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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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八話

 その場所は、ジンが良く知る本部の建物とは様相が大きく異なっていた。

 どちらかと言えば、つい昨日まで訪れていた独房の方がよく似ている。


 冷え冷えとした空気。

 黒ずんだ壁。

 一見してすぐに古いと分かる床。


 様々な憶測を込めて語られる「転生局」は、そんな場所だった。


 やけに足音が大きく響く廊下を渡り、奥の部屋へとたどり着く。

 普段ここにいるという、車椅子に乗った一等職員の少女──確か、宮野とか言ったか──の姿は見えなかった。


 現在の事件の状況からすれば、仕方ないことだろう。

 恐らく、次の連続殺人の標的の一人は、彼女なのだから。


 そんなことを考えつつ、ジンは局長室の扉を前にし、軽く扉をノックする。


「入ってくれ」


 聞こえてきた声は、昨日路上で聞いた声と同一だった。

 この状況が嘘ではないと分かり、何となくジンは安心する。

 昨日鏖殺人に会ったのは、考えれば考えるほどあり得ないことのように思われて、ついには白昼夢だったのではないか、とまで考えていたのだが。


「失礼します……」


 少しばかりの緊張と、それを凌駕する不安を抱え、ジンは扉を開ける。

 ジンをここに呼び出した人物は、果たしてそこにいた。


「……呼び出してすまなかったね。須郷ジン准士長」

「いえ……それと、自分の階級は准士です」


 左遷された時に降格したのだ。一応訂正しておく。

 尤も、特等職員である鏖殺人からすれば、准士長でも准士でも、大した差を感じないだろうが。


「そうか、では訂正しよう。須郷ジン准士。不躾で済まないが、ここに君を読んだ理由は推理できるか?」


 仮面の奥から放たれる突然の問いかけに、ジンは一瞬頭が真っ白になる。


「……どういう意味でしょうか」

「いや、大したことじゃない。殺人犯を利用してまで捜査を進める人物なら、もしかしてもう何もかも見透かしているのかもしれない、と思ってね。少し遊んでみただけだ」


 その言葉と共に青い仮面がわずかに揺れ、ジンは鏖殺人が笑っているらしい、と感じた。

 笑われるのは別に構わないが、ジンにとっては、酷く心臓に悪い遊びである。悪趣味と言ってもいい。

 彼がその「殺人犯を利用している」ことを本部に公表すれば、ジンの首は一発で飛ぶのだから。


 そう考えていると、不意に鏖殺人が机に置いた紙束を滑らせ、ジンの方に送ってきた。

 反射的にそれを受け取り、表紙を見る。


 そこには殴り書きで「アカーシャ 捜査日誌」とだけ書かれてあった。

 日付に目をやれば、ずいぶんと古い──現在から数えて十八年前である。


 そこまで確認した時点で、鏖殺人はさらにもう一冊、束ねた書類を渡してくる。

 こちらは、先に見たものよりもさらに古かった。紙は全体にわたって変色し、所々虫食いの痕も見られる。


 それでも、辛うじて「アカーシャ 捜査日誌」と、先ほどと同じことが書いてあることは読み取れた。

 だが、日付は異なる。小さな虫食いの穴に囲まれて、二十八年前の日時が書いてあった。


「これは……?」

「君が今調べている事件にまつわる捜査資料だ。読めばわかる」


 そう告げると、鏖殺人はジンを視界から外し、氷水を飲む。

 どうやら、待っているからこの資料を読め、ということらしい。

 断る理由もなく、ジンはそれらを読み始めた。




 結論から言えば、二つの資料の内容は、その両方が八年前の事件のそれとよく似ていた。

 そっくりと言ってもいい。


 どちらも、書いてあるのはとある未解決の殺人事件に関すること。

 被害者はアカーシャ国における二等職員だった老人で──死因は首の切断。

 その首が胴体に縫い合わされていた、という点は、八年前の被害者の状況と完全に同じである。


 ただ、八年前の事件と異なっている点もある。

 それは、被害者の職場での立場。


 十八年前と二十八年前に犠牲になった二名は、アカーシャ国における転生局で、二等職員として働いていた人物だが──資料を見る限り、一・五等職員ではなさそうだった。

 妙な言い方になるが、優秀と言うほどでもない、普通の二等職員だったのだろう。


 ──これが、酒井の言っていたカウントダウン。やはり、二等職員から襲われていたのか。


 未だに心の奥底ではぼやけてしまっていた推論が、今はっきりと確信に変わる。

 まず間違いなく、この二名は「見立て」のために殺されたのだ。


 死体を数える端緒として、「二」を作るために。

 最初の事件が他国で行われていた、と言うのは少々意外だったが。


 犯人は、二十八年前から十八年前にかけて、すなわち十年間かけて「二」という見立てを作った。

 そして、十年の期間を置き、八年前から現在にかけて「一・五」を作った。

 ならば、酒井の想定通り次は────。


「転生局で現在働いている一等職員は、どなたがいますか?」


 気が付けば、ジンは質問していた。

 言った瞬間、さすがに突然過ぎたか、とも思ったのだが、さして気を悪くした様子も見せずに鏖殺人は返答する。


「白縫副局長と秘書官の宮野君の二人だ。二人とも、現在は自宅待機。その自宅を中央警士が何十人と集まって警護している」


 やはり、本部もやることはやっていたようだ。

 今ジンが手にしている資料に、本部の人間も辿り着いていたのだろう。


「もう一つ、聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「この資料をあなたが持っているというということは……ティタン局長は、この件について知っていたんですか?」

「……知っていたともいえるし、知らなかったともいえる」


 鏖殺人らしくない、曖昧な返答だった。

 自然と、ジンの眉が中央に寄る。


「……どういうことです?」

「今君が持っている資料について……二十八年前から起きている、転生局員を狙った斬殺事件については、先代から引き継いだため、昔から知っていた。明日は我が身、という注意も込めてね」


 そう言いながら、鏖殺人は革の手袋に覆われた指を一つ、立てる。


「だが、そこに書いてある通り、事件はアカーシャ国内で起きており、犯人もアカーシャ国の人間だと思っていた。故に、犯人の確保はアカーシャ国の警士なり、転生局員なりが行うべきことであり、俺が関わる問題ではないと考えていた」


 今度は指が二つ、立った。


「だが、八年前の事件は、さすがに俺も関心があった。うちとの連絡員が殺されたんだからな。そこで、俺は過去の事件について中央警士局に情報提供し、彼らもこれが転生局に恨みを持つ何者か──被害者全員が転生局に絡んだ仕事をしていたんだからな──による連続殺人事件と踏んで捜査をしたが、犯人は捕まえられなかった」

「何故です?」

「恨みを持つ人間が多すぎたから、さ」


 さらりと物騒なことを告げ、鏖殺人は三本、指を立てる。


「つい二週間ほど前まで、俺がこの件について知っていることはこの三つだけだった。だが、君も発見者の一人だったらしいが、『彼女』の死体が発見され、状況は変わった」

「鐘原ツバキ……見立てについて、気が付いたんですか?」

「ああ。だが、そこで少々問題が起きてね」


 鏖殺人はそこで一度言葉を切り、椅子により深く座りなおす。

 その様子からは、ぬぐえぬ疲労が透けて見えた。


「第一発見者である女性に逃げられるわ、外れとはいえ王都の中でまた事件が起こるわで、中央警士局の怒りと焦りは頂点に達してね。よほど気が立ってるのか、一応は関係者である俺にもあまり情報を開示しなくなった。このせいで、未だに護衛されている俺の部下二人がいつ解放されるか、こちらも分からなくなった」

「それは……」


 元々本部で働いていたジンからすると、さもありなん、と言う感覚がある話である。

 どうやら、そのことを苦痛に思った鏖殺人が、何時正常業務に戻れるかを知るためにも、ある程度事件の概要を知っていながら本部に所属していない中央警士を探し、結果としてジンに声をかけた、と言うところらしい。


 ジンは、今の自分の状況に、おおよそ納得がいった。

 だが、疑問もあった。


「そもそも、犯人が異世界転生者である可能性は、ほんのわずかでもないんですか?もしその可能性があるなら、捜査に参加できるでしょう?」


 犯人が異世界転生者、と言うのは中央警士局でこそ禁句だが、転生局員が次々と襲われている今回の事件では、十分に考えられる話である。

 そして犯人が異世界転生者であれば、捜査の主役は鏖殺人になる。


 転生局局長である鏖殺人から、その発想が出てこないのは奇妙だった。

 だが、鏖殺人は即座にかぶりを振った。


「いや、この件について、犯人は異世界転生者ではなく、この世界の人間であることがはっきりしている。と言うより、犯人の目星自体はもうついている」

「へ?」


 予想外の言葉が投げかけられ、ジンは間の抜けた声を漏らす。

 さらに、これは冗談の類ではないか、と思って鏖殺人の仮面を見つめなおした。

 だが、鏖殺人は言葉を翻さなかった。


 その様子を見て、ジンは一つ、思い出す。

 先程、八年前の事件について語った時、鏖殺人は「犯人は捕まえられなかった」と発言した。


 別段、おかしな言い方ではない。だが、仮に犯人について見当もつかなかったのであれば、普通「見つからなかった」とでもいうのではないだろうか。

 つまり、「捕まえられなかった」と言うのは、「犯人は誰か分かってはいたが確保できなかった」と言う意味にとれる。


「……誰なんですか、その、犯人は」

「剣豪だよ。もうかなりの年だが」


 その声色は、何かを懐かしんでいるようだった。


「アカーシャ国の名家、天司家の護衛にかつて桧山ゲンゾウと言う人物が居てね……二十八年前から、行方不明だ」

「天司家……?」

「知らないか?旧王族だよ。伝統的にアカーシャ国の転生局を援助し、異世界転生者を保護してきたことで知られている。そして……」


 少し、間が空く。

 だが、すぐに言葉は紡がれた。


「今現在、アカーシャ国の転生局顧問をしている天司エリカを除いて、現在は一族全員が死亡している」

「それはまた、何で……」

「一応は、流行り病、とのことだ。ただし、何故か一族が全滅する直前、たびたび俺の父が……先代のティタンが天司家を訪れていた、という事実もある」


 鏖殺人はそこで、愉快そうにクク、と笑った。


「桧山とか言う護衛はこう考えたんだろう。あれは流行り病などではない、先代ティタンによる暗殺だ、と」

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