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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
六章 鏖殺人と漂流者たち
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九話

 ガキン、ガキン、と金属のぶつかり合う音が大樹の耳朶を打つ。

 同時に、鏖殺人と新の間で、僅かだが火花が散った。


「くそっ!何で……押し勝てない!」

「年季が違う」


 短く囁いた鏖殺人は、鍔迫り合いになった瞬間に、そっと腕を右に滑らせる。

 それだけで、新の巨体は嘘のようにあっさりと右にずれた。


 数秒の間だけだが、鏖殺人の視界はクリアになり、新の後方で動けずにいる大樹たちと目が合う。

 それを利用して、鏖殺人が足を踏み出すと。


「……させるかあ!」


 体勢を崩したままの新が、先ほどまでとは段違いの速さで斬りかかり、鏖殺人を足止めする。

 その瞳は、両目とも赤く染まっている。前回と同様、魔法を発動させたのだ。


 だが、完全に不意を突いたその一撃すら、鏖殺人は愛刀でこともなげに受け止めて見せる。

 再び、森の中に耳障りな金属音が響いた。


 それに合わせ、鏖殺人は仮面の下で薄く微笑み。

 新は頬に一つ、冷や汗を垂らす。


 大樹たちは、そんな苛烈な戦いを目の前にして、動けずにいた。

 アカーシャ国はもはや、ほんの百メートル先にまで来ている。一花の手を引きながらとはいえ、全力疾走すれば一分もしないうちに駆け込めるだろう。


 だが、鏖殺人の目を潜り抜けながら、となれば、話は変わる。

 鏖殺人が新と戦いながらも、大樹たちに注意を払い続けていることは、大樹でも感じられた。

 恐らく、大樹たちが動き出そうとした瞬間、彼は戦闘を中断してでもこちらを追ってくる。


 鏖殺人を一時的にでも行動不能にして、その隙にアカーシャ国に駆け込むのが最善なのだが、見た限り、新は依然として劣勢。

 一花は論外として、大樹も戦闘に関しては碌なサポートはできない。


 いくら魔法が使えるようになったからと言って、戦い方まで身につけたわけではないのだ。

 そうなると、唯一戦いをサポートできるのは────。


「……私が出る。二人とも、出来るだけ私から離れて」


 瑠璃そう言って小声で大樹に語り掛ける。

 さらに、その手をメガホンのようにして、戦闘中の新に呼び掛ける。


「……新!あれを使うから、離れて!」


 あれってなんだ、と大樹が疑問を言空いた瞬間には、新は大剣を放り捨て、後ろ飛びで鏖殺人から距離を取った。

 鏖殺人がそれを追うよりも早く、瑠璃は彼の元に駆け出し、さらに両目を鈍く光らせる。


 次の瞬間。


 大樹は信じられない光景に目を見張った。

 新の攻撃を余裕で捌き、体勢を崩す姿すらほとんど見せなかった鏖殺人が────その場に倒れ伏したのである。


 それも、ただ倒れただけではない。

 手や足が地面にめり込み、より深く潜ろうとしているかのように這いまわる。


 その姿は、まるで見えない何かによって地面に押さえつけられているようだった。

 さすがに平気ではないのか、鏖殺人が苦悶の声を漏らす。


「これは……」

「瑠璃の重力魔法……その対人バージョンだ」


 大樹が驚きの声を漏らすと、いつの間にか近くにまで後退してきた新が解説してくる。


「瑠璃の重力魔法は、机や椅子を運ぶだけでなく、生物に対して用いることが出来る……敵に対して、本来の何倍もの重力をかけて押しつぶすことだって出来るんだ。尤も、対象が生物の時は瑠璃自身に強い負荷がかかるから、あまり使わせたくはなかったんだが……」


 そう言いながら、新は魔法を発動させている瑠璃を心配そうに見つめる。

 つられて大樹が瑠璃に目をやれば、確かに彼女の様子は数秒前から大きく異なっていた。


 額には脂汗が浮かび、綺麗な容姿も歯を噛み締めているせいでかなり歪んでしまっている。

 新が言うところの負荷とやらに、相当身を蝕まれているのだろう。


 大樹の隣にいる一花も、久しぶりに口を閉じ、心配そうに彼女を見つめていた。

 少しずつ、正気に戻ってきているのだろうか。

 だが、大樹は一花の様子よりも、別のことに意識を向けていた。


 ──重力魔法なんて便利なものがありながら、俺たちを運んでくれなかったり、今まで鏖殺人に勝てずにいたのは、そのせいか。


 つい先日、一花が問いかけてきた疑問が氷解した。

 いますることではないと自覚しながら、大樹は一人膝を打つ。

 そんなことを考えていると、新が強い口調で語りかけてきた。


「瑠璃には悪いが、今の内だ。せめて君たちだけでもアカーシャ国に逃げ込め。出来るな?」

「出来ますけど……新さんたちは」


 どうするんですか、と聞こうとした瞬間だった。




「ハ、ハハ……ハハハハハハ!」


 突然、場違いなほどの明るい笑い声が響いた。

 それも、地に伏せたままの鏖殺人からである。


「何だ……?」

「っ!なぜ、喋ることが出来るの!重力を十倍にしているのに……」


 新と瑠璃がそれぞれ反応を返すが、それを無視して、鏖殺人は地面に向かって話しかけた。


「重力魔法……。生物以外に対しては浮遊も荷重も思いのままだが、生物に対して扱う際は、かければかけるほど術者に負担を強いる。また、範囲はある程度絞れるとはいえ、それでも対象者の付近にいる生物を巻き込んでしまう。さらに、相手を押し殺そうとするような時には、最悪負荷だけで術者が死んでしまうという欠点を持つ……従って、相手の足止めと、物質の輸送に使う異世界転生者が多い」

「……何が言いたいの?」

「何も言いたくはない、これはただの知識だ。そして、こういった知識を有している俺が……何の対策もしていないと思うのか?」


 鏖殺人が、その言葉を言い終わる、数舜前に。

 彼が言うところの「対策」は発動した。


 瑠璃の近傍に生えていた大木が、突然根元から折れ────瑠璃に直撃したのである。

 あっという間に、術者に集中を強いる重力魔法は、解除された。


 瑠璃も、新も、その光景に驚愕したが。

 たまたま戦闘の経過を観察できていた大樹は、これが何を意味するのか、すぐに理解できた。


 先ほどの、新と鏖殺人の戦い。

 魔法を発動させ、地面が割れる程の斬撃を捌く中で、鏖殺人は近くの木の幹が傷つくように誘導していたのだ。


 丁度、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 既に死んだ材木を用いている椅子や机とは違い、地面から生えている樹木は、当然ながら生きている「生物」である。


 このせいで、鏖殺人に対して通常の何倍もの重力がかけられる中で、樹木もまた負荷を受け────結果として、根元から折れてしまったのだ。

 鏖殺人の思惑通り、上手く術者のみを傷つけて。


 鏖殺人が「対策」と言った通り、効果は劇的だった。

 瞬きもしない間に、戦況は逆転する。

 先ほどまで魔法を発動させていた瑠璃が倒れ伏し、鏖殺人はゆっくりと起き上がってきた。


「……瑠璃!」


 これまで見た様子の中でも、とりわけ慌てた様子で新が飛び出す。

 だが、鏖殺人はそれすらも見越していた。


「まずはお前から、だ」


 そう言って、何でもないように、重力魔法を受けながらも手放さなかった愛刀を掲げ。

 軽く、それを振り下ろす。


 慌てていた新は、それに対応できない。

 加えて、以前の戦いで、胴体には鎧を仕込んでいることを知られてしまっていたことが、新には災いした。

 鏖殺人の刀は迷うことなく、鎧も何もない新の顔面を狙って。


 瞬きもしないうちに、新の頭が柘榴のように弾ける。


 つい数秒前まで、普通に会話をしていたそれは。

 なんだかんだ言いつつも、この五日間、大樹たちを引っ張ってくれた彼は。


 あまりにもあっさりと、死んだ。

 その頭部を、ただの血と脳味噌と骨の塊に変貌させて。


「……う、うわ、うわあああ、ああ……」


 大樹の歯がガタガタと鳴り、意識せずに声が漏れ出る。


「あ、新……」


 倒れ伏したままの瑠璃が、現実を直視できないような様子で呟く。

 それを尻目に、鏖殺人は淡々としていた。


「あまり頭の良くない男だったな。折れた大木を利用することは二度目だが……。おかげで助かったが」


 二度目、と言うのは前回の戦いで、新が複数の大木に押しつぶされ、一時身動きが取れなくなったことを指すのだろう。

 恐らく、あの時も、鏖殺人は彼の怪力を利用したのだ。


 客観的に考えれば、それは妥当な分析だったのかもしれない。

 だが、目の前で恩人を殺された瑠璃からすれば、それは死者への愚弄にしか思えなかった。

 体を締め付ける魔法の負荷も、自身のダメージも気にせず、怒りに身を委ねて瑠璃は立ち上がる。


「ゆ、許さ、ない……」

「ん?」

「よくも、新を……新をおおおおおお!」


 瑠璃の叫びに合わせるようにして、再び重力魔法が発動する。

 先程発動した魔法より、さらに強力な──もはや術者の安全を考えない程、強い負荷を与える魔法が。


 事実、鏖殺人の周囲に生えている植物たちは、魔法が発動した瞬間に増大した重力に負けて、全て粉塵と化した。

 だが────。


「……何で」


 一花の手を引いたまま、傍で呆気に取られていた大樹が呟く。

 明らかに、強力な魔法がかけられているはずであるのに、鏖殺人は様子を変えなかった。

 倒れ伏すこともなく、堂々と地に足を付け、立っている。


「言っただろう?転生局が異世界転生者を殺し続けて、百五十年近く……重力魔法なんてポピュラーな魔法に、対策をしないわけがない」

「……うるさい!潰れろ、潰れろ、潰れろ、潰れろ……」


 瑠璃が呪詛を吐くようにして魔法を強めるが、鏖殺人が気に留める様子はない。

 街角でも歩いているかのような気安さで、瑠璃のいる場所に足を向ける。


 ──あの時と同じだ。


 自分が火球を飛ばす魔法を使えるようになった時のことを、大樹は思い出す。

 あの時、自分が最初に投擲した火球は、確かに鏖殺人を撃ち抜き、ダメージを与えていた。

 だが、二発目以降は周囲の森を焼くばかりで、何故か全く効かなくなっていた。


 大樹の魔法だけではない。

 新が筋力強化の魔法を初めて使った時、鏖殺人は避けに徹していた。

 だが、次第に攻撃を受け止めるようになった。


 重力魔法もそうだ。

 最初は確かに効いていたが、二回目以降は効かなくなっている。

 明らかに──同じ魔法が二度は通用していない。


 ──無茶苦茶だ!何なんだ、この人……!本当に人間なのか?


 大樹の混乱は当然顧みられず。

 鏖殺人は、負荷のせいで動けず、案山子同然になっている瑠璃の元に、辿り着いた。


「これで、二十九人目」


 その言葉を言い終わらないうちに、瑠璃の腹部には刀が突き刺さる

 術者の死亡によって魔法は解除され、今までの圧迫の反動から、木の葉がフッと舞った。


 それに包まれるようにして、鏖殺人は進路を変える。

 大樹と一花が佇む場所に。


「残りは、二人……」


 新と瑠璃の返り血を浴びた仮面が、大樹たちを捉える。

 青い仮面に塗りたくられた血飛沫が、ちらちらと陽光を反射していた。

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