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内務省所属平和庁直属特務機関「転生局」  作者: 塚山 凍
五章 鏖殺人と仮面舞踏会
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六話

 ────トモカズと鏖殺人の邂逅から、更に時間は過ぎて。




「……ですから、ティタン局長の仰られることには未だ十分な確証が得られていない、と私たちは考えているのです」

「ほう?それはまた何故ですか?」


 ──またか……。


 いささかげんなりした気分で、トモカズは聞き慣れた論戦を見つめる。

 奥に目をやれば、ナイト連邦の転生局メンバーたちも似たような顔をしていた。

 名前も知らない相手なのだが、何故だか親近感が湧いてくる。


 会議は、既に四日目に突入していた。


 三日かけただけあって、この会議の主目的────転生憲章全条文の内容確認と、その殆どの契約継続は終わっている。

 だから現在話し合われているのは、時間がかかるからと後回しにされた条文に関する議論。

 初日に衝突した第六十六条のように、各国の意見が異なる条文に対する意見のすり合わせだった。


 案の定と言うべきか────トモカズの目の前では、初日と同様の激論が交わされていた。


 鏖殺人の「殺処分すべき異世界転生者を引き渡せ」という要求。

 エリカの「殺されると分かっていて、彼らをグリス王国に送ることなどできない」という否定。

 この二つが、がっつりと火花を散らしている。


 鏖殺人が、その異世界転生者たちは確かにグリス王国に出現したのだと証拠を見せれば、エリカはアカーシャ国にいたという証拠を見せる。

 エリカが鏖殺人側の不手際を攻めれば、鏖殺人はアカーシャ国の対応の遅さを皮肉る。

 四日目の議論開始から二時間で、既に会議は泥沼の様相を呈していた。


 ──これ、多分最終日まで続くんだろうな……。


 耳を塞ぎたいという生理的欲求を抱えながら、トモカズはそんなことを考える。

 これまでの会議を見たところでは、鏖殺人とエリカはかなり弁が立つ。

 加えて、両者ともに自国の信念を固く信じているようだ……これでは、議論が決着することなど無いだろう。


 加えて、彼らを諫められるはずのナイト連邦のメンバーたちは、ずっと沈黙を貫いていた。

 仲裁することもないし、冷静な別意見を述べることはない。

 そもそも彼らはこの会議が始まって以来、「前例に従う」以外の積極的な意思表明をしていなかった。


 ──まあ、ナイト連邦は他の二国に恩があるから、どちらかに加担はしたくないのかな?国力が一番低いから……。


 ナイト連邦は慢性的に治安が悪く、国内の至るところで武力闘争が起きているような場所だ。

 中央政府は何人もの武装勢力のメンバーを国外に取り逃がし、隣国であるアカーシャ国にしばしば迷惑をかけている。

 つまり自国の尻ぬぐいを隣国に何度もしてもらっている訳で、彼らはアカーシャ国の方針に対してとやかく言えるような立場に無いのだ。


 加えて、彼らは鏖殺人に対しても恩がある。

 ナイト連邦内で転生者結社が暴れた時には、かなりの頻度で鏖殺人の力を借りて潰してもらっているからだ。

 転生局局長であるリュウとしても、恩人に逆らいたくはないのだろう。


 結果として、彼らは会議中沈黙するしかないのだ。

 そのために鏖殺人とエリカの論戦は調停者を失い、水掛け論になってしまっていた。


 ──ただ、鏖殺人の言うことが正しければ、これはエリカ顧問の思い通りなんだよな……。


 意図的に会議を長引かせ、結論を有耶無耶にすることがアカーシャ国の目的。

 会議初日の夜、鏖殺人は確かにそう言っていた。

 時に感情的に、時に合理的に意見を述べて、会議をあらぬ方向に向かわせる彼女の姿は、鏖殺人の推測とピタリと重なる。


 だとすれば、それを読み切っている鏖殺人が何か手を打つはず────。

 まさに、トモカズがそう考えた瞬間だった。

 一時も休まることがなかった論戦が、いきなり止まる。


 ──え?どうかしたか?


 反射的に、トモカズは項垂れていた首を跳ね上げる。

 ナイト連邦のメンバーや、観覧席に陣取る記者たちも、似たような反応をした。


 すぐに分かったのは、どうやらこの静寂をもたらしたのは鏖殺人らしいということだった。

 彼は黒いマスクを少しずらして、トモカズが用意した氷水を飲んでいる。

 そして調子を整えてから、これまでとはやや違う声を響かせた。


「細かいところを話しても埒が明かないな……質問を変えよう、天司顧問」


 彼の声は、今までのそれとは桁違いの迫力を有していた。

 他国の代表者相手ということで辛うじて使っていた敬語が、消え失せているからだろうか。


 決して自分に問いかけられているわけではないのに、思わず列席者たちは姿勢を正す。

 それを見ながら、鏖殺人はこう続けた。


「根本的なところから聞きたい。貴女は転生者法について……特に我が国が掲げている異世界転生者を片っ端から殺していくやり方について、どう考えている?」


 直接的過ぎる問いに、遠くで記者たちがざわりと空気を揺らした。

 エリカがとリュウもまた、共に唾をのむ。

 トモカズには、それらがしっかりと感じ取れた。


「……アカーシャ国の方針とは相容れないものです。ですが、<門>の発生頻度や建国の過程などを考慮すると、グリス王国内で支持されている理由も理解できます」


 少し時間をかけてエリカが口にした言葉は、やや迷いを含んだものだった。

 完全な肯定ではないが、完全な否定でもない。

 鏖殺人は当然、そこをついた。


「天司顧問としてではなく、貴女個人の考えを聞きたい。貴女はどう考えているんだ、エリカ姫?」


 鏖殺人にしては珍しい、挑発的な質問。

 エリカはその意図を察知していながら────乗った。


「……ならば、個人的な意見を述べましょう。私は……異世界転生者を殺害することを『悪』だと考えています」


 彼女がそれを明言した瞬間、先程のざわつきとは比べ物にならないどよめきが会議場を満たした。

 トモカズも、口から驚愕の声を漏らす。

 それに気が付いていないわけでもないのだろうが、エリカの口は止まらない。


「異世界転生者は皆、地球では普通の人間として暮らしていた者たちです。彼らは私たちと同じように笑い、泣き、怒り、喜ぶ……人としてごく当たり前の心があります。少しだけ生まれた場所が異なっていただけで、私たちと同じ人間なんです。それを、<門>の発生という自然災害に巻き込まれてこちらの世界に来たというだけの理由で殺してしまうことは……酷い行いだと思います」


 佐藤トシオの起こした魔法大戦以来、アカーシャ国内ですら表立っては聞かれなくなった異世界転生者擁護論。

 異世界転生者に対して同情的な者たちが薄々感じながらも、中々口にしてこなかった言葉。

 それを、エリカは言い切った。


 歴史的ともいえる発言に、会議場は相当な混乱を示す。

 しかしその喧騒は、鏖殺人によって引き裂かれた。

 もう一度、口調を丁寧なものに戻して。


「なるほど……では、ナイト連邦の意見も聞きたい。刃野局長、貴方はどう思われますか?」


 今まで蚊帳の外だったリュウは、突然の指名に驚いた様子だった。

 目を白黒させ、何故か辺りを見回す。

 しかし全員がリュウの発言を待っていることしか分からなかったらしく、やがて渋々口を開いた。


「私はまあ……異世界転生者を殺すのは、『正義』だと思います」


 その言葉は、よく考えたうえでの発言には聞こえなかった。

 国の建前を、反射的に口にしたかのような。

 まるで原稿を読み上げるように、リュウは言葉を続ける。


「異世界転生者は、存在するだけでこの世界を混乱させます。いくら悪意なくこの世界に来るとしても、それは何の意味も持ちません。異世界転生者は、存在すること自体が悪なのです。故に、彼らを殺すことは『正義』です」


 これまで幾度となく語られてきた、グリス王国とナイト連邦に共通する転生者法正当論。

 リュウとしても、歴代のナイト連邦局長の立場を踏襲するつもりなのだろう。

 聞き慣れた理屈に、会場の様子は少し静まる。


「……こちらも、よく分かりました。では最後に、私も個人的な意見を述べさせてもらいましょう」


 一つ頷いてから、鏖殺人はすっと人差し指を立てる。

 そして、何でもないことのように自分の意見を述べた。




「実は、私の意見は天司顧問と同じです。我が国の異世界転生者に対する行為は、『悪』だと考えています……理由は彼女とは違いますがね」




 しばらく、彼の言葉を咀嚼するかのように全員が沈黙して。

 十分にその意味が浸透した直後────会議場は沸騰した。

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