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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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一話

七章の語り手:グリス王国中央警士 須郷ジン

「鏖殺人の警護……ですか?」


 署長室で聞かされた仕事内容を、須郷ジンはそのまま反復した。

 一度聞き返せば、その命令が間違いだと分かるかもしれない、と期待して。

 しかし、帰ってきたのは署長の無慈悲な一言だった。


「そうだ。西支部の地方警士たちが命じられた仕事なんだが、編成の都合だか何だかで、どうしても一人足りんらしい。ま、一日二日しか続かない役目なんだ。手伝いくらいはやってくれ」

「いえ、仕事の内容は分かっています。ただ、その……」

「何だ?」

「ええと……中央警士である自分が、地方警士と同一の仕事を行うというのは、その……お言葉ながら、外聞が悪いというか」

「いいじゃないか……どうせ君、暇だろう?」


 その一言は、ジンの内臓を正確に打ち抜いた。

 心外な言葉だったからではない。

 純粋に、その通りだったからである。


「一週間もすれば、地方警士局から予定表が送られてくる。それに従いたまえ」


 それだけ言うと、ジンを差し置いて署長は署長室を出て行ってしまった。

 残されたのは、憂鬱な顔をしたジンだけである。




 ────ジンがグリス王国中央警士局に着任したのは、今から五年前のことだ。

 自分で言うのも何だが、優秀な成績での入局────率直に言えば、トップ合格での就職だった。

 ジン自身、その期待に恥じない活躍をしてきたつもりだった。

 

 しかし、人生何が起こるか分からない。

 幾つかの昇進試験にもストレートに合格して、もっと上を狙おうかと考えていた頃。

 ジンは、ある大きな失敗をした。


 簡単な任務のはずだった。

 とある殺人犯……異世界転生者の死体に触発され、その死に方を模倣して殺人を起こした連続殺人犯の尾行任務。

 相手が自分たちの同僚だということだけは変わっていたが、他はそこまで難しい任務でもなかった。


 ジンに与えられた役目は、その殺人犯をしばらく泳がしてから、殺人を行いそうになった瞬間に現行犯として取り押さえることのみ。

 鍛え抜かれた中央警士たちからすれば、簡単な任務である。

 一応、ジンの他にも仲間が応援としてついてきたが、もっと少ない人数でも十分なくらいだった。


 結果論だが……そういった気の緩みが、仕事の出来に反映されたのだろう。

 突然襲ってきた偶然に、ジンたちは対処できなかった。


 尾行中に、そこそこ大きな地震が起きたのである。


 ……言い訳を言おうと思えば、何個も考えつく。

 夜中の地震だったから、見失ってしまうのは仕方ないとか。

 震源地に近かったために、一時的にだが立っていられない程の揺れだったとか。


 しかし、どれだけ言い訳をしても────ジンたちが混乱したことで、尾行していた殺人犯を取り逃がしてしまったことには変わりがない。

 加えて逃亡した殺人犯が、別件で近くのレストランを監視していた──鏖殺人の捜査に協力していたのだ──中央警士を殺害し、連続殺人の被害者が一人増えたという事実もある。

 詰まるところ、ジンは尾行対象を見失ってしまい、そのせいで新たな殺人を追っていた相手が犯したのだ。


 殺人犯自体は、少し経ってから何とか追いついたジンたちが捕まえた。

 しかし、ジンたちの失態がそれで帳消しになるわけではなかった。


 元々、中央警士局は身内の失態にかなり厳しい組織である。

 元々は中央警士だった例の連続殺人犯の尾行に応援を呼んだのも、身内から犯罪者を出してしまったことを強く恥じていたからだろう。

 当然、殺人犯を見失って被害を拡大させたジンたちを、中央警士局の上層部は許さなかった。


 尾行メンバーの半数は、先手を打って辞表を出した。

 残り半数は諸々の事情で辞職しなかったものの、すぐさま左遷されている。

 これでも、懲戒免職になっていないだけ温情だろう。


 ジンは、左遷組の一人だった。

 同時期に両親が病気になったという知らせがあり、仕送りをする必要が生じたのだ。

 だから、辞表は出せなかった。


 再就職のあてもない以上、この時期に無職になることだけはできない。

 そのことを訴えたお陰か、懲戒免職だけは避けてもらえた。

 もっとも────左遷先では二段階降格した挙げ句、碌な仕事は回してもらえない、飼い殺しの状態となったのだが。


 上司からは軽蔑の目で見られ、同僚からは「給料泥棒」と呼ばれる。

 ついさっきだって、署長からはっきりと暇だと言われた。

 こんな毎日を過ごすようになってから、気が付けば一年以上が経っていた────。




「それで、久々に仕事が回ってきたと思えば、鏖殺人の護衛なんて言う不要な任務……しかも、地方警士とセットなわけよ」

「うわー……大変だねえ、お前も」


 ジンが愚痴を吐けば、真向かいに座る元同僚……久留(ひさとめ)ジャクは苦笑いを浮かべる。

 これまで何度も繰り返してきた光景に、ジンはふっと表情を崩した。

 場末の居酒屋では、こんな表情の方がよく似合う。


 ジャクはジンと同じように、あの事件の尾行メンバーで左遷組となった一人である。

 以前はそこまで仲が良いというわけではなかったのだが、左遷されてからは互いに親友と言っていい程に仲が良くなった。

 互いに左遷された部署が違うために、頻繁に会うことはできないが、それでも少し時間が空けば共に飲みあう間柄だ。


 ジンが署長に呼び出され、鏖殺人の護衛をするように言われた日の夜。

 偶々ジャクも時間が空いていたため、二人は安い居酒屋で酒を酌み交わしていた。


「しかし、鏖殺人に護衛なんているのか?転生局の使い走りは左遷前に何回もさせられたけど、護衛なんて仕事はさせられた記憶がないぞ?鏖殺人は一人でも強いから……」

「んー、俺もよく知らないんだが……近々、アカーシャ国からの来賓がこっちの転生局に来るらしい。それで、鏖殺人とも会談をするんだってさ。んで、鏖殺人の周囲に護衛の一人もいないのは様にならないだろうって……会談の間、警士たちは鏖殺人の近くに立って護衛するようにと言われた」

「飾りでも良いから、そこに立っておけってことか。まあ確かに、他国から来客があった時、鏖殺人が一人で待っていたら、来賓相手に準備を欠いているように見えるかもしれない」

「そういうことだ。まあ実際には、俺たち護衛全員が力を合わせても、鏖殺人には敵わないだろうけどな」

「確かに」


 そこで、ジンはグッと安酒をあおる。

 要するに、形だけの仕事なのだ。


 お偉いさんの中には、自分が他国を訪れた時、相手が仰々しく迎えてくれなければ怒ってしまう者たちが一定数要る。

 それを防ぐために、形だけでも護衛をたくさん並べておいて、仰々しい雰囲気を出す。

 ジンたちの求められるのは、その雰囲気を作るために飾りとなることだった。


 文句を言える立場にないことは、重々承知している。

 だがはっきり言って、気が乗る仕事ではなかった。


「……それよりもさ」


 酒を抱いたまま愚痴を吐いていると、不意にジャクが声を潜めた。

 表情も深刻なものに変わる。

 会話の雰囲気が変わり、ジンは表情を引き締めた。


「こんなとこでする話ではないのかもしれないが……お前、柏木の墓参り、行けたか?」

「……いや、先月も行ってきたが、柏木の母親に追い返された」

「そうか、そうだよな……」


 ジャクは苦い表情を浮かべ、ジンも表情を暗くする。

 柏木というのは、先日亡くなった同僚である。

 例の事件の犯人に────ジンたちが取り逃した連続殺人犯に殺された中央警士の名前が、柏木なのだ。


 遺族の怒りを買い、未だに墓参りすら出来ていない相手。

 その名前を思い出した瞬間に、酒の味が一切しなくなる。

 酔いで誤魔化していた罪悪感が、ジンの心の中でじわじわと広がっていった。


 この一年、いつもこうだ。

 自分たちの失態によって失われてしまった命を思い出すと、何の感情も出せなくなる。


 ……暗い記憶が蘇り、ジンとジャクは二人して無言になる。

 そのまま、彼らはしばらく無為な時間を過ごしていた。


 いつもなら、この沈黙は長く続くのが常だった。

 しかし今日に限っては、突発的にその時間は終わることになる。

 何故かと言えば────いきなり居酒屋の外から、絹を裂くような叫び声が聞こえてきたからだ。


「な、なんだ?」

「だれ……?」


 居酒屋にいた客たちが、一泊遅れて声を漏らす。

 その時にはもう、ジンとジャクは外に飛び出ていた。

 警士としての本能で、現場に向かおうとしたのである。


 動きが素早かったお陰か、悲鳴の主は案外簡単に見つかった。

 ジンたちの居た居酒屋の隣にある、細い路地。

 その入口で、若い女性が腰を抜かしていたのである。


「大丈夫ですか!?」


 声をかけたのはジャクの方が早かった。

 左遷先ではパトロールばかりしているらしいから、職業病なのだろう。

 規則通りに、現場にいた人間の安否を確認する。


「あ、あれ……」


 ジンたちに気づいた女性は、震える両手で路地の奥を指さした。

 何かあるのかと思ったジンは、女性のことをジャクに任せて路地に向かう。

 そして、一歩踏み込んだ瞬間……仕事柄慣れてしまった嫌な臭いが、まるで刃物のように鼻に突き刺さった。


 ──血の臭いだ。


 元々消えかけていた酔いが、完全に焼失する。

 この感覚を浴びて、目が覚めない警士など居ない。


 人間の内臓と血と骨が、空気を犯し続けるかような酷い悪臭。

 それが、路地の中を満たしていた。


 一度目を閉じ、気合を入れ直してもう一歩踏み込む。

 昔やった訓練のせいか、ジンの目は既に暗い路地に慣れていた。

 外から入ってくる僅かな明かりだけで、路地の中の様子が理解できるようになる。


 そして初めて見えるようになった光景に、ジンは息を呑んだ。


 路地の中央────ジンから三メートルも離れていない場所に、死体が一つ転がっている。

 分かりにくいが、恐らく若い女性だろう。

 細い肢体を、あまり華美ではない服で包んでいた。


 しかしその女性には、服装などどうでもよくなるくらい大きな特徴があった。

 彼女は……左半身を消失していたのだ。


 何かの比喩ではない。

 文字通り、そこには彼女の右半身だけが転がっていた。

 切断面からは血と内臓が溢れだし、路地を死臭で覆っている。


 左半身はこの路地にはない。

 二分割された死体の片方だけが、ポツンと転がっているのである。


 ──体を正中線で真っ二つに切断された死体……間違いない、殺人だ。


 そんな分かり切ったことを、ジンは何度も何度も確認した。

 異形の死体を前にしても、自らの意識を保つために。

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