四話
「それで、何か犯人に繋がりそうな情報は出てきてないのか?」
妄想を打ち切り、ジンはジャクに問いかける。
これ以上、死体の状況から得られるものはないと判断したのだ。
「期待されているところ申し訳ないが……無いなあ」
ジャクは無念そうに首をひねり、台帳をバタンと閉じる。。
「被害者はわかくして弟を養っていた。なら、金銭的に困る場面もあったはずだろう?そこ絡みはどうなんだ?」
ジャクはまず、思いついたことをそのまま行ってみる。
金銭によるトラブルで殺人に至るのは、短絡的と言えば短絡的な思考だが、経験上一番多い事例だ。
親兄弟が殺されても、復讐を決意する人間は意外と少ない。
だが、金銭面で損をした時に復讐を決意する人間は、実に多いのである。
「両親が亡くなった直後は、遠い親戚から多少援助を受けていたらしいが……二等職員としての収入で生きていけるようになってからは、援助を自ら打ち切っている。借金と言えるものはそれくらいで、金銭面の争いは特になかったようだ」
「……じゃあ、男性関係はどうだ?」
ジャクの回答を受け、ジンは更に思い付きを口にする。
女性が殺された時は、まず近くにいる男を疑え────多分に偏見が含まれている考えだが、この手の捜査では鉄則だった。
しかし、ジャクはそこでも首を横に振る。
「結婚願望は強かったらしいが、特定の相手はいなかったらしい。まあ、中央警士局の本部で連絡員をやっていたんだ。忙し過ぎて、相手を見つける暇もなかったんだろう」
「ありそうな話だ。俺たちもそんな感じだったからな」
かつての忙しい毎日を思い返し、ジンは首肯する。
元々彼氏がいたのならともかく、あの激務の中で新たな恋人を見つけることは難しいだろう。
遊びに行く時間だって、碌に確保できないのだから。
──とりあえず、金と男は無し……パッと分かるようなところでは見つかっていないんだな。
単純だが大きな事実を、ジンは脳内に刻み込む。
思えば、こんなありきたりな動機で犯人が特定できるなら、とっくの昔に本部が犯人を捕まえているはずだ。
この手の動機が見いだせなかったからこそ、本部は沈黙しており、同時にジンたちが付け入る隙が生まれているのだろう。
「とにかく、源氏tンで犯人に繋がる線は薄い。ただ手口だけは尋常じゃないっていう、変な事件なんだが……どう見る、ジン」
台帳を片付けたジャクが、試すような言い方でジンを見つめる。
その視線を受け止めつつ、ジンは考えをまとめた。
「……今の話だと、流しの犯行っぽいな」
「だよな。やっぱりそうなるか」
目の前でジャクが大きく嘆息する。
無理もない、とジンは冷静に考えた。
流しの犯行というのは、動機や理由がない無差別殺人のことだ。
偶々人を襲いたがっている人物がいて、偶然被害者を見つけて、ふと襲った。
そういう、理不尽極まりない発作的な事件である。
この場合、犯人の目安などつきようもない。
殺す側が適当に被害者を見繕ったのであって、別に被害者の知人でも何でもないので、被害者の人間関係を漁ったところで分かるはずがないのだ。
犯人は根っからの異常者かもしれないし、粋がった若者かもしれない……絶対に、絞り切れない。
要するに、流しの犯行は犯人を見つけにくいのだ。
目撃証言でもない限り、候補者すら分からない。
それでも逮捕しようと思うと、大量の人員で少しでも怪しい人物を総当たりするような人海戦術をするのが基本であり────ジンとジャクの二人では、やりようがなかった。
つまり流しの犯人だった場合、「本部を出し抜くような情報収集をして、一気に名誉挽回しよう」というのはほぼ不可能なのである。
ジャクが落ち込んでいるのは、これが理由だろう。
「……なあ、本当にそれ以外無いか?お前は昔から、同期の中でも捜査能力はトップだった。もう一つ、可能性は……」
諦め悪く、ジャクが泣きそうな顔で問いただす。
しかし、ジンの答えは一つである。
「どう言われても、今のところ最も可能性が高いのは流しの犯行だ。だからこそ、本部だって新聞社相手に情報を隠す羽目になっているんだろう」
「無差別殺人犯が王都に居たようだなんて言っても、混乱を招くだけだからか……まだ、犯人の目星すらついていないんだから、猶更だ」
「ああ。犯行の手口がやけに凝っているのは引っかかるが、それは犯人の口からきけばいい話だ。諦めよう、ジャク。この一件、俺たちが入れるような隙間はない」
話を打ち切って、ジンは崩れ落ちるジャクを尻目に水を飲む。
ジンとしても、自分が何ら捜査の力になれないことは悔しかった。
だがこの場では、かつては殺人捜査の第一線にいた者としての誇りが前面に出たのだ。
いくら何でも、私情でありもしない犯人像をでっちあげるわけにはいかない。
自分が関わっても意味が無い事件なら、関わらないのが一番のサポートである。
流しの犯人については、本部がまた捕まえるなり警戒するなりするだろう……。
──名誉挽回か……短い夢だったな。
やや寂寥感を抱きつつ、ジンは店のメニュー表を手に取った。
ジャクの様子を見るに、ここからは残念会と称した飲み会が開かれるのが目に見えている。
今のうちに、注文する料理を見ておこうと思ったのだ。
机に顔を伏せたまま落ち込んでいるジャクを無視して、ジンはペラペラとメニュー表をめくる。
ふと、ある料理の絵が目に入った。
「海洋大魚の姿見……?」
この店には何回か来たことがあるが、初めて見るメニューである。
何となく気になって、ジンは近くにいた店員を呼び止めて聞いてみた。
「これ、どんな料理ですか?」
「へ?……ああ、それですか。店長が先週から始めた料理ですよ」
気さくな性格なのか、突然話しかけられた割に店員はサクサクと答えた。
「市場で大きな魚を丸ごと買ってきましてね。いったんバラバラにしてから、頭は兜煮、お腹の方は唐揚げ、骨は骨せんべいって感じで、それぞれ別の料理にするんです。最後に、それぞれの料理を元あった部位に戻す」
「ああ、見立てるわけですね。料理を大きな魚の形に」
「まあ、見立てと言うよりは復元ですけどね。どうします?ちょっと高いですけど、頼みます?」
そう言われると、何となく断りにくい。結局、
ジンはその料理を注文した。
かしこまりましたー、と元気に叫び、店員は厨房に走っていく。
思わぬ出費になったな、と思いつつ。
何となく、ジンは自分の言葉を繰り返していた。
「……見立て、か」
何故か、その言葉だけが妙に脳裏に残る。
無意識に、それが気になっているかのように。
経験上、このようなサインは見逃すべきではないことをジンは学んでいた。
この手の感覚は、大抵はジンが無意識に何かに気づこうとしている兆候なのだ。
捜査に関わっていた頃、何度も体験した感覚である。
……どうやら自分は、何かに無意識に気づこうとしているらしい。
自ら「諦めろ」と言った事件について、自然とジンはまた考え始めていた。
──見立て、見立て……職業柄、真っ先に思いつくのは、見立て殺人だが……。
見立て殺人。
歌の歌詞の通りに人間が殺されたり、死体が何か別のものに意図的に似せられていたりする殺人……すなわち、殺人行為自体が、何かに「見立て」られる殺人のことである。
演劇や本の世界では、世界観を盛り上げるためによく使われる手口だが、現実には犯人側の手間が多すぎるためにほぼ行われない。
──だけど、この事件なら……ジャクにああ言っておいてなんだけど、意外と……。
ジンの頭の中で、何かが確信に変わっていく。
──体を半分にすることで、彼女の死体は何かに見立てられたって推理はどうだろう……だがその場合、何に見立てたんだ?




