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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
六章 鏖殺人と漂流者たち
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二話

「鏖殺人ってさ、本当にいるのかな?」


 湧き水を汲んでいる最中に、突然声が聞こえ、大樹はその方向に首を向ける。

 案の定そこにいた一花は、大樹の顔を見つけると、もう一度問いかけた。


「大樹君はさ、鏖殺人とか言う人が、本当にいると思う?」

「それって、あの人たちの話が────新さんと瑠璃さんの話が本当かってこと?」

「うん……別に、ものすごく疑っているわけじゃないんだけど、さ」


 そう言いつつ、一花は大樹の傍にあった石の上に腰を下ろし、大樹と同様に湧水を汲むのを手伝う。

 確か彼女は料理係になっていたはずだが、どうやら大樹と話すために抜け出してきたらしい。


 大樹たちが異世界に来て、三日目の夜。

 ようやっと見つけた開けた場所で、大樹たちは新や瑠璃の指示の元、三度目のキャンプを行っていた。

 無論、キャンプなどしたこともない生徒の方が多いため、これまでの二日間と同様、かなりの部分を新たちに頼っているが。


 そんな中、大樹たちに任されたのは水汲みと料理である。

 何しろ、三十人近くが見たこともない森の中でキャンプをするのだ。


 水や食べ物は、可能な限り持っておいた方がいい。

 新や瑠璃が口を酸っぱくして言うことはそれだった。


 この世界に来てから、大樹たちの行動のほぼ全てを、あの二人が決定している。

 そんな彼らを疑うというのであれば──話は穏やかではない。


「……疑うと言っても、そもそもあの人たち、余り話をしなかっただろ?」

「うん……。教室からこの世界に飛んできた私たちの前に突然現れて、自分が私たちの先輩の異世界転生者だってことと、鏖殺人とか言う人に狙われるから、逃げろって……」

「俺は、あれは嘘をついているようには見えなかったけどな」


 大樹は、二日前の、身振り手振りを交えながら必死に話す新の姿を脳裏に浮かべる。


 突然の事態に、右も左も分からなかったというのもあるが、それでも最終的にクラスメイト全員が彼らの言うことに従ったのは──と言うより、流されるままに行動したのは──彼らの必死さに心打たれたからだろう。

 決して自分の人を見る目を過信するわけではないが、あの時の大樹も、「意味はよく分からないが信じられそうだ」と思っていたからこそ、隊列についていったのだ。


「そもそも、嘘をついているとしたら……鏖殺人なんていなくて、俺たちは別に殺されやしないんだとしたら、森の中を彼らまで一緒に歩いている理由は何だよ?彼らにどんなメリットがあるんだ?」

「……魔法、とか。私たちも、そのうち使えるようになるらしいし」


 そう言いながら、一花は怯えたような瞳で、大樹から視線を外し、代わりにもっと遠くを見つめた。

 大樹たちの背後、今夜のキャンプ地の上空を。


 木々に囲まれているせいでわかりにくいが、その奥には、本来この森にはあるはずがないものたちが浮かんでいる。

 すなわち、中学校に置いてあった、大量の机と椅子。


 そのほかにも、黒板の一部やら、壊れたロッカーやら、バラエティに富んでいる。

 全て、大樹たちと共に異世界転生してきた、現実世界の物品たちだ。

 転生された場所に置いたままでは、鏖殺人に居場所を感づかれるとして、ここまで持ち運んできたのである。


 無論、手によってではない。

 長谷川瑠璃の持つ、重力魔法によって、である。

 証拠を一つでも残さないよう、昼の移動中も隊列の上空には常にこれが浮かんでいたのだ。


「もし、私たちみんなが、あの瑠璃さんみたいな魔法を扱うことが出来るようになるのなら……兵器として、私たちを連れ去ろうとすることは、決しておかしくないと思う」

「じゃあ、委員長は、あの人たちが言うことは──異世界転生者はこの国では見つかったその時から殺されるようになっているなんて話は、出まかせだと思っているんだ?」

「そう。だってさ……話に無理がありすぎると思わない?」


 一花は顔を大樹の方に戻し、やや感情的な態度で言葉を連ねた。


「鏖殺人が異世界転生者を殺して回っているって言うけど、そもそも、私たちみたいに何人もやってくる異世界転生者を、一人で殺すこと自体、普通に考えたら無理じゃない?実際、新さんや瑠璃さんみたいに、殺されていない異世界転生者もいるみたいだし……。移動中に瑠璃さんに聞いてみたんだけど、異世界転生者が来ること自体は、この世界じゃ珍しいことでもないんだって」

「だったら、なおさら異世界転生者を全員殺すことは難しい、か」

「うん。その転生者法って言うのもそうだよ。変な例えになるけどさ、私たちの世界で言うなら、『日本国内では、渡り鳥が国の中に入ってきた瞬間、全部殺すことにします。これを渡り鳥法として、今日から施行します』、みたいな話だよ?絶対きりがないし、成功するはずないでしょ?」

「つまり……話にリアリティーがないってこと?」

「そうだよ。あの魔法だって」


 そう口にして、一花はもう一度キャンプ地の方に目をやる。


「あんなにたくさんのものを浮かべることのできるような魔法があるんだったら、私たちをこんな風に歩かせなくても、あの人たちの言うアカーシャ国、とか言う場所に運ぶことぐらい、出来るんじゃない?なのに、あの人たち、机や椅子以外は運ばないし……」

「……もっと言ったら、あんなに強い魔法があるのに、瑠璃さんや新さんが鏖殺人を恐れていることも、少しおかしいな」


 気が付けば、大樹は一花の言葉に同調するような相槌を打っていた。

 ただでさえ異常事態なのだから、クラスの雰囲気を乱さないよう、今まであまり周囲を疑うようなことは口にしなかったのだが、この三日間で気になることがなかったわけでもないのだ。


「重力を操ることが出来るのなら、刀で切りかかってくるとかいう鏖殺人なんか、普通、浮かべて吹き飛ばすか、体を重くさせて地面に沈めて終わりだ。勝負にもなりはしない。なのに、なぜかあの人たちは鏖殺人との勝負を避けるようにして俺たちを連れまわしている……」

「ね、変でしょ。だから鏖殺人、なんていうのは、あの人たちが作り上げた設定なんじゃないかなって……」


 そこまで言うと、考えていたことは大体言い終えたのか、一花はむっつり黙ってしまう。

 なまじ言語にしてしまったがために、より明確に不安を感じてしまったようだ。


 自分たちはこれからどうなるのか、という不安。

 自分たちを導くあの二人は信じられるのか、という不安。

 自分たちが元の世界に帰ることは、もう不可能なのではないか、という不安。


 こんな状況では、周囲の人物を信じられる方がおかしい。

 結局大樹もまた、一花を慰める言葉も持たず、別の友人が呼びに来るまで、意味もなく水を汲み続けた。
















「重力魔法、か?」


 自分の背丈の何倍もある木々の枝ぶりを見つめつつ、鏖殺人は一人呟く。


 この森に入って以降、いくらか地面の感じがおかしくなっている場所や、植物が不自然に枯れているような場所を重点的にあたって聞いたが、どうにも足取りがつかめない。

 どうやら、異世界転生者たちにこの世界のことを教え込んだ者は、証拠隠蔽についても教育したらしい。


 そう考えて、探し方を変えようとした矢先、ふと上を見上げて、見つけたのである。

 この一帯の木々のみ、上方の枝だけが、不自然に折れていることを。


 鳥が止まったとか、風が吹き飛ばしたとか、そういった理由で説明できるものではない。

 明らかに、何か大きなものがその枝が生えてある辺りを通り過ぎた、と言った感じの風景である。

 この状況をもたらしうるものと言えば──。


「大規模異世界転移に伴って、なんか大きなものがこの世界に流れ着いた。故に、重力魔法を持つ者がそれを浮かばせて運んでいる。普段は、木にもかからないくらい上空に浮かばせていたが、集中が乱れるなり、疲労するなりして、浮かばせてあるものの高度が低くなり、枝に引っ掛かってしまった。こんな流れか?」


 実際には、可能性というのはそれこそ星の数ほどあるのだが、鏖殺人は自身の経験から、この状況の根幹を重力魔法に絞り込んだ。

 そのくらい、重力魔法と言うのは異世界転生者の持つ魔法の中で、メジャーな部類なのである。


 ──あの魔法は、あまり小さなものには影響を及ぼせない。だからこそ、さっきの灰は持ち運ばずに土に埋めた。……辻褄は合うな。


 そこまで考えたところで、鏖殺人の耳が、ふと水の流れる音を捉えた。

 何ともなしに目をやれば、そこにあるのは小さな川……と言うより、沢のようなところである。


 この森は昔から地下水が豊富で、どこであろうと掘ればそこが井戸になる、とまで言われた場所だった。

 水道設備がかなり進んだ現在でも、この辺りの水を汲む人間はいるらしい。


 ──だったら、異世界転生者たちも、飲み水を確保するために……。


 仮に異世界転生者の中に水魔法が使えるものがいるのであれば、飲み水を沢から汲むなどということはしないだろうが、まだこの世界に来て日も浅い彼らが、そこまで効率よく行動しているとは思えない。

 沢を辿って行って、その先に水を汲んでいる異世界転生者に出会う可能性は十分にある。


 鏖殺人はそこで、よし、と一つ頷いた。

 それから、もう一度ケースからハウを取り出し、沢に沿って走らせた。

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