七話
鏖殺人の狂気的な宣言に対して、真っ先に反応を示したのは新だった。
「……そうか、虐殺を作業とまで言い切るのか……お前は、本当に心の底から……人間性を捨て去っているんだな!分かっていたつもりだが、分かっていなかったよ!」
「異世界転生者を擁護することが人間性だというのなら、そんなものは要らないからな。俺の職務外だ」
何でもないことのように、鏖殺人は刀を戻して切っ先を新たちに向ける。
それだけで場の空気は一変し、全員が肌のひりつきを感じた。
「残るは四人。それで、今日の仕事は終わりだ」
戦闘態勢を取りながら、鏖殺人は軽口を叩く。
彼を目の前にした新は、一層肩を怒らせて大剣を握った。
隣にいる瑠璃も、怒りに顔を歪めて重力魔法発動の準備に入る。
しかし、この場で最も激情に駆られていたのは彼らでは無かった。
一番状況に怒っていたのは────実を言えば、彼らの隣に座り込んでいた大樹だった。
鏖殺人が、クラスメイトの殺害を「作業」と言い切った瞬間……その瞬間から、大樹の体の中を今まで感じたことのない激情が駆け抜けていたのだ。
鏖殺人の姿を初めて見た時から、発露できていなかった感情たち。
押し付けられる理不尽に対する、感情の奔流。
それらが、鏖殺人の言葉を契機に外に出ようとしていた。
──……殺してやりたい……!
生まれて初めて感じる、他者に対する明確な殺意。
冗談でも、悪ふざけでも、言葉の綾でもない。
目の前の相手を一秒でも早く殺したいという、純粋な思い。
止血も叶わずに血を流し続ける一花の体を抱きしめながら、大樹は劇場と共に歯を噛み締める。
そうでもしなければ、怒りのあまり飛び出してしまいそうだった。
決して敵わないことは分かり切っているのに。
極限まで研ぎ澄まされた怒りと、その奥にある無力感。
その存在を、はっきりと自覚した時。
自然と、大樹は一花をそっと地面に置くことで距離を離して────。
次の瞬間。
大樹の体は、突然炎に包まれた。
「なっ……!」
「……!?」
「……魔法か?目覚めるのがやけに早いが、そんな事例も無くはない」
新と鏖殺人が、同時に大樹の方を向いたのが分かった。
瑠璃も声こそ出さなかったが、目を丸くしている。
当然の反応だろう……突然、近くで呆けていた少年の体が発火したのだから。
しかし、炎に包まれている大樹本人は全く驚いていなかった。
自分の体が燃え出したその時から、大樹の脳は感じ取っていたから。
これこそ────自分の「魔法」なのだと。
それ故に、大樹は次に行動に対して迷いはしなかった。
まるで昔からそのやり方を知っていたかのように、魔法の扱い方が自然に頭に入ってくる。
言語化出来るほど確かな知識ではないが、この力に目覚めた瞬間からその扱いは完璧だった。
一瞬だけ、深呼吸。
それから、周囲を彩る炎たちを、自身の前面へと移動させる。
最後に、炎たちに前進していくイメージを付与した。
これで終わりである。
大樹の胸元辺りに集まった炎──丁度、バスケットボールくらいの大きさだった──が、大樹が念じると同時に凄まじい速度で発射された。
森を焼き、空気を焼き、一直線に突き進んで────鏖殺人の腹部に直撃する。
「ぐっ……」
返り血塗れの鏖殺人が、そこで初めて体勢を崩した。
まさか大樹がここまで魔法をコントロールできるとは思っていなかったのか、火球をもろに喰らってしまったのである。
彼の軍服は瞬く間に焼けこげ、腕や足にも燃え移る。
──やった……やれるぞ!
確かな手応えに急かされるようにして、大樹はもう一度火球を作る。
先程と同じく、火球を作るのは容易だった……疲れるような感覚すらない。
もっと火が欲しいと念じたその瞬間、胸元に複数個の火球が生まれ、望む通りに動いてくれる。
「……焼き殺せぇっ!」
だから火球が前進するのに合わせて、大樹は叫んだ。
新と瑠璃が呆然としていることには気が付いていたが、今の大樹がそれに構うことはない。
生まれたばかりの殺意に合わせて、彼は魔法を撒き散らす。
そうして発動した火球たちは、大樹の期待通り、正確に鏖殺人に命中した。
次から次へと炎が殺到し、鏖殺人の体は業火に囚われる。
魔法を発動させた大樹も、それを見守っていた新と瑠璃も、鏖殺人が焼け死ぬ姿を────即死まではいかなくても、少なくとも大火傷を負う姿を予想した。
だが────。
「……えっ…………?」
最初に声を漏らしたのは、瑠璃だった。
目の前の光景を信じられず、漏れ出た声。
彼女のリアクションは、他の人間の心を代弁してもいた。
無理もないだろう。
そう反応するのが当然だ。
何せ、炎が消えた後にそこに転がっていた鏖殺人は────全くの無傷だったのだから。
焦げ跡があるのは、最初の一撃が命中した腹部のみ。
それ以外の火球は、まるで全て弾かれてしまったのかのように周囲の草木だけを燃やしていた。
火が燃え移り、軽くだが火災を発生させながら。
確かに当たったはずの攻撃が、全く効いていない。
最初の一撃が示した通り、当たれば効くはずなのに。
異常な光景に、大樹たちは思考を停止させてしまう……一体、何が起きたのか全く分からない。
そして立ちすくむ大樹たちを尻目に、鏖殺人は更なる異常な行動をとった。
「火災は不味いな……」
そうぼやいた瞬間────彼は動く。
刀の切っ先を大樹たちから燃える草木に変え、突然それらを刈り取り始めたのである。
既に発火している草は切り取って一か所に集め、燻っているものは踏み潰して火種をかき消す。
ついでに炎の近くの草は先に刈り取っておき、燃え広がらないように対策していた。
彼の手つきは、完全に森の延焼を防ぐ消防士のそれである。
異世界転生者を全て殺すと息巻いていた鏖殺人が、目の前にいる異世界転生者を無視して消火活動を行っている姿。
それは最早シュールを通り越して、不気味ですらある光景だった。
誰しも、何も言わずにその動きを見守ってしまう。
……結局、彼らが立ち直るのには、数分を有した。
「……な、何でもいい!逃げるぞ!」
新の呼びかけで、瑠璃と大樹はようやく自分を取り戻す。
彼らは鏖殺人に背を向けて、一気に駆け出した。
大樹は依然として気絶したままの一花を、瑠璃は重力魔法で浮かせた食料を運ぶようにして、素早く逃げ出していく。
……こうして、大樹たち四名は、鏖殺人からの逃亡に成功した。
彼らが逃げている最中も、鏖殺人は消火活動を止めなかった。
まるで何かに憑りつかれたかのように、彼は火を消し続けた。
煙一つ上がらなくなるまで、ずっと。
「……これで、多分大丈夫。傷が浅くてよかった。出血は大したことない」
「ありがとうございます、瑠璃さん」
切り株に座りながら、大樹は瑠璃に謝辞を述べる。
数時間後────鏖殺人が居た場所からかなり離れた、森の最奥部。
この場所に到着して初めて、瑠璃たちは一花の治療をする許可を与えてくれた。
幾分か感情が落ち着いてきた大樹としては、一花の安否が心配になってきていたので、この許可はありがたかった。
瑠璃が医療キットを持ち歩いていたことは、不幸中の幸いである。
「……因みに、貴方は大丈夫なの?」
「え、俺ですか?別にそんな、怪我なんてしてませんけど」
質問の意味が分からず、大樹が瑠璃を見つめる。
すると、瑠璃は綺麗な瞳で見つめ返してきた。
「……怪我ではなくて、魔法のことよ。今日、初めて貴方は魔法を使用した。何か、負荷や疲労はない?」
「いえ、別に……ここまで逃げて来るのに、走り回って疲れはしましたけど……」
「……そう、ならいいのだけれど」
微妙に引っかかる物言いをして、瑠璃が口をつぐむ。
聞き返そうとすると、今度は新が発言した。
「だとすると、君はとてつもない魔法の才能を持つ人間なのかもしれないな……」
腕組をしながら、新はそんなことを言う。
瑠璃よりも彼の方が質問に答えてくれそうだと感じた大樹は、そちらに顔を向けた。
「何故、そう言えるんです?」
「これまでの道中で教えたが、魔法は全ての異世界転生者がいつかは使えるようになる物だ。しかし普通、発現までには時間がかかるんだ。移動型異世界転生者の場合、魔法が発現するまでに数ヶ月はかかる。魔力が体に馴染むのには、個人差が大きいとは言え時間がかかりやすい」
「……それなのに、貴方は一週間も経たずに魔法を発現させている」
そこからは、瑠璃が説明を引き取った。
「……魔法は個人差が大きいわ。だから偶に、他の異世界転生者より魔力の量が多かったり、凄く魔法の扱いに長けている異世界転生者が現れることがある。史上最強の魔法が使えたと言われる佐藤トシオも、多分その一人。もしかすると、貴方はその類かもしれない」
「へー……」
話のスケールが壮大になったことについていけず、大樹は気の無い返事をする。
こんな風に、いきなり「君は魔法の才能がある」と言われても、正直言ってそれが何を意味するのか、よく分からなかった。
寧ろ、この時感じたのは────。
「そんなに才能があるんだったら……何でこの力は、もっと早く発現しなかったんだろう……もっと早く使えたら、こんなことには……」
大樹の言葉を聞いて、新と瑠璃は気まずそうな表情を浮かべる。
自分たちが守ると言っておきながら、みすみす生徒たちの大半を鏖殺人に殺されてしまったことが応えているのだろう。
未だに目を覚まさない一花を囲んで、三人は冷たい沈黙に身を浸した。
一方、火災現場。
最後の焼け焦げた枝がもう煙を立てていないことを確認して、鏖殺人は一息つく。
「やっと終わったか……たった数日で魔法を使ってきた彼もそうだが、イレギュラーと言うのはいつだって起こるものだな」
ブツブツ言いながら、鏖殺人は周囲を見渡した。
消火中に何か変わったことが起きていないか、一応観察しておく。
もっとも視線の先には、二十七人分の異世界転生者の死体しかなかったが。
──死体の回収は中央警士に任せるとして、残りの四人が問題だな……。
すぐに終わると思っていた作業が予定外に長期化して、鏖殺人は仮面の下でげんなりした表情を浮かべる。
そのせいか、彼は八つ当たり気味に自身の心臓の辺りをドンと叩いた。
「そんなに、異世界転生者の死体を失いたくのか?『赤い靴』は……」
自分自身に問いかけるような、囁き声。
二十七人分の死体だけが、その声を聞いていた。




