八話
──異世界の歴史?
突然の言葉に、緊張も相まってトモカズは大混乱に陥る。
しかしそれはすぐに、鏖殺人の言葉によって鎮静化させられた。
「歴史の話をしましょう……魔法大戦が終わってすぐの頃、初代ティタンはある仕事にとりかかりました。すなわち、佐藤トシオたちの財産の処分です」
唐突に始まった昔話に、トモカズは慌てて耳を傾ける。
ふと気が付けば、会議場の人間全てが真剣に鏖殺人の話を聞いていた。
「現在では禁忌技術などと呼ばれていますが……異世界から持ち込まれた本や技術は、当時のアレルには溢れていました。佐藤トシオたちが日常的に利用していましたからね。佐藤トシオの死後、悪意ある者たちの手に渡る前に、それらが処分する必要がありました。自然と、初代ティタンは地球について書かれた本を集めては多数読むことになり……やがて、異世界の歴史について知った」
「異世界……『地球』の歴史」
鏖殺人の言葉に反応するようにして、リュウが呟く。
それが聞こえているのかいないのか、鏖殺人の演説は続く。
「天司顧問が仰られていたように、異世界転生者たちは元々、我々と同じ人間です。ですから社会の在り方も、地球とアレルでそう違いはない。地球にも国家はありましたし、それなりに長い歴史もあった……そして地球の歴史は、常に差別と戦争に彩られていた」
何かを思い出したかのように、鏖殺人の声が低くなる。
「国家間の争い、個人の争い、信じるものの争い……地球の歴史では、馬鹿の一つ覚えのように常に戦争が起こっていた。一つ争いの種をなくしても、人はまた別の争いの種を見つける。加えて歴史を下るごとに、技術の進歩によってその被害は大きくなっていた。それを知った初代ティタンは、こう考えた」
その次に発せられた言葉は、心なしかより強い語調になっていた。
「異世界転生者と私たちが同じ人間であるのなら……アレルが大戦の被害から復興したところで、アレルの在来人類もまた、地球と同じような歴史を歩んでしまうのではないだろうか、と。地球人と同様に、私たちの中にも戦争への意欲と差別意識があるのですから」
──つまり……折角佐藤トシオを討って平和になっても、時間が経てば再び人類は別の理由を見つけて、魔法大戦のような戦争を起こしてしまうんじゃないか、ということか?
トモカズは、心の中で鏖殺人の言葉を反芻する。
同時に、初代ティタンの思想に対して疑問を抱いた。
実際のアレル史では、魔法大戦の後に大きな戦争は起こっていない。
ナイト連邦のように内戦に明け暮れている国はあるが、魔法大戦のような大戦争とは程遠い。
歴史上の事実としてそれを知るトモカズからすると、初代ティタンの推測は酷く悲観的なものに思えた……地球の歴史を知れば、この見方もまた変わるのだろうか?
トモカズの疑問は無視して、鏖殺人の話は続く。
「折しも、状況は最悪でした。異世界転生者たちの行動によって、拳銃や刀剣などの地球由来の武器が、当時のアレルにはかなりの数が存在していましたから。この状況を放置すれば、いつかは異世界転生者の助けなしにそれらの武器が量産されることも有り得なくはない……再度戦争を起こせるだけの環境は、既に出来ていた訳です」
──そんなに荒れてたのか、禁忌技術が取り締まられる前の時代って……。
トモカズにとっては、聞いたこともない話である。
大書院に保管されている本でも、そんな詳しい状況について記した本は読んだことがない。
知識欲を刺激されて、彼は一層耳を澄ませた。
「それに異世界転生者の存在を除外しても、アレルでは元々、差別や争いは存在していました。魔法大戦以前にあった、ドラクル・タイガ大戦が代表例です。佐藤トシオという強大な敵が存在していたがためにそのような火種は無視されてきましたが、彼が討たれた以上は、それらが再燃する可能性はある……元々佐藤トシオのせいで大打撃を受けていた、当時の世界。ここでまた争いが起これば、今度こそ人類は滅んでしまうかもしれない。滅亡までいかずとも、最早国家を維持できなくなり、野生動物のように群れて生きていくだけの存在になり果ててしまうかもしれない……初代ティタンを始め、グリス王国の建国者たちは皆、このことを恐れていた。地球の歴史を知ったからこそ、アレルの在来人類が地球人と同じような差別と戦争の歴史を歩む可能性に恐怖したんです」
──そうか、だからグリス王国の建国者たちは……。
ここに至って、トモカズは話の流れが分かって来た。
彼が連想したことを、鏖殺人がそのまま言葉にする。
「都合の良い悪役が必要でした。大多数の人々が一致団結して敵として認識して、その力を振るうことに躊躇いがない存在が。それを攻撃している間は、この世界における人間同士の争いを忘れ去れるような……そんな、石を投げやすい憂さ晴らし相手が。それらを迫害してスッキリすれば、他の差別の種を探すことはそうそうしないでしょうからね。何か一つだけを『国家公認の差別対象』として生贄に捧げれば、他の対象は差別されずに済むのではないか。結果として国内の争いは減り、世界も安定するのではないか……初代ティタンたちはそう考えたのです」
普通なら、そんな都合の良い存在はいない。
だが、アレルには存在したのだ。
元々佐藤トシオの余波で憎まれていたので、多くの人々が賛同する。
傷つけることに躊躇いがなく、やり甲斐すらあるだろう。
自然現象であるが故に、何もしなくても持続的にやってきてくれる────どれだけ殺そうが、自然界が勝手に補充してくれるというオマケまである。
「こうして選ばれた『国家公認の差別対象』こそ、佐藤トシオ以後に出現した異世界転生者たちです。だからこそ、初代ティタンは転生者法を制定した。表向きは、世界の脅威を叩くために。真の意図は、人々が心の中に持つ攻撃性や差別意識を異世界転生者に向けることで、アレル在来人類間の争いと差別を抑制するために……要するにこの世界は、地球を反面教師として作られた世界なのです。仮想敵がいた方が、良くも悪くも国はまとまる。地球の歴史から転生局が学んだことが、それでしたから」
鏖殺人の演説に区切りがついて、会議場の雰囲気は少し弛緩する。
そのせいだろうか。
続いて発せられた彼の呟きを聞いたのは、トモカズやエリカなど、彼の近くにいた人間だけだった。
「……そして、こうして作り出されたグリス王国が安定しているという事実が、つまり『人が差別や戦争を好むこと』を前提として作り上げられた国が上手くいった事実こそが、人が社会的弱者への加虐を好むことの証左になっている……」
鏖殺人からすれば、何気ない呟きだったのだろう。
しかしそれを聞いたトモカズの脳には、何とも言えない衝撃が走った。
何故鏖殺人が、「人は差別を好む」「異世界転生者の保護を国策にしたところで、上手くいくはずがない」と断言出来たのか……ようやく、分かった気がした。
この百五十年の歴史その物が、彼の論拠なのだ。
社会的弱者である異世界転生者の殺害を行い続けた国家が、順調に復興したという事実。
それがある限り、彼の持論は揺るがない。
────しかしその瞬間、場の空気に抗うように女性の声が響く。
「……異世界転生者への憎悪が渦巻いていた百五十年前ならともかく、現代でも、人々はそんなことを好むものでしょうか。ティタン局長が仰った歴史は、転生者法制定の根拠にはなるかもしれませんが、転生者法存続の根拠にはならないと思います」
一瞬、トモカズはまた自分が言ったのかと思った。
だが実際には、それを述べたのはエリカだった。
彼女も初めて聞く歴史だろうに、混乱した様子を自ら押さえつけてアカーシャ国の立場から議論に参加する。
「我が国が、建国の段階から異世界転生者の保護を基本方針としたように、彼らを都合のいい悪役と思わなかった人間は昔からいたはずです。現代なら、尚のこと……教育と意識改革を進めていけば、人が元来持つ攻撃性など……!」
先程までと違い、流暢にとはいかない。
つっかえつっかえの様子で、反論を重ねていく。
自分の意見を述べているというより、「そうでも言わなければやっていけない」という雰囲気だった。
鏖殺人は、その姿を見て────諭すような声色で問いかける。
「突然ですが、天司顧問。話題が少し変わるのですが、一つ聞きたいことがあります。貴女が転生局顧問に着任した時……順風満帆に行きましたか?」
エリカはそれを聞いて、いかにも答えたくなさそうな表情を浮かべた。
何と答えても、鏖殺人が自分の意図に沿うように解釈することを察したのだろう。
しかし嘘を言うことも出来ず、結局は声を出す。
「概ね、望まれて職務につきました。ただ、反対する人もいました」
「当ててあげましょうか。同じ元王族からは、大反対されたでしょう?いくら一般人扱いになったとは言え、高貴な出身であることは変わりない。天司家が先代から転生局と関わりが深かったにしても、『あの』転生局のトップなんて仕事をしなくても良いのではないか、と言われたのでは?」
「……はい」
根負けしたように、エリカは首を落とす。
いくら殺害しないとは言え、アカーシャ国でも転生局の仕事はやや特殊なものとみなされる。
元王族が若くしてやらなくても良いんじゃないか、という話が実際にあったのだろう。
そして鏖殺人が投げかけたこの言葉は──意図したものではないだろうが──トモカズの意識もまた鋭く抉った。
何故かと言えば、前々からずっと、トモカズは鏖殺人のような転生局関係者に怯えていたからだ。
だからこそ緊張していたし、この会議の責任者になることを嫌がった。
何故、ここまで怖がっていたのか?
もしもそれが、「転生局の仕事って普通じゃないよな、特殊な人がやるものだしな」と思っていたからだとすれば────それは、一つの差別意識だ。
トモカズもまた、職業差別をしてしまう人間なのである。
「一般人扱いの元王族が就職するだけで、あの仕事はやめておけ、やるべきじゃない、なんて声が出るんです。それを知っていながら、何故『現代の人々は差別なんてしない』と言い切れるのですか?」
なまじ自分の体験を論拠にされているせいか、エリカは言い返すことなく唇を噛む。
鏖殺人はその様子をちらりと見ると、突然会議の出席者から視線を外して周囲の観覧席の方を向いた。
「もう一度言います。転生者法をなくしたところで、どうせ人々はまた新しい法律を作りますよ。自分たちとは違う、迫害しても心が痛まない存在を求めてね」
笑うように、鏖殺人が肩を揺らす。
「今度のネタは、肌の色ですか?それとも、住んでいる場所ですか?或いは病気の有無?人種?身分?職業?学歴?文化?国籍?性別?……ここで挙げた物は全て、地球では差別の対象となった概念たちです。アレルでも歴史が繰り返される可能性は高い。人間というのは基本、どんなに馬鹿でも、自分とは違う者たちを見つけることに関してだけは超一流なんですから。言うなれば転生局の仕事とは……皆さんの潜在願望を叶えているだけのことなんですよ。我々の行動を見て、多くの国民は密かにスッキリしているはずです」
嘲るような声色だった。
純粋に楽しんでいるようでもあった。
観覧席からの反応は無い。
再び、会議室は深い沈黙に包まれた。
しかしこの状況でも、トモカズはじんわりと反感のような物を内心で組み上げていた。
──それでも……人がいくら愚かだとしても……転生者法を肯定するかどうかは、また別の話じゃないか?
自分を棚に上げている理想論だったために、口にこそ出さなかった。
それでもこの時、確かに鏖殺人に対して感じた違和感は、彼の中でしこりのように残り続けることとなる。
人が差別をすることを前提として作られ、尚且つその行動を肯定する、転生者法への不快感と共に。




