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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
六章 鏖殺人と漂流者たち
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七話

 鏖殺人の狂気の一端を示すその宣言に対して、真っ先に反応を示したのは新だった。


「……そうか。虐殺を作業とまで言い切るのか……。お前は、本当に心の底から……人間性を捨て去っているんだな!分かっていたつもりだが、分かっていなかったよ!」

「異世界転生者を擁護することが人間性だというのなら、そんなものは要らないからな」


 何でもないことのように、鏖殺人は返答した。

 さらに、おもむろに刀を元の位置に戻し、切っ先を新たちに向ける。

 それだけで、新たちと鏖殺人の間の空気は一変し、戦いに参加していない大樹ですら肌がひりつくのを感じた。


「後、四人。それで今日の仕事は終わりだ」


 戦闘態勢を取りながら、鏖殺人はそんな軽口をたたく。

 ここに至っても、彼はこの出来事を「仕事」や「作業」としか認識していないのだ。


 それを感じ取った新は、一層肩を怒らせて大剣を握る。

 隣にいる瑠璃も、怒りに顔を歪めつつ、重力魔法発動の準備に入った。


 だが、実はこの場で最も激情に駆られていたのは──状況を傍観していた大樹だった。

 鏖殺人がクラスメイト達の殺害を「作業」と言い切った瞬間。


 その瞬間から、大樹の体の中を、今まで感じたことのない激情が駆け抜けていた。

 鏖殺人の姿を初めて見た時から、確かに感じていながらも、目まぐるしく変化する状況に押しつぶされ、発露できなかった感情たち。


 押し付けられる理不尽に対する、感情の奔流。

 それらが、鏖殺人の言葉を契機に、外に出ようとしていた。


 ──……殺してやりたい……!


 多分、生まれて初めて感じる、他者に対する明確な殺意。

 冗談でも、悪ふざけでも、言葉の綾でもない、目の前の相手を一秒でも早く殺したいという、純粋な思い。


 止血も叶わず、少しずつ冷たくなっていく一花の体を抱きしめ、大樹は歯を噛み締める。

 そうでもしなければ、怒りのあまり飛び出してしまいそうだった。

 決して敵わないことは、分かり切っているというのに。


 極限まで研ぎ澄まされた怒りと、その奥にある無力感。

 その存在を、はっきりと自覚した時。


 大樹の体は、突然炎に包まれた。




「なっ……!」

「……魔法か?目覚めるのがやけに早いが……」


 新と鏖殺人が、一時的に構えを解き、同時に大樹の方を向いたのが分かった。

 瑠璃も、声こそ挙げなかったが、目を丸くしている。

 当然の反応だろう。突然、背後で呆けていた少年の体が発火したのだから。


 だが、その現象を起こしている大樹本人は、全く驚いていなかった。

 自分の体が燃え出したその時から、大樹の脳は感じ取っていた。

 これこそ────自分の「魔法」なのだ、と。


 それ故に、次に取る行動を、大樹は迷わなかった。

 まるで昔からそのやり方を知っていたかのように、魔法の扱い方が自然に頭に入っている。言語化できるほど確かな知識ではないが、発動し損なることはないだろう、という確信があった。


 周囲を彩る炎たちを、自身の前面に持っていき。

 その炎に、前進していくイメージを付与する。


 それだけで、魔法の発動には十分だった。

 大樹の胸元辺りに集まった炎──ちょうど、バスケットボールくらいの大きさだった──が、凄まじい速さで発射される。

 森を焼き、空気を焼き、一直線に突き進んで────鏖殺人の腹部にまで、それは到達した。


「ぐっ……」


 返り血塗れの鏖殺人が、そこで初めて体勢を崩した。

 まさか大樹がすぐに魔法を発動できるとは思っていなかったのか、火球をもろに喰らってしまったのである。

 腹部を覆う軍服は瞬く間に焼けこげ、腕や足にも燃え移る。


 ──やれる!


 手ごたえ、とでもいうべき感覚が大樹の脳内に広がり、それに急かされるようにして、大樹はもう一度火球を作る。

 先程と同じく、火球を作るのは容易だった。疲れるような感覚すらない。

 欲しい、と念じたその瞬間、胸元に複数個の火球が生まれる。


「……焼き殺せぇっ!」


 火球が前進するのに合わせて、大樹はため込んでいた感情を吐き出した。

 新と瑠璃が、近くで呆然としたまま佇んでいることには気が付いていたが、今の大樹がそれにかまうことはない。

 生まれたばかりの殺意に合わせて、魔法を撒き散らす。


 鏖殺人からしたら第二波となる火球たちは、大樹の期待通り、正確に鏖殺人に命中した。

 次から次へと、火炎放射のように炎が殺到し、鏖殺人の体は一瞬、業火に囚われる。

 魔法を発動させた大樹も、それを見守っていた新と瑠璃も、鏖殺人が焼け死ぬ姿を──即死まではいかなくても、少なくとも大火傷を負う姿を予想した。


 だが────。


「……えっ…………?」


 呟いたのは、瑠璃だった。

 目の前の光景を信じられず、漏れ出た声。


 無理もない。

 彼女の目に映る鏖殺人は────無傷だったのだから。


 焦げ跡があるのは、最初の一撃が命中した腹部のみ。

 それ以外の火球は、まるで当たらずに弾かれてしまったのかのように、鏖殺人の周囲の草木を燃やしていた。


 火が燃え移り、軽くだが火災を発生させながら。

 鏖殺人の服さえ、碌に焼けてはいないというのに。


 確かに当たったはずの攻撃が、そして最初の一撃が示した通り、当たれば効くはずの攻撃が、全く効いていない。

 異常な光景に、大樹たちは思考を停止させてしまう。


 そんな大樹たちを尻目に、鏖殺人はさらなる異常な行動をとった。


「不味いな……」


 一言そうぼやいた瞬間、刀の切っ先を大樹たちから燃える草木に変え、突然その草たちを刈り取り始めたのである。

 既に発火している草は切り取って一か所に集め、燻っているものは踏み潰して火種をかき消す。

 その手つきは、完全に森の延焼を防ぐ消防士のそれだった。


 異世界転生者を全て殺すと息巻いていた鏖殺人が、目の前にいる異世界転生者を無視して消火活動を行っている。

 もはやシュールを通り越して、不気味ですらある光景だった。。

 それを前にして、大樹たちは皆冷静な判断能力を失った。




 結局、彼らが立ち直るのには、数分を有した。


「……な、何でもいい!逃げるぞ!」


 新の声がしたたかに耳朶を打ち、瑠璃と大樹はようやく自分を取り戻した。

 鏖殺人と、その周囲の軽く火災が起こっている場所に背を向け、一気に駆け出す。

 その時、大樹は依然として気絶したままの一花を、瑠璃は重力魔法で浮かせた食料を運ぶことも忘れなかった。


 この珍事により、一時的にだが、大樹たち四名は、鏖殺人からの逃亡に成功する。

 そして、彼らが逃げている最中も、鏖殺人は消火活動を止めなかった。


 まるで何かに憑りつかれたかのように、彼は火を消し続けた。

 煙一つ上がらなくなるまで、ずっと。













「……これで、多分大丈夫。傷が浅くてよかった。出血は大したことない」

「ありがとうございます、瑠璃さん」


 切り株に座りながら、大樹は瑠璃に謝辞を述べる。

 鏖殺人から十キロは離れたであろう、森の最奥部。


 この場所に至って、ようやく瑠璃たちは一花の治療をする許可を与えた。

 幾分か感情が落ち着いてきた大樹としては、一花の安否が心配になってきたところだったので、この許可はありがたかった。

 瑠璃が簡単な治療器具を持ち歩いていたことは、不幸中の幸いである。


「……あなたは、大丈夫なの?」

「俺……ですか?」


 質問の意味が分からず、大樹が瑠璃を見返すと、瑠璃は綺麗な瞳で見つめ返してきた。


「……初めて、あなたは魔法を使用した。負荷はない?」

「いえ、別に……。ここまで逃げて来るのに、走り回って疲れはしましたけど……」

「……そう、なら、いいのだけれど」


 微妙に引っかかる物言いをして、瑠璃が口をつぐむ。

 さすがに聞き返そうとすると、大樹の背後から声がかけられた。


「だとすると、君は凄まじい程の魔法の才を持つ人間なのかもしれないな……」


 偵察に赴いていて、問題がなかったのか帰ってきた新である。

 どうやら答えてくれそうだ、と感じた大樹はそちらに顔を向け、質問する。


「何故です?」

「言ってなかったが、魔法と言うのは、全ての異世界転生者が使えるようになるとはいえ、使えるようになるまでに時間がかかるものなんだ。それに、君たちのような移動型の場合、魔法が発現するまでに、普通数か月はかかる」

「……それなのに、あなたは一週間もたたずに魔法を発現させている」


 そこからは、瑠璃が説明を引き取った。


「……たまに、他の異世界転生者よりも、魔力の量が多かったり、ものすごく魔法の扱いに長けている異世界転生者が現れることがある。歴史上最高の使い手と呼ばれる佐藤トシオも、多分その一人。もしかすると、君もその類かもしれない」

「へー……」


 話のスケールが壮大になったことについていけず、大樹は気の無い返事をする。

 突然「君は魔法の才能がある」と言われても、正直言ってそれが何を意味するのか、よく分からない。

 むしろ、この時感じたのは────。


「そんなに才能があるんだったら、何でこの力は、もっと早く発現しなかったんだろう……。もっと早く使えたら、こんなことには……」


 その言葉を聞いて、新と瑠璃は、はっきりと気まずそうな表情を浮かべる。

 自分たちで守ると言って置きながら、みすみす生徒たちの大半を鏖殺人に殺されてしまったことが、彼らとしても応えているのだろう。

 未だに目を覚まさない一花を囲んで、三人は冷たい沈黙に身を浸した。










































 最後の焼けこげた枝──もはや炭化していたが──がもう煙を立てていないことを確認し、鏖殺人はようやく一息つく。


「やっと終わったか……魔法を使ってきた少年もそうだが、イレギュラーと言うのはいつだって起こるものだな……」


 何度目かになるボヤキを口にしつつ、鏖殺人は周囲を見渡した。

 その目に映るのは、二十七人分の異世界転生者の死体が転がっていること以外は、平穏な森の情景である。


 ──死体の回収は中央警士に任せるとして、残りの四人が問題だな……。


 あと少しで終わりだと思っていた作業が予定外に長期化し、鏖殺人はため息をついた。

 さらに、八つ当たり気味に自身の心臓のあたりを叩く。


「そんなに異世界転生者の死体を燃やしたくないのか?『赤い靴』よ……」


 自分自身に問いかけるような、囁き声。

 その声を聴いたものは、誰もいない。

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