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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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四話

「それで、何か犯人に繋がりそうな情報はないのか?」


 妄想を打ち切り、ジンはジャクに問いかける。

 これ以上は、死体の状況から得られるものはないと判断したのだ。


「期待されているところ申し訳ないが……無い、なあ」


 だが、ジャクは無念そうに首をひねり、台帳をバタンと閉じる。

 その様子からジンは、犯人については、単にジャクが調べ切れていないのではなく、中央警士局で結論を出せていないことを察した。


「被害者は弟を養う必要もあり、金銭的に困る場面もあったはずだろう?そこがらみはどうなんだ?」


 まず、ジャクは思いついたことをそのまま行ってみる。

 金銭がらみのトラブルが殺人に至ったというのは、短絡的と言えば短絡的な思考だが、経験上一番多い事例でもある。


 親兄弟が殺されても、復讐を決意する人間というのは意外に少ない。

 だが、金銭面で損をした時に、復讐を決意する人間は実に多いのだ。


「いや、両親が亡くなった直後は、遠い親戚から多少援助を受けていたらしいが、二等職員としての収入で生きていけるようになってからは、援助を自ら打ち切っている。借金と言えるものはそれくらいで、金銭面の争いは特になかったようだ」

「……じゃあ、男性関係はどうだ?」


 ジャクの回答を受け、ジンはさらに思い付きを口にする。

 女性が殺された場合はまず近くにいる男を疑え、と言うのは、多分に偏見が含まれている考えだが、実例としてかなり多い例でもある。

 だが、ジャクはそこでも首を横に振った。


「結婚願望は強かったらしいが、特定の相手はいなかったらしい。まあ、中央警士局の本部で連絡員をやっていたんだ。忙しすぎて、相手を見つける暇もなかった、と言うところだろう」

「ありそうな話だ。俺たちもそんな感じだったからな」


 以前の忙しい毎日を思い返し、ジンは首肯する。

 元々彼氏がいたのならともかく、あの激務の中で新たな恋人を見つけることは難しいだろう。遊びに行く時間だって碌に確保できないのだから。

 相手を見つけるとすれば、同僚の中央警士しかいないが、本部での職場恋愛はご法度である。それを破るような人間は、それこそ左遷ものだ。


 ──金と男は、なし、と。


 単純だが大きな事実を、ジンは脳内に刻み込む。

 尤も、こんなありきたりな動機で犯人が特定できるなら、とっくの昔に本部が犯人を捕まえているはずで、その時点でこの線はないも同然だったが。

 これらの動機ではつながりが見当たらないからこそ、本部は沈黙しており、同時にジンたちが付け入る隙が生まれるのだ。


「こんな感じで、犯人に繋がる線は薄いが、手口だけは尋常じゃないっていう、変な事件なんだが……どう見る、ジン」


 台帳を片付けたジャクが、試すような言い方でジンを見つめる。

 その視線を受け止めつつ、ジンは考えをまとめ、やがて口を開いた。


「今の話だと、流しの犯行っぽいな」

「だよな。やっぱりそうなるか」


 ジンの言葉を聞き遂げたジャクが、大きく嘆息する。

 無理もない、とジンは冷静に考えた。


 流しの犯行──すなわち、動機もなく、理由もない、無差別殺人。

 たまたま人を襲いたがっている人物がいて、その人物が偶然街中でも歩いていた被害者を見つけ、ふと襲った、と言う場合だ。


 この場合、犯人の目安などつきようもない。しいて言えば、被害者を目にした全ての人間が容疑者である。

 犯人は根っからの異常者かもしれないし、粋がった若者かもしれない。


 危険人物と言うものは、何時の時代でも一定数要るもので、ジン自身もこの手の犯行には何件か経験がある。

 そしてそのどれもが、困難な捜査だった、という記憶を、保持している。


 そもそもこの手の事件では、犯人は被害者の関係者ではないのだから、犯人像を絞り込むこと自体が難しい。

 目撃証言をもとに、犯行現場の近くに住んでいた人間や、前科のある人間を、鵜の目鷹の目でしらみつぶしに総当たりし、ようやく見つける、と言うのが定番だった。

 要するに、それだけの玉と石が混在する膨大な情報を、大量の人員でさばいていくことが必勝法となる、人海戦術が基本の捜査であり────ジンとジャクの二人ではやりようがない。


 これすなわち、先ほどジャクが言っていた「本部を出し抜くほどの情報収集をして、一気に名誉挽回」がほぼ不可能となった、ということでもある。

 ジャクが落ち込んでいるのは、これが理由だろう。


「……なあ、本当にそれ以外ないか、ジン?もう一つ何とか、可能性は……」


 諦め悪く、ジャクが泣きそうな顔で問いただすが、ジンの答えは一つである。


「どういわれても、今のところ可能性が最も高いのは、流しの犯行だ。被害者が何らかの犯罪に巻き込まれていたり、大きな恨みを買っていたのなら、そもそも本部が新聞社に情報を隠すようなことにはなっていない」

「それでもこんなことになっているのは、どうしても進展が遅くなる、流しの犯行に対する捜査だから、か……」

「ああ。犯行の手口がやけに凝っている……と言うより、異常なのは引っ掛かるが、それは犯人の口からきけばいい話だ。諦めろ、ジャク。この一件、俺たちが入れるような隙間はない」


 ぴしゃり、と話を打ち切って、ジンは崩れ落ちるジャクを尻目に水を飲む。

 ジンとしても、自分が何ら捜査の力になれないことは悔しかったが、この場では、元々捜査の第一線にいたものとしての誇りが前面に出た。

 いくら何でも、私情でありもしない犯人像をでっちあげるわけにはいかない。


 ──名誉挽回か……。短い夢だったな。


 やや寂寥感を抱きつつ、ジンは店のメニュー表を手に取る。

 ジャクの様子を見るに、このまま一時間足らずで終わった二人きりの捜査に対して、残念会と称した飲み会が開かれるのは目に見えている。

 今のうちに、注文する料理を見ておこうと思ったのだ。


 机に顔を伏せたまま、ああ、だのうう、だの言い連ねるジャクを無視して、ジンはペラペラとメニュー表をめくる。

 その時、ふとある料理の絵が目に入った。


「海洋大魚の姿見……?」


 この店には何回か来たことがあるが、初めて見るメニューである。

 何となく気になって、ジンは近くにいた店員を呼び止めて聞いてみた。


「これ、どんな料理ですか?」

「へ?……ああ、それですか。店長が先週から始めた料理ですよ」


 気さくな性格なのか、突然話しかけられたわりに店員はサクサクと答えた。


「市場で大きな魚を丸ごと買ってきましてね。いったんばらばらにしてから、頭は兜煮、お腹の方は唐揚げ、骨は骨せんべいって感じで、それぞれ別の料理にするんです。それで最後に、それぞれの料理を元あった部位に戻す」

「ああ、見立てるわけですね。料理を大きな魚の形に」

「まあ、見立てと言うよりは復元ですけどね。どうします?ちょっと高いですけど、頼みます?」


 そう言われると、何となく断りにくい。結局、ジンはその料理を注文した。

 かしこまりましたー、と元気に叫び、店員は厨房に走っていく。

 それを見ながら、ジンは不意に、先ほど自分が口にした言葉をもう一度呟いた。


「……見立て、か」


 何でもない言葉であるはずなのに、何故かその言葉だけが妙に脳裏に残る。

 経験上、このようなサインは見逃すべきではない、とジンは学んでいた。


 これは、ジンが無意識に何かに気づこうとしている兆候なのだ。

 捜査に関わっていたころ、何度も体験した感覚である。


 ──見立て、見立て……職業柄、真っ先に思いつくのは、見立て殺人だが……。


 見立て殺人──童謡の通りに人間が殺されたり、死体が何か別のものに意図的に似せられていたりする殺人、すなわち殺人行為自体が何かに「見立て」られる殺人のことである。

 演劇や本の世界では、異常殺人の一例として、世界観を盛り上げるためによく使われる手口だが、現実には犯人側の手間が多すぎるため、まず見ることはない。


 ──だが、今回の手口は異常だ。生きたまま体を両断するなんて、明確な意思がなければ行われるはずがない。


 ジンの頭の中で、何かが確信に変わっていく。


 ──彼女の死体は、体を半分にすることで、何かに見立てられた……一体、何に?

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