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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
七章 鏖殺人と忠誠の士
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二話

「何か飲むか?」

「いや、いい……シラフで話をした方がいいだろう」


 ジンがすげなく断ると、ジャクはそうか、とだけ呟いた。彼とて、本気で酒を飲もうと思ったわけではないのだろう。

 この店に来た時から、台帳を机の上に乗せていることからも、それが分かる。

 台帳──捜査資料が書き写された、台帳を。


 ジンとジャクの二人が、偶然居酒屋の隣で死体を発見してから、一週間がたつ。

 普通、一週間ぶりに出会った、と言う程度では、会っていない期間が短いため、相手の顔に懐かしさなど感じないものだ。


 だが、今日ばかりは、ジンは普段と変わらぬジャクの様子に、懐かしさを感じていた。

 それもこれも、全てはあの死体のせいである。


 一週間前、ちょうど今のように二人で飲んでいた時、ジンたちは、体を真っ二つにされた死体を発見した。

 当然、職業柄、あるいは一市民の義務として、その場で中央警士局──現場は王都の外れとはいえ、中央警士の管轄下だった──に通報。


 だが、それからが大変だった。

 ジンたちを呼び寄せた悲鳴の主であり、本来第一発見者になるはずだった若い女性が、死体を見たショックで混乱したのか、支離滅裂なことを言い始めたのである。


 結局、中央警士たちは第二発見者に当たるジンたちから事情聴取をした。

 加えて、捜査の勝手を知っているのをいいことに、現場検証に付き合わされ、夜が明けるまで初動捜査に同行する羽目になった。

 

 それだけでも大変で、せっかくの余暇時間を大幅に減らされたが、問題はそれだけではない。

 ほとんど言いがかりに近いのだが──事件を境に、ただでさえ冷たかった周囲の視線が、さらに冷たくなってきたのである。

 

「だって須郷さん、事件現場のすぐ近くで飲んでいたんでしょう?少しでも、事件の兆候だとか、逃走する犯人の姿だとかに、気が付かなかったんですか?中央警士なら、私生活でも注意しておくべきだと思うんですけど」


 これは、事件後に出勤した際、後輩の警士から言われた言葉である。

 本音を言えば、無茶を言うな、と言ったところだ。いくら何でも、自分が飲んでいる居酒屋の隣で殺人事件が起こるなど、予知できるものではない。出来るとすれば、それは神通力の持ち主だけだ。


 だが、同時にあの日の自分たちの行動が、やや外聞が悪いこともまた、事実だった。

 何しろ、外れの方とは言え王都の範囲内で、遺体を半分に切断されるという猟奇殺人事件が起こっていたというのに、仮にも警士である自分たちは、その傍で酔っぱらって、ずっと飲んだくれていたのである。

 品の悪い新聞社がかぎつければ、格好の攻撃材料になりそうだ。

 

 既に左遷された身であるジンたちからすれば、自分たちの評価がさらに落ちていくのは、別段構わない。

 だが、いよいよ職務不適格とみなされ、懲戒免職になってしまうのは、大いに困る。


 そのため、結局────。


「俺たちの手で犯人を捕まえるか、もしくは証拠集めで捜査に貢献して、上に働きを認めてもらうしかないんだ。俺たちが名誉挽回するには、な」

「だな」


 ジャクの言葉に、ジンは諦めたような顔で頷く。

 ここに来るまでに、伝書カラスで何度か連絡を取り合っていたが、最初の手紙からして彼は積極的だった。

 もしかすると、ジン以上に、職場での風当たりが厳しいのかもしれない。もちろん、それだけが理由ではないだろうが。


 だが、この場所に来ても尚、ジンは不安を感じていた。

 理由はもちろん、この行動の不透明さから、だ。


 この名誉挽回の方法は、余りにも荒唐無稽すぎる。

 何しろ、本部にエリートたちが頭をひねって考えている事件の真相に、左遷された警士たちが何とか割り込もうとしているのだ。

 普通に考えて、成功するはずがない。


「……だけど、当てはあるのか?捜査はしたけど、何の成果もあげられず、ただただ関係者を混乱させただけでした、なんてことになったら、それこそ首だぞ?」


 不安があふれてしまったのか、ジンの唇は自然に泣きごとめいたセリフを紡ぐ。

 最初の手紙をもらってから、何度も何度も考えたことでもあった。


 だが、いや、だからこそ、と言うべきか。

 すぐに、ジャクは反論した。


「すぐにでも事件を解決できるような、そんな都合のいい当てなら、無い。だけど、やるしかないだろう?俺たちはほぼ第一発見者みたいなものだから状況は把握しているし、初期捜査に付き合わされたおかげで、今の閑職じゃ決して手に入らないような、捜査機密も知っている」


 そこで一度ジャクは言葉を切り、さらに懐からあるものを取り出した。


「……それに、中央警士局の本部だって、手をこまねいている最中じゃないか。情報提供くらいなら、感謝されるはずだ」


 断言と共に投げ渡された新聞を、ジンはちらりと流し見る。

 日付を見れば、今朝発行された朝刊である。


 一面を飾るのは、交通関連の法規制が緩和されたとか言う、ジンからすればどうでもいい知らせ。

 二面、三面と下って行っても、掲載されているのは政治家の汚職疑惑と健康問題、さらに経済情報くらいであり、例の事件に関する情報は何も載っていなかった。


「……確かに、中央警士局も手をこまねいているみたいだな」


 その新聞を見て、ジンはぽつりと呟く。

 王都の治安維持の要であり、かつその職務を誇りに思う彼らは、今回のような殺人事件──自分たちの警備体制が疑われるような事件では、必死になって捜査を行う。

 そして彼らは、捜査の経過を必ずといっていい程、事細かに新聞社に伝え、掲載させるように働きかける。


 この行為には、三つの動機が存在する。

 一つは、捜査が着々と進展していることを伝え、市民を安心させるため。

 もう一つは、市民の中に潜む犯人に対し、プレッシャーをかけるため。


 最後の一つは、その経過を示すことで、自分たちの優秀さを誇示するためである。

 建前として使われるのが一つ目と二つ目の理由で、本音は三つ目と言ったところか。


 だからこそ、このように「事件からたったの一週間しか経っていないというのに、事件の続報が掲載されていない」と言うのは、非常事態なのだ。

 この場合、考えられる理由はただ一つ。


 捜査が進んでおらず、新聞社に伝えられるような情報が無いからだ。

 ジンたちのように現職の警士であれば、この新聞を見るだけで、例の事件が迷宮入りしかけている──そこまでいかずとも、まだまだ真相を絞り込めていないことが分かる。


「確かに、この状況なら、例え左遷された警士の口コミであっても、歓迎されるかもな」

「ああ、そうすれば、何とか悪評くらいは消すことが出来る、だろ?」


 調子のいいことを言いながら、ジャクは顔全体を使ってニカッと笑った。

 その様子を見て、ジンは一つため息をついた。

 それから、なけなしの覚悟を決めて声を発する。


「わかった、わかったよ。一緒に捜査しよう。もし何もしないままいて、本当に首になったら、それこそやりきれないもんな。それに……」

「それに、偶然とはいえ関わった事件が、未解決に終わりそうになっている、なんてのも目覚めが悪いから、だろ?わかってるって」


 委細承知している、と言った様子でジャクはその笑みを深くする。

 だが次の瞬間には、その笑みをかき消し、真剣な表情へ変貌させた。


 つられて、ジンも姿勢を正す。

 二人の表情は、左遷されて以来、長らくやってこなかった警士の表情に変わり、やがて空気も自然と張り詰める。


「まず、わかり切っていることかもしれないが、基本情報の確認から行くぞ」

「ああ、被害者の名前と、職業、特徴。……馬鹿げた問いかけだが、死因と解剖の結果も頼む」

「ああ」


 一つ頷きを返して、ジャクは手元の捜査資料を手繰る。

 無論、閑職に回されている最中の彼が、本物の捜査資料など持っているはずもない。


 ここにあるのは、事情聴取と初期捜査の中で知りえた情報と、辛うじて新聞社に提供された情報を切り貼りしたものだ。

 本音を言えば、資料と言えるほどの価値はないが、それでも無いよりはマシだろう。

 足りない分は、聞き込みでもして賄えばいい。


「被害者の名前は、鐘原ツバキ。二十七歳。中央警士局本部に勤務する二等職員で、主に他局との連絡係のようなことをやっていた。……ここ最近は、転生局とのパイプ役、だったそうだ」

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