七話
最後の標的は恐らく特等職員。
その推理を聞いてすぐ、ジンは独房の外に出た。
別段、何か閃くことがあったわけではない。ただ単に、面会時間の三十分が過ぎてしまったのだ。
「今日のところは、何も聞かなかったことにします」
知り合いの刑吏は、敷地外に出ようとするジンの背中に、そんな言葉を投げかける。
何を、とは聞かない。まず間違いなく、捜査情報を酒井に漏らしたことについて、だろう。
本来なら、ジンが語り始めた時点で、刑吏はその話を遮らなくてはならない。
それをしなかったのは、知り合いとしての情だろうか。もしくは、彼も事件解決を願っているのだろうか。
結局、何も言わずにジンは外に出た。
変に彼の言葉に対応してしまえば、彼も共犯になってしまう。
無視しておけば、まだ彼の過失で済むのだ。
それと、もう一つ。
ジンには、考えなくてはならないことがあった。
「第一発見者を探しなさい、か……」
職場に徒歩で戻りつつ、ポツリと呟く。
それは、ジンの言葉ではない。
酒井が、ジンが退室する直前に囁いた言葉。
「第一発見者の女を探しなさい、あなたたち、彼女を保護したんだから、顔くらい知っているでしょう?」
何故、とは聞けなかった。
──だが、何か意味があるはずだ。あいつもそれなりにこの事件に興味があり、かつ犯人の思考を理解できたからこそ、相談に乗ってくれたわけだからな……。
連続殺人犯の言葉をあまり信じすぎるのもどうかとは思うのだが、そんな結論がジンの中で固まる。
何にせよ、一人では手詰まりだった以上、信じるしかないのだ。
──しかし、第一発見者の女性がいったい何を知っているというんだ?あの時も、ショックで碌に口がきけなくなっていた……ごく普通の女性に見えたが。
黙々と歩きつつ、ジンは熟考する。
酒井がああ言った以上、あの女性が事件と関わっているという確信があったはずだ。
だが、ジンにはなぜ彼が確信を得ることが出来たのか分からない。
ここらあたりが、酒井の言う「頭が固い」ことの所以だろうか。
──わざわざ探せって言ったということは、あの女性が犯人に繋がる何かを知っている、もしくは犯人を目撃している。だから話を聞け、ということだが……。
あり得ない、とジンは無意識に首を振る。
あの時、保護された女性は中央警士によって精神関係が専門の病院に運ばれたはずだ。
彼女が口をきけなくなっていたため、ジンたちは詳しく事情聴取を受ける羽目になったが、それは中央警士が手間を惜しんだからである。
彼女だって精神状態が改善した暁には、運ばれた病院で事情聴取を受けたはずだ。
仮に治っていなくても、筆談すればいい。
よほどの田舎ならともかく、仮にも王都にいる人間が、文字を書けないというわけでもあるまい。
つまり、仮に何か彼女が犯人について知っているなら、本部がとっくの昔にその情報を抑えているはずなのだ。
にもかかわらず、依然として犯人が捕まっていないのだから、本部が彼女に事情聴取をしても空振りだった──彼女は何も知らなかった、ということになる。
──だが、酒井はあの女性を探せと……死体をたまたま見つけただけの女性を……。
そこまで考えた瞬間だった。
ジンの脳裏に、よぎるものがあった。
──何だ?
足を止め、その閃きに全神経を集中させる。
路上で突然足を止めたジンを、通行人たちがいぶかし気に見ていたが、気にしない。
何か、思いつきそうな気がしたのだ。
やがて、その閃きを形になる。
──『たまたま』見つけた……本当に?
酒井は言っていた。
この事件を「見立て」とする考え方は間違っていない、と。
八年間かけて、二人の被害者は、「一・五」という数字を示すために殺されたのだ、と。
だとしたら、犯人が最も拘らなくてはならないことは何か。
まず考えられるのは、鐘原ツバキの体を、綺麗に両断すること。
これにしくじってしまうと、「一・五」と言う見立てにならない。「一・四」や「一・七」になってしまう。
現に、ジンの目撃した彼女の死体は、体の正中線で見事に真っ二つにされていた。
そして、もう一人の死体──「一・五」の内、「・五」を担当した鐘原ツバキのそれではなく、「一」を担当した八年前の事件の被害者の死体は、綺麗に残しておくこと。
捜査資料に書いてあったではないか。八年前に発見された死体は、首を切断されて殺されたというのに、犯人の手で首が胴体に縫い合わされていた、と。
そうしなければならなかったのだ。
わずかでも死体が欠けていれば、「一」の見立てにならないのだから。
さらに、最後に拘らなくてはならないことが、出来るだけ早く死体を発見させること。
普通、殺人犯と言うのは事態を発見されることを恐れ、隠す。
だが今回の場合、発見されないと見立てが完成しないため、出来るだけさっさと発見される必要があるのだ。
第一、中々死体が発見されず、野良犬に死体が壊されたり、死体が腐ってしまったりすると、見立てどころではなくなってしまう。
では、死体を出来るだけ早く見つけてもらうには、どうすればいいか?
一つは、出来るだけ人目の多い場所に死体を置き去りにすること。
しかし、これは当然、通行人に犯人の姿を目撃される危険性を伴う。
実際、鐘原ツバキの死体を置いてあったのは、人通りの少ない狭い路地で、しかも夜になるまで見つからなかった。
犯人は、こちらの方法を取らなかった、ということだ。
ということは、考えられる手段は────。
「ある程度人目がない場所に死体を隠し……犯人か、もしくは犯人が雇った人物にそれを見つけてもらう」
その言葉を言った瞬間、ジンの脳内は、一気に風通しが良くなった。
今まで見えなかったものが次々と見えてくる。
「そうだ、何故気が付かなかったんだ……そもそもあの女性が、誰もいるはずの無い、店と店の間の細い路地を、何のために覗き込んだのか。いかにして、死体に気が付いたか」
何のことはない。彼女は偶然見つけたわけではなかったのだ。
そこで死体を見つけること自体が、彼女の役割だった。
今思えば、一目死体を見ただけで、失語状態になって取り調べにも十分に受け答えできないというのも、少々都合がよすぎた。
恐らく、あの状態は演技。詐病の類だろう。
そして、彼女から本部が情報を得ていない──得ているのなら、ジャクがくれた情報の中に、そのことが入っていたはずだ──ということは。
「逃げたのか。警士が用意した病院から」
病院の診察を受ければ、詐病など一発で見抜かれるだろう。
それが発覚する前に、彼女は逃亡する必要があった。
送られた場所が一般の病院である以上、警士の目が届かない場面はどうしても出てくる。
逃げ出すことは難しいとはいえ、不可能ではない。
同時に、ジンは中央警士が自分たちにやけに詳しく事情聴取をして、初動捜査にまで付き合わせたのか理解する。
第一発見者であるあの女性に逃げられた以上、第二発見者である自分たちに聞くしかなかったのだ。
新聞社に対して、本部が沈黙を守っていることも、これが理由だろう。
恐らくは犯人とつながりを持つ第一発見者に逃げられたのだ。ジンが酒井の事件で起こした、尾行対象に逃げられるというミスと同等……いや、真犯人を未だ確保できていないことを考えると、ジンのそれよりも性質の悪いミスである。
情けなくて、とても認めたくないのだろう。
もちろん、犯人についての続報に乏しいということもある。
だが、始まりはあの第一発見者の逃亡だったのだ。
「だったら、うかうかしていられない……!」
恐らく、今本部は、あの第一発見者の女を血眼で捜索しているだろう。
病院の医師や送り届けた警士の話から、彼女の似顔絵でも作って、追っているのだろうか。
だが、未だに彼女が捕まっていないということは、その似顔絵はあまり本人に似ていないということだ。
仕方ないことではある。彼女は錯乱している演技をしていたため、表情が崩れて普段の顔とは形相が変わっているだろうし、現場は夜で顔が見にくかった。
そのせいで、正確な似顔絵が作られていないのだ。
だが、最初に彼女を保護したジンとジャクなら、もっと正確に彼女の顔を知っている。
あれから多少時間は立ったが、記憶は薄れていない。
この記憶が不確かになる前に、似顔絵の修正を申し出なければ……!
その時。
不意打ちで、声が降ってきた。
「腐っても、中央警士ということか。いい推理だよ」
ハッ、とジンは顔を上げる。
いつの間にか、路上に佇むジンの眼前に、一人の男性がやってきていた。
青い仮面。
特注の軍服。
長い愛刀。
小柄ながら、鍛えられた体躯。
少し前に、一番狙われそうな特等職員として、ジンが連想した人物。
転生局局長のティタン──鏖殺人。
「君は今、真実に近いところにいる。……少し、情報のすり合わせをしたくはないか?」
意外に朗らかな口調で、鏖殺人はジンに話しかける。
ジンは、気が付けば反射的に頷いていた。




