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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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五話

 今回の一件は「見立て殺人」ではないか

 ジンが、そんな妄想にすらなっていない思い付きに囚われてから、二日後。

 彼は、アカーシャ国内の大図書館、マーズ大書院を訪れていた。


「えー、お探しの資料は、これで足りると思います。他にも必要ですか?」

「いえ、多分大丈夫です。ありがとうございました」


 資料室まで案内してくれた大書院の職員──名札には糸井トモカズと書いてあった──に礼を言い、ジンは彼が運んでくれた大量の資料を前に席につく。

 ちらり、と背表紙に目をやれば、そこには十年前の日付が殴り書きで記されてあった。


「十年分の捜査資料、か」


 適当な一冊を手に取り、埃を払いながら、ひとまずパラパラと眺めてみる。

 書類の形式はさすがに異なっているが、そこには十年前の捜査風景が丹念に記されてあった。

 事件の発生、通報者、被害者、現場の状況、そして犯人の情報。


「保存義務なんてのは、役人たちの嫌がらせだと思っていたが……役にたつものだなあ」


 口から少しばかりの反省を述べつつ、ジンはそれらを読み込んでいった。




 いくら毎日暇だといっても、彼が適当な理由を付けて職務を抜け出し、こんなところに来ているのには、当然理由がある。

 二日目、ジャクと共に痛飲していた時のこと。


 「見立て」以外にも、ふと頭に思い浮かぶことがあったのである。

 正確には、思い浮かんだというよりも、既視感があった、とでも言うべきことだが。


 ──……ずっと前にも、こんな感じの殺人がなかったか?


 あれは確か、ジンが中央警士局に配属されてすぐの頃。

 配属一日目に行われるという、嫌がらせじみた面接を乗り切るために、やたらめったらテキストを漁っていた時のことだ。

 参照したテキストの中には、過去の捜査資料も含まれていた。


 それ故に生じた記憶。

 それ故に生じた既視感。


 同時に心の中に生まれていた「見立て」の件と共に、それらは無視できるものではなかった。

 結局、のんびりしていられず、ここを訪れた、と言うわけである。


 捜査資料というものは、基本的に保存義務、と言うものが存在する。

 名前の通り、例え事件が解決しても、しばらくの間資料を保存しておかなくてはならない制度のことで、中央警士局の場合は約十五年間、保存している。

 これらの保存資料は、基本的には国家理事会の敷地内に建設された倉庫の中に置かれるのが通例だ。


 だが、例外もある。

 火事になった時に備えて、大きな図書館には、捜査資料の写しを保管させてあるのだ。

 今ジンが読んでいるのは、その写しの方である。


 中央警士局で保管されている原本の方は、左遷警士が読ませてくれと言ったところで、追い返されるだけだろう。

 だがこの写しなら、身分証と、中央警士としての認識票を見せ、さらにいくつかの書類に判を押せば閲覧できる。

 既視感の正体を確かめるには、ここしかないと踏んだのだ。


 ──しかし、俺も何でこんな思い付きに従って行動しているんだか。


 連続盗難の資料を読み飛ばしながら、ジンは心中で自嘲する。

 この事件は、ジャクとの対話の中で、「流しの犯行」だと──自分たちが関われるような隙は無い、と結論づけたはずだった。


 寧ろ、納得しかねていたジャクを説得したのは、自分ではなかったか。

 だというのに、今自分は妙な妄想に囚われ、事件を洗いなおしている。


 別段、これをきっかけに本部に舞い戻りたいわけではない。

 あるいは、本部職員の鼻を明かしたいわけでもない。

 そういったことが出来るならやってみたいが、今ではどうでもいい。


 ジンはページをめくる手を止めない。

 理由は説明できない。


 ただ、ここでジャクが捜査を止めてしまえば、自分は必ず後悔する。

 そんな思いが、脳を支配していた。


 他人に聞かれたら鼻で笑い飛ばされそうな、意味もない勘任せの行動。

 だが、ジンは昔から、直感を大事にする性格だった。




「……これか?」


 事件と言うのは大小を問わなければ毎日起こっているものであり、かすかな既視感から、かつてあったはずの事件を追うジンにとって、「それ」を見つけ出すことは難しかった。

 だが、五時間近くの格闘の末、ジンは既視感の正体を見つけ出した。


「日付は八年前……刃物を用いた殺人で……未解決。現場は、王都の外れ、か」


 王都の中で起こった殺人事件で、未解決になることは珍しいことではない。人口が多い分、事件の件数自体がどうしても増えるからだ。

 母数が大きければ、いくら中央警士局が優秀だといっても、どうしても取りこぼしは出る。


 故に、これだけでは、既視感を抱くほどではない。

 むしろ、ジンの目をを引いたのは、その次の記述だった。


「犯人像は……剣術の達人か、ギロチンのような大きな刃物の所有者と推測される……?」


 脳裏に、ジャクから受け取った情報が浮かび上がる。

 体を真っ二つにされた被害者は、切断面が異様なほどに綺麗だった。

 まるで剣術の達人が一息に切断したか、ギロチンのような道具で綺麗に斬ったようだ、と。


 ──配属直後に、勉強として俺はこの資料を読んでいたんだ。だから、あの会話の中で既視感が生まれたんだ。


 納得しながら、ジンはページをめくる。

 予想通り、そこには被害者は刃物で切り付けられ死亡したが、切断面は異様に綺麗だった、と記述されてあった。


 この死体の状況は、鐘原ツバキのそれと完全に一致する。

 違う点は────。


「被害者は首を切断されていた、か」


 さすがに、こちらの方は真っ二つにはされていないようだった。尤も、このご時世に首を刈り取って殺人を行う輩がいるというのは、十分異常だが。

 そこまで考えた時点で、ジンはさらに次のページをめくってみる。


 その瞬間、目に飛び込んできた記述に、ジンは頭をぶん殴られたかのようなショックを受けた。


「被害者は、農務省の二等職員……当時主にやっていた仕事は、()()()()()()()()、だって?」


 同じだ。

 勤めている部署こそ違うものの、役目自体は鐘原ツバキと完全に一致する。


 つまり、この八年間にかけて。

 転生局との連絡員をしていた二等職員が、二名、ほぼ同じ手口で斬り殺され、しかも両方とも犯人が捕まっていない、ということである。

 子どもが見たって、これが同一犯による犯行であると分かる。


「この時に……八年前に取り逃がした犯人が、ついこの間、もう一度事件を起こしたって言うことなのか……?」


 八年間も逃げおおせていたというのに、何故?

 そもそも、転生局の連絡員に何の恨みが?

 第一、八年前はなぜ取り逃がしたんだ?


 ジンの頭を、複数の疑問がぐるぐると回る。


 混乱している本体を尻目に、ジンの手はページをめくり続ける。

 やがて、現れては消える捜査資料の中で、あることがジンの目に留まった。


「被害者の頭部は、一度切断された後、また胴体に縫いつけられ、一見して切断されていないように加工されていた……?」


 一読して、理解できずにもう一度読み、もう一度混乱する。

 どう考えても意味のない行動だ。何故、わざわざ一度斬り殺していながら、首を戻さなくてはならないのか。

 だが、もしかするとこれもまた──。


「見立て、なのか?犯人にとっては、どうしてもそうしなくてはならない理由がある、と?」


 そんなことを、ふと呟いてみる。

 だが、それ以上には思考が進まない。


 ──勇んで飛び出しておいてなんだが、この犯人は俺の理解を超えているかもしれない……。


 オーバーヒート寸前の脳が、そんな弱音をこぼす。

 尤も、殺人犯の思考を完全に理解したことなど、一度もないのだが。


 当然だろう。

 相手はどんなのっぴきならない事情があったかは知らないが、何かしらの理由で殺意に身を任せてしまった人間たちで、ジンはと言えば、他者に本気で殺意を抱いたことがない、一般人である。


 完全に理解できる方が、むしろおかしい。

 そう、理解できる方が、おかしい────。


「なら、理解できる奴は、どんな奴だ……?どんな奴なら、犯人の思考を、被害者の遺体を無意味にいじる理由を理解できる?」


 まず、犯人本人。

 あるいは、犯人のごく親しい知人。

 あるいは……。


 あるいは……。


 あるいは。

 似たような事件を起こした、別件の犯人たち。


 普段なら、一笑に付すであろう、奇抜な思考。

 どう考えてもあり得ない、異常な妄想。

 だが、この日のジンは、どうかしていた。


 


 この次の日、ジンはとある収監中の犯罪者との面会許可を取り付ける。

 その人物の名は、酒井ヒロシ。

 ジンが左遷される原因となった、中央警士連続殺害事件の犯人である。

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