九話
「……酷く長くなりましたが、大雑把な転生者法の歴史はこれで終わりです。免罪符による二次被害や多数の冤罪を生みながらも、数多の人間に求められたからこそ、我々はここに居る。我々が居るから異世界転生者の迫害が起こっているんじゃない。異世界転生者への迫害願望が人々の中にあるからこそ、我々が要る」
暗くなった会議場の雰囲気をまるで意に介さず、鏖殺人は言葉を繋いだ。
そのまま彼は、随分と軽い口ぶりでエリカにもう一度問いかける。
「では天司顧問……今一度、答えを聞きたい。人心を安定させるために、アカーシャ国で間違って保護されたグリス王国出身の異世界転生者を、是非引き渡していただきませんか?」
──……ああ、そうだ。元はそういう話題だったな。
そこでようやく、トモカズは本来の議題を思い出す。
彼の話について色々と考えこんでいたせいか、主題を忘れかけていた。
エリカもそれは同様だったらしい。
ハッとした表情になった彼女は、動揺を努力して鎮めているようだった。
──でも……ここは、要求の受諾しかないんじゃないか?何と言うかこう、雰囲気的に。
彼女の様子を見ながら、トモカズは密かに推察をする。
この時ばかりは──ついさっき感じた、転生者法への違和感を抜きにして──そう思ってしまった。
今見た限り、エリカは完全に鏖殺人に呑まれてしまっているように見える。
多くの人が知らない転生者法の歴史に関する演説を聞いて、圧倒されてしまったのだ。
だからトモカズには、彼女が鏖殺人相手にここから巻き返す様が中々想像出来なかった。
それくらい、この場における鏖殺人の存在感は圧倒的だった。
言っている内容がどれだけ強引であろうと、彼に問いかけられるとつい頷きそうになる。
今の演説で明らかに委縮した空気が、それを分かりやすく明示していた。
だからこそ、トモカズはもう要求受諾しかないだろうと勝手に思っていたのだが……。
次に会議場に響いた声は、それとは違った。
エリカの口から放たれたのは、純粋な質問だったのである。
「……回答する前に、お聞きしたいことがあります。一番最初、ティタン局長は異世界転生者の殺害を『悪』と定義しました。その判断の理由を、先程の演説の中では詳しく仰っておられないような気がするのですが……それについて教えていただけませんか?」
彼女の質問を境に、会議場の雰囲気が少し変わる。
更に、「そういえばそんなことも言っていたな」と思い出しているような空気になった。
「今のお話では、差別意識や悪意を特定の方向に向けるために、異世界転生者の殺害という国家公認の迫害行為は必要だという論調でした。そう考えているのに、ティタン局長ご自身が異世界転生者殺害を『悪』と断ずるのは……何故でしょうか?」
──確かに、そうだな。異世界転生者への差別行為が世界に必要だと考えているのなら、わざわざ自分の行為を「悪」と呼ばなくてもいいはずだよな……?
トモカズとしても、確かに聞きたい話だった。
鏖殺人はまだ、全ての疑問に答えてくれていない。
エリカが返答する前に、まずそこを教えてくれ────そうした要求に、鏖殺人はゆっくりと口を開いた。
「……かつて我が国の転生局に志願した人間が、こんなことを言っていました。転生局は、『必要悪』なのだと」
先程までとは打って変わって、弱々しく静かな語調だった。
少し当惑した様子で、エリカやリュウが鏖殺人を見つめ返す。
「その言い回しの、少し先を言っただ、け……」
……そこまで口に出した瞬間だった。
ガタンッ、と大きな音が会議場に響く。
トモカズがえっ、と思った時には、観覧席の人間が悲鳴を上げていた。
即座に、リュウとエリカが席を立って駆け寄る。
議論中に音を立てた相手の元へ。
彼らの視線の先には────予兆の一つもなく、突然倒れ伏した鏖殺人の姿があった。
「…………ティタン局長!」
トモカズもまた、遅ればせながら声を上げる。
こうして、会議場は再び沸騰した。
数時間後。
「それでは、ティタン局長……いやまあ、ここでは鏖殺人で良いか。その鏖殺人は、どこも悪くないと言っているんですね?」
「ああ。まあ本当にどこか悪かったにしても、ここで治せはしないだろうが……」
六十過ぎの保健室長は、額に汗を浮かばせながら頼りないことを言った。
「確かですね?頼みますよ?これで会場内の衛生状態が悪かっただとか、飲み物に原因があるとか言われたら、俺の責任になるんですから……」
「本人がピンピンしているんだから、そうはならんだろう。しかし何度も言うが、ここの設備で断言なんてものはできないが……」
大きく息を吐いて、保健室長は部屋の天井を見つめた。
トモカズが今いる部屋は、マーズ大書院の保健室────急に倒れた鏖殺人が担ぎ込まれた場所だ。
本来なら、急に気分が悪くなった大書院の利用者を一時的に寝かせておくための部屋であり、会議中に倒れてしまうような重病人疑いの人間を置くところではない。
当然、担ぎ込んできた当初から保健室長──定年した職員が小遣い稼ぎでやるような仕事だ──の戸惑いは大きかった。
しかし、トモカズにも事情というものがある。
「要するに、ここの設備ではちょっと寝かせておくのが精々。もっと詳しく倒れた理由を知りたいのなら、もっと大きな病院に行けってことですか」
「まあ、そうだな。ただ……鏖殺人本人が、病院に運ばれることを拒否しているんだろう?」
「はい……凄いんですよ、担架で担いだ瞬間に意識を取り戻して、第一声が『下ろせ』だったんですから。それで病院に行く必要は無いとも言われて、とりあえず保健室に運んだんです……それにしても、迫力あったな」
彼の一言が響いた瞬間、近くで立っていたリュウが怯えて二、三歩後ずさった程である。
担架で運ばれていながら、鏖殺人の言葉にはよく分からない強制力があった。
「で、結局会議の方はどうなったんだい?」
「司会もいないのに、続けることもできませんしね。とりあえず一時中断ですよ。回復した鏖殺人の判断で、再開するかどうかは決めるそうです」
その時の混乱を思い出し、トモカズは遠い目をする。
この仕事を押し付けられた時から感じていたが、どうやら自分の厄年は今年のことだったらしい。
遠い目をしていると、同情した顔になった保険室長は苦笑し……更に、興味深いことを告げた。
「しかし、倒れた瞬間すら病院行きを拒否するなんて……彼の一族が病院嫌いだって噂、本当だったのかもなあ」
「病院嫌い?……え、今回だけとかじゃなくて、一族揃って前からそうなんですか?」
思わず、トモカズは保健室長の方を振り返る。
一人で休んでいる鏖殺人の回復を待っている身として、暇潰しに丁度良い話題だった。
何となく、深堀りしてしまう。
「前の保険室長をしていた、医師の老人から聞いたことがあるんだ。転生局の局長は戦いの中で斬られようが、殴られようが、魔法で全身を焼かれようが……何故か一切の手当てを受けないまま帰っていくってな。昔から、噂になっていたんだ」
「へえ……仕事柄、もっと病院のお世話になっていそうなものですけどね」
「そうだ。しかし実際、ティタンの一族を治療した医者なんてのはグリス王国には居ないらしい。どれだけ傷を負ってもいつの間にか治っている超人だ、なんて呼ばれてな」
「つまり……個人的に雇っている、腕のいい医者がいるのかな」
そこまで口にしたところで、隣室への扉────鏖殺人の寝ている部屋の扉が、コンコンと叩かれた。
反射的にトモカズは立ち上がり、扉へと駆け寄る。
「……迷惑をかけてすまなかった。誰か、来てくれないか?」
扉の奥から聞こえてきたのは、ここ数日で聞き慣れてしまった鏖殺人の声そのものだった。
声色は普通で、体調が悪い様子は見られない。
確かに、今はどこも悪くないようだった。
「……マーズ大書院の糸井トモカズです。今行きます」
保険室長に頭を下げて、雑談は終了。
代わりに室内に声をかけて、トモカズは扉を開け放った。
これが最後の仕事になりそうだ、と予感しながら。




