七話
群れた動物が騒いでいる時のように、会議場は興奮した人々の声に埋め尽くされた。
異世界転生者の排除に関して常に頑なであり、国内外で恐れられてきた鏖殺人による突然の宣言。
異世界転生者の殺害は「悪」である、という意思表明。
これは、記者たちを覚醒させるには十分な衝撃だった。
観覧席にいる者だけではない。
参加者もまた、この発言に対して大きな反応を示す。
エリカは、いくらか当惑気味に表情を揺らして。
トモカズは、口をぽかんと開けたまま固まる。
可哀想なのはナイト連邦のメンバーたちで、図らずも鏖殺人と異なる意見を言ってしまった形になり、慌てながらこそこそと話し合っている様子が窺えた。
混乱の間も、鏖殺人に変化は見られなかった。
寧ろその混乱を楽しむかのように、周囲の様子を見守り続ける。
それを見た参加者たちは、発言の真偽はともかく、今の状況は鏖殺人からすれば予定調和らしいと察することになった。
事実、次に鏖殺人が口を開いたのは、ざわめきが完全に収まってからだった。
「お二方が理由を仰られた以上、私も理由を述べましょう。何故、異世界転生者殺害が『悪』であるのか……」
いくらか芝居がかった言い方で、鏖殺人は話を切り出す。
自身の言葉に聴衆が惹きつけられているのを確認してから、彼はナイト連邦のメンバーたち────その中でも、局長のリュウに水を向けた。
「その前段階として、一つ聞きたい。刃野局長、よろしいですか?」
「は、はい?」
「貴方は、異世界転生者の殺害を『正義』と言った。彼らは殺さなくてはならない存在だと。そこで聞きたい。もしもその理想が叶ったなら……すなわち、現在潜む全ての異世界転生者が殺害され、更に<門>が開かなくなり、新たな異世界転生者が出現することもなくなったなら、この世界はどうなると思いますか?」
突飛と言えば突飛な質問。
会議場にいる人間のほぼ全てが戸惑っていることが、トモカズには手に取るように感じられた。
鏖殺人の意図が読めない。
指名されたリュウとて、同じ気持ちだったのだろう。
結局、恐る恐る返答する。
「……もしそうなったら、この世界はより良い場所になると思っています。<門>が開かないのなら、外部から混乱の源が来ることはない。潜んでいる異世界転生者が全員死ねば、混乱の種も無い。だから、世界は平和になることでしょう」
「ふむ。まあ、ナイト連邦の意見はそんなところでしょう。グリス王国も含めて、町の人々に同じ質問をして回ったとしても、似たような答えが返ってくると思います」
予定通りな様子で話を打ち切り、すぐに鏖殺人は向く方向を変える。
視線の先には、エリカの姿があった。
「続いて、天司顧問。貴女にも聞きたい。貴女は、異世界転生者の殺害を『悪』だと言った。その上で問いたい。仮に貴女の理想に従って、我々が異世界転生者の殺害を止めたなら……全ての国家がアカーシャ国のやり方に従い、異世界転生者の保護を始めたならば、この世界はどうなると思いますか?」
リュウに矛先が向いた時点で、次は自分だと察していたのだろう。
エリカは、緊張した様子ながら滑らかに答える。
「……恐らく、市民は大混乱に陥るでしょう。今まで常識とされていたものが、突然否定されるのですから。しかし、現在アカーシャ国内で大きな問題が起こっていないことが示しているように、制度さえきちんと定めておけば、異世界転生者は殺害せずとも対処できることも事実です。時間はかかるかもしれませんが、やがて異世界転生者を保護することが当たり前になり、混乱も鎮まると思います」
いつか聞かれることを想定していたのか、突然の質問の割にしっかりとした返答だった。
傍で聞いていたトモカズなどは、思わず感心してしまう。
どうやら単純に「可哀想だから」と他国の方針に反対しているのではなく、自説の欠点と利点を認識した上で、彼女なりの勝算があるらしい。
こうして──予想しない形ではあったが──二つの転生局首魁の意見が明らかになった。
自然、会議場の人々の視線は鏖殺人に向く。
それを察したのか、彼はふと笑うような声を漏らして、それからあっさりと意見を述べた。
「お二人の意見は確かに聞きました。しかし……失礼ながら、認識が甘いですね。仮にお二人の意見に従って世界を変えたところで、その世界はすぐに行き詰るでしょう」
何の感情も込めず、淡々と二人の意見を切って捨てる。
エリカが息を呑み、リュウが目を剥いたのが、トモカズの席からはっきり見えた。
「何故です?」
いくらか感情を押し殺した様子で、エリカが質問する。
鏖殺人はそれを気にすることもなく、これまたサラッと返答した。
「簡単です。貴女がたは異世界転生者を殺害するという方針について、『転生者たちが起こす混乱に対処するためにそうしている』としか認識していない。だからこそ、トンチンカンな返答にもなる。佐藤トシオによる魔法大戦が終わった頃、初代ティタンが構想した転生者法の本質はそこにはない」
「では、何だと言うんです?何を目的にして、転生者法は定められたんです?」
次に問いかけたのは、リュウだった。
動揺したまま、何とか声を絞り出している。
「簡単なことです。大げさに言えば、これは人間の本質にまつわる問題を解消するための法律なのですから。そもそも────」
少しだけ、鏖殺人は言葉を溜めた。
躊躇ったのではなく、しみじみとそれを実感しているかのように。
「人間という生き物は、差別が大好きな生き物です。だからこそ、転生者法は制定されたんですよ。人が抱え持つ『他者を迫害したい』という欲求を、異世界転生者相手に発散してもらうために」
これまでの喧騒が嘘のように、会議場はシンと静まり返った。
意図を理解した者も、分からなかった者も、平等に口をつぐんでしまっている。
その中で、鏖殺人は話し続けた。
「この本質を理解していれば、お二人の問題点はすぐに分かる。まず、天司顧問」
青い仮面が、エリカに向けられた。
「断言してもいい。仮に明日から全ての国家で異世界転生者の保護を始めたところで、成功することはないでしょう。異世界転生者を最初に発見するのは、大抵は転生局職員ではなく、単なる一般人ですから。『国がやらないのなら、俺が代わりにやってやる』とでも言って、その場で殺されて終わりです。異世界転生者に同情的な人間は近年かなり増えましたが、憎む人間もまだまだ多いですからね」
「それは……勝手な手出しをする者への罰則を用意すれば、抑えられるのでは……」
「無理ですよ。異世界転生者への一般人による私刑を厳罰化したグリス王国でも、その手の事件はなくなっていないんですから。何ならアカーシャ国でも、この手の事件は結構あるんじゃないですか?まさか、国民の全てが異世界転生者に対する差別意識を失ったわけではないでしょう?」
思い当たる節があったのか、エリカが暗い表情を浮かべる。
「我々の活動により、人々は『異世界転生者相手なら差別をしても良い』と刷り込まれています。百五十年前から、ずっと。なら、その意識を消すのは困難です。仮に国から『もうそんなことはしないように』と言っても、急に意識が変わるはずがない。ですから仮に異世界転生者への殺害を止めると発表しても、今まで通りにやりたいと思う人たちが、同じ行動をとるだけでしょう」
冷静に考えれば、これはかなり極端な意見だった。
しかし、これまで幾度となく異世界転生者を弾圧してきた鏖殺人の言葉であったがために、彼の演説には一定の説得力があった。
何しろ彼自身、長期間に渡って異世界転生者を弾圧しながら、その行為を真正面から責められたことは殆ど無いのである。
鏖殺人を恐れているために、口を開ける者が少ないという事情はある。
しかし俯瞰で見てみれば、鏖殺人の行動を大衆は黙認していると言えなくもない。
鏖殺人はそれを根拠にして、「自分の行動がここまで黙認されるのは、大衆がその行動を内心支持しているからであり、つまりは異世界転生者への差別行為を大衆が求めているのだ」と暗に告げているのだ。
「次に、刃野局長」
エリカに言うことは終わったのだろう。
鏖殺人の仮面が、反対方向に向いた。
「異世界転生者が全て消えたところで、問題は解決しないと思いますよ。多くの人々からすれば、これは『異世界転生者という、いくらでも傷つけて良い対象がいなくなった』ことを意味します。彼らの愛用する、殴りやすい叩き台が消えてしまった訳です。だからこの場合……異世界転生者以外の差別対象を、新しく見つけるだけじゃないでしょうか。もしかするとその世界は、今よりも更に混乱した世界かもしれない」
リュウは、黙ったままだった。
彼の場合、そもそも自分の意見を述べる機会に乏しい。
何を言えば良いのか、全く分からなかったのだろう。
二人の転生局トップが黙ってしまったために、それからしばらくの沈黙があって。
やがて、一つの質問が鏖殺人にぶつけられた。
「……何故、そう言い切れるんです?異世界転生者がいなくなってからも、人は差別を止めないと……そもそも、人間が差別好きな生き物であるという話は、どこから出てきているんですか」
トモカズは一瞬、誰が口を開いたのか分からなかった。
誰が質問をしたのか、と周囲を探してしまったくらいだ。
しかし────周囲の視線が自分に集まったことで、トモカズはようやく、自分が質問をしたということに気が付く。
「……珍しいですね、マーズ大書院の方が質問するとは」
鏖殺人の仮面が自分に向いて、トモカズは恐慌状態に陥った。
興味を持つままに思わず口を開いてしまったようだが、とんでもない場面で質問してしまった。
どうしようか、どうしようか、と考えていると────。
「まあ、折角の機会ですからお答えしましょう。人々が差別を止めないという根拠を……」
意外にも好意的な受け取り方をしたのか、鏖殺人は質問に答えてくれる。
子どもの疑問を取り去る教師のように、彼は丁寧に前提から教え始めた。
「それこそ、マーズ大書院の司書なら知っているんじゃないですか?我々にとっての異世界の歴史……すなわち地球の歴史が、それを証明しているということを」




