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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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三話

「転生局?」


 黙って聞いていようと思っていたのだが、初っ端から現れた単語に、ジンは反応してしまう。


「何だ、知らなかったのか?ほとんど転生局の一員みたいになっていたらしいんだが……」

「いや、聞いていない。そっちの捜査官が教えてくれたのか?」


 初動捜査に同行した際、効率化のためか、ジンとジャクはそれぞれ別の場所で、別の捜査官に事情聴取を受けていた。

 新聞にほとんど情報がない以上、ジンとジャクの間に情報の格差があるとすれば、捜査官の違いから生まれたとしか考えられない。

 実際、ジャクはあっさりと首肯した。


「たまたま、担当していた捜査官が親しい後輩……いや、左遷されるまでは親しかった後輩でね。最後の方になって少し教えてくれたんだ。だから、少なくとも捜査一日目に分かった情報については、本部と同等の詳細を知っているぞ、俺は」


 そこで、ジャクはにやりと笑みを浮かべた。

 頼もしい、と褒めるべきか、本部の情報管理の甘さを嘆くべきか、ジンは判断に戸惑う。


「まあ、そこはどうでもいいだろう。続けるぞ。……えーとだな、転生局との連絡役なんて言うのは、なかなか緊張感のある仕事だが、彼女はうまくこなしていたらしい。彼女を知っている本部の人間に聞けば、仕事は真面目で人柄もよく、同僚たちからは好かれていたんだとか」

「まあ、事情聴取された人間はだいたいそう言うけどな」


 いくら何でも、死人を悪し様に罵ることは外聞が悪い、という判断が働くのだろう。どんなに人間の屑のような被害者であっても、あまり悪く言われないことすらある。


「いや、それなんだが、駆け付けた同僚たちの話では、本当に周囲から好かれていた人物らしい。実際、現場に来た女性捜査官が泣きだして、家に帰される、なんてことも起こっていた」

「へえ……」


 身内であるジンが言うのもなんだが、中央警士と言うのはプライドが高く、あまり周囲から好かれない人物が多いため、この報告は意外だった。

 生前に会ってみたかったな、という思いが、ジンの脳裏を掠める。


 いや、実際には会ったことがあるのかもしれない。左遷前は張り込みに次ぐ張り込みで、本部にはあまり帰っていなかったが、連絡員とすれ違うくらいはあっただろう。

 そんなジンは感傷は当然無視され、ジャクは情報を並べていく。


「家族の方を言うぞ。まず、両親は既に亡くなっている。今生きている家族は弟だけだ。事件初日には姿を見せなかったが、どうやら今はどこぞの大学校に通っているらしい」

「今弟が学生と言うことは、彼女は弟を扶養していたんだな?」

「ああ。何でも、丁度彼女が就職したころ、両親が事故で死んだそうだ。それ以来、弟の親代わりとして働いていたという話だ。一等職員になれるくらい頭が良かったのに、二等職員のままでいたのは、そこらの事情が関係しているんだろう、と言っていた」

「一等職員になるための勉強だって、無料でもないからな。テキスト代は結構高くつく。……しかし、苦労している人物なんだな」

「ああ。ついこの間、ようやく弟が大学校を卒業して、就職するめどが立ったらしい。やっと好きにやれるって張り切っていたとか」


 だがその矢先、彼女は殺されることになる。

 残された弟は、何を思っているのだろうか。

 警士になってから、ずいぶんと人の死には慣れたつもりでいたが、それでもジンはなんとなくやるせない気持ちになった。


「ありがとう、被害者のことは大体わかった。次に、死体の状況は?」

「分かった。ちょっと待て」


 そう言いつつ、ジャクは台帳のページをめくる。

 手書きのメモが何枚も張り付けられているところを見るに、ここから先はこの一週間で彼が個人的に調べた内容になるのだろう。


「まず、分かり切っていることだが、彼女の死体は体を真っ二つにされていた。現場に残っていたのは、右半身の方だな。残った左半身の方は、まだ見つかっていない」

「どこか人目のつかないところに埋められているのか、はたまた未だに犯人が持っているのか……」

「分からん。あと、さっき死体の切断、と言ったが……」


 そこで、急にジャクは顔を寄せ、さらに声も潜めた。


「どうやら、死んでから真っ二つにされたんじゃなくて、体を切断されたこと自体が死因らしい」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 だが、数秒のうちに理解したジンは、ジャクと同様に声を潜める。


「生きたまま、何か大きな刃物で体を両断され、そのまま斬殺されたたってことか?」

「ああ。解剖すれば、そういうのも分かるらしい。……彼女の胃からは、睡眠作用のある薬草の反応もあった。彼女が睡眠薬を常用していた、という証言はないから、恐らく犯人に眠らされ、眠ったままあの世へ、と言う流れだろう」

「……尋常じゃないな。何故、体を両断する必要があったんだ?眠らせたんだから、海に落とそうが、喉を締めようが、いくらでも方法はあっただろうに」

「それも、分からん。……ただ、彼女の切断面は、驚くほど綺麗で、すっぱりと両断されていた。のこぎりを使うだとかして、無理やり切り裂いたわけじゃないらしい。よっぽど剣術が上手い人間が、一気に切断したようだって、剖検役が言っていた」

「もしくは、ギロチンのような道具を使ったか。だが、何にせよ……」


 正直な話、死体が損壊しているということ自体は警士としては驚くに値しない。

 怨恨が背景にある殺人では、良くある話だといってもいい。


 演劇の世界などでは、殺人と言うのはあっさりと行われ、被害者もすぐに死んでしまうことが多いが、実際のところ、殺人と言うのはする方にとってもされる方にとっても重労働である。

 腹を刃物で刺されても、即死しなかった被害者が痛みにのたうち回ったり、あるいは苦しさから周囲に吐瀉物をまき散らしたり。

 もしくは、犯人の方が仕損じて乱闘になり、殺人が終わった時には被害者も犯人も返り血塗れで、死体が骨折していたり、腕の一つや二つは欠けていることもある。


 だが、今回の件はそれとは違う。明らかに、非効率的なやり方で殺人が行われ、しかもそれ以上の損壊が行われていない。

 死体を両断する、というのは大事だ。それは、犯人が剣術の達人であろうと、ギロチンの持ち主であろうと変わらないだろう。

 何故、わざわざそんなことをする必要があったのか。


「……示唆的なものを感じるな。メッセージと言うか」

「やっぱり、お前もそう思うか……ただ、本部の方では、別の話もでている」

「別の話?」


 怪訝に思って聞き返せば、やや苦笑いを浮かべてジャクが返答した。


「犯人が異世界転生者だから、こんな珍妙な殺し方になったんだと、さ」


 ……これはこれは。

 ジャクにつられ、ジンも苦笑いを浮かべる。

 

 犯人が異世界転生者だ、と言うのは、中央警士局の捜査では禁句である。論外と言ってもいい。

 何故かといえば、それを言ってしまうとあらゆることが異世界転生者に結び付けられてしまうからである。


 何故犯人が見つからないのか?

 それは犯人が異世界転生者だから。


 何故被害者は奇妙な死に方をしているのか?

 それは異世界転生者が魔法を使ったから。


 何故動機が分からないのか?

 それは異世界転生者の思考が我々とは違うから。

 こんなことをしていれば、きりがない。と言うより、誤った捜査の元である。

 

 だからこそ、異世界転生者関連は転生局に任せ、中央警士局はあくまで不審死を遂げた人物の情報を、転生局に逐次提供するだけにとどまっているのだ。

 だというのに、本部で犯人は異世界転生者だ、なんて話が堂々とされているのだとすれば、それは捜査官たちが匙を投げ始めたということである。

 尤も、さすがに事件後一週間で解決を諦めるはずもないから、あくまで現場で交わされた冗談の類なのだろうが。


 ただ────。


 ──犯人が異世界転生者だとしたら、動機だけは十分だな。


 ジンは、密かにそんなことを考える。

 何しろ、被害者は転生局のサポートのようなことをしていたのだ。日々転生局に狩られ続けている異世界転生者からすれば、鏖殺人の次に恨みがある存在だろう。

 鏖殺人は強すぎて狙えないが、せめてその周囲の人間を殺して、憂さ晴らしをしたい、と言うのは、動機として成立しうる。


 刹那、ジンは幻視する。

 例の居酒屋の隣の路地で、異世界転生者が魔法を発動する瞬間を。


 発動した魔法は、音もせずに鐘原ツバキに迫り、見えない刃が彼女の体を両断する。

 そして、彼女の左半身を抱えた異世界転生者は、夜の街へ跳躍する────。


 愚にもつかない思考だと理解していながら、ジンはその光景を想像し続けた。

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