二話
────時間は大きく飛んで、死体発見から一週間後。
「何か飲むか?」
「いや、いい……素面で話をした方がいいだろう」
ジンがすげなく断ると、ジャクはそうかと呟いた。
彼の方も、本気で酒を飲もうと思っていた訳ではないのだろう。
この店に来た時から、大きな台帳を机の上に乗せていることからもそれが分かる。
台帳────捜査資料が書き写された、機密資料。
二人の間には、それが置かれていた。
今のように二人で飲んでいた中で、体を真っ二つにされた死体を発見したのが一週間前。
当然、彼らはすぐに通報をした。
現場は一応王都内だったので、すぐに中央警士が飛んで来た記憶がある。
しかし、それからが大変だった。
ジンたちを呼び寄せた悲鳴の主であり、第一発見者でもある若い女性が、いきなり支離滅裂なことを言い始めたのである。
死体を見つけたショックで混乱したのか、とても証言など出来ない錯乱状態に陥ったのだ。
結局、中央警士たちは第二発見者に当たるジンたちから事情聴取をした。
現場検証に付き合わされ、夜が明けるまで初動捜査に同行する羽目になったくらいである
それだけでも大変だったが、問題はそこではない。
ほとんど言いがかりに近いのだが────事件を境に、ジンの周囲ではある変化が起きた。
ただでさえ冷たかった周囲の視線が、さらに冷たくなってきたのである。
「だって須郷さん、事件現場のすぐ近くで飲んでいたんでしょう?だったら、事件の兆候や逃走する犯人の姿に、ちょっとは気が付かなかったんですか?中央警士なら、私生活でも注意しておくべきだと思うんですけど」
事件後に出勤した際、後輩の警士から投げかけられた言葉がこれである。
本音を言えば、「無茶を言うな」と言ったところだ。
いくら何でも、自分が飲んでいる居酒屋の隣で殺人事件が起こることを予知して対応するなど、中央警士でも不可能である。
しかし、後輩の指摘が完全に的外れな物ではないことも、また事実だった。
何しろ、王都の中で猟奇殺人事件が起こっていたにも関わらず、仮にも警士である自分たちが隣でずっと飲んだくれていたのである。
身内に厳しい中央警士局では、この程度のことでも攻撃対象になるのである。
既に左遷された身であるジンたちからすれば、自分たちの評価がさらに落ちていくこと自体は、別段構わない。
昇進など、既に諦めている。
しかしこれをネタに職務不適格とみなされ、懲戒免職になってしまうのは……大いに困る。
そのため、結局────。
「俺たちの手で犯人を捕まえるか、もしくは証拠集めとかで捜査に貢献して、上に働きを認めてもらうしかないんだ。俺たちが名誉挽回するにはな……そうすればまあ、今の職場の雰囲気もちょっとは変わるだろう」
「ああ、そうだな」
ジャクの言葉に、ジンは諦めたような顔で頷く。
既にこの件について伝書カラスで何度か連絡を取り合っているのだが、最初の手紙からして彼は積極的だった。
もしかすると、ジン以上に職場での風当たりが厳しく、ここで一発逆転を狙ってるのかもしれない。
だがこの場所に来ても尚、ジンは不安を感じていた。
理由は勿論、勝算が薄いように思われるからだ。
この名誉挽回の方法は、余りにも荒唐無稽すぎる。
何しろ、本部の優秀な中央警士たちが頭を捻って考えている事件の真相に、左遷された自分たちが何とか割り込もうとしているのだ。
普通に考えれば、成功するはずがない。
「そもそも、何か当てはあるのか?捜査はしたが何の成果もなく、ただただ関係者を混乱させただけでした……みたいなことになったら、それこそクビだぞ?」
不安が溢れて、ジンの唇は自然に泣き言めいたセリフを紡ぐ。
最初の手紙をもらってから、何度も何度も考えたことでもあった。
だが、ジャクはすぐに反論する。
「すぐにでも事件を解決できるような確証は、当然無い。だけど、やるしかないだろう?俺たちはほぼ第一発見者みたいなものだから、現場の状況は把握している。初期捜査に付き合わされたおかげで、事件の捜査機密も知っているんだからな」
更にジャクは、懐からあるものを取り出した。
どこかで買って来たのか、今朝の朝刊を投げ渡してきたのだ。
「……それに中央警士局本部だって、この事件では手をこまねいているみたいじゃないか。ここで俺たちが新証拠の一つでも発見すれば、かなり感謝されるはずだ」
投げ渡された新聞を、ジンはちらりと流し見る。
一面を飾るのは、交通関連の法規制が緩和されたとか言う、ジンからすればどうでもいい知らせ。
二面、三面と下って行っても、例の事件に関する情報は何も載っていなかった。
「……確かに、中央警士局も手をこまねいているみたいだな」
新聞を見て、ジンはぽつりと呟く。
王都の治安維持の要である中央警士局は、今回のような殺人事件────自分たちの警備体制が疑われるような王都内の事件について、毎回必死になって捜査を行う。
故に彼らは、捜査の経過を事細かに新聞社に伝え、掲載させるように働きかけるのが常だった。
捜査が着々と進展していることを伝え、市民を安心させるために。
市民の中に潜む犯人に対し、プレッシャーをかけるために。
そして最後に、迅速な捜査過程を示すことで、自分たちの優秀さを誇示するために……大抵はそうしているのだ。
だからこそ、この朝刊のように「事件から一週間しか経過しているのに、事件の続報が全く掲載されていない」と言うのは、非常事態なのだ。
この場合、考えられる理由はただ一つ。
捜査が大して進んでおらず、新聞社に伝えられるような情報が無いために、こうなっているのだ。
ジンたちのように現職の警士であれば、この新聞を見るだけで、例の事件が迷宮入りしかけていることが分かる。
控えめに言っても、まだまだ真相を絞り込めていないのだろう。
まさか「事件捜査は現在迷走中です」なんて書けないので、新聞各社には事件について掲載しないように指示していると見て間違いない。
「確かにこの状況なら、例え左遷された警士である俺たちからのタレコミであっても、歓迎されるかもな……」
「そうすれば、何とか悪評くらいは消すことが出来るだろう?」
調子の良いことを言いながら、ジャクは顔全体を使ってニカッと笑った。
その様子を見て、ジンは一つ溜息を吐く。
それから、なけなしの覚悟を決めて声を発した。
「分かった、分かったよ。一緒に捜査しよう。何もしないまま放置して、本当にクビになったら、それこそやりきれないもんな。それに……」
「それに、関わった事件が未解決に終わりそうになっているなんて、目覚めが悪いからな……腐っても、俺たちは中央警士だ」
委細承知している、と言った様子でジャクはその笑みを深くする。
だが次の瞬間には、自ら真剣な表情へ変貌させた。
つられて、ジンも姿勢を正す。
「まず、分かり切っていることかもしれないが、基本情報の確認から行くぞ。持ち出せるだけの資料はこっそり持ってきたから」
「そうか。なら被害者の名前と、職業、特徴……馬鹿げた問いかけだが、死因と解剖の結果も再確認しよう」
「ああ、行くぞ」
一つ頷きを返して、ジャクは手元の捜査資料を手繰る。
「被害者の名前は、鐘原ツバキ。年齢は二十七歳。中央警士局本部に勤務する二等職員で、主に他局との連絡係のようなことをやっていた……ここ最近は、転生局とのパイプ役だったそうだ」




