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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
六章 鏖殺人と漂流者たち
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八話

 ……やがて、大樹たちはアカーシャ国へ向けて再出発した。

 鏖殺人がどのくらいあの場に留まってくれるか分からない。

 ある程度休憩したら、すぐに動いた方がいいと判断されたのである。




「足音を立てないようにしてくれ。枝や草も折らないように」

「……鏖殺人は、それだけでも気づくから」


 大樹の前を歩く新と瑠璃が、小声で注意をしてくる。

 鏖殺人が実際に現れた以上、彼らの警戒度も上がっているのだろう。

 大樹も鏖殺人の脅威は確認しているため、無言で言われた通りのことを実行する。


 だが────。


 物音を殺して歩く大樹の隣で、ガサガサと大きな音が鳴る。

 溜め息を押し殺して振り返れば、そこには一花がぶんぶんと手を振り回している姿があった。

 それだけでなく、小声でブツブツと呟いてもいる。


「……朝礼はまだ?先生、遅いね……また二日酔いかな……ねえ、大樹君、学級委員は誰がなると思う?ねえ、大樹君ってば……」


 大樹に向かって呼びかけているものの、彼女の顔は大樹には向いていない。

 いや、どこを向いていようと、彼女はもう何も認識できないだろう。

 目を覚ましてから、一花はずっとこのような状態だった。


 今は大樹が彼女の手を引いているために、森の中を何とか歩けている。

 しかし手を放したが最後、彼女は森の奥にふらふらと進んでしまうに違いない。

 だって……鏖殺人に斬られたことと、クラスメイトたちの殺害を知ったショックで、彼女はもう壊れてしまったのだから。


 彼女が言いつけを守れていないことは自明だったが、新と瑠璃は何も言わなかった。

 言っても聞きやしない、と諦めているのだろう。

 或いは、脅されたとはいえ鏖殺人を呼びこんでしまった彼女に対し、隔意があるのかもしれない。


 大樹とて、一花を見る目は今までのそれとは異なってしまっていた。

 だが、繋いでいる手を放そうとはしない。

 最早、生きている大樹のクラスメイトは彼女だけなのだから。


 ──まあ、それでも対応はかなり難しいんだけど……。


 そう思った瞬間に、一花がまた肝を冷やす行動をする。


「授業、まだ始まらないのー?……私、呼んでこようか……せんせー!」


 大樹は慌てて、彼女の口を塞いだ。

 声が大きすぎる。

 これで鏖殺人が追い付いてしまっては、泣くに泣けない。


 ──しっかりしてくれよ、委員長……。


 未だに口をもごもごさせている一花を押しとどめながら、大樹は嘆息する。

 かつての彼女を知ってしまっているだけに、大樹はこの姿を見ていられなかった。


 この現実を受け止められない気持ちは、大樹にもよく分かる。

 大樹自身、あの虐殺を目撃してからは平静でいる訳ではない。

 自分よりも壊れてしまっている一花が隣にいるために、相対的に症状が軽くなっているだけだ。


 新たちが移動中に碌に話しかけてくれないことも、辛さを助長している。

 急いでいるのもあるのだろうが、二人して大樹たちの心情を配慮するようなことは口にしなかった。

 彼らにしても、鏖殺人にこうも直接的に追われるのは初めてなのだろう……恐怖心から、同行者に配慮するような余裕が失われているのだ。


 結果として大樹は、自分自身も恐怖で震えながら、壊れた一花の手を引き続けることになっていた。

 一秒後の自分が、本当に生きているのか確証も得られぬまま。


 ──いつまで続くんだ、こんなの……早く終わって欲しい。


 そう考えた瞬間だった。

 あまりにもあっさりと、終わりはやってきた。




 最初にそれに気が付いたのは、瑠璃だった。

 小さな肩をぶるぶると震わせ、ガクガク揺れながら前方を指さす。


「……新、あそこ!」

「うん?……あ、あれは!」


 新も何かに気づいたらしく、ポカンと口を開ける。

 意味が分からなかった大樹は、背後から小声で尋ねてみた。


「すいません、何があるんです……?」

「……石碑よ」

「石碑?」

「……アカーシャ国とグリス王国の間の国境線は、長すぎるから要所以外は警備をおいていない。だけど国境線が分からないと不便だから、所々に石碑を置いてあるの……」


 その言葉に合わせて、瑠璃は二百メートルほど前方の場所……林道の奥を指さす。

 指さされた方向を見ると、確かに大きな石碑が置いてあった。

 国境沿いにある石碑が、こうして目の前にあるということは────。


「じゃ、じゃあ、俺たちって……」

「ああ!鏖殺人から逃げ出した方向が良かった……上手い具合に、アカーシャの方向に進んでいたんだ!」

「……辿り着いた、アカーシャ国へ!」


 新と瑠璃が、自分たちが言ったことも忘れて大声で叫ぶ。

 無理はあるまい……この五日間感じ続けていた死の恐怖が、やっと和らぐのだ。

 大樹もこの瞬間だけは、クラスメイトの死も忘れて、自分たちが助かることに興奮した。


 新たちは顔を見合わせて、「グリス王国の潜入部隊になって初めて、異世界転生者をアカーシャ国に逃がすことに成功した!」とか、「これでアカーシャ国に保護させれば、そこから『人の翼』に協力してもらえる人間を養成できる!」とか叫んでいる。

 その後ろで、一花は訳が分からないような顔をしていた。


「ねえ、大樹君―?先生はー?」

「いいんだ、委員長……もう、いいんだ。もう、大丈夫だから!」

「……早く行きましょう、二人とも!」


 珍しく興奮した口調の瑠璃に引きずられて、三人はその場から駆け出す。

 一花もまた、それについていった。

 ただ希望だけで胸をいっぱいにして、精一杯に足を踏み出して────。


 ────すぐに彼らは、その足を止めることになった。




「どうせアカーシャ国に向かうんだから、追いかけるのではなく国境で張っていればいい。そう推理して先回りしたが……どうやら当たっていたらしい」




 石碑の裏に隠れていた鏖殺人が、ゆらりと身を乗り出しながらそんなことを言う。

 少し乾いた返り血のせいで、どこか赤黒くなった仮面。

 それが、森の中で不気味に輝いていた。


「大樹君……あの人、何?コスプレみたい……」


 現実逃避から帰ってこない一花が、場違いな声を漏らす。

 しかし他の三人には、彼女の言葉に対応する暇は無かった。


「鏖、殺人……!」

「……そんな、早すぎる!」


 新と瑠璃の二人が、悲鳴のような声で反応を返す。

 大樹に至っては、反応すら出来なかった。

 そんな彼らを尻目に、鏖殺人は冷静に人数を数え始める。


「一、二、三、四……よし、四人全員居るな。仲間割れでもされていたら探す手間が増えていた……感謝するよ、殺しやすい状況にしてくれて」


 大樹のクラスメイトたちを虐殺した時と同様、軽口を叩きながら鏖殺人は刀を抜く。

 その様子からは、強い覚悟は感じられなかった。

 例えるならば残業を渋々こなす大人のような、疲労感だけが漂っている。


 その様子を見た新は、苦し紛れに声を絞り出す。

 何か口にしなくては、心が押し潰されそうだったのだろう。


「あ、あの子たちを……罪も無い子どもを殺した大量殺人犯が、よくもまあ堂々と生きていられるものだな!その厚顔無恥さ、尊敬するよ!」

「……皆、良い子たちだったのに!」


 中身のない罵倒には、瑠璃も参加した。

 もちろん、鏖殺人はその言葉に何も感じ取らない。

 ただ、ポツリと反論を返した。


「違うな……彼らは決して、善良な異世界転生者などではない」

「……何でー?」


 ふらふらしたままの一花が、突然明るく問いかける。

 鏖殺人は、彼女の方をちらりと見て短く返答した。


「簡単だ。死んだ異世界転生者だけが、善良な異世界転生者だからだ……この世界は、それを前提として作られている」


 そこで、鏖殺人は一歩踏み出す。


「だから今から、俺の手で君たちを『善良な異世界転生者』にするとしよう」


 彼の言葉は、静かな森の中でよく響いた。

 そして次の瞬間、言葉を掻き消す程の金属音が響く。

 新が怒気を抑えきれぬ様子で斬りかかり、またしても鏖殺人がそれを受け止めたのだ。


 ここに、最終戦が始まった。

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