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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
六章 鏖殺人と漂流者たち
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五話

 初めて彼の姿を認めた時の一花と同様、大樹もまた、一瞬にして理解した。

 眼前の人物こそ、鏖殺人であると。


 そのために、鏖殺人が持つ刀がゆらり、と動いた瞬間、大樹はその刀に刺殺される自分の姿を幻視した。

 だが、現実にはその刀が目指した先は、大樹ではなく。


 気が付いた時には、音もたてず、静かに血飛沫が舞う。

 次に、パタパタパタ、と血の雫が近くの木の葉に乗っかって。

 その時、ようやく大樹は声をあげた。


「委員長!?」


 鏖殺人が最初にしたことは、自分に対して背中を向けている、一花を斬ることだった。

 大樹に対して申し訳なさそうな顔をしていた彼女は、一瞬にして体勢を崩し。

 状況を理解しないまま、駆け寄った大樹の腕の中に収まる。


「浅すぎたか」


 今しがた人を斬ったばかりとは思えない程、冷静な口調。

 大樹は、背中から血を流しながら、自分に身を預ける一花の様子をくぎ付けになっていたが、その声が鏖殺人のそれであることはすぐに知れた。

 刀の切っ先に未だ生温かい血を滴らせながら、彼がもう一度刀を振り上げたことも。


 だが、その動きはすぐに止まった。

 標的である、一花が突然に口を開いたのである。


「……な、何で……。私……だけは、大丈夫って。……約束…………」


 その一言で、大樹は彼女と鏖殺人がどのような会話を繰り広げたのか、おおよそのことを察した。

 大方、クラスメイトの居場所を教えれば、彼女だけは助けてやろう、とでも言われたのだろう。


 大樹が状況を理解するのに合わせて、鏖殺人は静かに笑った。

 覆面越しではあったが、大樹の位置からでもはっきりわかるほどに。

 そして、刀をわざわざ下ろしてまで、あっさりと口を開く。


「転生者法の三項目目では、『異世界転生者は、再誕型、移動型を問わず、グリス王国内であらゆる権利を持たない』、となっている」


 それから、傲岸不遜な態度で語りかける。


「当然、口約束を守ってもらう権利も、また、無い。……そもそも、君だって、クラスメイトを裏切ったじゃないか。俺が君を裏切らないと、どうして信じられたんだ?」


 その言葉を聞いた瞬間、一花は完全に意識を失い、全体重を大樹に預けた。

 傷の浅さから言って、死んだのではないだろう。だが、精神の方は、すでに限界に来ていたのだ。


 一花に急に寄りかかられた形になった大樹は、少し姿勢を崩す。

 それを見た鏖殺人は、二人まとめて刺し殺そうと、反射的にもう一度刀を振り上げた。


 しかし、結果から言えば、この斬撃もまた、阻まれることになる。


「……二人とも、逃げなさい!」


 突如として鋭い女性の声が鏖殺人と大樹の間を射抜き、双方の動きを止めさせる。

 誰、と考えた瞬間には、空中から「何か」が降ってきて、鏖殺人に衝突した。


 ──机、と椅子……?


 依然として失神した一花を抱えたまま、一歩も動けなかった大樹は、目の前の光景を心中で辛うじて言語化する。

 その間にも、次々と机と椅子が空中から降ってきて、鏖殺人に向かって殺到した。

 こんなことが出来るのは……。


 ──瑠璃さん?


 ここへきてようやく、大樹は状況を把握した。

 どうやら、重力魔法を扱う瑠璃が、空中で輸送していた机や椅子を後方で操作し、鏖殺人を攻撃しているらしい。


 その一秒後には、いつの間にか大樹のすぐそばにまで接近していた新の、唸るような叫び声が聞こえてきた。


「ぉぉぉぉぉうおおおおおおおおおおおお!」


 気迫に押され、大樹は一花を抱えたまま、横に移動する。

 脇にずれてすぐ、先ほどまで大樹たちが立っていたところを、大剣を抱えた新が通過した。


 静かだった森の中に、響くはずの無い金属音が反響する。

 新が突撃した勢いに任せて振り下ろした大剣を、鏖殺人が刀であっさりと受け止めたのだ。


 ぎりぎりと、金属のこすれ合う不快な音が鳴る。

 そのまま鍔迫り合いの形に持ち込みつつ、両者は口を開いた。


「……なんだ、『人の翼』の部隊長か」

「……お前はここで殺す!この俺の、名に懸けて!」

「この程度の腕前で、か?」


 そう言いながら、鏖殺人はゆっくりと両腕に力を籠める。

 たったそれだけの動作で、鍔迫り合いのバランスは変容し、新の持つ大剣が少しずつ押し返されていく。

 新とて、決して力を抜いているわけではない。だが、鏖殺人の方が腕力において、完全に新を上回っているのだ。


「『人の翼』も堕ちたものだな、この程度の奴でも部隊長……それもグリス王国内での潜入なんていう、危険任務につくか」

「……っ!俺のことは何とでも言え!だが、ここで何としてもお前は殺す!今まで散っていった仲間のために!」


 自分を奮い立たせるようにして新が叫ぶが、劣勢はどうしようもない。

 信じられない程の力で、鏖殺人は大剣を、新が振りかぶった時の位置にまで戻していく。

 少しずつ、足を進めながら。


 やがて、ほとんど互いの胴と胴が接しようか、と言うほどにまで接近したところで。

 鏖殺人は、ふっ、と力を抜き、さらに体を脇にどけた。

 当然、推し負けないように大剣に体重を預けていた新は、支えを失う形になり、倒れこそしなかったが、体勢を崩した。


 鏖殺人はその隙を見逃さず──右足でがら空きになった新の胴体を蹴り飛ばす。

 その時に響いた音も、とても人が人を蹴ったのだとは思えない、金属音だった。

 足を降ろし、今一度新から距離を取った鏖殺人は、ぼそりと呟く。


「腕が悪いわりに、良い鎧を仕込んでいるな……いや、腕が悪いから、か」

「……ほざけ!」


 姿勢を立て直した新は、そこで少しの間だけ目を閉じる。

 次に目を開いた時には、彼の両目はわずかに赤く光っていた。

 新が、彼自身の持つ「魔法」を発動したのである。


「いくぞおおおおおおおおお!」


 魔法を発動させたまま、新は再び大剣を振り上げ、鏖殺人へと向かっていく。

 その速度は、先ほどの一撃とは比べ物にならない程速い。


 だが、鏖殺人はそれをあっさりと捉え────避けた。

 大剣は空を斬り、地面へと突き刺さる。

 その余波で、森の大地にひびが入った。


「まだだああああああああああ!」


 避けられたことに対する動揺を隠し、新は今度は横薙ぎに大剣を振るう。

 新の怪力に遠心力まで加わり、直接当たらずとも、その風圧だけで枝が切断されていくほどの強烈な斬撃。


 しかし、鏖殺人はこれを予測していたのか、あっさりと避けた。

 そして、また口を開く。


「筋力強化の魔法か……これはまた、地味な魔法を」

「ほざけ!この一撃が当たれば、いくらお前でも!」


 自らを奮い立たせ、新は大剣を構える。

 そこからは、同じ展開の繰り返しとなった。


 新は魔法によって強化された斬撃を次々と放つが、鏖殺人は大した必死さも見せずにその攻撃をかわしていく。

 攻撃の余波で地面や大木が何度も割れていくが、そこに鏖殺人が巻き込まれることはない。


 一方、避け続けている鏖殺人自身も、刀こそ抜いているものの、新に攻撃はしていない。

 互いに攻撃が当たらない、という点では、先ほどの鍔迫り合いと状況は似ている。

 二人の戦闘は、一種の膠着状態に陥った。


 そしてそれを──瑠璃が崩す。


「……新、巻き込まれないでよ!」


 声が響いた瞬間には、瑠璃の攻撃は鏖殺人に届いていた。

 重力魔法によって重力を強められ、空中から落下してくる机と椅子。

 投石よりもはるかに効果のあるそれらが、鏖殺人に殺到する。

 

 ──さっきは焦っていて、浮遊を解除するしかしていなかったから、大した効果がなかった。だけどこれなら……。


 後方から魔法の操作を行う瑠璃は、密かにほほ笑む。

 仮に傷が入らなくても、隙は生まれる。

 そこを新が付けば、自分たちは勝つ。


 しかし、鏖殺人は慌てなかった。

 汗の一つも垂らさなかった。

 ただ、殺到する椅子や机の内、確実に自分に当たるであろう物を視認して。


 幾度か、鏖殺人の刀が、陽光を反射して輝いた。

 それだけで十分だった。

 二十以上あった椅子も、机も、一つとして鏖殺人に当たることはなく────ただ周囲には、切断されたそれらの残骸があった。


「凄い……」


 間近に見ていた新は、一瞬、攻撃の手を休めて呆けてしまう。

 剣士として鍛錬を積んでいた新が見惚れてしまうほど、その斬撃は正確で、美しいものだったのだ。


 後方でそれを確認した瑠璃は、少し動揺した。

 しかし、止まっているわけにもいかない。


 ──じゃあ、これなら!


 瑠璃は瞬時に意識を切り替え、机や椅子とは別のものに対して意識を向ける。

 中学生たちが異世界転生してきた時、共についてきたものの中で、最重量のもの────黒板。


 設置されていたはずの壁の残骸もついているので、重さは二百キロ近くあるだろうか。

 瑠璃の魔法によって重力が強められ、その黒板は一直線に鏖殺人に向かう。


 だが、同じことだった。

 鏖殺人は一度、刀を鞘に戻して、抜刀術の要領でそれを振るう。


 次の瞬間には、両断された黒板の残骸が、鏖殺人の両脇に墜落した。

 無論、鏖殺人本人にはかすりもしない。

 木の葉が舞い、轟音がする中、鏖殺人が語り掛ける。


「無駄だ。その程度じゃ俺は殺せない……異世界転生者は、全て殺す」






 ──……に、逃げなきゃ!


 しばらくの間、目の前で突然始まった殺し合いに呆けていた大樹だが、鏖殺人の注目が新たちに移ったことを察知し、何とか自分を取り戻す。

 考えた時には、足が動いていた。


 一花を引きずるようにはして、何とかテントの奥にまで走り抜け。

 さらに、力の限り叫んだ。


「皆逃げろおおおお!鏖殺人が来たあ!」


 そこで一度、恐怖から喉を詰まらせ。

 それでも、躊躇いを振り払う。


「俺たちを殺しに来たんだあああ!皆逃げろおおおおおお!」

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