讐対象、ということらしい」
「まあ、かなり推測が入ったが、彼の復讐計画はこんなものだろう」
鏖殺人はそこで、話は終わりだとでも言いたげに、指で机をコン、と叩いた。
同時に、ジンは酒井の言葉を脳裏によみがえらせていた。
──この手の数え歌みたいな『見立て』は普通、最後の標的を怖がらせ、炙り出すためにやるんだから。
あの言葉は正しかった。このカウントダウンは、ただただ最後の標的である鏖殺人を怖がらせるためだけに、行われていたのだ。
剣術では敵わない相手に、「次はお前だ」と言うために。
ただそれだけのために用意されたメッセンジャーとして、これまで四人もの人間が殺されたのだ。
「しかし、それが正しいのなら、この事件は次の標的──一等職員の殺害で最後になる、と?」
「そうなるな。そして同時に、こちらとしても奴を捕まえる機会は、次が最後だ。殺しに来た相手を現行犯で確保することが、一番手っ取り早いうえに確実だからな」
──だから、中央警士局も現在一等職員として働いている二名の職員を保護することに、他の業務を停止させてまで専念しているのか。
だいたいの状況が分かり、ジンは心の中で頷く。
そのせいで、僅かながら油断していたのだろうか。
次に鏖殺人が口を開いた時、ジンはその言葉の意味をしばらく理解できなかった。
「……ただ、中央警士局に任せきり、と言うのも、嫌な状況だ。次に桧山ゲンゾウがいつ動くかも、現状では分からない。だから、こちらとしても餌を撒こうと思う」
「……は?」
「だから、餌だ。桧山ゲンゾウからしても、ぜひとも殺したい、と思えるほどの……そろそろ来るはずだが」
そこまで言った瞬間、局長室の扉がコンコン、とノックされた。
「入ってくれ」
誰だろう、と思う間もなく、鏖殺人は入室を促す。
何とはなしに振り返ってみれば、入室してきたのは人事部の人間だった。その手に持っていた書類を一枚、鏖殺人に渡し、そさくさと帰っていく。
やけに素早く帰っていったな、と思う間もなく、鏖殺人は突然、その書類をジンに渡した。
「受け取れ。ここから先、必要になる」
「え……何ですか、これ?」
「読んでみろ」
言われるがままに、それに目を通して。
その一秒後に、ジンは思わず腰が抜けそうになった。
同時に悲鳴を上げそうになったが、何とか我慢をする。
その紙に書いてあったのは、簡素な一文。
「須郷ジン准士を、特例により……一等職員に、昇格す、る…………」
「そうだ。昇進おめでとう。須郷ジン一等職員」
およそ人を祝う時にはふさわしくない、酷い棒読みで鏖殺人が祝辞を述べた。
「ま、まさか、その餌って……。いや、つまるところ、囮って……」
「無論、君だ。さあ、今から街中に繰り出し、自分が一等職員であることを誇示しながら、飲み歩いてくれ。出来るだけ人目が付かないところを優先的に、な」
ジンは、今度こそ悲鳴を上げたくなった。




